2017-09

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雑記

   
 このところ「就職活動中の大学生」とおぼしき若者を特に多く目にする。   
   
   
 さて、以下は、某社の新卒採用試験(筆記)から一部を抜粋したものである。   
   
   
   
 筆記試験 B類(文系・社会科学系)   
   
 (以下にあるようなものを含めて何問もある中から、選択で3問を解答することとなっている。)   
   
   
1. “BPO”とはどういう意味ですか? 知るところを述べなさい。   
   
   (筆者注: ベルリン・フィルと答えるのは通用しないであろう(笑))   
   
   
2. 「平清盛」は「たいらのきよもり」と読みます。「徳川家康」は「とくがわのいえやす」と読まず「とくがわいえやす」と読みます。この場合の「の」の有無の違いは何故ですか?   
   
   
3. あなたは自動車関連サービス企業に勤務したあと、脱サラしてみずから同様の企業を設立し活躍することになったとします。思うように顧客を獲得できずに悩んでいた或る日、カバンの中に、前職時代に使っていたメモリーカードを見つけました。メモリーカードにはかつての勤務先の顧客リストが残っていました。現在のあなたが営業アプローチをするうえで有用なデータが豊富にあります。あなたはこれをどう扱いますか? 想定されるデータ内容とその活用アイデア例を示しなさい。活用するつもりがない場合はその理由を述べなさい。   
   
   
4. 前問のように自動車関連サービス企業をつくって活躍していた或る日のこと、あなたは著名アパレル企業「南青山ストラテジック・マイスタージンガー株式会社」(架空名称)から連絡を受け、「所有する社用車のドアに名入れをして欲しい、緊急にお願いしたい」と言われました。他からの受注で手一杯の状態でしたが、今後の商談への期待もあるため注文に応じることとし、つてを頼って初めての外注先に作業を依頼しました。若干の赤字受注となりました。   
 名入れ作業が済んで、外注先から先方顧客に車が引き渡されましたが、直後、あなたのもとにクレームの電話が入りました。相手は「これでは恥ずかしくて車を走らせることが出来ない」と言います。あなたは急いで駆けつけますが、左ドアーを見たところ特に問題は無いようです。相手は「右ドアーを見てみろ!」と怒鳴ります。言われたとおりに右ドアーをチェックするとこう書かれていました:   
   
   「社会式株ーガンジータスイマ・クッジテラトス山青南」   
   
 相手は「右ドアーでの表記を、このように右から読ませるという仕方は、いまの時代、ありえんだろ!」と言い、「これは債務の不完全履行である。お前のところで新車を買いなおしたうえでちゃんとした名入れをして届けよ」と要求しました。あなたはどう対応しますか? あわせて、民法上、どのような解釈と解決法がありうるか論じなさい。   
   
   
5. 国家の財政に関わる問題です。   
 産業育成、技術振興、産業保護、教育、職業訓練などに振り向ける財政支出を削減し、そのぶんを防衛・テロ対策に振り向けることは、その国の、他国に対する経済・産業の競争力・優位性を保つうえではマイナス要因になると考えられます。   
 世界の紛争に多く関わりを持ち、また、テロの脅威にさらされることも多いアメリカ合衆国にとって、日本に対する優位を保ち続けるうえでは、日本を「テロに悩む国」に陥れることが望ましい(アメリカ合衆国にとって有利な展開になる)と見ることが出来ます。別紙資料の数値を用いて、防衛・テロ対策関連支出が日本の国際競争力にどのように影響するかを述べなさい。(このブログでは“別紙資料”の掲載を省略)   
 しかし同時に、日本の平和・安全のためにはアメリカ合衆国との同盟関係は非常に重要です。上の問いに対する解答とあわせ、どのような日米同盟関係を望ましいと考えるか、あなたの意見を述べなさい。  
   
   
6. 戦後70年になりますが、アジアの国の一部からは「あらためて謝罪の言葉を」と求める声があります。   
 これに関し、次のような意見を持つ日本人もいます。これを、あなたはどのように考えますか?   
   
 「不幸や辛苦をもたらさない紛争・戦争など無い。そういうものだ。   
  人類の長い長い歴史の中では、世界の各地で、先史時代にも、古代にも、中世や近世にも、形容しがたいような酷いこと・理不尽なことが幾多とあったことであろう。過去を振り返ったとき、スネに傷を持たない民族・国民はあまり多くないのではないか。   
 勝った側は負けた側を裁く。負けた側の所業ばかりが悪く言われる。勝った側はみずからの為した、例えば大空襲や原爆投下を悔いることはしない。太平洋戦争に関しても同様である。これについて我々日本人が怒りを覚えようとも、どうにもしようのないことなのである。そして時は流れる・・・出来事を水に流すことはことなど出来ないけれども、我々としてはせめて、戦争の悲劇を繰り返さないこと、世界の平和と安定を祈念することへと心を切り替えていくしかないのである。前を向くこと、より良い未来を築くことが大切なのだ。   
 戦後70年の節目の今、他国から謝罪の言葉をと求められるが、それについてはもう済んでいるのではないか。仮に百歩譲ってあらためて謝罪の言葉を日本が口にするとして、しかし、このさき戦後80年、100年、120年、150年などの節目のたび、いつまでも何やかや注文がつきそうなのも気が重くなることだ、まるで“ゆすり・たかり”に合っているような思いになる。かつての太平洋戦争(とそれ以前)のあれこれに関して、戦争に関わりもせず、戦争を知ることさえないわたしが、あたかも「十字架を背負う」ような気持ちにさせられることも勘弁願いたい。ましてや、わたしたちのあとに続く世代の人たち・若者についてはなおさらのこと、そのように「十字架を背負う」ような心持ちになることがあってはならないと考える。誰かの昔の言葉ではないが、もはや戦後ではないのだ、遠い過去のことなのだ。そして、おそらくは、日本はこのさき侵略戦争など起こさないであろうし。但し、防衛についてはいささかも妥協しないであろうが。   
 いまの時代、大昔に比べれば戦(いくさ)というものが減っているから、繰り返し持ち出す話題はどうしてもあのときのことばかりになる。仮にもし、次々と戦が勃発している状況であるなら、もうとっくに忘れ去られていたりもしよう事柄ではあるまいか・・・平和であるがゆえに、いつまでも「直近・最近のこと」として、何らかの鬱憤を晴らすためのネタとして語り継がれてしまうのではないか。   
 大切なのは未来志向である。国と国、相互に経済発展を遂げることが現世のわたしたちの幸せへとつながるのである。そういう理解をしない国もあったりするが、その場合、その国が日本との経済関係がどの程度か、脅威になりうる国か、実は小国と見なせるかどうか等いろいろなことを考えつつ、そういう他国との距離の置き方を再考することがあっても良いのかも知れない。」   
   
   
   
 ・・・と、このような試験問題はすべて架空のものである。   
   

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