2017-04

Latest Entries

雑記

    
 「戦争や有事に対する危機意識を異にする人たち」・・・と表現することも一応は可能であるが、もっとストレートに、かつ主観的に表現してしまうと「重度の平和ボケ症候群を患い、かつ、もの分かりが悪い人たち」が今の政治を混乱・停滞させている。(世間には「もの分かりのよい大人になるな、丸い人間になるな」的なキャッチフレーズ/メッセージもあったりはするが、事と場合によっては、もの分かりの悪さは困るものだ。)    
 そういう、もの分かりの悪い人たちのために国会の会期延長までしてやっていることであろうに・・・野党議員には「会期延長、ありがとうございました」的な「へりくだり」の態度がちっとも見てとれないばかりか、暴言・恨み言を吐くような人、あるいは審議/質疑のマイクを奪うような真似をする暴れん坊もいて、普通のまともな国民をいらだたせる。   
   
 有事の際、「ドロ縄」式に国会審議を経つつの迅速対応など困難であろうに。そして、同盟・連帯・結束とセットになった抑止力の確保・向上が大切であろうに(それを「ギヴ・アンド・テイク」と揶揄する向きもあろうけど)、なぜ、それが分からぬか(なお、国を売りたい・領土などを与えたいと願っている人たちはこのような懸念と無縁であろうから、きっとヤキモキすることもなく精神的にストレスも少なく、おそらくは長生きすることであろうなあ・・・であるから、そういう人たちはまた国防よりも健康保険・介護保険などの福祉充実を叫ぶことも多く、ま、理屈は通っていると言うべきか、立派に利己心と整合を遂げている)。   
   
   
 お爺ちゃん・お婆ちゃんと呼んで差し支えない人たちまでも、さきの戦争に関わる反省がゆえにであろうか、「子や孫を戦争に巻き込ませたくない」として反対に回ったりもする。   
 戦争に巻き込まれる・巻き込まれないの違いは「時の運、世代のリスク」とも言えなくはないか・・・かつて子供の頃、「アメリカとソ連は戦争するのだろうか? 第三次世界大戦に至るのかな? 日本も戦場になるのだろうし、そのときは自分も徴兵されるのだろうな。北海道くらいはソ連に獲られるのかな。戦死するのか、捕虜になるのか・・・捕虜になるとすればソ連に引っ張られて行き「シベリア抑留」のような経験を自分もすることになるのか、それとも傷痍軍人として帰国して残りの人生を送ることになるのか、いずれが自分の運命であろうか」などと危惧したように、いつの時代だって戦争への不安は消えないものではなかろうか・・・「この戦争、戦うのは君の番だよ」と言われれば、それは仕方ないじゃないか。   
 中国が攻めて来て、それが日本各地に際限なく及んで来たとき、やがて、子や孫が墓参しようとしても、当のお爺ちゃん・お婆ちゃんの、そして、先祖代々の墓は、中国人によってなぎ倒され、たとえばゴミ処分場・し尿処理施設になっているやも知れない。「そうまでひどいことはするまい」と思うのはどうか、何しろ中国人(本土の中国人)と中国の指導者のやることだ。   
 「あたしらはそれでもいいよ、子や孫たちが命をつないでいけたならそれだけで」と思うお爺ちゃん・お婆ちゃんもいるかも知れぬが、そうは言っても彼らは、「安保関連法案に反対してそれを廃案にさせ(もって、米国・米軍の、日本を守りきろうとする気持ちを少なからず減退させ)たことに起因する、先祖代々の墓の消失の責任・責め」を、何代にもにもわたる祖先に対して負うことになるであろう。そして、肝心の子や孫は、中国人民のなかで阻害され、少数民族として迫害を受け続ける存在に、戸籍も失って奴隷同然に扱われる存在になるかも知れないのだ。   
   
   
 「憲法第9条を壊すな!」とは、筆者も非常にしばしば思う・・・しかし、筆者の場合それはこういう意味である:「憲法第9条の文言をいじくり回すことに労を割くな、そこで頭をひねっても問題は解決しない、時間のムダになる。第9条を丸ごときれいに削除せよ。憲法第9条が足かせになり、あるいは、諸々の関係で矛盾・誤解・勘違いの原因になり、日本は国家として自然でスッキリとした行動をとれなくなってしまっている」と言いたいのだが、しかし、今回の安保関連法案の審議を見ると憲法第9条削除/改正までの道のりは遠いものに思われ、重たい気分になる(なお、憲法の前文などにおいても戦争関連で所要の修正が必要と思われる・・・とはいえ、他国侵略などはこれは絶対にいけないと考える・・・しかし同時にまた、「侵略などしません、専守防衛を一応の基本とします」などと、いったい誰に向かって敢えて宣言する必要があるのかという気もする)。   
   
   
 ところで、マスコミによる「安倍内閣を支持しますか」、「安全保障関連法案に賛成ですか」等の世論調査の結果(パーセンテージ)は、あれは正確なものでないと筆者は思っている(ただし、結果の「推移・変遷」については意味があろうけれども)。   
 なぜか? 常識人だったり、普通程度以上に忙しかったり、時間を合理的に使おうと考えている人、また、世の中への不満を特に持たない人などはアンケートにいちいち答えないケースが多いと思うのだ。そして、そういう人たちは、現状肯定派・自民党支持層プラス多少の無党派層ではあるまいか(いや、確信は持てないが。なお、一部は、「反対派なんだけど、いちいち意思表示しても無意味だしさ」ではあろうけど)・・・どこかのWEBページで「賛成・不賛成をクリックしてね」みたいな囲み広告を目にすれば「クリックした途端に変なプログラムがダウンロードされてはかなわんな、俺に何の得もないのにわざわざクリックするものか」と考えるであろう。電話に出てみて内閣支持率調査アンケートその他を告げる自動音声が流れて来たら「何だ、この自動音声というアンケートの仕方は。下請け連中にやらせてるんだろうなあ、考えつくのはこの程度のやり方かよ!」と思って電話を切るのがむしろ普通ではあるまいか。ゆえに、相当数の無反応・回答拒否があり、世論調査は歪んでいると思うのだ。   
 同様のことは読者投稿のコーナーを設けている新聞のその投稿にも言えるであろうし(昔、筆者の友人は「投稿しているのは暇を得た定年退職者や、(いちいち何か言いたがる習性がついている)教員が多い」と評したが、その評が正しいかどうか筆者には分からぬ)、テレビで「番組についてのご意見をお寄せ下さい」と言われたって、しかし多くの人はそんな「ご意見」を送ったりしないであろう(過去、インターネットでのブログ等の意見表明手段の無かった時代でも)。   
 ついでに・・・。NHKが多様な番組を制作したがるのも理解できるし、NHKにエンターテインメント番組があってもよろしかろうとは思うのだけれども、昔の「てんぷく笑劇場」とかを、あれは必要だったのかなあとは今もって思い続けているし、つい先日は「イカ大王」なるものがテレビに登場していて「これ、NHKが、受信料を得たうえで制作する必要のあるものなのか」と、個人的には大いに疑問を覚えた(繰り返すが個人的感想である・・・で、そういう感想をわざわざNHKに「お寄せ」したりはしないのである)・・・それからまた、平日、残業時間入りしてしばらくした頃に職場の女性たちがゴソゴソッと「ナニ着る予報」を見るためにテレビのある場所に一斉に移動するのも困りものである・・・「そんなもの見たってさ、お前ら、実際にそういうもの着て来ないんだから意味ねーじゃん」と、たまに一緒に画面に見入ることもあるオヤジは思うのである・・・しかし、ま、ものの1分くらいのリフレッシュ・タイムと受け止めればよいのかな、許す(笑)・・・というか、なぜにそのようなコーディネートを考えたかの説明があって「ほお」と感心したりもする。   
   

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://szelldocs.blog9.fc2.com/tb.php/884-8b99d8fb

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。