2017-06

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 榎本健一を略して「エノケン」、阪東妻三郎は「バンツマ」、伴淳三郎は「バンジュン」・・・という具合に、昔から名前は略されることがある。   
   
 ウィルヘルム・フルトヴェングラーについて、これを「ウィルフル」と略す例を見たことはない。むしろ姓のほうだけで「フルヴェン」と略される。   
   
 略し方はいろいろ・・・ま、それはよいとして・・・。   
   
   
 「くまモン」のぬいぐるみを目にするたび、「くまモン」というのは実は何らかの姓名を省略したものではないかとの、見当違いの仮説が頭に浮かんで仕方ないのである。   
 そうして筆者は、例えば「熊野」とか「熊田」などの姓を持ちつつ、そして「もん」で始まる名前を持った、擬人化されたクマというものを思い描くのだ:   
   
  熊野 紋次郎(もんじろう)   
   
  熊野 主水之介(もんどのすけ)   
   
  熊田 紋八(もんぱち)  
   
  熊倉 紋太(もんた)   
   
 ・・・のごとく。   
   
   
 ところで、くまモンのぬいぐるみでしばしば想起することにはもうひとつあって、それは「クマソ」であり、ついでには「ハヤト(薩摩ハヤト)」である。   
 そしてまた、かつて物議をかもした、いわゆる「東北クマソ発言」へと思いは及ぶ・・・その解説は略すが、ネット検索すれば言及がいくらでも見つかる有名な発言である。   
 月日の流れは速いもので、いま、同世代の人に、あるいは自分よりも少し若い人にこの件を話しても記憶に無い人ばかりである・・・これは関西経済界の或る人物の発言に関するものであるが、その歴史認識と地理感覚にいたく感心しつつも、ともかく大事なことは、(筆者の個人的な理解・解釈からすると)「商業/経済とともに文化における先輩としての関西が、東北地方のみならず、実は関東を含めた東日本全体を見下した発言」だったのではないかということである。これは「簡単に忘れてはならない発言であり、関西人が、東日本と、そしてまた九州地方に対して抱いている感覚を示す言葉」ではないかと思うのである。深いものがあり、語り継いでいかないといけないと思うから、筆者は酒の席などで繰り返し持ち出すのである。(また、個人的には、家電製品から香辛料に至るまで、出来るだけ東日本企業のものを選ぼうとする気持ちはこの発言を機にさらに強まったと言える。)   
   
 みずからが手にし、あるいは理解している或る特定の文化の領域を愛でながら、他方で、それとは異なる文化の領域については評価しない・感づかないということは、ありがちなことであろうと思う。そうして、みずからが手にした文化ばかりを誇り、それだけを大事に思い、そして・・・。驕りの感覚も生まれうるのか、どうだろう、これは誤解なのだろうか。   
   
   
 文化には多様なジャンルのものがある・・・。そして、文化と呼べるもののみが人の心を豊かにするとも言い切れぬと、俗世をわたる人間はまた思ったりもするのである。   
   
 ま、いいか・・・。   
   
   
   
 食文化もまた文化なり。そして、その内容も多様である。  
   
 冒頭のは、これは親にも食べさせたクジラ肉。海外から何を言われようとも、これまた日本の食文化である。   
 この写真、上にかぶせられていた透明の蓋に貼られたシールの上下関係に敢えて従って撮ることとした・・・きわめて見にくいのであるが、刺身が、「右側からつまんでいけ」みたく並んでいるので筆者個人的には「うっ」と思ったのであるが、そのへん統一がとれていない時代になって半ば久しくもあるか・・・もっとも、作法は時代と状況に応じて変容することもアリ、と思わぬでもないが・・・。   
   


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