FC2ブログ

2018-08

Latest Entries

雑記


   
 「・・・以上、今朝までに入った主なニュースをお伝えしました。では、最後に、列島各地の現在の様子と、今日の天気予報を伝えてもらいましょう」   
   
 「はい、こちらは旭川です。今朝までに30日連続の熱帯夜を記録しました。今日の天気は快晴、そして最高気温は51度と予想されています。毎日、ほんとうに暑いです。水分をこまめに一気飲みし、また、塩をほお張るなどして、熱中症にならないよう気をつけましょう。昨日は、夏休みの自由研究のため屋根にのぼって瓦の上で目玉焼きを調理していた小学生が熱中症のような症状を訴え、病院に搬送されました。幸い、大事には至らなかったようですが、しかしともかく、暑いうえに、屋根にのぼるのは大変に危険ですから、真似しないようにして下さい。では、次は仙台、どうぞ・・・」   
   
 「はい、仙台です。今日の天気はこちらも快晴のようでして、予想される最高気温は52度となっています。昨日は、もしかすると暑さによる混乱もあったのでしょうか、“冷やしそうめん”の注文を受けたのをとりちがえて“鍋焼きうどん”を出した飲食店では、お客とのあいだで喧嘩がおこり、パトカーが出動するという事件も起きました。この暑さ、まだまだ続きそうです。では、次は甲府です、どうぞ・・・」   
   
   
   
 ・・・と、上のは架空のテレビ放送内容ではあるが、こんなレベルの猛暑・酷暑となる時代もやって来たりするのだろうか。   
   
 なお、上にあるような水分・塩分摂取の仕方は不適当であろうと思えるので、あくまで冗談として受け止めていただきたい。   
   
   
   
 先日は或る方面の人たちからこんな案内・紹介を受けた: 「子供たちの夏休みの自由研究に役立ててもらえる企画がありますので・・・御社で、お子さんのいらっしゃる方がいましたらお伝えください」と。   
   
 或るメーカーさんの工場見学、そして、或る建設系企業さんの工事現場見学・・・そういった企画であった。   
 工事現場見学のほうは、安全確保のため、建設作業関連での配慮以外にも工事関係車両の出入り休止をする等、かなり慎重な配慮をするのだなあ・・・当然とも言えるが、敬服するレベルと思えた。   
   
 「もしかして・・・将来の人手不足=採用難を見据えての、いまのうちからの超・青田買いというか、子供の頃から自分たちの業界に関心を寄せてもらう策では?」と思ってそれを質問してみたら、「そこまで考えてのことではない」とのことであった。しかし、そういう面に寄与しうる企画とは言えようか。   
   
 夏休みの自由研究って、面倒くさそうだなあ。自分が子供だった頃に何をやったか、ぜんぜん覚えていないのだけど。   
   
 もし、いまの自分が子供であって、「そういうものをやれ」と命じられたら・・・楽そうなのがいいなあ。   
   
 たとえば、「バスタブ(浴槽)の栓をあけて排水すると、その排水時の渦巻きは、北半球の場合には必ずどっち回りになるとの説は本当か否かの検証」とか。(親の側としても、ついでに浴室掃除を子供にやらせるうえで都合よい?) ただ、この検証実験は、意味のないものに終わるのではないかと思うのだけど・・・でも、上のような説が生まれたのは何故かを知ることは意義があろう。   
   
 ほか、「スーパーなどで買って来たアボカドの、あれの中の種を発芽させることは可能か」と「その生育記録」なども、楽そうではある。しかし、先生から「面白くて、いい研究だね」と言ってもらえる内容にするには難しさがあるかなあ。(なお、アボカドの種を取り出すにあたって包丁の扱いには注意が必要だろう、子供自身がそれをするにせよ親が代わりにするにせよ。)   
   
 しかし、自由研究なるもの、理科系テーマに限られるわけでもあるまい。毎日、俳句と川柳をそれぞれひとつ(一句)ずつ作る等のテーマであっても、また更に、季語と、現在の季節・月との関連を調べるみたいなテーマを付加してもよいのではあるまいか。どうなのだろう。   
   


ダジーナ・オラシセ指揮ドヤラキ交響楽団の来日公演について


   
 (↑)知る人ぞ知る、カ ザ フ ス タ ン 共和国の名指揮者と名門オーケストラである。あなたはご存知だろうか?   
   
   
   
 ・・・というのは嘘・デタラメ。   
   
 (↓)下の記事を読んだときに、「ん、外国語っぽい響き・音の個所があるな」と感じられ、そこで上のような架空の指揮者・オケの名前としてみたのだ。   
   
  http://www.sankeibiz.jp/business/news/180730/bsg1807301623003-n1.htm   
   
   
 この記事にあるような言葉遊びを考えるのは、やはり日本人だけだろうか。   
   
   
   
 以前、カラオケで、渡哲也が歌った「くちなしの花」を、歌詞中の「くちなし」の個所すべて「シナチク」に置き換えて歌っている人がいたことを思い出した・・・説明不要と思うが、シナチクって、ラーメンに入っていたりするメンマのことである・・・なお、当然ながら、そのカラオケ歌唱を聴いている側には「シナチクの花って何? 意味不明!」という疑問が生じるのだが。   
   
   
   
 「イソクヅェットプリソターといえば、やっぱキャノソ? それともエプンソ?」・・・これは筆者の思いついた「文字置き換え遊び」。  
   
   

「それは山岳地帯ですか?」 - 「平原だっつーの!」


   
 昭一は朝食のテーブルについた。そのとき「おやっ?」と思った。   
   
 いつもは置かれている筈の、牛乳の注がれたグラスが今朝は見当たらない。妻の淑子が忙しくて忘れたのだなと思い、「では自分で」と思って冷蔵庫のドアを開けた。   
   
 「あら、気が付いた? ミルク、切らしちゃったのよ」   
   
 昭一は「そうか」と返事をし、そして冷蔵庫を閉じた。   
   
 朝食を終えようとする頃に、妻は昭一にフライパンを見せた。油のようなものがたっぷりとのっている。   
   
 「いま、バターを温めて溶かしたの。これ、あなたがカクテルをつくるときに使うシェーカーで水と一緒に攪拌するわ。そうすれば牛乳とそんなに違いはないと思うの。飲んでいってね」   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 定期健康診断の結果として精密検査などを求められることになった人や、また、肥満状態になってしまった人を含め、しばしば他の人から「(あなたのように健康上の問題を指摘されないようになりたいので)食生活を改めたいと思うが、あなたは具体的にどんな食事をしていますか? どういう点に気をつけていますか?」みたいな質問をされることがある。   
   
 累計すると、もう何人もからだ・・・で、そうなると、こちらもそのたびに「この人、本気で食生活を変えようと思っているのだろうか」との疑問が生じる・・・だって、これまで見てきたところからすると、皆、実際には食生活を変えないし、また、健康上の問題点を改善することが出来ていないのだもの、多くの場合は。   
   
 しかし、同時にまた、「自分の食事内容を話して聞かせても、それと同じことを出来る人は少ないだろうなあ」とも思う・・・現代の、洋風化が進んでしまった食事パターンとはかなり異なる食生活を筆者はしているからである。   
   
   
 筆者の場合、食事に関わるポリシーは幾つもある:   
   
 「食欲に正直に従って食べる。腹八分目でなく腹十分目をメドとして、満足するように食べる」   
   
 「おやつ・間食は出来るだけ摂らない。しかし、コーヒー・茶・清涼飲料水などはよく飲む」   
   
 「肉よりも魚の食事」   
   
 「魚の油は気にしないが、それ以外での油は出来るだけ摂らない」   
   
 「薄味での食事を心がける。しかし、しっかりした塩味のものは欲しいし塩分摂取も大事だから佃煮・漬物もよく食べる」   
   
 「塩分や酒が健康を損ねるとの説を信じない・・・これは親戚などを見て感じてきたことであり、遺伝的な体質、家系などによって人それぞれ違いがあるだろう、おそらくは」   
   
 「ご先祖様の食生活とあまりに異なるかも知れない食事を、面白がってやたらに摂らない・・・自分の体質に合わない食事かも知れないではないか。だから乳製品、多量の油脂を含むもの、オリーブ油、カレーライス、ピザ、ラーメン、中華メニューなども控え気味とすべき」   
   
 「日本人は昔と違って今のような食生活に変わったから寿命が延びたのだとする説は正しいかも知れない。しかし、そんなに長生きしたいとは自分は思わない。だから、自分の好みや日々の体調に合った食事をしていればもうそれでよろしい」   
   
 ・・・ほかにも色々なポリシーがあるのだが。   
   
   
 ところで、魚中心の食事をしていると、或るとき突然「スタミナ切れ」っぽい感じに陥ることがある。そういうときは豚カツなどを食べたくなるのでそうする。すると活力が戻る気がしっかりとする。で、念のためその翌日にもまた豚カツ(笑)。こうしてすっかり調子が良くなるのだが、その後はまた魚中心の食事に戻る。以前、豚カツばかりではないが3日連続で肉食したら体が重いような、体の動きのキレが悪くなったような、そういう感じを覚えたことがあるのだ。だから肉食が3日連続以上になることは避けている。   
 上の、スタミナ切れっぽい感覚は、焼豚を食べたのでは(たとえ量を多く摂っても)どうも解消しない。調理上の加熱のあんばいの違いで、ビタミンなどの効果が違ってしまうのだろうか、理由は分からない。また、揚げ油が良い効果を持っているのかというと、そうとも思えない・・・チキンカツ、鶏肉唐揚げなどでは調子が戻らないのだ。   
   
 牛乳が体に良いとか、また、子供たちに向けて言われたりもする「牛乳を飲むと背丈が伸びる」というのも、特には信じていない。背があまり伸びない子は、牛乳を一生懸命飲んでも結局は伸びないのではないかと、昔の同級生のことを思えばそう思えてしまう。   
   
 乳製品は、ヨーグルトの味わいが好きなのでそれを食べることが少なくないが、ただし、乳脂肪分のかなり少ないもののみとしている。乳酸菌は、(タイプは異なるが)漬物で摂れている場合もあろうから、ま、いいやと思っている。(腸の調子はまったく問題ないと思って生活しているので、乳酸菌の摂取を心がけようなどとは特に思わない。)   
   
   
 なお、こちらは乳成分不使用ヨーグルトに関する話題:   
   
  http://www.sankeibiz.jp/macro/news/180801/mcb1808010555014-n1.htm   
   
   
   
 夏の時期、アイスは「かき氷タイプみたいなもの・アイスキャンディ」は食べるが、「アイスクリーム・ラクトアイス」のタイプのものは口にしない。   
 本当は、美味しいと評判の「ハーゲンダッツ」のアイスも食べたいと思うけれども、しかしもう、一種の意地だな、乳製品タイプのアイスは口にしないことにしている。   
   
 「ハーゲンダッツ」のあのアルファベット綴りを目にするたび、自分は「ヘーゲンダッツ」と読みたくて仕方ないのだが・・・。   
 フランス人だと心の中では「アージャンダ」とか「アージャンダーズ」などと発音したく思うのだろうか、はて。   
   
   
 乳製品といえば、子供の頃に親しんだカルピス・・・あれを久しく味わっていないが、あれはまた飲みたいなと思う。   
   
 カルピス・・・昔、子供の頃は、自分の家でも友達の家でも、子供たちが集まるとほぼ決まってその家の母親がカルピスをつくってくれたものだ(現代と異なり、「お母さん」の多くが専業主婦であった)。   
 或る夏の日・・・筆者を含めて数人がA君の家に集まった。A君のお父さんはお医者さんで、ま、景気がよい家庭と言えたろう。   
 A君のお母さんがカルピスを出してくれて、皆がそれを飲んだ。   
 すると、一人の子が、こう言ったのだ:   
   
 「お前んち、カルピスを水で薄めて飲むんだな。金持ちなのにケチなんだなあ」   
   
 それを聞いた一同(言った本人を除いて)は唖然・・・当然、誰だったかが「水で薄めるのが本来である」ことを説明したが。   
   
 ああ、いま思い返すと、上のように言い放った子のお母さんはズボラっぽい感じもあったかなあ・・・カルピスのボトルに書かれていた説明など読まずに原液のまま子供に飲ませていたのだろう。   
 (注: ここで言っている「カルピス」は、昔ながらの、茶色したボトルに入っていて、飲むときには水などで薄めて(適宜に氷も入れて)飲むタイプのものである。今日のように、そのまま飲むようにできているペットボトル入り・缶入りのタイプのものではない)。   
    
   
   
   
 しばらく前、「(あなたは)若いときの体型をそのまま維持できているけれども、どういう食事をしているのですか」と、まだ若い人から尋ねられたことがある。   
 こちらはこう答えた:   
   
 「え? 君は、実際には、俺の若いときの体型を知らないじゃないか・・・若いときはね、食欲にまかせてだらしなく食べていたからキム・ジョ○ウ○みたいな体型だったんだよ」   
   
 相手はとても驚いていた。   
 上の言葉の内容はもちろん嘘で、筆者は肥満にも肥満傾向にも陥ったことはない・・・おそらく基礎代謝が大きいと思え、食欲のままに食べ、飲んできた。   
   
   
   
 下のは、来客と酒・食事するときの「つまみ」のひとつにと用意したポテトチップのパッケージから。   
 含有する脂質の量、すごいなあ・・・面倒くさいから比重を1と考えるにしても、「グラスにこのくらいの量になるのかあ」と思い描くとどうも・・・。   
   
 思い返せば筆者、15歳くらいから今日に至るまでの間、口にしたポテトチップの総量は20枚にも達しないであろうなあ(←20袋じゃない、20枚=20片!・・・つまり、何かのときに2、3片をつまむことがあったくらい・・・長年、スナック菓子は食べないのを基本としている。もっと子供の頃は、ポテトチップのほか「かっぱえびせん」も「サッポロポテト」もよく食べたけど)。フライドポテトの類はもうちょっと食べてはいるが。   
   





戸惑う日本語


   
 日本のマクドナルドが7月28日付で新聞掲載した謝罪広告・・・その文面に戸惑いを覚えたのは筆者だけだろうか。   
   
   
 謝罪広告においては、「東京ローストビーフバーガー」などの「ローストビーフ」について、実態とコマーシャル表現との間にあった相違の問題を詫びている・・・この件は既に広く報じられているところであるから具体的説明は略す。   
   
 同社は、景品表示法に違反していたと述べ、また、今後は正しく分かりやすい広告表現を行なう努力をするとも表明している。   
 さあ、そのうえで謝罪広告の末尾の文章はこう始まる:   
   
   
 「お客様におかれましては・・・」   
   
   
 で、こう書かれていると、読む側はそのあとの文面・趣旨を先回りして想像する。「お客様におかれましては何なんだ?」と・・・つまり、   
   
 「お客様の側に勘違いが生じるような事態を招いてしまい申し訳なかったと述べるつもりなのかな」、「それとも、お客様にはこれまでどおり当社のことをひいきにして応援していただきたいと述べるつもりなのかな」   
   
などと想像するわけである。   
   
   
 しかし、同社の文章は違うのだ。下記のとおりである:   
   
   
 「お客様におかれましては、テレビコマーシャル、並びにウェブ動画等の広告物におきまして、このような表示をおこないましたことを、心よりお詫び申し上げます。」   
   
 うーん、変な文章に感じるのだよなあ。何かその「お客様がこのような広告表示をおこなった」とか、「お客様の側が心よりお詫びをする(とはいえ、お客の側が「申し上げます」とへりくだるのはおかしいわけだが)」とか、そんな主述関係にある文章になってしまっていないか?   
   
 一度したためた文章をあれこれ校正しているうちに、文章が混乱してしまった?   
   
 本当は例えば次のように言いたかったのだろう:   
   
 「お客様に対しまして(は)/お客様に向け、テレビコマーシャル、並びにウェブ動画等の広告物におきまして、このような表示をおこないましたことを、心よりお詫び申し上げます。」   
   
   
 正しい日本語って難しかったりもするし、筆者もまた時に(しょっちゅう?)変な文章を書いてしまったりするが・・・特にブログのようなものでは読み返しを省いてしまうことも多々あるし・・・でも、企業が出す告知や謝罪などはそれこそ真剣に校正が為されるべきものと思うのだ。   
   
 まあ、筆者自身にとっては、このローストビーフの件でいささかも迷惑を被っていないので別にどうでもよいとは言えるのだが。   
   
 なお、上の「お客様におかれましては」の使い方について、「ちっともおかしくないよ、誤用ではない。過去、同様の例がたくさんある」とのご意見もあるかも知れない。その場合は、上の筆者の指摘は勘違い・的外れのものと思っていただきたく、念のため、あらかじめここにお詫びしておくこととしたい。   
   

   

「破綻調交響曲」、「異端調ミサ曲」・・・


   
 「株式会社 大日本不沈空母フィルハーモニー管弦楽団の特別企画、“夏休みに親子で楽しむサマー・コンサート”のお知らせ」   
   
   
 「うちの子にもクラシック音楽を楽しんで欲しい」、「まだ幼いけど、コンサートに連れて行っても大丈夫かしら」・・・そんなお父さん・お母さんにピッタリの、お子様にも存分に楽しんでいただける演奏会です。   
   
 ちょっぴり欲張って、「お子様に、忍耐力がつく・お行儀よくする習慣がつく」という視点も加えた充実のプログラムです。   
   
   
   
 内容:   
   
  演奏曲目やオーケストラの楽器についてのレクチャー(約1時間)   
   
  フランク作曲/交響曲ニ短調   
   
  マーラー作曲/交響曲第7番   
   
   
 ご注意: 演奏は抜粋ではありません。また、演奏途中での入場・退場はご遠慮ください。   
   
   
   
 ・・・以上は、架空の広告であった。   
   

「女は愛嬌、男は読経」、「猫にビットコイン」、「今日の名古屋は、明日の東京」、「昔ミリバール、今はヘクトパスカル」・・・



   
 猛暑のせいでキャベツやキュウリの値段(店頭価格)が上がっているとのことで・・・そういう新聞記事はスーッと、かなり粗く流し読みしてしまうのだが、ふと目に止まったのが記事中に紹介されていた主婦の言葉であった・・・それによると、キュウリを使う「冷やし中華」を作るのをやめたとのことで・・・。   
   
 「冷やし中華」にキュウリは必須なのだろうか?・・・これは筆者の疑問である。飲食店が「冷やし中華」を客に出す場合、たぶんキュウリは必須または「譲れぬライン」だったりもしようけど、家庭で作るときにも同様なのかなあ。   
   
 ・・・と書いておきながら、実は筆者は「冷やし中華」が猛烈に嫌いなのだけどね(笑)。   
 何と言っても「冷やし中華」のスープには酢と、そしてゴマ油の風味が付いているのが気に入らず・・・。   
 酸っぱいものが苦手ということもないのだが、酸味のあるものは少な目の量を口にしたいというのが筆者の感覚なのだ・・・だから、「酢の物」のおかずは少量でよいし、酢ダコ、もずく酢、ピクルスもたくさんは食べたくない。   
 酢豚という料理だって、普通の人が食べるほどの量を食べたいとは思わない・・・「酢豚の、豚の揚げ物の油っぽさを緩和するためにも酢が使われているんだぜ、見事な調和のアイデアだ」との意見もあろうけど、それなら最初から豚肉に衣をつけて揚げたりしなければよいのに(さっと炒めるなり茹でるなりして)・・・「調理の手間と、酢という調味料の、両者の無駄遣いみたいな料理だ」と思わなくもないかな。   
 ゴマ油も好まないのだなあ。天ぷらで、ゴマ油の風味が目立ち過ぎるのも好かない。煎りゴマなどはとても好きなのだが、ゴマ油、練りゴマなどは好まない。油っ気、ベタッとした感じのもの、そして特に独特の香りを伴っているものがとにかく嫌いなのだな、ラー油、オリーブオイルも好きでない。   
 「じゃあ、ギョーザを食べるときはラー油を使わないのか?」と聞かれれば、もちろんその通りで、酢じょうゆで食べる・・・となると、先ほど酢について書いたことと矛盾するではないかと突かれようけど、それはそれ、人間の感覚・嗜好は一筋縄ではいかないものだ・・・でも、ギョーザって、滅多に食べないけど一度に食べるのは5個から8個くらいだ。好物ということはないのだから。   
   
 話を「冷やし中華」に戻し・・・この料理の気に入らない点は他にもある。それはキュウリ。   
 刻んだり、スライスしたりのキュウリというものは、塩分の作用(浸透圧)により水分が少し染み出てしんなりした状態のものを好む。だから、スライスしたキュウリに塩を振ったものは好きである(これにマヨネーズやドレッシングが付いてしまったものは好まない)。ワカメとキュウリを組み合わせてのサラダ風のものも好む。   
 「冷やし中華」にトッピングされるキュウリは、あれはどういう風にするのが正しいのだろう・・・普通はキュウリに塩は振られていないのでは?・・・しんなりとはなっておらず・・・では、食べるときにスープにしばらく浸しっぱなしにしておいてから食べるべきものなのだろうか。   
 紅ショウガは好きなのであるが、麺などに色移りするのが美しくないようにも思える。   
   
   
 この時期、「冷やし中華」の文字が入ったポスターやノボリを目にしても、或いは初夏くらいに「冷やし中華、はじめました」のポスターを目にしても筆者の心は無反応で、「あっ、そう」とすらも思わないのだなあ。   
   
   
 さて、そもそもの疑問に立ち返り・・・「冷やし中華」にキュウリは必須なのだろうか。   
 他人が注文して食べているのを眺めたことは何度かあるのだが、キュウリがのっていなくてモヤシ(茹でモヤシ)がのっているのを目にしたことがある。   
   
 キュウリの代わりとしては、さらに次のようなものを使うのはどうなのだろうと、筆者は思う(場合によってはキュウリよりも材料費アップしてしまうかも知れないが、しかし、「ちょうど残り物がある」というケースのこともあろう):   
   
  千切りレタス(ポテトチップに添えられたりするような感じの)、白髪ネギ、カイワレ大根ほかスプラウト類、パクチー、セロリ葉、茹で絹サヤ。   
   
   
 また、ハムの代わりとしては、焼豚や(コンビニなどで売られている)サラダチキン、蒸したササミ肉などをスライス・千切りしたりしてもよいのではないか。或いは、カニカマとかでも?   
   
 紅ショウガの代わりとしては、ザーサイ、らっきょう、たくあん、いぶりがっこ等々を刻んだものでもよいのではなかろうか。   
   
   
 ・・・以上はもちろん、飲食店がつくる場合のことでなく、家庭で調理する場合を考えてのことである。で、また、筆者はラーメンにしろ「冷やし中華」にしろ「通」などではないから、上のようなアイデアに関して「邪道である、論外!」との批判も、ま、素直に受け入れよう(笑)。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 「天気予報」で「明日の東京の空模様(の予報)」が報じられるとき、その内容をそのまま信じずに「本日の名古屋の天気はどうであったか」を勘案する/考慮に入れるのが筆者の昔からの習慣である。「大雑把に言って天気は西から東へ移るから」というのがその理由で、明日の東京が「晴れ」との予報であっても、本日の名古屋が曇りであったなら、やはり明日の東京は「曇り傾向のある晴れ」くらいに受け止めるわけである。   
 ずっと前は「今日の名古屋は、明日の東京」と、自分の頭のなかで念仏のように唱えていたのだが、今では唱えることはしなくなっているな。でも、名古屋の実績天気を考慮することは変わらない。   
   
 が、ただいま接近中の台風の影響に関しては、その進路ゆえ「今日の名古屋は明日の東京」は通用するまいなあ。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 前回のブログ記事の写真ではシューベルトの「樽」、じゃなかった「鱒」のCDを幾つか示した。   
 今回の冒頭に置いたのはブログ画像庫からのもの・・・背景側のアナログ盤に収録された「鱒」は、ピアノはペルルミュテール、そしてパスカル弦楽四重奏団メンバーその他による演奏。   
   
 演奏についての良い・悪いの評価、また、好みに合う・合わないは別として、このアナログ盤は中高年の多くのクラシック音楽ファンにはおなじみではあるまいか。   
   
 これまでCD化されたことがあるのか、また、板起こしなどされたことがあるのか知らないけれども、次のような新譜商品の中にこの演奏も含まれるようだ:   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/9046207   
   
   
  http://tower.jp/article/feature_item/2018/07/27/1105   
   
   

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。