2017-06

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 「近頃の若い者は本を読んでおらん。お前もだな。○○を読んだことがあるか? 無いだろ、やっぱり。ダメだな」というセリフは昔から繰り返されて来たものである。   
   
 自分もまた若い頃にはそのように言われたことがあり、ただ、そのように言った或る人物とは後日に電車で偶然に隣あわせになることがあって、そのときこちらが読んでいる本について「君はそういうものを読んでいるのか」と言われ、多分ほんの少しだけは認めてもらえたのかも知れない、その後は「本を読んどらんな」と叱られることはなかった。   
 あのとき読んでいたのは井原西鶴のもので、また、バッグに入れていた「和漢朗詠集」も相手に見せた。通勤/帰宅の電車でこういうものを読んでいる人間はかなり珍しいとは思うのであるが、しかし、若い頃は本心から「まず日本の古典をちゃんと読み直さなくては」と思っていた。   
   
 ただ、文学に敬意を払う気持ちというのは少年の頃からさはど強くなくて、たとえば高校生の頃は岩波新書、講談社の現代新書やブルーバックス、白水社の文庫クセジュなどから興味や関心に合うものを多く読んでいたか。さらにまた、友人が「大学ではロシア文学を学びたい」と言ったのに対して、「文学では就ける職に限りがあろうし、普通に社会科学系や理工系への進学を考えるのが無難ではないか」と、(のちの彼の言によれば)けっこう冷たい感じに応じ、結局は彼の進路を変えさせてしまった・・・もしかすると、優秀なロシア文学者の誕生を、一人ぶん減らしてしまったのかも知れない。   
   
   
 「 君 の 名 は 。」という映画が大ヒットしているが、観ていない。ストーリーの概略を聞いて思い浮かんだのは日本の古典文学「とりかへばや物語」であった。   
   
   
 ビジネス書、専門書を別にすると、今も、よく読む/手にするのは新書のものが多いか。ただ、昔、学生の頃の「読む姿勢」に比べると、最近は、いや、もう長年にわたるが、「軽い感じに読み流す」的な感じになっている。また、本の内容自体も軽いタッチ/スタンスのものがどんどん増えているように思わぬではない。   
   
   
 下の写真で「・・・バカになる!」とあるのは雑誌の記事で、これは月刊雑誌「 Hanada 」2017年2月号から。確かな検証がむずかしい問題ではあるが、興味深いテーマであることは間違いない。   
   
 子供がスマホを利用するにしても、はて、ハードウェア・クオリティや通信クオリティはどの程度が必要なのだろう。スマホ本体や通信契約/SIMカードについて格安のものを選択することを本気で考えている親はどのくらいいるのだろうかと、疑問に思う・・・余計なお世話かも知れないが、しかし、その辺りの工夫もしないままで、なおかつ「子育てにはカネがかかるんだ。扶養手当・扶養控除などについて、子育て世代に手厚くして欲しい」と主張することにいささか疑問を覚える。(スマホでなく)PCのインターネット接続設定(準備)を自分でやったことがない、格安SIM利用に関連してAPN設定とは何か知らないと平気で言っている(威張っている)人たちがいるが、親がそうであるならば自ずと子供たちもそのような感じになってしまうのではないか、どうなのだろう。ブラックボックスはブラックボックスのままで放っておくのも場合によっては効率的・実際的な生き方であるけれども、上のようなネット利用の準備についてまでこれをブラックボックスと受け止めるのはちょっと違うであろう。   
   
   
 しばらく前、近所を歩いていたら、見覚えのある外国人2名を目にした。アメリカ人だと思うのだ。   
 彼らは、筆者の少し前を歩いていた日本人をつかまえて日本語で「わたしたちは最近、日本にやって来たのですが」と言った。それが聞こえた筆者は、「あ、ウソをついたな」と思った。なぜなら、もう半年くらいも前に彼らは筆者を呼び止めて同じセリフを口にしたのである。或る宗教の関係で活動しているものと思える。ウソはいかんぞ、ウソは。   
   
 この件とは関係ないが、昔、そういう布教をしているアメリカ人に、キリスト教の聖書を日本語でも英語でも読んだことがあると言ったら感心されたが、読む理由としては「内容をじっくり把握したうえで批判するためである」と言ったら、相手は顔を曇らせた・・・とても残念そうな表情であった。   
 なぜ、わざわざ英語でも読む必要があるのかというと、日本語では読んでいる途中で投げ出したくなるからである。聖書(旧約・新約)の内容に関して「現実にこのようなことが起こるわけがないだろ」とか「ああ、このようなセリフを口にする人間がいたら、マトモに相手をしたくないな」などと感じてしまうのである。ところが英語であるならば、そういう感想が生まれにくく、つまり、読み通しやすいのである。但し、感化される・教化されることのないようにとの思いを維持しながら読むのが適当ではあろう。   
   
 宗教に関連する本も、下のように読みはする。   
   



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