2017-05

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 (↑)過去の写真の再掲であるが、イワシの煮付け(梅干し風味つき)。   
 親のためにこれまで何度かつくっているのだけれども、これの調理はちと面倒くさくもあるし、手が臭くなったりもする。(なお、最近は、皿には煮汁をたっぷり添えることにしている。)   
 ところが・・・イワシのこういう煮物がレトルトパックで売られているのを発見した(ただし、梅干し風味をつけたものでなくショウガ風味だったりする)。複数の商品がある。パックを熱湯で茹でてから封を切り、中身を皿に移せばそれで食卓に供することができるから便利である。   
 親に食べさせる前に自分で試食してみたのであるが、「謙虚に考えても、俺が手づくりしたもののほうが美味い(調味の点でなく食感の点で)」と思えた。でも、それほど悪くはないともまた感じられた。今後に活用していこうかと思った。   
   
   
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 春節で中国からの訪日客が増加する時期である。彼らの行動パターン、振る舞い、マナーの悪さに顔をしかめる日本人は多いことだろう。商店、デパート、飲食店、ホテルその他としては、中国人旅行客が多額のカネを落としていってくれることを喜ぶ・・・他方、「この時期は不愉快なものを目にしたくないからデパートに寄るのを控えよう」と思い定める日本人もいる。   
   
 電車・エレベーターに我先にと乗り込もうという振る舞いを注意する日本人もいる(ガイド役を担うことになった日本人もまたそういうマナー違反をしないよう予め教え込んでおくことをする)。彼らはその注意に納得するが、どうも彼らの納得の仕方としては「うむ、降りたい人を先に下ろさせたうえで乗り込むのが合理的であり、事がスピーディに済むのだな」という程度に過ぎないように見受ける。われわれ日本人は、そういう理解も勿論しているのであるが、もうちょっと鳥瞰(ちょうかん)しつつというか、自分と自分以外すべてを含めての人の流れの「あるべき状態」を思い描き、かつ、自分という存在は全体の中にある「1つのもの、個」に過ぎないという感覚を持ち、全体の流れの中に自分をうまく滑り込ませて事がスムースに運んでいくことを目指しているかと思う。現代の中国人の多くがそういう感覚・意識を欠いて育ってしまっているように思われるが、そうである以上は、彼らの振る舞いに腹を立て、ストレスを覚えるだけこちらの損ということになる・・・但し、勿論、彼らに対して注意を重ねていくことは一応の意味あることと思う。   
   
 われわれ日本人は、たとえば全体調和と、他人に迷惑を掛けないことを意識している。ショッピングセンターその他の広い売り場にて、一緒に買い物に来た家族や仲間がちょっと離れたところに散り散りになったとする・・・離れたところにいる相手に対して(もしも近寄っていくことをしないのなら)声を掛ける場合には、われわれは「かろうじて相手に聞こえるかなと思える程度の声量」で言葉を発するか、もう少し気が利く人であれば口に片手または両手を添えて「もっと低い声量でも相手に言葉が届き、かつ他の無関係の人たちに迷惑が掛かりにくい方法」を選ぶことになろう。そういう、他者への配慮というものを、どうも中国人は思い至らないのではないかと思える・・・で、彼らは目一杯の大声を張り上げる(付き添ってガイド役などしている日本人としては「トホホ」感と、周囲の無関係な日本人に対して申し訳ない思いになることであろう)・・・英語でも中国語でも、日本語とは異なる言語特性があって或る一定以上の声量や発声上の瞬発力を伴っていないと言葉が通じにくかったりするということがあるかも知れないが、上のような場面での中国人の傍若無人ぶりは、明らかに「他者へ迷惑が掛からぬように」という発想を欠く。まだ向こう何年、いや何十年かは、これは解決されない問題ではないかと想像するし、それに腹を立てるのもこちらが精神的に損するだけだと心得ておくほうがよろしかろうと思う。(日本人もまた、自覚していないような「旅の恥のかき捨て」を行なっていようし。)   
   
   
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 ゆうちょ銀行が扱う貯金、かんぽ生命の生命保険・・・それらの貯金限度額・加入限度額を引き上げようかどうしようか・・・というテーマでの検討が自民党内で始まる。これにはやはり理由があるのだが、しかし、いずれにせよ「それは民業圧迫だ」とする批判が及ぶ・再燃することと思う。   
   
 民業圧迫ということでは・・・筆者、長年にわたり思っているのは、NHKの事業の内容・規模の拡大を抑制しないでおくと民業圧迫につながるのではないかということ・・・いや、現時点でも民業圧迫状態かも知れないなどと思わぬではないから、「拡大抑制」よりもむしろ「縮小」の方向へと踏み込む必要もあるかと思っている。   
 NHKには素晴らしい番組が山ほどあるけれども、しかし、あえてNHKが番組制作しなくても、あるいは取り組まなくても「民放でも出来る・やれる」と思われるものも相当に多いように感じる。   
 報道、ドキュメンタリー、芸術、伝統芸能に関わるものについては、筆者、NHKにこそ期待しているものが多い。また、大相撲、高校野球をはじめとする幾つかのスポーツ中継について、「NHKで放送し続けて欲しい」と願っている人は多かろう。しかし、たとえばドラマなどはどうだろうか。正直言って筆者には「TVドラマを軽視する感覚」が宿っているがため「何もNHKがこれほど次々と、地上波でもBSでも何本ものドラマを制作しなくてもいいじゃないか」と思うのである・・・ちなみに、ウィスキー好きということから「“マッサン”のドラマを観ていますか」と尋ねられることがこれまでに何度かあったけれども、都合3、4回しか観ていない。   
   
 NHKは番組制作数を少なくしてコスト削減したってよいではないか。なおかつ、放送時間帯を短縮したっていいじゃないか・・・短縮せずにいるのならば再放送での穴埋めを増やしてもよいのではないか。そういう動きがあれば、民放サイドでの競争、それも質的競争は増していくことにならぬか・・・いや、果たしてどうなるか筆者には占えないけれども。    
 また、上のようにすることでNHK放送受信料の引き下げが為されるならば、少なくとも筆者などは歓迎する。(民放をろくに観ない筆者ではあるが、かと言ってNHKの番組を視聴している時間もまたさほどには多くない・・・テレビを観る時間全体が大方の人に比べてかなり少ない・・・そういうこともあってか、NHKの受信料を筆者は「多数の国民が分担し合っている割りには高いんじゃない?」と感じているのである・・・ラジオなども滅多に聴かなくなったが、昔はクラシック音楽系のFM放送を大いに聴いたから、こういうものは次の、若い世代のためにも続けて欲しく思う・・・が、それにしても、昔からNHK交響楽団の演奏についての放送はまず聴かないで過ごして来たものだが、はてNHK交響楽団の運営コストと放送受信料とはいくらかなりとも関係があるのだろうか・・・もしも関係ありとするならば、同オーケストラと他のオーケストラとの関係で民業圧迫があるや否やも検討されねばなるまいと思う)。   
   
 さて、それでもNHKは、今度さらに広範な受信料徴収をするに至るやも知れない。テレビを持たずともNHKのネットサービスの利用が可能になっている状況に照らせば、PCなどのネット接続端末のみを持つ世帯からも、あるいは、いっそ日本の全世帯から徴収することにも理由・根拠は見出せはする・・・だが、NHKの放送、そしてネットサービスは、つまりはNHKのこれまでの、そして将来における業容拡大などは、さて国民すべてが期待し、そして喜んでいることなのか、それを疑問に思うのである。たとえば全世帯から徴収することとなって、そのかわりにこれまでの放送受信料がガクンと安くなるというのであれば筆者個人的には嬉しく思う・・・だが、しかし、その「全世帯から徴収」という発想・方針・あり方は望ましいのかという、次なる疑問が生じる。で、やはりNHKについては「業容縮小という道が検討されて然るべきではないか」と思ってしまうのである。   
   


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