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2018-10

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「西暦2038年度 クラヲタ検定」より、抜すい・・・


   
   
(問い) 次のうち、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンの交響曲のタイトル/副題として存在しないものをすべて挙げよ。   
   
 1.「うかつ者」   
   
 2.「時計」   
   
 3.「時差ぼけ」   
   
 4.「宅配便」   
   
 5.「ドローン」   
   
 6.「歩きスマホ」   
   
 7.「V字回復」   
   
 8.「驚愕」   
   
 9.「トラウマ」   
   
   
   
(問い) 20世紀の日本のテレビ番組「ウルトラセブン」の最終回において、主役が「自分はウルトラセブンである」旨を告げるシーンで用いられた音楽としてよく知られているものを、次のうちからひとつ選べ(この最終回では、ウルトラセブンは地球を離れて故郷のM78星雲へと帰っていくことになります)。   
  
 1.「別れの一本杉」   
   
 2.「別れのブルース」   
   
 3.「さよならの向こう側」   
   
 4.「帰ってこいよ」   
   
 5.「モーツァルト作曲/交響曲第25番ト短調」   
   
 6.「グリーグ作曲/ピアノ協奏曲イ短調」   
   
 7.「シューマン作曲/ピアノ協奏曲イ短調」   
   
 8.「ショパン作曲/練習曲作品10-3「別れの曲」」   
   
 9.「ハイドン/交響曲第45番嬰へ短調「告別」」   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 上の関係で・・・筆者は「ウルトラセブン」の内容を、実はあまりよく知らないのだが・・・。   
   
 「ウルトラセブン仕様」とまで呼ぶのが適当か否か迷うところではあるけれど、リパッティ/カラヤン/フィルハーモニア管によるシューマンの協奏曲を含む盤が、なかなか面白い装丁・付属ブックレットとともに登場・・・「 WPCS13798 」でネット検索して見つけることが出来るほか、次のURLでも:   
   
  https://tower.jp/item/4768825   
   
   
 SACD仕様のものなども発売になっている。   
 1947年だか1948年のレコーディングであるが・・・褪せぬ名演としていつまでも生命を持つのだなあ。70年ほど前のレコーディングであり、あらためてクラシック音楽の世界の「独特の凄さ、遺産への敬意」というものに感心する。   
   
   
 下の写真はもっと新しいレコーディングで、フライシャー/セル/クリーヴランド管によるシューマンを含むCD。   
 ・・・えっと、1960年録音なので、リパッティのものよりも「新しいレコーディング」でしょ?・・・60年近く前のものだが(笑)・・・けど、音質は良いと言える。   
   
 写真中、いちばん上のは(写りが悪くなってしまったが)過日に発売されたセルの106枚組ボックスからディスク36。また、一番下のは、かなり前に国内盤CDとして登場したもの。   
   
 なお、CD化はされていないが、ルービンシュタイン/セル/NYPによるシューマンのライブ音源も残っている。   
   



   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 下のは、過去の写真の再掲。   
 下側(手前側)のCDはクリフォード・カーゾンのピアノと、フィエルスタート(またはフィエルスタード、フィエルスターとも表記されたりする)指揮ロンドン響によるグリーグの協奏曲を含んでいる盤。この演奏、金管がきつく目立つほか、人によっては難点を感じるところもあるやも知れないが、筆者にとっては魅力的な演奏と映る(カーゾンの演奏にも惹かれる)。   
   



「この本は大切なんだ、だから借せない。どこかの図書館で見つけて貸りてくれ」・・・



   
 上のは、ネット上で見つけた企業関係記事の見出し・・・。   
   

   
   

無さそうでアリゾナ。いや、「有りそうで無い、無さそうでやっぱり無いと思われる話」


   
 パターンA: 「当社としても諸事情があってな、これは何人もの社員に要請していることだが・・・君にも例のボランティアに参加して欲しい。えっと、心配することは何も無いんだ、有給休暇の消化という形をとらなくても、こうやって会社として要請している以上はちゃんと通常の就業として扱うから。給料は出るわけだし、適用ある場合には残業代などもケチらずちゃんと出す。悪い話じゃないだろ。よろしく頼むぞ」   
   
 パターンB: 「当社としても諸事情があってな、これは何人もの社員に要請していることだが・・・君にも例のボランティアに参加して欲しい。会社の業務とは無関係に、あくまで君の自由意思による参加という建前だから、当然ながら有給休暇を申請・取得・消化するプロセスをとってもらう。よろしく頼むぞ」   
   
   
 上のは、あくまで架空のシーン設定である。   
   
 「どんなボランティア? 会社の所在する地の町内会活動での一斉清掃とか盆踊り大会運営とか? しんどいボランティア活動でないならば上のAみたいなパターンはラッキーかもね。しかし、Bのパターンはちょっと・・・」という、待遇差異に関わる話をしたいわけではない。   
   
 ボランティア活動とされる仕事・作業に従事するにあたってケガをする・命を落とす等のことがあった場合、AとBとでは労災適用の関係、会社からの弔慰金・見舞金の支給条件の関係で違いが生じるかどうか・・・。違いが生じそうにも思えるものの、しかし実は両者いずれでも労災適用アリのような気もまたする・・・しかし、筆者は専門家ではないからここでは何もコメントしない。   
   
   
 ところで・・・。   
   
 「東京五輪のボランティアについては、あれを無償ボランティアの形にするから国民の間にモヤモヤが生まれちゃうんだよ・・・日当としてそれなりのものを出せるんじゃないの? そうすりゃいいんだよ。そうすればボランティア協力者だって増えるさ」・・・そんな意見も耳にしたし、ネット上でもまた有償ボランティアの形が検討されてよいのではないかみたいな意見が見受けられる。   
 では、有償ボランティア化(仮に日当1万円が出るとか)はありうるのか? その可能性は何パーセントくらいか?   
   
 筆者が思うに、その可能性はゼロに近いものではあるまいか。いや、1パーセントくらいはあると見込むべきなのか・・・。   
 可能性がきわめて低いとみる理由は以下のとおりである。   
   
 仮に日当を出すとなると、さて、このボランティア活動として仕事・作業を指示し・依頼し・任せる側と、ボランティア活動する側との関係は、いったい「雇用」なのか「請負」なのか、はたまたそれ以外の契約関係にあるものなのかという点を先ずしっかり区別しておく必要(こだわる必要)があるものと考える。で、雇用する、または請負仕事その他を発注するその主体はどの組織、どういう組織体なのかという共通認識もはっきりされねばならないだろう。   
   
 さて、そのうえで、日当を支給するにあたって所得税の源泉徴収をすべきかについて正しい判断がされなくてはならない(そして、関連する手続もきちんとされねばならない)。   
 他方、日当を受け取る側としても、個々人の状況に応じて所得税確定申告または住民税申告を新たに要するケースがあり、或るいは、例年のようにその種の申告をしている場合にはそれらの申告において受け取った日当の額を給与所得もしくは雑所得などとして含める必要もあったりする(サラリーマン、すでに何も仕事をしなくなって基本的に公的年金のみを受給している人、ほか各人それぞれに状況は異なりうる。また、フリーランスで仕事をしている人や商店経営者などで国民健康保険加入者の場合にはその保険料負担も増しうる。誰かの扶養家族となっている人(妻、子供など)が日当を受け取った場合、扶養してくれている人が利用出来る所得控除に関しても影響が生じうるので留意すべきである)。   
   
 さあ、日当を支給する側としては、その日当を現金支給するにせよ銀行振込で処理するにせよ、関連作業に多くの手間を要することになってしまう・・・或る程度以上しっかりした勤怠管理も必要だろうし、支給相手の住所・氏名・マイナンバー届出を求める、現金支給と引き換えに受領証を出させて受け取る、振込支給ならば口座の届出をしてもらってさらに振込手続をする、源泉徴収関連事務などの数々もきちんとする等、必要なことすべてを漏れなく正確に処理するには相応の知識あるスタッフを確保し、併せてシステム関連の導入コスト、人件費、外部委託費などへの心積もりが必要となることであろう・・・オリンピックに特化したような組織にそれが上手に出来るのかちょっと疑問を覚える(世の中にはまた、マイナンバーを提供したがらない人もたまにいたりして厄介なトラブル・口論もありうるだろうか)。   
   
   
 「日当をもらうと税金がかかるの? 通例はそういうものだとは理解しているけど、せっかくの五輪イベントなんだし、この際いいじゃないか!」との考えは、通用するまい。   
 若い人にも実感してもらいやすくするため、たとえば日当が1日あたり1万円だと仮定することとしよう・・・頑張ってボランティア活動を20日間すれば合計20万円になる。これをもしも無税の扱いとするならば、他の人がコンビニなり工場なりで稼いだ20万円(税引前)にはしっかり所得税などが課されることとの相互比較で均衡がとれないではないか。そして、もしもそういう不均衡が許されたりすれば、「こっちのコンビニ/工場のアルバイトはこの給与水準で課税あり、それに対して五輪ボランティアならばこの日当をもらえて無税・・・五輪ボランティアのほうが手取り実質収入が多いじゃん!」みたいな状況になる・・・五輪が企業・メーカー・商店などの人手不足状態を(たとえ短期間にせよ)さらに深刻にすることになってしまいかねない。  
   
 「課税上の不均衡など、小さなことじゃないか、せっかくの五輪だもん、ここは思い切って特別の措置を!」との意見も出て来るかも知れないが、しかし、その「せっかくの五輪」みたいな、あまりにも些細な理由で国の歳入の基本であるところの税制に横槍を入れるなど、到底まともなことではあるまい。そして、特例をつくれば、それは今後において「前例・実績」とされてしまう危険もある。   
   
   
   
 「日当を支給している→これはもうボランティアではない→雇用関係か、或るいは請負関係?」という問題の検討がされるとき、ボランティア活動と称されるものに参加しているスタッフへの食事・飲み物などの支給に関しては改めて所得税法上の扱いに注意を払う必要が出る。場合によっては、食事する者から或る程度の金額を徴収すること等も考えなくてはならないだろう。   
   
   
   
 日当の支給はまた、ボランティア・スタッフに特別の感情・プレッシャーを生む可能性があろう。それは例えば:   
   
 「日当をもらう以上、ゆるい働き方をしてはいけない・・・自分も、そして、他の仲間もだ!」   
   
というもの・・・これは日本人的かなあ。   
 すると、「暑いし、少し体調が悪いな」と感じても無理して頑張る・・・熱中症リスクも増すのではないか。   
 また、他のボランティア・スタッフの行動も気になり、「あいつ、休憩ばかり取っている」、「あいつ、食事が済んでもすぐに持ち場につかない」、「あいつ、気合が入ってない」、「あいつ、今日、本当は遅刻して来たんだぜ、それなのに日当を満額もらってズルイ!」などの感情も湧いて、スタッフの士気、連帯感、満足感などにマイナス効果を及ぼすかも知れない。   
   
   
   
 ボランティア活動の最中、また、前後の移動中において・・・熱中症その他の病気、ケガ、死亡事故、テロ行為に巻き込まれての死傷などの場合、どのように扱われるのであろうか? 日当が支給されることなければ、基本、「各人が好きで参加したイベント中のことなので、レジャー・お祭り・旅行のときのことと同じだよね。自己責任! 参加選手のケガだって同じだし」というのが一般的・支配的な見方ではなかろうか、どうなのだろう。(だとすれば、各人、その不安の程度に応じて新たに/追加的に保険契約することがあってよいかも知れない。)   
 しかし、日当が支給されて、そこに雇用なり請負なりの関係があると見られるようになれば、「さあ、労災問題として扱うべきか否か」等の疑義も生じやすくなるのではないか。これはちょっと、事前に問題吟味・対応想定するのも面倒なことのひとつと言えようか。    
   
   
 ・・・上のようなことを考えると、日当支給しないでおくのが、とりあえず面倒を最小化するうえでいちばん都合がよく、また省力化・支出削減にもつながるのではないか。   
 ゆえに、筆者は「日当支給はされないだろう」と予想するのだ。   
   
 なお、法律関係、労災関係、税務関係などについて筆者に専門的知識はないので、きちんと正確なことを知りたい人は専門家に質問・相談いただきたい。   
   

「そんなこと、内定に影響しないってぃ」・・・?



   
 上のはヘア、ヘアケア関連製品の、あのパンテーン( PANTENE )の新聞広告から。   
   
   
 就職活動する学生の髪型の定番といえば、男子学生ならリーゼントかソフトモヒカン、女子学生なら茶髪でスパイラルパーマといったところか・・・なわけないな。   
   
   
 男子よりも女子のほうが、「黒髪で、なおかつ、画一的髪型」を選ぶことへの抵抗感は強いのだろう、おそらく。   
   
   
   
   
 新入社員は写真つきで社内報にて紹介されるのだが・・・やがてそれから何年かすると(または10年、20年くらい経ってからでも)、その者の入社当時の写真を誰彼が振り返ってツッコミを入れることって・・・多くの職場でよく見られるパターン?   
   
 「おおおーっ、この頃は髪フサフサだったんだね」とか。   
   
 「お、この頃はまだ元気はつらつで・・・今じゃ、くたびれたお父っつぁんなのになあ」とか。   
   
 「おー、しとやかな令嬢って感じで写って・・・詐欺だな、こりゃ」とか。   
   
 ケースによってはセクハラと受け止められかねないが。   
   
   
   
 さて、筆者は採用担当の職を経験したことはないが(面接試験に同席すること、また20代の頃は後輩が会社訪問して来たときに質問対応し、そして一緒に食事すること等の経験はあるけど)、うむ、女子学生の髪型などの自由度は或る程度あってよいと考えるし、それが採否・内定などに響かないのがよろしかろうとは思う。ただ、しかし・・・「好感度の高い髪型」というものは自ずとあるだろうとは思うし、採用担当者にはこんな不安があったりするかも知れない:「この学生を採用決定したとして、或いは、1次選考で合格として人事部長面接/役員面接などのステップに進めさせる場合に、上司や社長ほかの偉い人がその学生を/その新入社員を目にしたときにイヤな印象を持つとするならば、ひいてはそれが自分へのマイナス評価につながりかねないかな」と・・・。すると、学生の髪型などの問題もむずかしい影響力を持っていると言えそうだ。   
   
   
   
 学生(そして新入社員も)が分かっていないかも知れないポイント(しかし間違っていそうでもあるが):   
 企業・採用担当者が彼らに個性を求めるのは、主に内面の個性であると言えるのではないか。そしてまた、個性的ならば何でもよいというわけでなく輝くもの・魅力的なもの・・・しかし、「そんな目立った個性など自分には無い」と思えても残念がる必要は無かろう・・・例えばポテンシャルの高さ、簡単に諦めたり脱落したりしない粘り強さ、打たれても・ショックを受けても・すぐに成績が上がらずとも決してめげずに精進を重ねていける性格、誠意を大切にして人を裏切らない性格などなどは大きな長所・特性であり、それが窺われるならば、その人は有望で魅力的な人材ということになるのではないかなあ。   
 で、外観上の個性は、企業側はそう極端なレベルでは求めていないと思う・・・没個性寄りであっても構わないのでは?・・・そしてむしろ「ビミョーな一線を越えてしまった違い・はみだし」がある場合、企業・先輩の側には「君の場合、みんなの中でひときわ輝いているというより、浮いちゃってるよ」・「君が読まなくてはいけない空気を、読めていないんだね」との批判的な気持ちが生まれたりもしよう。営業部門では「君、髪型や衣服、化粧、そのほか格好には少し注意してもらわないと、大切なお客さんの担当をしてもらうわけにはいかないんだよ」みたいな不安だって生まれるだろう。   
 自分のことを不安視されたり警戒されたり嫌われたりするような生き方=組織のなかでの泳ぎ方をすることは、損なことだ・・・「髪型そのほかについて、どの程度までなら周囲から浮かないかな・好印象を損ねずにいられるかな」の研究はゆっくりと、あわてず慎重に進めて個性演出を図るのが得で、精神的にも楽だと思うのだが。   
 学生の側は「そんな! すでに働いている先輩の方々のなかには、自由度の高い格好をしている人も多くいるのに」と理不尽さを覚えるかも知れないが、しかし、それは「かつて新人だった頃には髪型そのほかのチョイスに関して、上からの期待、周囲の空気を読みながら無難に/上手に選んで来た」・「ちゃんと活躍し、実績を重ねて自分への評価も定まって来た」ということの末に許されている・受け入れられている格好と言えるのではないか。   
 なお、上のような感覚は、ファッション・アパレルなどの業界、デザイナー職、そのほか若々しさに満ちた新興企業など、業界・職種などによってはちっとも当てはまらないケースも少なくなさそうに思うけど。   
   
   
   
 冒頭の広告について・・・広告にはまた "Here we go" ならぬ "Hair ..." とのメッセージがある・・・やがて時代の変化が訪れるまでこのメッセージは続けられることであろう。   
 「今はまだ自分らしい、自分の好きな格好が出来ない」と嘆く人は、活躍と精進を重ねて「自分らしい格好を、少しずつ実現出来るようになった」と喜べる日を目指して頑張り続けて欲しいものだと、後期中年オヤジのひとりは思う。   
   


雑記



   
 NHKのEテレにて、古民家などを活用して営まれている喫茶店・カフェを紹介している番組「ふるカフェ系・・・」。   
   
 ここ何回かは見逃しているが・・・。   
   
 この番組中にはBGMが流れる。   
   
 挿入される音楽のメインは、 つじあやの がカバーした「なんとなくなんとなく」・・・だと思う。   
   
 ・・・ただ、筆者個人的には、この歌手がカバーした音楽としては他のもののほうが好きかなあ。   
 冒頭の写真中、上から2番目(真ん中)のものには「なんとなくなんとなく」は収録されていないけれども、しかし、この人ならではの、涼しげというよりも個性的な「こざっぱり感」と「明るさ」、魅力的とも言えるあんばいの「線の細さ」や「平明さ」がうまくキマッた歌唱を聴くことが出来る。「渚のシンドバッド」については個人的には評価が難しいかなあ・・・ミスマッチ感も大いに覚えたりするのだが、でも、抜け感・超越感などからする面白さ・すがすがしさがやはり心地よい。「恋に落ちて・・・」には、この人の声質・歌い方だからこそ引き込まれていく魅力がある(生真面目に歌うことに徹しているように感じられもするが、しかし、歌いっぷりに暑苦しさもなくて、これがなかなかに風情ある・・・と筆者は思う)。   
   
 番組中、やはりよく流れるのは「君に、胸キュン。」であろうか・・・土岐麻子がカバーしたものか・・・上の写真中の一番下(一番手前)の "WEEKEND SHUFFLE" のアルバムに入っているものが使われていると思う。   
 番組ではこの楽曲の展開部までは流してくれていないと思うのだが、CDであれば曲トータルを楽しめる。   
   
   
 なお、一緒に写し入れた一番上(一番奥)のCDについては、いずれそのうちブログ記事で扱うつもりにしているが・・・。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 英語でのやりとり(メール・ファクス・会話)は、仕事上のものであれば、ま、そんなに消極的な気持ちにならない・・・しなくてはならないものだし、使う単語(用語)も決まりきったものが多いし。   
   
 が、よく英会話テキストで扱われているような日常会話こそ、筆者が億劫になるものだ。   
   
 しばらく前、飲んでいた居酒屋に外国人ふたり(アメリカ人の夫婦なのだと思う)が入って来た。彼らは、カウンター席に座る筆者の斜め後ろのテーブル席に座った。   
 彼らは日本語を解さないのであった・・・会話も文字も。しかし、「日本人が普通に飲食している店にて、普通に食べられているものを楽しみたい」とのチャレンジ精神は旅行者として異例なことではあるまい。   
   
 店主やスタッフは英語をあやつれない様子。他の客たちもこの外国人の手助けをしようという雰囲気にはなかった。   
 さあ、どうする? ・・・筆者はちらっと「2軒ほど隣の店には英語メニューを置いているよ」と伝えることも考えたけど、それはこちらの店に悪いし、彼らの身なりから判断する限りはしっかりカネを使って行きそうな客のようであった・・・ならばこの店で飲食してもらったほうがよろしかろうと思えた。また、こちらの店のほうがヴォリュームある食事を楽しめる。   
 思い切って筆者がこの外国人客に声を掛けた。そして、なかなかに面倒な思いをすることになった。   
   
 「肉と魚と、いずれを食べたいのか?」と問えば、両方だと答えたから筆者は頭の中で「うっ、メニューを英語で紹介するその件数が多くなるじゃねーか、面倒くさいなあ」と思った。   
 でも、すぐ気をとり直した。メニューの逐一を訳す・英語で説明するのはやめて、適当に幾つかを選んで「これなんかどう? こんな料理でお薦めだよ」式に説明すればよろしかろうと考えた・・・で、実際にそのとおりにした(「イカ納豆」とか「ナメコおろし」とか、わざわざ説明して仮に食べてもらっても喜ばないと思うし、説明するだけ無駄というものだろう)。   
   
 野菜サラダがあるかと尋ねられた。この店のメニューには無いのだ。漬物の盛合せはあるが、漬物って、筆者には適当なシンプル訳語が見つからないし、彼らが口にして喜ぶかどうかも微妙のように思えた(「ピクルス」という訳語は、日本の各種の漬物を言い表すには不適当と思う・・・或る種の「らっきょう漬」その他であればともかく)。   
 店主に、「レタスやトマトやキュウリ、それに典型的なドレッシングかマヨネーズなどで野菜サラダを作れるか?」と訊いたら作れるというので、そういうオリジナルな野菜サラダを作ってもらって食べるかと外国人客に問うたらイエスというので店主にそのとおりにしてもらった。   
   
 彼らは他の客の食べているものを指して「あれは何?」と言った・・・そちらに目をやると豚肉とキムチとを一緒に炒めたものと思われた・・・筆者は「キムチかあ、これまた訳すのに面倒じゃねーかよ・・・よりによってこういうものについて尋ねるなよな・・・でも白菜キムチには酸味もあるしこれはピクルスと訳せばよさそうではあるが、しかし、この外国人の口に合うかなあ」と思い、で、「キムチを知っているか?」と尋ねるとノーとの答えだったので、この料理について「ポークの料理だけれども、しかし、チャイニーズ・ヴェジタブルの、辛い味のコリアン・スタイル・ピクルスで、ユニークリーに悪いあんばいの味わいを持つものと合わせた料理だ。不慣れであるならば、お薦めはしない」と説明・・・ちと、キムチのふるさとの国の人たちには申し訳ないセリフであったが、しかし、これを食べさせても喜ばれないだろうとの筆者の思いを反映する言い方としてやむを得なかった。   

 結局、彼らはマグロやサーモンの刺身、メカジキのバター・ソテー、揚げだし豆腐、ポークジンジャー、野菜サラダ(レタス・タマネギ・トマト・キュウリ・コーン・ゆで玉子の組み合わせだったかな)、ビール、日本酒などを飲食した。(なお、メカジキの訳語を筆者は知らなかった・・・筆者がメカジキを、メニューとは違う形の「焼きもの」スタイルにしてもらって食べていたからそれを彼らに見せてメニューどおりのソテーで薦めたのであった)。   
   
 やっぱ・・・日常会話こそ疲れる(笑)。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 スーパーで買いものして商品をレジ袋に詰めていた。   
   
 隣でも中国人観光客と思しき3人連れが同様のことをしていた。   
 商品の量が多く、レジ袋はいっぱい・・・ひとりがレジ袋を持ち上げようとすると、袋の持ち手2つを片手の指でスマートに持つのが不都合な様子であった。   
   
 筆者は「べつに構うこともない、放っておけばよろしい」と一瞬は思ったが、こういうときに使うプラスチック手かぎ(グリップ)が用意されていないか見回してみた・・・この店は用意していない様子・・・では、荷造り紐は?・・・それも用意されていなかった。気が利かない店だなと思った。   
   
 こういう場合、客が自由にジャンジャン使うことの出来るあの薄い半透明ビニール袋を、袋を開かないままで1枚なり、2枚を縛ってつなげるなりで、紐として使えばよろしいわけで・・・これをレジ袋の持ち手2つに渡して縛ればプラスチック手かぎと同様の役割を果たしてくれる(但し、荷物があまりに重い場合は袋の強度がもたないかも知れぬけど)。   
   
 筆者は彼らに日本語で呼びかけて、「こーすりゃいいんだよ」とも言いつつ半透明ビニール袋でレジ袋の持ち手をくくってあげた。   
   


アレクサ・・・


   
 「アレクサ! 日本酒を温めておくれ! お銚子2本のうち片方は“熱燗(あつかん)”で、そして、もう片方は“人肌”にして」   
   
   
 ・・・というように、電子レンジにお銚子2本を同時に入れて上のように指示しても、これはやっぱり難しいかな(そういう要求はやはり無茶だよね・・・このように求めたいケースは、飲食店は別として、家庭では稀であるし・・・逆にアレクサの側から、「これから温めますので、30秒したら2本のうちの1本を取り出してくださいませ」と音声案内されてしまう?):   
   
   
  http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1809/21/news080.html   
   
   
 または   
   
   
  https://japan.cnet.com/article/35125926/   
   
   


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