2017-05

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 このところ宗教をめぐる論議が盛んになっている。   
   
 宗教大嫌いな筆者であり、同じく宗教嫌いの人と酒を飲むときには例えば次のようなことを言うことしばしばである:   
   
   
 「神は存在しない。また、神が人間をつくったりしていない。まだ大した知識や文明を手にしていなかった人間が、何かしらの不安など抱いたり、自分や身近な者が死後にどうなるのかと恐れたり、また自然の威力・運命めいた偶然の連続への恐れ等々から“神”というものを思い描いたのである。つまり、人間の側こそが神というものを創作したのである。神というものを生み出し、そのパーソナリティをも決して物語を誕生させるほどに人間は賢いのであり、つまり、神は人間の下位に位置するもの(しかも実体は無く、観念上のものに過ぎない)である」   
   
 「神が存在しない以上は、神と人間との間に何かしらの約束が交わされるということも無い。“原罪”というものもまた存在しない」   
   
 「神の存在を主張する人は、神が存在することの証明を求められると困るのである・・・そういう証明をせずに済ますためには、“神は人の心の中におわします”とか、“神に対して何かの奇跡実現を求めるなど、みだりに神を試みてはなりませぬ”などと応じて事をかわすのがひとつの逃げ道・方策というものであろう」   
   
 「人間にとって、体調の芳しくない日、暑い日、寒い日、雨風の強い日にもきっちり仕事に励むのは時に辛くもある。干ばつに苦しむ年もある。辛く面倒くさいとき、あるいは苦しいときにも仕事をさぼれたらよいなと、怠惰な人間は思うものである。苦労をうまく避けつつ、わりと楽して稼げる商売としては売春、占い、祈祷、宗教を挙げることが出来ようか。それぞれに歴史の古い商売と思われる。このうち売春は、男には難しい仕事である(売春の「斡旋」ならばともかく)。占い/祈祷は、それが外れる/実現しない場合にはその後の商売が“あがったり”になるし、権力者などのそばでその種のことに従事している場合には怒りを買って処刑されることもありうる。その点、狙い目なのは宗教であろう・・・寄進・布施、お守り・免罪符などの販売によってしっかりと、わりと永続的に収入・食べ物を確保しやすいかと思える」   
   
 「人間というものは広い意味でのハンディキャップを背負うことがある。それは身体機能面の問題であったり、あるいは、それぞれが生きる時代と環境において差別対象となる身分・門地・人種、また、出生の秘密などを原因とするものであったり・・・。真面目にコツコツと生きられる人間は与えられた環境を我慢しつつ生き抜く。しかし、“どうせなら人生を一発逆転して少しでも安楽な人生を!”と思い立つ者もいることであろう。新しい宗教を起こす、既存の宗教について新しい解釈を見出してそれを主張する等はその“一発逆転”のチャンスになりうるものであろう。成功すれば、自らへの崇拝が死後いつまでも続くことになり、あの世での笑いは止まらないものとなろう(仮に「死後の世界」というものがあれば、であるが)、日本にはまた宗教法人課税のような制度もあり、きちんと研究すれば宗教活動は魅力的なビジネスたりえよう」   
   
   
 なお、ただし、宗教の果たして来た役割は大きい。   
   
 身近な人が亡くなるなどした時・・・「人間の脳は、血液/栄養/酸素が届かなくなれば活動を停止します。すると思考/思惟というものも無くなります。遺体というものはもはや物体に過ぎません。魂・霊というものもありませんし、もちろん輪廻転生もありません。故人のすべてはもう終わってしまったのです。さ、埋葬しましょう」と言われて「ふむ、なるほど」ときれいに納得してしまえる人は稀であろう。人間の心のやり場を、宗教はそれぞれに用意してくれる。   
   
 宗教が、人の行動を律するうえで果たして来た役割が大きいこともまた言うまでもない。あるいは、学問、芸術などへの寄与も大きい(逆に、科学などの進歩を阻害・攻撃した面もありはするが)。音楽に関しても、声明、聖歌など無ければ、音楽の発展の姿は異なるものになっていたことであろうか。   
   
   
   
 ところで、宗教はどうあるべきかという議論のときに筆者が持ち出す言葉には「十字軍」と「四箇格言(による他宗派・他流儀への批判)」などがある。すると、話の相手は、前者については「ん? 懐かしい言葉、それ何だっけ?」みたいな顔をする。後者については知らない人が多い。よいのか、それで?   
 先日の、日本人を人質にした事件にからんでは「十字軍」の言葉が出てきた。筆者などは、日本について一緒くたにされては迷惑なことだと思ったものだが、この十字軍についてあれこれ言う意見が少ないことには意外な気がした。 
 日本人は多様な宗教・宗派に対してきわめて寛容であるとの意見もあるが、それとの関係で「四箇格言」ということについてもまた、いずれはもっと注目され、宗教活動に関して議論されて欲しいものと思う。   
   
   

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