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2019-06

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交響曲第9番「合掌づくり」



   
 今回の記事タイトルに、特別の意味は無い。   
   
   
 さて・・・上の写真は過去のものの再掲。   
 マンガを読むという習慣は無く(子供の頃は読むことも結構あったけど)、しかし、この作品だけは自分としては珍しくも全巻を読んだ。ストーリーを楽しむというより、蕎麦について楽しく色々と知ることが出来たから。   
   
   
 日経新聞の15日の土曜版では、料理レシピを伴うマンガ10作品を紹介していた。ネット上ではこちら:   
   
  https://style.nikkei.com/article/DGXMZO45998440S9A610C1W03000?channel=DF280120166618&n_cid=LMNST022   
   
   
 第8位の作品は「あたりまえのぜひたく。」・・・このタイトルはどういう意味なのだろうか・・・漢字を交えて表記すればおそらく「当たり前の贅沢。」ということかな・・・しかし「贅沢」の仮名表記はたとえ旧仮名遣いであっても「ぜいたく」であって「ぜひたく」ではないだろう。他方、「あたりまえ」を旧仮名遣いにするならば「あたりまへ」。   
 というわけで、このマンガのタイトルがもしも「あたりまへのぜいたく。」であったならば納得するというか、気持ちが落ち着くのだけど。   
 いや、作者としては・・・人々が、現代人が「うーん、ぜいたく!」と心をときめかせて唸るとき、おどけて旧仮名遣いっぽく「うーん、ぜ・ひ・た・く」と言ってみたりもするその調子を作品タイトルに活かしたものと、筆者は想像する。   
   
   
 これらのマンガ・・・どれかひとつでも、読んでみようかな。筆者はヘソ曲がりなところもあるから、敢えてベストスリーを外してチョイスしそうな気もするが。しかし、青ジソ入り味噌を用いた焼きおにぎりは美味そうだな(なお筆者は、山登りは好きでない・・・理由は、登山中に休憩を挟むという習わしが嫌いなのと、山小屋に宿泊する場合にそこに風呂またはシャワーが無いのが不満である(無茶な願いであるなあ)等々)。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 どのクルマを選んで買うかを考えるとき、人は何に重きを置くか?   
   
 値段? メーカーやブランド・シリーズ? 走行性能? 乗り心地? 内装を含めた質感? 安全性? 燃費?   
   
 なかには、こういうことを重視する人もいると思うのだ:「とにかく目立つクルマ! 走っていても停まっていても、周囲のみんなが注目してくれるクルマがいい」   
 ・・・こういうニーズって、いつの時代も一定数あると思うのだが、とすれば、こんなクルマが存在してもよかろうに・・・しかし、メーカーは手掛けない:   
   
 「左右非対称デザインのクルマ。たとえば右側のヘッドライトは丸型2連なのに対し、左側のものは縦長の四角。そのほか、ウィンカーのランプにせよフロントパネルにせよ、何から何まで左右非対称デザイン」   
   
 こういうデザインだと、大いに注目を浴びると思うのだよなあ・・・でも、道路を走っていると対向車のドライバーもまた「うわっ、あのクルマ、何なんだよ?」と驚くだろうし、脇見運転を誘発しかねないかな。   
   
 車のリア(後ろ側)のデザインもまた左右非対称だとすると・・・その後に続いて走るクルマのドライバーは落ち着かない気持ちになるかな・・・特にブレーキランプが点灯したときとか、夜間のテールランプを目にし続けるときなど・・・疲れる?(笑)   
   
 仮にもしも・・・こういう左右非対称デザインのクルマがブームになって、やがて多数派を占めるような時代になるとどうなるか? 左右非対称デザインということは、言ってみれば1台のクルマが2つのデザインをまとっているようなものである。スーパーの大規模駐車場とか高速道路のSA/PAに駐車している多数のクルマの様子が壮観とも言える状況にもなるだろうか・・・ドライバーや同乗者(そして特に小さな子供)が用事を済ませて自分のクルマに戻ろうとするとき、それをすぐには見つけ出せなかったりも?   
   
 左右非対称デザインが法律や規則に反するのかどうか、筆者は知らないけど。   
   
   
 さて、フロントのナンバープレートが車体の真ん中に付いていない軽自動車が多い理由について:   
   
  https://kuruma-news.jp/post/151334   
   
 または   
   
  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190616-00010002-kurumans-bus_all   
   

雑記



   
 現在放映中のNHK大河ドラマの視聴率が過去最低を記録したとの記事見出しをネット上で目にした。   
   
 でも、その記事本文は読まなかった。理由を知りたいとも思わぬし、ま、大河ドラマはもう長年、自分自身も観てはいない。たまにチラッと偶然に目にしてしまうことはあるのだけど、積極的に・自分の意思とともに観ようとは思わない。   
   
 大河ドラマの次回シリーズでは織田信長、明智光秀などの時代をテーマにするらしいが・・・。   
   
 講談社学術文庫から最新刊として「本能寺の変」が登場。   
   
 で・・・冒頭の写真は「本能寺の変」とも関わりを有する、或る有名な香炉。   
 これは本物ではなく、いわゆる「ガチャガチャ」・「ガチャポン」・「ガシャポン」で売られている300円商品・・・トイズキャビン (TOYS CABIN) という会社が出している「戦国の茶器」シリーズの「弐」(つまり第2弾)の6点のうちのひとつである。   
   
 言わずもがな、サイズは小さい。そこがまたよろしいのだけど。下のは、同じ茶器シリーズから茶壷のうちのひとつとともに。   
   
 色合い・光沢などに関して、自分で少し手を加えてみたくもあるのだが・・・ラッカーその他の選択を誤ればマズイことになるしなあ・・・うーん。   
   


雑記


   
 金融庁の金融審議会がまとめた報告書をめぐる「2000万円問題」・・・今年2019年の流行語大賞は「2000万円」になったりする? ・・・いや、そこまでのことはないか。   
   
 しかし、この件は、国民ひとりひとりが早い段階から資産形成を目指す必要性を訴えるという点では、絶対に意義のあるものだったろうに。国がもし、「国民の皆さん、日本に生まれてよかったね・・・現役時にのほほんと過ごしたとしても、老後はのんびり自由に遊んで暮らしていけるような年金制度が日本にはあるんだから。その年金財政も健全なまま持続していくのだし」等と言いくるめてばかりいたのでは、それのほうがむしろ大問題だ。   
   
   
 さて、「油断していてはイケナイよ」ということを、自治体が思い切った表現で警告した事例として・・・こちらはハザードマップに関連して波紋が広がったケース(東京都江戸川区):   
   
  https://www.fnn.jp/posts/00046662HDK   
   
   
 心づもりしておいて欲しいことをアピール・警告しないとすれば・・・そのほうが問題だろう。   
   
 ところで・・・以前から、筆者は、マイホームを購入しようとする人の相談に乗ることが幾度もあったのだが、東京都の各地に関して、たとえば河川氾濫の危険性、地震に関連しての地盤液状化のリスク、津波被害の可能性その他に言及することがしばしばあった。   
 地方から東京に出てきて生活し、やがて都内に不動産を購入しようとする人の中には「東京という地域は古くから高度な土地開発が続けられており、どこでも美麗・快適・安全な状況が整っている、それは確固たる事実である」みたく考えている人が多くいる。で、東京に関してゼロメートル地帯という言葉も知らない(昔だと、東京ではたとえ小中学生であってもゼロメートル地帯やその付近は避けて住むべきとの感覚を持っていたのに)、河川の堤防のことも知らない、「埋立地」のことも知らずその地盤への懸念も持たない、地域の(町内くらいの狭い地域における)等高線というか高低差も意識しないという人が多数いるのだ・・・地域の高低差なんてそんなに大事かと疑問を覚える人もいようけど、しかし、河川堤防の決壊のほか局地的集中豪雨というものもあるし、周囲よりも低い土地にてさらに半地下の居室や駐車スペースを設けることのデメリットやリスクは当然に意識されるべきだろう(火災保険の付保内容を考慮しつつ敢えてリスクをとるというチョイス・覚悟もあるのかも知れないけど)。   
   
   
 状況によってはこんな事態だって起こりえなくはない?・・・激しい雷と、集中豪雨を伴う大雨にも見舞われた或る日、自宅マンション(高層タイプ)に帰ろうとしたらマンション建物は1階部分が完全に水没しており・・・泳いでマンション建物脇までたどり着き、さて、入り口ドアから建物内に入ろうと息を深く吸い込んで潜水してみたら自動ドアは閉まったままで入れなかったなどという状況もありえよう。では、「手動扉のあるあの場所へ」と思いついて、そこで潜水・・・幸いその扉は開放されていて建物内に入ることが出来たとして・・・しかし、停電のためエレベーターは動いていない・・・仕方なく30階まで歩いて上る。ああ、でも停電のため、食事・風呂その他すべてに支障が・・・これでは生活が不自由であるから結局やはり外へ出ようかとまた階段を下って・・・ここでまたも潜水・・・いやはや。   
   
   
 地球温暖化に伴って海水面が上昇することの影響も、忘れてはいけないことだろう。   
 下の記事は、西暦2100年におけるアメリカの状況を危惧したもの・・・衝撃的と感じる人が多かろう(なお、画像がうまく表示されないときもある)。   
 「日本については懸念の必要がない」などとは言えまいし、また、状況変化について「2099年までは無問題で安心、ジャスト2100年になって初めて問題が顕在化する」というものではないだろう。   
   
  https://www.businessinsider.jp/post-191867   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 以前、ブログ記事でこう書いたことがある(以下にコピペ):   
   
 就職氷河期の頃、大学生の子供を持つ親から「どこの会社を狙うべきか/どこか穴場はないか」と話しかけられることが何度かあり、筆者は、たとえば某大手企業の有力子会社を幾つかとか、ほか、「生え抜き職員が出世させてもらえる可能性はほぼ無かろうけど、一部の人しか知らない或る団体・組織」などの名前を挙げることがあった。前者は、子会社とはいえそれなりに定評あるところなのであるが、筆者自身、いろいろな企業のグループ経営戦略などを研究している中で再認識させられた魅力的な企業などだった。また、後者の団体・組織は(いずれも就活学生もその親も注目しそうになく、そればかりか、中には、残念ながら一部の公務員やその家族を除けばろくに知られていないのではないかと想像されるところもある)、勤める最初からもう出世に限界点がつけられてしまうとはいえ、「とりあえず正規労働の安定した職」、「理不尽に解雇される危険性が小さい、安定した身分」を手に入れられることにメリットがあり(就職氷河期というものも一種の世代のリスクであり、そこでは妥協と見極めも大事だ)、しかし、仕事としてはかなり暇であることが想像されるがゆえ、もしもオフタイムに資格試験の勉強をする等の心づもりがあるならば自らのキャリアアップを図って転職・独立につなげていくことも十分に可能ではないかと思えたのである。   
 ま、でも、筆者の考えることって、他の人たちとはかなり異なるからなあ・・・上のようなアイデアは聞き入れてくれなかった・・・しかし、その結果、ご子息たちの今は芳しくないことになっている。(以下略)   
   
   
 「安定した身分、でも仕事は暇」というのは・・・良くもあり、悪くもありかな・・・しかし、世の中の経済環境、各人の境遇によっては、それでもやはり必ずしも「間違った選択」・「最悪の選択」とは言えまいと、筆者は今でもそう考えるけどね・・・これだって現役時代の収入、老後への備えに直結する問題だ。   
   
 なお、こんな記事も:   
   
  https://bizspa.jp/post-166597/   
   
 または   
   
  https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190606-00166597-bizspa-bus_all   
   



「モバイル西瓜」、「デスクトップ・メロン」・・・



   
 上のは過去の写真。今年のスイカではない。   
 これはジュースを作ったときに撮ったもので、それゆえに妙な「ほじくり出し」の痕跡がそのまま写っているな(笑)。   
   
   
 下のは今年のメロン。   
   
 ところで・・・「生ハムとメロン」という組合せに関して、「率直に言って相性が悪いのでは?」等々のことがよく話題にのぼるようだが、それに関してはネット上にても多数の「実はそもそも解説」・「なるほど説明」を得られるので、ここでは書かない。   
 まあ、生ハムは塩気が強めだし(だから酒が進むとも言えはするが)、大抵の人は生ハムばかりをむしゃむしゃ食べようとは思わないのでどうしても組み合わせる野菜など考えたくなるのだろう。   
 生ハムに添えるに好ましいものとして筆者が考えるのは、たとえば新タマネギまたはタマネギのスライス、カイワレ、豆苗、ブロッコリースプラウト、リンゴのスライス(品種としては紅玉が好ましいかも?)、(場合によっては塩を振って水気が出てしんなり気味になった)キュウリ・大根・ニンジンの千切りとかであるか。また、マシュマロ、ウェファース(但しクリームなどを一切伴わないもの)とかは? 調理プロセスが少し増えるが、ブロッコリーの軸(茎)を茹で上げたもの、蒸かしたジャガイモ、ワンタンの皮だけを素揚げしたもの、エリンギを炙るなり炒めるなりしたものなどはどうなのだろう。   
 案外と、長芋(「とろろ」にも利用される、しかし、人間の「手」みたいな形をした大和芋ではなく棒状の芋で青森県・北海道などの産が多く流通しているかと思われるタイプのもの)をスライス・角切り・千切りしたものとも相性が良さそうに想像する・・・それを生ハムで包もうとすると滑るかな、しかし、交互に口に運べばよろしかろうなあ。   
   



今日は何の日・・・?




   
 ・・・・・・・・・・・・・・・   
   



   
 6月7日は、ジョージ・セルの誕生日である(1897年・明治30年の生まれ)。   
   
 ということで、冒頭の写真は・・・セルの作曲作品が収録されているCD商品2つをブログ画像庫より再掲。   
   
 1枚目の写真のうち左上のものには白石光隆氏の演奏でピアノ作品が収録されている(CD収録内容は写真2枚目を参照のこと)。   
 また、1枚目の写真のうち右下のものにはボツシュタインの指揮により "Variations on an Original Theme" ( "Variationen uber ein eigenes Thema" ) が収録されている・・・これは1915年に作曲された管弦楽曲なのだが、何と、R.シュトラウス、ニキシュ、ワインガルトナー、フルトヴェングラーらも振ったことがあるらしい。このCDは現在は廃盤になっているようだ。ただ、以前、 iTunes でダウンロード購入が可能な状態にはなっていた(現時点ではどうなのか未確認だが)・・・本当ならばライナーノート/解説文章を読みながら鑑賞いただくのがよろしいと思うのだけど。   
      
   
   
 ついでに、と言うのもちょっとあれだが、以下では、セルが編曲したものを収録しているCDを紹介しておこう。   
   
   
 まず、写真1枚目は、モーツァルト作品をチェロ協奏曲に編曲したものを収めているCD商品2つ。   
 セルは、モーツァルトのフルート協奏曲第2番ニ長調(K.314)をチェロ協奏曲に編曲している。ただ、しかし、その第2楽章についてはディヴェルティメントK.131を引っ張って来る(活用/採用する)こととした。・・・というのが筆者の一応の理解ではあるのだが。   
 写真の左側手前/左側下のCDはチョウ・チン(チェロ)ほかの演奏によるもの。ここで演奏されているカデンツァもまたセルの手によるもののようだ。   
 左側奥/左側上のものはソル・ガベッタ(チェロ)ほかの演奏によるもの・・・ここでは、第2楽章も、そしてカデンツァも、 Sergio Ciomei 氏が用意したものが使われているという・・・第2楽章についてはモーツァルトのオーボエ協奏曲に基づいているとのことである。   
 というわけで、セル・ファンとしてはどちらかといえばチョウ・チン盤をひいきしたくもなるわけだが、ともかく、「演奏を聴いて、その演奏をどれくらい楽しめるか/それで豊かな気持ちに浸れるか」という鑑賞本位の点から評価しても、どうもやはりチョウ・チン盤に軍配が上がるように思える。   
 ガベッタ盤(輸入盤、 88697547812)のライナーノート(封入冊子)でモーツァルトの協奏曲についての注記のうち "1. Satz & Kadenzen" とあるのは、正しくは "2. Satz & kadentzen" であろう・・・併記の英語・フランス語からしても、また、解説文からもそのように考えられる。ハイドンの協奏曲についての注記にも同様の、校正ミスかと思われるところがある。    
 ほか、このライナーノートには妙なところがある。ドイツ人と思われる人物が書いたドイツ語の解説文において、モーツァルトのこの「チェロ協奏曲」の第2楽章についてセルやアルフレート・アインシュタインがディヴェルティメントを活用(採用)するに至ったと説明しているにもかかわらず、その英語訳およびフランス語訳にあっては、ディヴェルティメントについて何も言及していないばかりか、「K.470のヴァイオリン協奏曲のアンダンテ」を活用することとした旨が書かれているのである。(なお、ガベッタ盤の第2楽章の演奏内容は先ほど述べたとおりである。) 英語訳またはフランス語訳のみを読んだ人にとっては、「それならば、チョウ・チン盤の第2楽章で演奏されているあのディヴェルティメントは何なのよ? それはセルらのアイデアと無関係なわけ?」という疑問も湧かぬではない? ちょっと気持ち悪い・収まりの悪い思いをさせられるか。   
   
 下の写真2枚目のうち右手前のものは、スメタナの弦楽四重奏曲「わが生涯より」をセルが管弦楽曲に編曲したものを収録している。指揮もセル。   
   



   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   



雑記


   
 人と話すときには高めの声を出す・・・声量のことでなく、トーン・周波数を高くするという意味だが、そうすることで相手に対して明るい印象を与えることが出来るとされる。   
 (なお、もともと声の周波数帯域が高い人はその必要がない場合もあろうし、甲高い声の人、そして稀にではあるが金属音っぽい声質を持っている人の場合にはむしろ声のトーンを低めにコントロールするほうが良い場合もあるかも知れないが。)   
   
 この、声のトーンの問題は誰もが意識して良さそうなことではあるが、とりわけ接客・商談・面談・電話コミュニケーションを多くこなす人にとっては大切なことかとも思える。   
   
 この、声のトーンの問題を意識させるために、小売業界で発案されたものが次のような手法である・・・それは先ず、各人が本や書類などを朗読・音読するときのトーンを基準におき、そこからスタートして「ドレミファソラシド」と歌わせる・・・このときの「ソ」の音の高さを以って人と会話するよう心掛けさせる・・・すると、おのずと「明るい印象を与えることが出来る」というのである。   
 これにより、客の側は好印象を覚え、ひいてはそれが売上増、客のリピート率向上などにつながるという。この手法は、音楽用語を借用していつしか「ドミナント戦略」と呼ばれるようになった。   
   
   
 ・・・というのは、嘘・デタラメの話。   
   
 しかし、まったく別の意味で「ドミナント戦略」という言葉はちゃんと存在する。   
 で・・・コンビニの本部が採っているであろうドミナント戦略は確かに本部を潤すだろうが、しかし、同時に、それぞれのコンビニ店舗(加盟店)の経営環境が悪化してしまう可能性もまたあるようで・・・。   
   
 ただ、しかし・・・。   
   
 筆者が寄ることある或る街の、或る一帯ではしばらく前、既存の「或るコンビニ」(A店)と同一系列のコンビニがさらに複数出店した(B店・C店)。これもドミナント戦略なのだろうと筆者は想像する。   
 で、これは成功しているのか? 筆者の目には成功しているように思える。確かに、若干だけどA店の客数は減ったのではないかとも思えるが、もともと大いに繁盛していた店舗であるから「若干の客数減少」はそれほど問題が無いのではないかというのが筆者の勝手な想像。で、新たに誕生したB店・C店もちゃんと繁盛。   
   
 では、近くの、この系列とは別の、競争相手のコンビニの2店舗はどうなったかというと、客数が大幅に減少したように見える。棚に並ぶ弁当・パンなどの数量も減っている印象。しかし、痛ましいのは・・・どちらの店もレジの機械は複数あるわけだが、以前とは状況が変わって客が少ないから、今ではいつ行ってもレジ担当者1人で(つまりレジ1台で)十分に対応出来ている。また、片方の店の床には、客がそれぞれのレジの前に列を作ったりせぬよう「皆さん先ずはここ・この1個所を先頭にして並んでくださいね」と案内する表示があるのだけど、いやあ、最近は客が減っているから、その表示に従うのはムダ・無意味な状況である。   
 まあ、これらの店も、筆者が寄らない時間帯には千客万来・大繁盛なのか知れないのだけど。   
   
   
 コンビニの加盟店は、店にもよるだろうが、大変な時代を迎えてしまったものだ。或るビジネス誌の記事を紹介しているページ:   
   
  https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190531-00203927-diamond-bus_all&p=1   
   
   

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