2018-06

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雑記、もしくは、デカ過ぎる・・・


   
 すこし前のこと、居酒屋で・・・近隣諸国のひとつである某・民主主義人民共和国について、今後は「どのようになっていくか」・「どのような方向へ向かわせるのが適当なのか」という話を他の客から振られることがあった。   
   
 筆者はこう言った: 「わたしはあの国とその最高権力者を信用していないし、周辺国や世界が“これが望ましい”と期待する方向にどれだけ動いていく・変化していくものなのか大いに懐疑的に見ている。国際情勢・国際政治の専門家でもないから、今後どうなっていくかについて、ほぼ何も分からない・占えない」   
   
 相手は「(最高権力者の)○○○を、権力の座から引きずり下ろすべきではないのか。国際社会の側が彼を責め、裁くべきではないのか。どう思います?」と言った。   
   
 筆者は「うーん・・・その気持ちは分かります。そういう展開は我々の正義感みたいなものを満足させてくれますよね。しかし、そういうことが可能なのか分からないし、また、突然の体制崩壊と大混乱を招かぬよう、当面は彼をそのままリーダー・最高指導者として置いておくことを選択するのもアリということではないですかね・・・それを面白くないと感じるのもまた間違いではないと思います」と応じた。相手は半分納得、しかし、心に鬱積するものは消えないといった表情であった。   
   
 筆者はさらに続けた: 「体制崩壊したとき、今後の明るい未来を信じる国民もいれば、他国へ移り住もうと考える国民も出て来ると思いますが、わたしは、国を去る者たちが向かう先は半島・大陸内だけであって欲しいと思いますね。難民化した者についてはそれらの国々で面倒をみればよろしいと思っています。日本へ向かう者はゼロであって欲しい。彼らが日本に入って、仮にも定住するようなことになれば、子孫を残そうとする者も出て来るでしょうし、そういう増殖は気に入りません・・・人権とかのことは、あの民族に関してはわたしの関心外です。あの国から避難民の船が日本に向かって来たとき、海上保安庁とか自衛隊とかはどうするのか・・・放水して彼らを引き返させるんですかね?・・・空から機銃掃射しちゃえばとも思うのですが、ま、そんなことをしたら国際社会から批判されるでしょうし。ただ、拉致被害者には、本人が望む限りはそれぞれの母国に無事に戻れることを願っていますが」・「彼自身(最高指導者)は今後、自分が偉大なる最高指導者にして“経済発展の父”、豊かで文化的な国づくりの立役者として評価されたいと願っているかも知れないし、このまま権力の座にとどまり続け、そしていずれ、存命中であれ死後であれ、息子などにその座を継がせることを願っているのではないでしょうか。その思いのままになる可能性は否定できないのではないですかね。どう思いますか? それをわたしは面白くないと感じますが、世の中の実際は、そういう展開もあったりするものでは?」   
   
 話はその後も続いたが、大した展開にはならなかった。   
   
   
 しかし、非核化に関連してはカネの問題も出て来る。どのくらいのカネが必要になるか、それを、国際社会はどう負担していくのか・・・こんな、「えー? デカイ問題だなあ」と思わされる記事が:   
   
  https://www.businessinsider.jp/post-168452   
   
   
 「ヨーロッパ諸国は関係ないもんね」といった前提で語られるのは、ま、仕方なくもあろうか。   
 かの国を甘やかし、協力関係を惜しまなかったのはどこの国なのか。かの国が核開発を進めるにあたって、その資金の源泉(経済取引・貿易取引その他)はどこにあったのか、技術の出所はどこなのか・・・それらの要素を重視しつつ、非核化のための各国によるコスト負担を考えることがあってもよいのではないか。かの国の南側の同胞の国の負担はもっと大きくてよいのではないか、また、北方の大国の負担はゼロであってよいのか等、個人的には思うところがある。   
 そしてまた、かの国の最高権力者の個人資産は相当に大きいとも伝えられている・・・非核化のための総コストを考えたとき、たとえ「焼け石に水」みたいなものであっても、しかし、資産凍結のうえ没収し(或るいは自発的な形で提供させ)、それも非核化の資金に充当されるべきと筆者は考えるし、それをしないまま放置ということがあれば大いに腹立たしい。   
   
 「(日本人は)1億年たっても神聖な地に足を踏み入れることはできない」との言葉ほか、日本、アメリカ、国連その他に対してこれまで礼を失する発言がいろいろと見受けられるように思う。「施し」・扶助を受けておきながら、こういうふざけたセリフを吐く国は他に例があるのだろうか・・・二流民族というよりも、「世界で下から数えて何番目のレベル」的な国と言えるのではないか。
   
 筆者個人的には、あの辺が神聖な地であるととらえる感覚は、たとえ自分が1億年の寿命を得ても身につかぬであろうなあ。何をもって神聖と感じるか・・・アンティーク家具を喜ぶ趣味は無いのだが、「(或るモノに)関わりを持った人間の歴史」が価値を持つとする感覚は理解しているつもりだ・・・で、あの土地にあの民族が暮らし続けていたと考えるとき、それは「神聖」とは結びつかない、むしろ「厭離穢土」という言葉にもあるような「穢土」を想起させられる。繰り返すが、これは個人的な感覚だ。ああ、やだね。   
   
   
 ・・・・・・・・・・   
   
   
 ところで、かの国のテレビ放送でニュースを伝える女性アナウンサー・・・日本でもその映像がテレビで報じられることがある・・・この女性アナウンサーの喋りの物真似をする人がたまにいる(女性でなく男性がやるのだよなあ・・・女性はやりたがらないのかな?・笑)。   
   
 しかし、ちっとも似ていない物真似をされることもある・・・その場合の物真似の口調はむしろ、あの国の南に位置する国にて市民に街頭インタビューした場合の、そのインタビュー内容が「日本の歴史認識をどう思いますか」、「日本の考えている領土の範囲をどう受け止めますか」、「前大統領についての感想は」などであったときの、彼らが(遺伝的にか、辛いものを食べ過ぎなのかどうか知らぬが、ともかく、あたかも感情抑制能力が欠落しているかのようにして)感情を込めてみっともなく話すときの口調に似たものだったりする・・・「チゲッテヨ! ラリルレロ、筋子食らえってよ! イルボン、デンデケ・・・アレグロ・コン・フォコ・・・ホンズベ、しめじバター、シムニダ」的な物真似かなあ・・・なお、「ホンズベ」という言葉は今は殆ど聞かないが、昔は「ほんもののズベ公」の短縮語としてよく使われていた。   
 (・・・他方、彼らに対して「この国で美味しい食べ物といえば何を挙げますか」とインタビューすればその口調はまったく異なり、軽めの、ときに柔和ささえ伴うものとなろうけど)。   
   
   
 で、筆者は或るとき、「あのアナウンサーの話し方はむしろ、こんな感じではないのか」と、自分も即興で物真似することがあった。   
 それを覚えていた人から先日、「あれをもう一度やってみてくれ」と言われたが、気乗りがしなくて・・・あまり品のよいお遊びとは言えないものだから、興が乗らないと出来そうにない。   
   
 かの女性アナウンサーの喋りは、まず威厳を感じさせる語り口でなくては・・・ニュースを報じるというより、厳かに宣言を行なうかのように。そしてまた、子供たちに紙芝居を見せていて話がクライマックスに差し掛かり、大事件・大転換点を大げさにドラマチックに語り聞かせるような、そんなトーンも必要ではないかと考える。   
   
 アクセント・抑揚、そして時には劇的な印象を与える必要もありそうな「間(ま)」などに気を配りながら次のように言葉を並べると、物真似が出来てしまうと思うのだが・・・あの国の言葉はほんの僅かしか含んでいない(自分はあまり知らないし)・・・おせち料理に用いられもする「チョロギ、チョウロギ」を「チョーロギ」と発音し、ほか写真関係の言葉とか何やかや。「・」は短い区切り、「、」はそれより少しだけ長い区切り、「・・・」は一呼吸の間合い。   
   
   
 「チョーロギ・張りぼて、ネガポジ・ツンデレ。・・・焦がし味噌・カラヴァッジオ、豚バラ・散り散りに、絵葉書。・・・しばらく・香料・ネギじょうゆ(しょうゆ)・磁場。・・・支那そば・ガングロ。・・・いかなご・バジリコ、イリジウム・カッパドキア。尻すぼみ・手まり歌。・・・よんどころ・しっぽく、スンドゥブ・メジマグロ・ハムニダ」   
   

雑記



   
 筆者が使っているモバイル・ルーター、スマホなどにはマイクロUSB端子が付いているが(ごく普通のことだが)、ホコリなどの侵入防止のため保護キャップをはめている。   
 このキャップを見た知人から「それ、どこで手に入るの?」と訊かれたが、さあ・・・「どこか適当なショップか、通販とかでいくらでも見つかる・買えるのではないのかなあ」と返事した。見映えにこだわらなければ、絶縁テープなり何かのシールなりを小さくカットして端子の口元に貼ってもよいのではないかと思うけど。   
 筆者の場合・・・ひとつのキャップは、ずいぶん前に或る企業のノベルティ・グッズ/広告宣伝用記念品として頂戴したシリコン・オーディオ・プレーヤーに付属していたものである。他のキャップは、さて、どのような経緯で手もとにあるのか忘れてしまった。  
  
   
 テレビやオーディオ製品などの端子・ジャックなどのホコリ除け・錆び防止などを意図した保護キャップ類は、かつては100円ショップでも買えた筈なのだが、近頃はそういう店には置かれていないように思える・・・いや、筆者の観察不足かも知れぬけど。   
   
 写真中、いちばん上のは通常サイズのUSB端子(メス)を保護するもの・・・端子の穴に差し込む・・・これはPC、オーディオ製品背面などで活用しているタイプのもの・・・確かキャンドゥで買ったのだが、最近は店内に見当たらない。   
   
 その下の黒いもの4点は、RCAピンジャックや PHONES 端子、その他を保護するもの・・・これを買ったのがどの100円ショップであったか覚えていないが、複数タイプが幾つもセットになっていてよろしいと思った・・・しかし、このセットもまた100円ショップで見当たらなくなってしまったなあ。   
   
 下の半透明白色のはオーディオ・テクニカの製品・・・当然ながら100円ショップでは扱われていない。   
   
 世の中には、こういうキャップでも高価なものが存在しているけど、ま、筆者には縁が無さそうだなあ・・・そこまではこだわらないし、また、自分の場合、こだわっても意味が無さそうだ。   
   
   
 なぜ、これらのものが100円ショップで見当たらなくなってしまったのか・・・皆があまり買わない、需要が減っているからと想像するのが正しいのだろうけど、では、それはどうしてなのか?   
   
 皆がホコリを気にしなくなった?    
   
 キャップを装着するということは、外す必要がある場面では面倒・手間が生じるからそれを嫌がる人が多い?    
   
 キャップをしなくても結局はトラブルが発生しないから?   
   
 音楽はスマホにヘッドホンを挿して聴く人が増え、オーディオ製品を買う場合でもミニコンポ・タイプなどのものが中心になり・・・すると空きのある端子も少なくて保護キャップの需要があまり生まれないから?   
   
 AVアンプなどは多数の端子を備えていたりするが、ああいうものは、そう多数の人が購入・所有しているわけではないのかな。   
   
   
   
   
 アンプにある、スピーカー出力のための端子に空きがある場合、それを保護するための適当なキャップというものは存在するのだろうか?   
 筆者の場合は2組のスピーカーを接続しているので(おおざっぱに「クラシックなど用」と、「ハードロックなど用」で利用シーンを分けているが)、以前、出力端子に空きがあったときはホコリ除けのためにはゴム製の指サックをかぶせていた・・・「事務屋の連中が思いつきそうなことだなあ」と、エンジニア・理系の人からは失笑を買うやも知れない(笑)。   
 指サック・・・側面に通気用の穴が開いていたりしない、シンプルな形状の指サック(100円ショップでも、半透明やオレンジ色のものなどが買える)・・・内側・外側に付着していたりもする粉末を可能な程度に洗い落とし、よく乾燥させたあとに根元(口の開いている側)からクルクルと巻き上げ、これをスピーカー出力端子にあてがってからクルクルを戻して装着(巻き上げの作業は、指サックをいったん自分の指にはめてから行なうか、或るいは指サックの中に箸を細いほうから2本入れてこの箸を広げてゴムをピンとさせながら行なう)。   
 経年劣化に伴って、或いは夏場の暑さなどの影響でゴムが端子にしつこく付着するようなことがあってはイヤだなと思って半年とか1年くらいのうちに新しいものに交換していたが。安全な方法、デメリットが生じない方法であるのか、それは知らない。   
   

理沙と由梨亜という名前・・・が話題の中心ではない



   
 上のは、前回ブログ記事でも紹介したアナログ盤ジャケット(箱)・・・オハイオ州クリーヴランドのシェイカー・ハイツにあったセルの家・・・メンデルスゾーンのMの文字の左に見える窓のある部屋が、セルがスタジオ/仕事場としていたところであるらしい。そこにはアップライト・ピアノが置かれていた。   
 1階の、この写真では左端に見える窓はリビングルームのもので、その空間にグランド・ピアノが置かれていたようだ。   
 以上、前回その内容に触れた本の、真ん中あたりの写真集の5点目のものに関する説明を参考にした。   
   
   
 ・・・・・・・・   
   
   
 さて、セヴァランス(セヴェランス)・ホールに関しては・・・。   
 下のはいずれもDVDであるが、左下のものはユリア・フィッシャー/ヴェルザー=メスト/クリーヴランド管によるブラームス/ヴァイオリン協奏曲などを含むもの・・・最近の(2014年1月の)クリーヴランド管やセヴァランス・ホールの様子を見ることが出来る・・・他にもクリーヴランド管の映像は多数あろうけど、「フィッシャーの演奏も聴けるし」ということでこれを紹介することとした。   
 右上のものはリサ・バティアシュヴィリ/モルク/ラトル/ベルリン・フィルによるブラームス/二重協奏曲を含むもの・・・クリーヴランド管とは無関係だが、ま、このヴァイオリニストについても筆者はいろいろ関心あるので・・・。   
   

セル関係の、あの本・・・



   
 ・・・   
   



   
 いちばん上の写真で、4冊の本のうち右下のものは昨年秋に出版されたもの(タイトル: "...Reign" )。   
   
 何かと忙しかったり、他に読むべきものが多くて、この本を読むのは中断していた。   
 一昨日は86ページから118ページ辺りを読んだが、そこで見受けられた面白いエピソードを紹介しておこう。   
   
   
   
 セル/クリーヴランド管のライヴ音源について、30年ほど前にFM横浜の放送で聴いていた人、また、音源コレクションに励んできた人たちにはお馴染みであろうロバート・コンラッド氏(WCLV-FM放送)の回想も紹介されている。   
   
 セルはラジオ放送の音質に不満を覚えて、放送局に電話連絡して来たことがあったという。そこで氏がセル宅を訪れると・・・。      
 まず、スピーカーはソファの後ろに置かれていた・・・セル夫人は家具・調度品などには何かと凝っていたらしいのだが、彼女はスピーカーというものを見映えのよくないものと感じていたためそのように配置されてしまっていたのだ。   
 スピーカーの位置を改めると音は改善したが・・・しかし、ステレオ装置にはアンテナがつながっていなかった。氏はT字型アンテナをセルに渡した。セルは教えられたとおりにアンテナを高くかざしながら室内を歩き回って最適のアンテナ位置を探しあてたのだった。   
   
 これはおそらく1965年かそれより少しあとくらいの事・・・「アンテナをつなぐべきことも知らなかったなんて」と苦笑することが適当かどうか微妙であろうか。また、多忙を極め、職業として音楽に向き合う時間の長いセルにとって、オーディオでの音楽鑑賞というものは元来は「それほど興味を覚えるものではないし、取扱説明書をよく読むなども面倒」であったかも知れない。  
   
 冒頭の写真のうち2つめのものはついでに再掲したものであるが、セル/NYPのアナログ盤のジャケット(箱)・・・ここに写っているのはクリーヴランドにあったセルの自宅と思われる。   
    
 FM放送受信のためのアンテナの件はともかくとして、セルはクルマのことには詳しかったとの話も伝わる。 しかしまた、コーラの自販機の使い方すら知らなかったとの話も残っている・・・この場合の自販機がどのような方式・スタイルのものであったか筆者は知らないが。   
   
   
 或る男性の回想として、こんな話も紹介されている・・・。   
   
 聴衆の拍手に応えている最中にセルは、自分をカメラで撮影している男に気づいた。   
 セルは「カメラを寄越せ」と怒鳴った・・・男はその言葉に従った・・・セルはカメラを取り上げるとフィルムを引き抜いたのであった。   
   
 また別のとき・・・。   
 コンサートのプログラムには現代音楽の作品も含まれていた・・・それは(聴衆にとっては)さして魅力的とも感じられぬ曲で、最後まで聴いているのは耐えがたくもあった。セルは、聴衆のざわつき・集中欠如に気づきもしたろうし、そして、曲が終わっても聴衆からは賞賛めいた反応が殆ど窺えないような状況だった。   
 するとセルは聴衆を見やり、「これはとても短い作品なので、もう一度演奏しましょう」と言って二度目の演奏を始めた・・・会場にはこわばったような雰囲気が・・・「こりゃ、行儀よくして聴かないと、三度目を聴かされかねないぞと聴衆は思ったのではなかろうか」と男性は回想している。   
   
   
 音楽というものは、真剣に向き合って聴く・鑑賞すべきものであるとセルが考え、そして例えば歯科医院や飛行機の中などでBGMなど流れていることをセルが嫌った話は過去にもこのブログで触れたことがある。   
 その、歯科医院で治療中にBGMを聞かされるときの思いについてセルが語った内容はインタビュー音声が残っているのだが、それを字起こししたものが115ページに載っている。   
 同ページにおける記述によると、セル夫人も夫のそういうところを承知していたため、セルが近所の食料品店へ出掛けると言ったときにはその都度、その店に電話して音楽を流すのをやめるよう求めていたそうである(なお、セルはグルメであったから、自分で食材を買い物したり料理したりすることもあった)。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 どこからどこまでの行為や言葉がパワハラになり、或るいはセクハラになるか・・・線引きは本当に難しい。   
   
   
 よその或る企業について、過去にその会社との間にあったトラブルについて若い者に話して聞かせることがあった・・・そういうことを記憶にとどめておいて欲しい・教訓として胸に刻んでおいて欲しいからである・・・このトラブルは先方が100パーセント悪く、また、その「悪い内容」は、過失とかミスとかの性質のものでなく、その会社が昔から引き継いでいる根性の悪さ、たかり体質に由来するものと言えるものなのである。   
 この説明をするとき、筆者は口汚い罵りの言葉を口にした。そしてまた、話を聞いていた彼は、筆者がやはり以前、乱暴な非難の言葉を発したのを覚えてもいたろう。で、彼は笑いながら筆者にこう言った:   
   
 「前から思っているんですけど・・・(あなたが)本気でそうしようと思ったら、パワハラ・・・言葉によるパワハラという意味ですけど、そういうののチャンピオンになれますよね、絶対!」   
   
   
 上のトラブルとは別の事例であるが、例えば過去にこんなことをした企業もある。もう時効だから話してもよろしかろう・・・いや、そもそも当方サイドが悪いのでないし、企業名を伏せれば書くのは構わないであろう。   
   
 或る日、社内から相談を受けることがあった: 「A社からこんな要求を受けているのだが、解決金として先方に幾らか支払うことは出来るだろうか。社内稟議の手続は当然するけれども、税金の関係から(税法に照らして)その支払いは経費処理(損金算入)が認められるだろうか?」と。   
 A社からのクレームは「共同で進めようとしていたプロジェクトが中断したが、それにより余計な負担・損害が生じた・・・悪いのはお宅だ。金を払ってくれ」との内容・・・そして、「お宅の会社の担当者と一緒に行なった会議のメモもある、これが動かぬ証拠だ」との主張も伴っていた。   
 さて、その「会議のメモ」なるものは、両社の参加者のサインなどがあるわけでなく、彼らのみによって作られたものであり、そしてまた、当方サイドの担当者によれば「こんなことまで話は進展・具体化していなかった」とのことであった。   
   
 「うーん」と思いながらその会議メモをもう一度よく見ると、メモが作られたとされるのは昭和63年の或る日のことである・・・で、両社が合意していたのだとされる将来計画(ステップ)の中には「平成2年○月末」等の記述があった。   
   
 おかしいだろ・・・昭和63年の時点で、次の元号が「平成」になることを知っていた/予言することが出来たとは驚くべきことだ。   
   
 この点から「でっちあげ資料」であることを先方に指摘すると、先方は態度を改め、要求を引っ込めた。向こうが出して来た会議メモについて筆者は当方担当者に対して「絶対に向こうに返却せず、保管しておくように」と言った。おそらく、今も残っていることであろう。永遠に語り継ぐべし、と思っている。   
   
 このような事例も含め、時折、他社のことを非難するに際して口汚い言葉が出てしまうこともあるのだ。   
   
 今後、いまの天皇陛下が退位し、そして新しい天皇陛下が即位し、また元号も新たになる・・・上の事例と同じようなインチキ資料が作られてそのボロが出るような事案が出て来ないとも限らぬか。   
   
   
   
 車道の左側にある歩道を歩いていた。交差点に差し掛かり、まっすぐ横断歩道を渡る・・・信号は青信号、そして歩行者用の信号もまた青信号であった。   
   
 さきほどの車道を後方から走って来たクルマがあって、筆者が横断歩道を渡り始めたのよりも少し遅れるくらいのタイミングで左折しようとし、そして急ブレーキをかけ、けたたましくクラクションを鳴らした。   
   
 こちらは「この男、何をやってんだろうなあ・・・急いでいて、歩行者がいることに苛立ったのだろうか。それにしても歩行者優先を考えないとは何たることか」と思い、呆れ果てているのだと分かるような表情を浮かべて運転手を睨みつけることにした。   
   
 すると、運転手は窓からこう叫んだ:   
   
 「わざと速く歩いて横断歩道に進入したろ・・・危ねえんだよ」   
   
 腹が立ったから「ふざけたこと言うな、バカタレが」と言い返した。   
   
 相手はクルマを下り、「あのなあ・・・」と言いかけた。20代前半くらいに見えた。   
   
 相手が言葉を続ける前に筆者はこう畳み掛けた。   
   
 「わざと速く歩いてなんかいない。お前さん、背も低いけど、足、短いなあ・・・タメになるいいことを教えてやろう・・・自分の基準で他人のことを考えるな、世の中、君みたく足の短い人間はそんなにいない。サッカーとか、一生懸命やってた? そうするとそんなふうに短足になるんだぜ。歩行者優先とか考えて運転してないんだろ・・・信号の無い歩道にさしかかったとき、歩行者のためにクルマを止めようとか思わねえんだろうな、貴様みたいなのは。ちゃんと教習所、出たの? あ、出てなきゃ免許、持ってないか・・・よく免許とれたなあ、それだけのバカっ面していても受かるとは・・・気をつけて運転しろ! ほら、はやくクルマをどかさないと後ろがつかえてるぜ。迷惑なドライバーは困ったものだ」   
   
 一応、これはこの場で、相手の心に優しく寄り添いながら注意を与えるにはどのような言葉を選ぶべきか考えつつ発した言葉であり(?)、世間一般において、背丈の低い人、足の短い人、サッカーをやる人、その他の人々を笑うつもりがあるわけではない。   
   
 上に類するような調子のセリフを、他の場面でも言い放ったことがあり、知人が居合わせていたときには「あれだけの言葉を、よく短時間で思いついて相手に浴びせることが出来ますね」と感心(?)されたこともある・・・だから、さきほどのように「言葉によるパワハラのチャンピオンになれる」みたくも思われてしまうのだろうなあ。ふだん、殆どは穏やかに過ごしているのだけどなあ。   
   
  
   
   
   
 「自分もまた、気づかないうちにセクハラ発言しているのではないか」との思いから、昼休みの談笑中の女性ふたりに、「自分の場合はどうだろうか・・・そういうことがあるようなら反省したいが」と問うたことがある。反応はこんな具合であった:   
   
 「ぜんぜん大丈夫だと思いますよ。ただ・・・女性は外に働きに出るよりは家庭を守る側に立つのが理想的みたいな考えを持っているようなので、それが前面に出過ぎると、反発を覚える人もいるかも知れないですね」   
   
 この言葉に、一応、少しだけは安心した・・・のも束の間、次のように言われた。   
   
 A女:「あー、でも、エロオヤジっぽいとこ、ある!」   
 B女:「・・・っぽい、じゃなくて、エロオヤジだよ・・・ほら、前、○○でお酒を飲んだ後にスナックに行ったとき・・・」   
   
   
 えっ? 何かマズイことでもしでかしたろうか・・・。   
 そうではないのだ。   
 そのスナックでは、お客の顔ぶれによってはやたら内容の濃すぎる会話が交わされる・・・簡単に言えば、強烈な下ネタが発せられるということである。筆者や彼女らを含めて5人ほどで寄った晩は、まさにそういう会話で盛り上がっていて、そのときに筆者が他の客と交わした会話を彼女たちは覚えていたのであった。   
   
 が、しかし、この昼休み、彼女らは次いでこう言い放った:   
   
 A女:「セクハラって言えば、○○課長!」   
 B女:「アハハ、○○! あの人、もう、生きているだけでセクハラ・・・」   
   
 するとA女は笑い転げ、B女の腕を叩き、さらに色々と話し出した。   
 筆者は「おいおい、呼び捨てはいけないよ」とだけは注意したのであった。   
   
 それにしても「生きているだけで」とまで評されたら、かなわないなあ。   
   

聖徳太子が音楽ファンだったら・・・「 Wi-Fi をもって尊し(貴し)とNAS」?



   
 手持ちのCDをすべてリッピングするのに加え、そしてまた、PC内や、USBメモリ、CD-Rなどに収めてある音楽データ(WAVEデータもあればMP3その他のデータもある)も、そのすべてを独立の/外付けのHDD等に一括記録して、音楽鑑賞はそれをベースにするというスタイルをとることが出来れば便利であろうなあとは、確かに思う。   
   
 が、それをするための作業時間を考えると、気が遠くなりそうだ。そして、音楽データのフォルダ整理、タグ付け等々もすべて完了して「おー、やった!」と喜んだ瞬間、機器に異常でも生じて再生不可になったり、データ救出も能率的に・完全に出来ないとなると、相当のショックと脱力感を覚えそうで・・・やはり挑戦する気にはなれない。   
   
 ネットワーク・オーディオを楽しむためのシステムをあれこれ考える・機器選びをするのも億劫だなあ。いまひとつ、情熱が湧かない。自分はもう「古い世代」に属しているのであろう。   
   
 PC内にある音楽データでも、「これは!」というものは「音楽CD」の形式にてCD-Rに焼いて保管してはある。それ以外のものについても同様にすればよろしかろうけど、「そこまですることはないかな」という音楽についてはPC内に放置のまま・・・これを時にはPCで再生して聴くことがあるが(スピーカーで)、音質的に満足いけるものではない・・・かと言ってヘッドフォンを使う・装着することはあまり好きでない。   
   
 過日、クルマでの出張の帰り、同行のAが「ちょっとカー用品のお店に立ち寄ってもよろしいでしょうか」と言った。で、そのようにしたのであるが、セール品のコーナーに目をやると車載用のFMトランスミッターが幾つか並んでいた。   
 「うむ、これを買って、そして、100V電源を12V電源にするアダプターも買って組み合わせれば、家庭内でもPC内の音楽をFM波で飛ばして、それをオーディオ機器やラジカセなどで聴くことが出来るよなあ」と思った。   
 が、そういう利用はかさばって鬱陶しそうな気もし、また、ムダ出費っぽくも思え、その場での買い物は控えた。   
   
 その後、ちょっと検討して、結局は上の写真のFMトランスミッターを買った。   
   
 USBケーブルを用いて内臓バッテリーに充電してから使用するもの・・・だから当然、クルマの中だけでなく家庭内でも使いやすい。ステレオ波で発信される。   
 発信周波数選択の設定については、電源を切ったあと(←音声入力が一定時間途絶えると電源は自動でオフになる)再び電源を入れたときにもそのまま設定保持されていて便利。   
   
 製品からはミニプラグが飛び出ていてこれをPCなどのジャック(穴)に差し込んで利用することが想定されていようが、PCの形状によってはうまく差し込めないし、また、差し込める場合でも、抜き差しを乱暴にするといずれプラグががたつくようなことになるかも知れない・・・それゆえ、筆者は手持ちの延長コードを接続したうえで使用することとした(写真は、その延長コードをつなげた状態である)・・・こうしたほうが、製品本体を置く場所も或る程度選べて便利でもある。   
   
 FMチューナーで受信して音楽を聴いてみたところ、音質はそれなりに良いと感じた(製品と受信側アンテナとは、遮るものの無い状況で5メートルほどの場合である)。もちろん(言うまでもなく)一般のAM放送の音質を格段に上回る。クラシック音楽ジャンルのものであっても、気楽に聴くには十分なほど。   
   
 ただ、音に色が付くというか、良い意味で音にコクのようなものが付加している気がした・・・が、しかし、これはこの製品のせいでなく、すでにPC側出力までの段階で生じてしまっている問題を引きずっているようにも思える(複数のPCでそれぞれ音楽再生してみたところ、やはりそのように思えた)・・・本製品にケチをつけることは適当でないように、現段階では思える。   
   
 製品の仕様として、電源をオンにすると青ランプが点灯し、同時に発信周波数が表示される。しばらくすると周波数表示は消えて青ランプのみが点灯し続ける。この青ランプが点灯している間は電源オン状態であり電波発信している。日本語の取扱説明書では青ランプだけが点灯している状態を「スリープモード」と呼んでいるが、これはちょっとばかり読み手に混乱を招く・・・スリープとの言葉を使うのは不適当と思える、ふつうに動作状態なのだから。   
   
   
 ところで、上のようにカー用品の店に寄ったとき、或るタイヤ・メーカーの「のぼり」が飾られていた。そこには女性の姿が印刷されていたのであるが、それを見た筆者はAに尋ねてみた:   
   
 「あ・・・この女、なんか、テレビでかな、よく目にするような気がする・・・何する人かな、有名?・・・女優さん? モデル? お笑い芸人? どれなんだろう」   
   
   
 ものすごーく呆れたような顔をされてしまった。そして・・・   
   
 「有名ですよ・・・超有名と言っていいです・・・ホントに知らないんですか?」   
   
 この話の続きはまた機会あるときに、しよう・・・たぶん。   
   
   
   
 下の写真は、DVD再生しつつ音質のあんばいを確認中の写真。   
   


演歌カルシウム、私怨化炭素、汗散る懲りん、満願電池・・・



   
 先日は、風に舞う土埃のせいなのか目がかゆいと感じることがあり、そのうちに瞼(まぶた)が少し腫れ・・・。   
   
 職場のデスクの引き出しの中には自分用の救急箱を置いているが、その中には救急絆創膏などのほかに「ホウ酸」も入れてある。ふだん目薬を使う習慣がないし、ああいうものよりも、水分を含んでいない粉末の「ホウ酸」の箱をポリ袋で密封しておくほうが「日持ち」もよろしかろうと考えている。   
   
 ホウ酸の箱の表示を見ると使用期限はとっくに過ぎていたのであるが、ま、気にせず、プラコップ(もちろん新品)を使って、そしておおよその見当で適度の濃度になるよう水溶液をつくり、それをきれいな指で目・瞼に付ける/塗るということをした。   
 このようにしてホウ酸で処置することを日に何度か繰り返せば、たいてい、翌日にはもう治ってしまうものだ・・・いや、治らなかった試しは、これまで生きて来たなかで皆無であるなあ。   
   
 「目薬を買いに出掛ければよいのに」との意見もあろうし、それが普通の仕方であろうけど、時間が惜しく感じられた。   
   
 「眼科医に診てもらって薬も処方してもらうのが確実で安心なのに。月々、健康保険料を負担しているのだし、せっかくだから医療機関を受診しないと損だよ」との意見もあろうけど、やはり時間が惜しいし、いや、先ず「なんの、これくらいのことで」と考えてしまうのだなあ。   
 そしてまた、こうも思う・・・「ちょっとしたことでもすぐに医療機関を利用してばかりいると、それだけ日本の医療財政に負担が及び、社会保障費が膨らんでいく。そういう状況が続けば、やがて、真に医療(医師による専門的医療行為)を必要としている人が、適度な自己負担で医療を受けることが難しくなってしまうことにもつながりかねない」と。   
   
   
 ホウ酸は、ホウ素と水素、酸素から出来ている。   
 ホウ素の元素記号は“B”である。昔に覚えさせられた「水兵 リーベ 僕の」の「ベ」ではなく「僕」の「ぼ」。   
 「ベ」は“Be”でベリリウム・・・スピーカーとも縁のある物質である。   
   
 世の中に存在するものはすべて、化学式・化学構造式などをもって表すことが出来る・・・? 思想とか概念とか、霊魂(?)とか、音波とか、その種のものは別としても。    
   
 1) ホウ素、リン、酸素で構成されるものは何か? ・・・クラシック音楽ファンにはよく知られているものである。   
   
   
 2) 窒素、水素、カリウムで構成されるものは何か? ・・・日本国民には広くおなじみ。   
   
   
   
   
   
   
 1の答えはベルリン・フィル・・・BPO( Berlin Philharmonic Orchestra; Berliner Philharmoniker; Berliner Philharmonisches Orchester )。   
   
   
 2の答えは日本放送協会・・・NHK。   
   

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