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2019-01

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雑記



   
   
   
 (↑)・・・5年ほど前にブログ掲載した写真をもう一度ここに。   
   
   
 この写真にてCDの背景としているのは新聞広告である・・・こんな写真を撮ったこと、忘れていた。   
   
 某半島国における「J-POP人気」に触れた記事を目にすることがあり、それで 竹 内 ま り や の作品についてちょっと書いてみようと思った・・・改めてCDを撮るのは面倒だから過去の写真をブログ画像庫で検索していて上のものが見つかっただけのこと。   
   
   
 ああ、でも、上の新聞広告における洒落の、そのセンスとパワーに圧され、いま、微妙に脱力・・・。でも、「いいセンス」だと思うのだよなあ・・・それはなぜか?・・・シンプルに「上手い、ハハハ/ぐふふ」という笑いを誘うのでなく、複雑な感想を引き起こすものがここにはある。案外と「計算を経た洒落」ではないかとも思えるし、また、「この広告、これで行こう!」という決断に対しては少なからず敬意を覚えたりもする。   
 単なる「上手い洒落」であればその広告をごく短い時間だけ眺めたあとにすぐ新聞のページをめくってしまうだろう・・・そして次の瞬間にはもう忘れ去ってしまうのでは? しかし、広告に込められた洒落について「この洒落、どう評価すべきかなー、上手いのか? どうなんだ?」と感じることがあれば、人が広告ページにとどまる時間はほんの少しでも長くなったりしうる・・・そしてついでに、その洒落なり、また宣伝対象とされた商品・サービスについても頭の片隅に何がしかの記憶が残りやすい? 敢えて「ひっかかり要素」のある広告のほうがよろしいのかも知れないなあ。   
   
   
 えっと、竹 内 ま り や について書くことはまた機会をみて・・・。上で言及した「某半島国におけるJ-POP人気」の記事とはこちら:   
   
  http://bunshun.jp/articles/-/10155   
   
   
 記事中に出て来る「プラスティック・ラブ」という曲は下の写真の、下側のほうのアルバム「 Variety 」の第2トラックに収録されている・・・歌謡曲・フォーク・ニューミュージック・ポップス系音楽などなどを聴かないという人にとっても、少なくともたとえば「もう一度」や「マージービートで唄わせて」などは耳にしたことがあろうと思う。スタイルも、また、温度感・空気感もいろいろな音楽づくりがここにはあって、かなり楽しめるアルバム。   
   
   
   
 ・・・それでは皆様、よいお年をお迎えください。   
 新しく訪れる年が皆様にとって幸多きものとなりますよう、お祈り申し上げます。   
   


藪から棒サメ(鮫)、 兵站(へいたん)から駒、 棚から ずんだ餅・・・



   
 (↑)・・・タイトルに特別の意味は無い。   
   
   
   
 或る人の賃貸マンション・アパート経営をお手伝いしている関係で、不動産会社その他からの第一次連絡を筆者が受けるケースは少なくない。   
 過日は、追加的な賃貸物件(建物)購入の検討を本人に打診してみてくれないかとのことで、こんな趣旨の連絡を受けた:   
   
 「この物件は建ててから年数が経ってしまっているし、また、いまは空き部屋が出てしまったりという問題もある物件ですが、しかし、これから日本ではまだまだ外国人労働者が増えていきます・・・空室解消もしやすくなるでしょうし、初期投資の金額が小さめな物件なのでそこそこに収益を確保可能と言えるかも知れないので、如何でしょう・・・うんぬん」   
   
   
 この件は、簡単に言えば「お断り」であって、「本人には伝えますが、たぶん難しいと思いますよ、期待しないでおいてください」と対応した。   
   
 これまで、かなり恵まれた条件で賃貸経営をして来ており、強気の家賃設定が可能なものはそのように、それほど強気で行けそうもないものは幾つかの企業の借り上げ社宅・借り上げ独身寮のような形をとることも併せてして来ている。そういう企業に話をつけるに当たってはオーナー本人の知人を経由したりするほか、筆者もまた仕事上の「つて」など活用して来た。   
 上の提案について、想定されている外国人入居者というのは外資系企業などのエリート・幹部、高度な知識・スキルを提供する外国人ではない。となると、入居する外国人が支払えることとなる家賃水準がどのくらいのものになるかが大いに気になる。家賃収入の額すなわち収益の額が小さければ、得られる利益も小さい。「利回り」がよくても、利益の絶対額が小さければ結局は妙味も小さい・・・固定資産税や修繕コストだって掛かるし。ともかく、貸し手サイドの労・手間に見合った利益が得られるのでなければ意味が無いか、あっても薄い。   
 外国人労働者の労働環境が改善しないままであるならば、家賃滞納の問題も生じやすいのではないか。企業の借り上げ寮にしてもらえばそういう性質のリスクを避けやすいが、それでも、もしも仮に、最悪の事態として、労働環境と将来に悲観した者が部屋に放火するとか、隣人などと重大トラブルを起こす、部屋で自殺する等のことがあれば、貸し手としては大いに迷惑を受けることになる。また、入居者の、ドアや建具の扱いが乱暴とか、風呂・トイレの扱いを間違うなどのことによって建物・設備の損傷・減耗も生じたり。ほか、ゴミの分別をしない、ベランダからゴミを投げ捨てる、庭・駐車場スペースでバーベキューして騒ぐなどのことがあればこれまた管理上の厄介を生じるであろう。   
   
   
 最近になって、いわゆる「サブリース」を活用した賃貸経営の問題点が浮き彫りになっているが、これまでにサブリースは一切利用していない・・・業者から提案されたことはあって、そのとき筆者は「この契約条件をたとえばこんな具合に変更してくれるならば、検討してもよい」旨を相手に伝えたら、「無理です、そんな身勝手で虫のよすぎる変更など出来ませんよ」と呆れられ、そして向こうから断られた・・・でもね、筆者の目からすると、先方の提案内容のほうこそ勝手が強いなあと感じるものであった。   
 サブリース契約を安心材料にして賃貸経営をスタートし、しかし今になってそれを後悔している人たちは、どのような内容・条件で契約したのだろうか・・・過去に筆者が目にした契約案と同じようなものに修正をかけずに契約し、そして賃貸経営を始めたのであろうか?   
   
   
 まあ、いずれにせよ、空室や、家賃水準の低下に悩んでいる賃貸経営者は多いようであり、彼らとしてはこれから増加していくであろう外国人労働者に入居してもらうことに期待を掛けているかも知れない?   
   
   
 それにしても、外国人が多くなった。筆者は「抜け切れない偏見・先入観」を持っているせいで、夜道をひとり歩きしているときなどに目にする外国人にはどうしても警戒感を抱いてしまう(すべての外国人に対してではないし、また、日本人であっても悪人はいるけど)。   
   
 冒頭の写真は・・・これは防犯アラームで、上方の突起を引っ張ると大きな音を発するもの。ポケットに入れて持ち歩くとか、荷物に結びつけるとか、色々な利用の仕方がある。   
 こういうものを、男性はあまり持ち歩かない・・・場合によっては自分で大声を張り上げるほうが早いかも知れないが、殴られたり刃物で傷を負ったりする部位によっては声を発せないことだってありうるし、ま、防犯・警戒その他のためのグッズはあったほうがよろしかろう。もともとは、ずいぶん前に家族のために買ったのだけど、未使用の余りがあったので、この暮れは帰りも遅かったりしたので筆者も使い始めた。   
   
   
   
 下のは、ウィスキー・・・最近はストレートやロックばかりでなく、ハイボールで飲むことも増えてきた・・・そのようにして飲むと就寝直前になって追加的にビールやビール系飲料をあまり飲みたいと思わなくなり、寒い季節には体にもよいのかも知れない。   
   
   


雑記



   
 (↑)或る晩の食事から・・・翌日にはスープにも活用。   
   
 写真中にはパルカッチョ、いやカルパッチョのためのソース/ドレッシングのパッケージも写ってはいるが、当初は「これを使って味わうこともしてみよう」というアイデアがあった・・・しかし、結局は使わず。   
   

目くじらを立てたりしないが・・・


   
 つい先日、職場の或る部署に立ち寄ったら・・・会社に出入りしている書店の営業担当者(外商担当者)の姿があった。で、A女に対し、彼女が個人購入した本を渡していた。   
   
 A女が買った本は娘のためのクリスマス・プレゼントとするものであった。   
   
 彼女が言うには・・・「うちの子は、どうしてもっと女の子らしいものに興味を持たないのだろう」。   
   
 その本は、子供向けに書かれたと思われる「恐竜」の本。   
 そしてまた、彼女がスマホ内に保存している写真を見せてくれたが・・・そこには娘さんがまとめたと思われる、手書きの「恐竜分類・系統図」らしきものが。   
   
 ま、仮に、恐竜への関心が「女の子らしくない」ものだとしても、よろしいのではないかと筆者には思える。将来、娘さんが恐竜関係の学者その他(大学教授・博物館学芸員ほか)になろうと思い立つとすれば、これについては筆者は「狭き門かも知れないなあ」と心配せぬではないけれども、でも、関心は広がったり方向転換したりしがちだから、恐竜からさらに生物学、生命科学、医学(そして薬学、さらには化学)、保健・衛生、栄養学、食品、農業、地球環境などへと好奇心が向かうかも知れないではないか。勿論、仕事・進路と無関係に趣味的な好奇心の対象として恐竜と向き合い続けるというパターンもあろうし、或るいは、ひょっとするといつしか、恐竜への感心もあっさりと薄れてしまうかも知れないけど。   
   
 就職氷河期に入社したこととも多少の関係があろうけど、大学時代にバイオを専攻していながら現在は経理職で活躍している者もいたりするし、「食べていく・生活していくうえで安定的な仕事」に就くプロセスや人の運命・進路というものは、必ずしも「本人のもともとの興味・好奇心」と一致しなかったりする・・・で、それが不幸なこと、日々「欲求不満・不完全燃焼感」を生むかといえば、そうとは言い切れまい。大学までに習得した知識・スキルを活用できるわけでない仕事に就いても、まじめに「学びなおし」をする気があれば、その後の可能性はいくらでも広がっているケースは決して少なくないであろうし、場合によっては、同じ仕事をしている他の仲間とは異なるバックグラウンドを持っていることが強みになるケースもあろう・・・理数系に強い事務屋・経営管理担当職などなど。    
    
 音楽とか、絵とか、花とか、手芸とか、お菓子づくりとか・・・そういうものに興味を持つとすれば、それは「女の子らしい」と言えそうではあるが、でも、「恐竜では不似合いで、そして不適当なんだ」とは思えぬな。   
    
    
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 クリスマス・イヴの街を通り過ぎていたら、或る「やきとり店」が店の前に商品を並べ、通行人に声を掛けていた:   
   
 「さっ、クリスマスに“やきとり”、いかがっすかー? ローストチキンもありますよ」   
   
   
 クリスマスには鶏肉、だから「やきとり」だって買ってもらえるチャンスは増える・・・という発想なのだろうけど、ちょっと「?」と思ったのは、上の「ローストチキンも」というセリフ・・・むしろ次のようにアピールするのが自然ではないか?   
   
 「クリスマスです、ローストチキン、いかがっすかー? “やきとり”も用意していますよ」   
   
 でも、この店は「やきとり店」なのだから、やはりメインに、一番に売りたいのは「やきとり」のほうなのだろうな。   
   
   
 少なくとも日本ではこの時期にたくさんの鶏肉が食される。   
   
 海外では捕鯨への反対が強いが、牛・豚などなら何の「うしろめたさ」も持たずに食べてよいのか、七面鳥を食べるなんて可愛そうじゃないか等々、筆者は思うわけだが、このような疑問は日本人の多くが抱いているところであるから、これ以上は書くまい。   
   
   
 日本人でも「牛肉、豚肉、鶏肉があれば十分。鯨をつかまえてそれを食べることをしなくてもいいじゃないか。鯨って、食べたことないや/鯨って、特に美味しくもないや」みたく感じている人は多そうだ。   
 でも、こういう人たちはもしかすると、馬、ラム、イノシシ、色々のジビエ料理、キジなどなどについても無関心なのかも知れない。魚その他の海や川の生き物についてだって、「マグロ、マダイ、アジ、サンマだけあればいいや、それ以外はもう、キンキ、マナガツオ、ナメタガレイ、アンコウ、ナマコ、シャコなどなども含めてどうでもいいや」だったり?   
 ま、筆者も、たとえば食用ガエルは「特に美味しいと感じないし、敢えて食べなくてもいいよなあ」との感想を持っているのだけど、しかし、食べる人がいてもそれは結構と思っている。   
 ああ、それにしても、鯨を、やはりもっと頻繁に食べたいなあ・・・。   
   
   
 上の「やきとり店」での掛け声について、筆者は「いかがっすかー」のイントネーションにちょっと乱暴さを感じてイヤだったのであるが、気にしても仕方あるまい。   
 或るコンビニ・チェーンが、店にポスターを貼って「○○の○○、すげーうまい」と宣伝している。この「すげー」の言葉と表記、個人的にはイヤなものを感じるな。でも、「食べた者が、思わず、飾ることなく発してしまうセリフ」的なものとして、若い人たちにはウケのよいものなのかも知れないな。   
   
 「○○の○○、すんごくうまい」みたいな言葉と表記であるならば、筆者はイヤなものを感じずにいられるかなあ。   
   
   
 下のは・・・過去の写真の再掲で、ずいぶん前に日経新聞に掲載されたコラムから。   
   


「風が吹けば桶屋が儲かる」し・・・そして、「スマホ浸透・普及によって風邪は流行る」し、「消費税アップによって日本人のマナーは低下する」・・・?


   
 某オフィスビルのトイレに入ったら、若い男が踊っていた・・・いや、正確に言うと、腰を落とすために両脚を大きく開いて膝を曲げ、右手にはスマホを持ってそれを高く掲げ、同時に左腕を伸ばしきっていた。   
   
 それを目にした筆者は最初、「この男、ストリート・ダンスの練習でもしてるんか?」と思った。   
   
 2秒くらいして筆者は事情がのみこめた。彼は、スマホの自撮用のレンズを利用して自身の髪型のチェックをしていたようなのだ・・・「普通に鏡を使えよな!」と思ったけど・・・それにしても彼のポーズには力(リキ)が入っており・・・筆者が「ストリート・ダンスの練習中なのか」と早合点したのも無理のないことだろう。   
 彼はなぜ腰を落としていたのだろう? 本来は腰を落とす必要はないと思われる。しかし、自身の頭のてっぺんを映像で見たくて、このときスマホを持った右手を上にもっていくだけではもの足らずについつい腰を落とすことまでしたのではないかな・・・と想像する。  
   
   
 さて、今回タイトルにある「風が吹けば桶屋が儲かる」については説明不要だろう。この言葉にある理屈の「展開」はあまりにも長すぎるわけだが、それに比べると「スマホ浸透によって風邪は流行る」というのと「消費税アップによって日本人のマナーは低下する」というのは説明不要なほどシンプルで分かりやすい。   
   
 それではまた・・・ごきげんよう。   
   
   
   
   
 いや、説明をしておこう。   
   
 スマホを利用する人は、それをポケットに収めず手に持ちながら歩くという行動をしがちだ。そういう人が実に多い。すると、少なくとも片手がふさがる。もう片方の手にバッグなどを持っていることも珍しくないけれども、そうすると両手ともふさがってしまう。で、咳をするときに口を手でふさぐという行動もしにくくなる。   
 以前から、咳をするときに口に手を当てるということをしない、或るいは、人のいない方向を向いて咳くといったことを思いつけない人間が特に都会では多かったものだが、スマホを持ち歩くことで手がふさがるようになれば、咳による風邪その他の病原菌・ウィルスの飛散の機会は増すであろう・・・どの程度かは分からぬが、飛散の機会が増えることはあっても減ることにはなるまいに?   
    
   
 コンビニは、客がすぐ食べられるような状態で「肉まん」などを売り、また、レジ脇でチキン惣菜などを売っている。あれらを買った客は自宅まで持ち帰ってから食べるか、或るいは、そのコンビニ内のイートイン・コーナーで食すべきものであろう。   
 しかし最近は、学校帰り・塾帰りと思われる中学生・高校生がああいう食品を食べながら歩いているケースをやたらと目にする。いかんなあ、よろしくないなあ・・・お腹(なか)が空くのはわかるし、それは健康な証拠で微笑ましくもあるのだが、「歩き食べ/食べ歩きすることは、食欲に負けて人目を気にしなくなってしまうことであり、マナーを置き去りにすることであり、すなわち、みっともない・恥ずかしい」と筆者は思う。   
 昭和の時代の昔には、学校帰りの生徒が(主に部活を終えた夕方に)肉まんなどを買って、べつに歩き食べなどするのでなく店が用意していたベンチに腰掛けて食べていてもその近所の大人が学校に電話して「お宅の学校の生徒さんたちが、帰宅途中に買い食いしていますよ!」と通報することがよくあったらしい・・・で、先生はその店まで足を運んで生徒を見つけたら注意をする・叱るというご苦労を重ねていたようだ。そのくらいに、地域での「子供のマナー教育、監視の目」というものがあった・・・ま、ちょっとうるさすぎではなかったかと思うけど。えっと、一応、筆者はそういうことで叱られたことはない(・・・高校生時代、筆者は友人たちと帰宅/下校途中にボーリング場で遊ぶことが何度もあったけど、喫茶店・雀荘に行っていた友人らが叱られる一方で、筆者らが先生に見つかることはなかったなあ)。   
   
 いま、たとえばマクドナルドの店から出て来た客が、買った品物を食べながら歩くというケースは、日本人の場合にはあまり見かけないように思える。白人の外国人が多いかな。せっかくイートインのコーナーが用意されているのだし、まともに「しつけ」を受けた日本人ならばそこで食事するか自宅・職場などまで持ち帰るのが普通というものだろう。でも、上に述べたように、コンビニで買い物したものを食べながら歩く中学生・高校生をよく見かけるのだ・・・コンビニのイートインのスペースが狭いからかなあ。   
 来年、消費税がアップするのにあわせてコンビニからイートイン・スペースが無くなると、歩き食べする人の数はさらに増えるのではないか・・・やがて、そういう行動を「みっともない」とする感覚は麻痺し、日本人の振る舞い・マナーの劣化へとつながっていくのではないか。   
   
   
 先日、外出中の昼食に「とてもとても久しぶりにマクドナルドで食べてみようかな」と思った・・・結局はよしておいたのだが。   
 しかし、このとき、「もしかして、マクドの各種メニューについて、タルタルソース抜きとか○○ソース抜きとかの、単純な“抜き”オーダーであればリクエスト可能だったりするかも?」と思った・・・それが出来るならば、筆者は嬉しい・・・ネットで調べてみると、会社側公式表明でなく一般ネットユーザーが発したコメント類によればそのようなリクエストは出来るらしい・・・常に、どの店舗でもそれが可能なのか知らぬけど・・・おお、目からウロコであるなあ(大袈裟か)・・・こういう点、マクドナルドは今まで宣伝/アピールしたことがあるのか?   
   
 宅配ピザのメニューについてだって、「○○抜き」とかのリクエストに応じてもらえるならばオーダーしてみたく思うことが、たまにだけど、あるのだよね。   
 で、たとえば「4種のチーズ盛り、マヨ2倍、サラミと海老のデラックスピザ」というものがあったと仮定する・・・これを筆者としては「チーズは4種ともすべて抜き、マヨも抜き、サラミも抜きでお願いしたい。追加トッピングにマッシュルームを!」みたくオーダーしたかったり・・・しかし、このオーダーは馬鹿げていて買い手からすると不経済かも知れぬな、そして店舗スタッフにとっては混乱のもとになるかも?(笑)   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 キャッシュレス社会はどこまで進むか?   
   
 「いまはクレジットカード決済、QRコード決済、電子マネー決済などを受け付けてくれない(カード処理その他のための端末を置いていない)小さな飲食店・居酒屋などであっても、東京オリンピックの頃までにはちゃんと変化していくさ。彼らもその便利さに気づき、そして客のニーズも理解し、カード会社などと契約するようになるさ」との意見もあるが、さて、いかがなものだろうか。   
   
 お店側として、クレジットカードその他を扱える状況になれば、それは確かに幾つかメリットはある。でも同時にデメリットもあるのだ・・・。   
   
 デメリットその1・・・。売上げても(品物を売っても・客に飲食させても)すぐにその代金/カネを手に出来なかったりする。カード会社その他からの入金までに何日もかかる場合、その間の資金繰りに影響する。   
 そもそもビジネスの理想型としては「現金売りすること(その場で代金を現金で回収すること)。仕入・経費の支払いなど資金流出していくものはまとめて月末とか翌月末とかに支払うか、さらに、できれば手形なども利用してもっと遅くに決済されるようにすること」という考え方があるし、これは正しい。売上げを即・現金回収していれば貸し倒れ/取りっぱぐれのリスクも避けられる。たとえ小さな店でもこの点での理想追求は可能なケースは多かろうけど、しかしながら仕入れ代金などについては納入業者よりも自分の側の立場が弱くてその都度現金支払いを求められてしまったりすることも珍しくなかろう。また、従業員を使っていればその給料については日ごとに/週ごとに/月ごとにサッと資金流出していってしまう。小さなお店では資金繰りに悩むところが少なくないと思うのだ。  
 いまは低金利の時代だから金利を意識することが無くなってしまっている人も多かろうけど、代金回収に日数を要したり、また、支払い時期を遅らせることが出来なかったりすれば「金利ぶんの損」ということも本来は併せて考慮したいところである。   
 或る程度以上に経営安定していたり、大企業などになってくると、上のようなことにコセコセしないスタイルもとれるわけだが、それでも初心を忘れずキッチリ手堅くすることを貫く企業もある・・・思い余って「下請けいじめ」のようなことするのも困るけど。   
   
 デメリットその2・・・。カード会社などに対する取扱手数料が発生する、つまり、売上代金の満額を受け取れるわけではなく手数料分が控除されてしまう。現在、ごく一部のお店ではこの手数料ぶんを考慮して「クレジットカード支払いの客には金額上乗せして請求する」ということがされている・・・お店としてはカード会社には内緒にしており、また、時には、客に対しても「カード会社に告げ口したりしないでよ」と求めていることがあるけど。   
   
   
 というわけで、店によっては、たとえ高級店であっても「クレジットカードでの支払いは勘弁してくださいよ。実際、うちの店ではカードは扱っていません、現金支払いでお願いします」という態度をとっていたりする。料理店などとしてはさらに「心を込めて食事を提供し、もてなしたこと」と「その対価を客から、“ご馳走様でした”の言葉と共に目に見える現金のかたちで頂戴する」との相互対応を重視したいものだろう・・・それは「食事を出しました - カネを払いました」の経済取引を超えて、一種の心の交流の面も有しているから・・・カード決済では味気ないというものだ。   
   
   
 筆者などは以前から、カード支払いすることはそのお店に対する一種の「いじめ」だと思って生きて来た。それはつまり、店側には上のような2つのデメリットがあるからだ。   
 ただ、カード利用に伴う「ポイント付与」などは魅力があるから、経営に十分なゆとりのある事業者(家電量販店なども含む)で大きな買い物をする場合にはカード利用をするけど。あと勿論、通販でも・・・ただ、ごく稀に、カード情報を伝えても大丈夫かなとの不安を覚える業者については振込支払などを選択する場合があるが。   
   
 世代によって感覚に差があろうと思うが、筆者などは「クレジットカード」というシステムをもともと喜ばしいものと感じていない。カタカナ語を使うからカッコよいイメージがあり、またカード会社も古くから「クレジットカードを持つことは、貴方の信用の証(あかし)です、そしてカードの種類によってはステータスなんですよ」みたいなアピールをして来た。   
 クレジットという言葉について説明するのは面倒だから省くが、この概念を頭の中に思い描けない人はたとえば英和辞典にてすべての説明と例文を読んでいただきたい。クレジットカードを発行してもらうということはカード会社からこう言われていることと同じだろう: 「お前さんのことを信用してやるからよ・・・ツケで買い物ができるように手を差し伸べて進ぜよう。あんたが買い物するときには店にカードを提示しな・・・すると、あんたのことを何も知らず、そして、あんたについて“どこの馬の骨だかね”と疑う店であっても、彼らはこのカードを目にすれば安心取引ができると承知しているから、あんたはツケで買い物ができるよ」と。   
 不愉快だと思わないか? 「そんなふうに言われるくらいなら普通に現金で買い物するわい。店だってそのほうが嬉しいだろうし」と感じるのがマトモというか、昔ながらの日本人の感覚だ。こう書くと「現金支払いの客を、店側は必ずしも喜ばないよ」との反論もあるかも知れない・・・しかし、それはひょっとすると「店主/オーナーではない、現金を受け取ってレジ操作などする使用人の言い分」に過ぎぬかも知れない・・・自分の仕事をもっと楽にしたいとの願望の裏返しだ(計算が苦手で釣りを間違えるスタッフもいるし)。もちろん、店主の側が、カード決済導入によって人員削減、労働時間短縮、現金紛失・盗難のリスク削減につながるなどの効果を見出しているケースもありはしようが。   
 筆者の場合、「海外出張に際してはクレジットカードは必須」ということで、「じゃあ、仕方ないな」とカードを作ったのが最初だけど(まだ昭和の時代だったときのことだ)。   
   
   
 実は、上の2つのデメリットのほか、場合によっては第3のデメリットにつながる事業者もいる。   
 たとえば飲食店を中心に、そのごくごく一部であろうけれども、税金などを少なくするために「売上げの一部を無かったことにする」ということをしている店があろう・・・これは「売上げ除外」と呼ばれる行為で、税務調査などで発覚すれば重いペナルティを課されうるし、ともかく、やってはいけないことだ。   
 それは、サラリーマンから見れば「課税逃れをしようという根性は困ったもんだな!」と感じる行為であるのだが、ま、古くからクロヨン、トーゴーサンという言葉もあるし・・・。   
 そういう店にて、もしも客のすべてがクレジットカード決済するようになると、店とカード会社とのやりとり、店の口座への入金などをごまかすことは難しかろうから、結果として正しい帳簿記入と正しい確定申告をせざるをえなくなる・・・その結果、不正する場合に比べて所得税・住民税、そして個人事業者が加入しているであろう国民健康保険の保険料の金額が大きくなるであろう・・・ま、その「大きくなってしまった金額」こそが然るべき、本来の納税額・保険料額なわけだが。   
 正しい納税・保険料納付をしてもらうためにも、カード決済などの普及といったキャッシュレス社会の進展が望ましいのであるが、さあ、しかし、店の経営者らがどう意思決定するか・・・。   
   

雑記



   
 (↑)或る自動車メーカーの来年用カレンダーのタイトルと、そして下方は某カー・ディーラーのクリスマス・キャンペーン新聞広告から・・・。   
   
  "View-tiful" は、説明するまでもなかろうが "beautiful" に "view" を掛けてのシャレと思われる・・・美しく魅力的な景色・眺め・見晴らしの写真をカレンダーの題材/テーマとしている。このシャレは英語ネイティヴの人にもスンナリ理解可能なものであろうか?・・・確認していないのだが、たぶんOKであろうと筆者は思う。   
   
 写真中、下方の広告においては、写りの関係で見づらかろうけどクリスマスの語は "XMAS" でなく "X'MAS" という具合にアポストロフィ付きで表記されている。かつて日本国内ではこのようなアポストロフィ付きの表記が幅をきかせていたものだが、最近では殆ど目にすることがなくなったパターン。   
 アポストロフィ付きとするのは誤りであると筆者が教わったのは40年くらい前のこと。そして、この「誤り」との指摘、つまり「アポストロフィ無しでいいんだよ」との認識は日本国内にしっかり浸透した。しかし、面倒だから説明は略すけど、「アポストロフィ付きであっても、決しておかしくはないんだよ」との指摘もまた見受けられるのだ。   
 人によって感じ方はそれぞれだろうけど、アポストロフィ付きのほうが「見た目」の点でのみ言えばカッコよさがあるなあ、やはり。製品・商品ジャンルが違うけど、そして事の性質も違うけど、あの「ハーゲンダッツ」だって綴りにウムラウトがあることでちょっとアピール力が増しているのではないか・・・少なくとも日本人にとっては。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 或るスナックで飲んでいたときのこと・・・。   
   
 何度も顔を合わせ、話を交わすこともある女性客がジャケットを脱いだとき・・・その下に着ていたシャツ(Tシャツもどき)には有名ブランドのロゴが入っていた。   
 筆者は「へー、そのブランドはそういうシャツも扱っているんだ?」と訊いた・・・筆者、ブランドそれぞれにどんな商品があるのかまでは知らない、つまり「ブランドもの」の個々の商品について知識は皆無に近いのだが(興味も無いのだけど)・・・でも「その種のシャツまでは!」と、意外な気がした。すると相手からは、   
   
  「ああ・・・これ、自分でアイロン・プリントしたんです。ニセモノです。簡単に作れますよ・・・」   
   
との言葉が。彼女にとって一種の「遊び・楽しみ・オシャレ」なのだろうね、きっと。   
 アイロン・プリントのための商品があることは承知しているが、あれってプリントした後、いずれ洗濯したときなどにプリント個所が傷んだり剥がれたり退色したりしないのだろうかという疑問を覚えたことがあり、その点を問いたかったけれども細かい質問になるから(男としては細かすぎる質問になるから)やめておいた。   
   
   
 もう5、6年ほど前のことになろうけど、居酒屋のカウンターで隣り合わせした男性客が手から腕時計を外し、それを、これ見よがしに筆者の近くに音を立てて置くことがあった。筆者は「存在感ある時計だけど、やたら下品な光沢を放っているなあ、しかも安っぽい光沢感が!」と思った。また、時計には厚みがあり過ぎて(1.5センチくらい?)、「まあ、自分ならば絶対に身に着けたくないなあ」という感じのものであった。   
   
 しばらくしてその客は筆者に向かって「これは偽ブランド品なんですよ。悪趣味なものがプンプンと漂うでしょ? そこがいいんですよ・・・こういう、いかがわしさがハッキリ目に見えるニセモノがいいんです。そういうのを集めるのがわたしの趣味なんです。時計でもバッグでも、(ズボンの)ベルトでも、もういっぱい買い集めていて・・・しかし、そういうものもめっきり少なくなりました、集めにくいですよ。精巧なニセモノは欲しくないんです、“まがいもの”って感じのがいいんです!」   
   
 世の中、様々な趣味があり・・・。   
   
   

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