2017-09

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シェヘラザード?(映画)

   
 たまに思い出したように、グーグルや "Ask.jp" にて画像検索サービスへと進み、そして "szell" をキーワードにして検索することがある。そうすると珍しい写真などを見つけること“も”あったりする。   
   
 そういう写真の中に、セルが振るタクトの動きの軌跡をとらえたらしきモノクロ写真を見つけることが何度かあった。あれはそういう「軌跡」なのか、それとも指揮者セルの写真を用い、あとで誰かが(パロディみたく)指揮という行為をテーマとする複合芸術のようなものとして作り上げたものだろうかと、そんな疑問を抱くことがあった・・・後者だとすれば写真の中のタクトの軌跡らしきものはセルの実際の動作と無関係である可能性が非常に高いものとなる。   
   
 当ブログの7月1日記事に寄せていただいたコメントに紹介されている某サイトに寄って或る寄稿を読んで疑問が解けた。   
 カメラマンがセルの自宅におもむき、黒い垂れ幕をセット・・・セルはそれを背にし、小さな懐中電灯を付けた指揮棒を振ってみせた(チャイコフスキーの曲だったらしいが)。   
 撮影にはライカのカメラが用いられた。シャッターは開放モードであったのだろう・・・ちょうど、何時間にもわたる星の動きを1枚の写真として記録するときと同じような具合に。   
 想像するに、垂れ幕が黒いだけではなく部屋もそれなりに暗くしたのであろう。またフィルムの感度( ISO とか、古くは ASA とかの話)にも配慮したのだろうか。このようにして撮られた指揮棒の動き(=懐中電灯の先端から発せられる光の軌跡)と、セルの姿のワン・ショット(顔や体がブレてしまった画像ではないもの)とを合成したのだろうと思う。   
   
    
 ところで、アメリカにおいては歯を見せて笑うことは嫌われるとされる。少なくとも筆者は中学校の英語の授業時間にそのように教わった。   
 が、しかし、これは絶対のルール・法則では無いようにも思える。歯を見せてニヒヒと笑えばそりゃよろしくないだろう、また ア ニ メ のケンケンのような笑いとか。アメリカでは子供の頃からの歯列矯正も日本より盛んなようであるが、そうして「きれいな歯並び」が出来上がっている場合、大人であってもわりと平気で歯を見せて笑顔を作ったりもするようであるし。また、歯を見せつつ爽やかで健康的な顔つきをした顔写真も目にする。(そう言えば昔、歯並びがきれいでないのがかえって魅力とされるアメリカの女優さんがいたように記憶するがその名を忘れてしまった。)    
 が、セルの写真の幾つかには「ちょっとどうかな」という具合に歯が見えてしまっているものがある。これはずっと気になっていたところであるが、上で触れたサイト内の寄稿でも、カメラマンとしてはやはりセルの歯は気になったことが窺える。   
   
   
   
 全然違う話になるが、セル/クリーヴランド管の国内盤LPでモーツァルトの交響曲第39番・第40番を収録したものがあった。ジャケットは大阪フェスティバルホールでのステージの様子。   
 あのジャケット写真を見たとき、指揮台の天板が傷んでいるなと思ったのだがその件はおいておくとして、気になったのはジャケット裏側・・・古くに発売されたものはライナーノート(文章)でなくセルの指揮姿をとらえた数点の写真なのだけれども、そのうちのどれだったかは、よく見るとセルの腕が二重写しみたくなっていた。あれはどういうことなのだろう。一度シャッターを切り、そのあと(意図的にか、うっかりかは知らぬが)フィルム送りをせずもう一度シャッターを切ったのだろうか・・・しかし、それにしては腕以外にボケ・ブレは感じられなかったように思ったが。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
 まったく別の話・・・。以前、下書きしたのちに扱いをどうしようか迷っていたもの。映画についてだが・・・。   
   
 もう消してしまった記事であるが(グーグルのキャッシュにはまだ残っているかも知れないが)、「ミクロの決死圏」とか「雨月物語」とか、古い映画のDVDが安くなっているからいろいろ買っているのだが、映画「アラビアン・ナイト」という作品・・・ぜひ観たいと思っていたわけでなくパッケージの解説に目をやったときに“シェラザード”(シェヘラザード)という言葉(名前)があったからついでに買ったようなもの。1942年制作のアメリカの映画。監督:ジョン・ローリンズ、出演:マリア・モンテス、ジョン・ホールほか。   
   
 リムスキー=コルサコフの「シェヘラザード」とは違うのだな。と言うか・・・。   
 まず、筆者は「千夜一夜物語」の全容を、つまり隅から隅までを知らない。リムスキー=コルサコフのあの曲の前提は、シェヘラザードという女性が夫たる王に向かって夜毎に話を聞かせるというものである。この女性はもともと大臣の娘であったらしい。   
 これに対してこの映画のほうは、名前こそシェヘラザードという女性が登場するが、それは曲芸団の踊り子である・・・男を夢中にさせ、王位争いをもたらす。結末としては后につけることになったと理解できるストーリー内容であるが、大臣の娘ではなかったわけであるからリムスキー=コルサコフも依拠したシェヘラザードとは異なる。もしかすると、人が普通に思い浮かべるシェヘラザード(それはすなわちリムスキー=コルサコフが依拠したところのシェヘラザードでもある)が夫に話した数々の物語中のひとつに於いて、まったく別人ながらもやはりシェヘラザードという名を持つ女性をめぐる物語があったのかも知れないけど・・・(してみると、シェヘラザードなる名前はさほどに珍しいものでないのかも知れぬ)・・・ともかく、ふつうにシェヘラザードの物語だと期待して映画を観はじめると戸惑うだろう。もう「なーんにも考えないで」観るのが正解。この点で、DVDパッケージ裏側の小さい文字での解説文章は正しいような、いや的確でないような、微妙なものがあろうか。   
   
 夜伽話(よとぎばなし)をしてくれる女性とか面白そうだな、と思ったりするが・・・。   
   
 ところで、「生まれ変わっても、わたしたち、また出会えるかしら? そうしたらまた一緒になる?」・・・こういう会話はこの世に存在しうるのだろうか。映画やドラマではありえても、少なくとも筆者のところに於いてこれはない(笑)   
   
 けれども、もしもそのように尋ねられたとしたら・・・対応はむずかしいぞと思う。まず、会話を穏便に片付けるためには答えはイエスの方向にあるものでなくてはならない。しかし、間髪をおかずにイエスと言えば、やっぱり嘘っぽいであろうな。若干の間が必要となろう。間が空きすぎるのもヤバイというものだろう。ふざけて、芸能人・タレントの名を持ち出しつつ「俺、来世では○○○と結ばれてみたい」という言葉は、決して安全圏にあるセリフでないにせよ、まだしも許容範囲とされる可能性が大きいかと想像する。しかし、これがたとえば「会社の総務に○○さんという女性がいるんだが、細かいことに気は付くし、可憐さが失われていないし、たまらない魅力があるな。ああいうのがいいな」などと言ったら、ま、血を見てもそれは仕方の無いことであろう。   
 で、筆者はこういう脱線をしてまで何を書きたかったのか、忘れてしまった(笑)・・・うーん、あ、「生まれ変わり」という問題についてであった。   
 生まれ変わり・ 輪 廻 転 生 をめぐる厳密なコンセプト・概念をわきへおいておくと、「生まれ変わったら猫になりたい」などと何の気なしに女房は言ったりする。いや、「猫」とは言わず「ニャンコ」と言うのだが。   
 が、これは身勝手な願望であるなあ。来世にあっては、彼女はあるいは「ツキノワ熊」であるかも知れず「オオアリクイ」であるかも知れない。かく言う筆者も「ナマケモノ」や「大蛇」になっているかも知れない。そう思うと、生まれ変わりのことなど考えないほうが幸せかな。   
   
   
 話を元に戻して、映画「アラビアン・ナイト」のシェヘラザードという女性・・・男を夢中にさせるという意味では「魔性の女」ということになるのだろうか? そうだろうなあ。ただ、映画の中で「これじゃあ魅了されてしまうなあ」的な経緯みたいなものが描ききれていない。   
 ベルクの「ルル」なども「魔性の“女”」の物語と解されようが、筆者のイメージ的には「自覚していないのに魔性を備えてしまった若き娘」からスタートして、彼女が年月とともに辿っていく数奇で悲劇的な運命の物語という感じか。   
 シェヘラザードのほうは、これは「女」である。そして王の后/妃になろうとの意思を明確に示す。その役を、美人とされる女優が演じている・・・確かに美形と言え、多くの人もやはりそのように感じることであろう。が、広くウケの良い美人であるかとなると疑問も浮かぶ。ま、映画における役づくり、それに見合った表情・演技・気性の表現・メイクなどの要素が大きいだろうが。   
 DVDパッケージの解説を末尾まで読みなおすと、この女優が薄着の衣装で舞う様子が非常に刺激的であるかのように書かれているが、そのようには思えぬ・・・少なくとも今日的には。日をほぼ同じくして観た(他社DVDの)「ミクロの決死圏」に登場する女性の、一種の ボ デ ィ コ ン隊員服のほうがむしろ、などと思ったものだが、ま、余談はほどほどにしておこう。   
   
   
   
 さあ、この「アラビアン・ナイト」という映画、面白いのか?    
 たぶんダイナミックで痛快な娯楽作品ということになるのだろうなあ、しかし・・・それは制作年である1942年においてはそうであったかも知れないものの、個人的感想としては「今日の我々の求める娯楽性」に不足するものがある。カラー作品で、この制作年にしてはと驚くほどに映像はきれいだし、サウンドも良好で、ストーリー展開がのろいなんてこともないのだけれども、しかし、どうもストーリーに刺激が無いのかなあ。観ている途中で飽きることは無いが、観終わっての満足度があまり高くなかった。60点くらい。何となく古いものが好きだという人には面白がってもらえるかも知れないし、「ハラハラドキドキ度がそれほどでないものを、何となくボサーッとしながら気を抜いて楽しみたい」なんていうときには良いかも知れない。   
   
   

コメント

コメントをありがとうございました

 教えていただいたサイトへ行ってみました。   
 今しがた目を通しましたのは下記ページからダウンロードできる2つのPDFファイルですが、セルからルービンシュタインに宛てたレター・・・第2段落はルービンシュタインがホロヴィッツのことを意識していたことに関連して来ますね。また、詳細な事情は分からないものの、レター全体を通してこの当時のルービンシュタインの心理状態などについて思いをめぐらしてしまいました。   
 ルービンシュタインとセルとの年齢差を考えますと、セルとしても「謹んでの進言」と言いますか、言いにくいものもありながらそれでもぼかしつつ言ってしまうという具合のレターでしょうか。   
   
   http://www.cervantesvirtual.com/servlet/SirveObras/albnz/12318352265614839987213/index.htm   
   

こんばんは。
下のコメントともども読ませていただき、だいたい内容がわかりました。英語の苦手な私にはありがたいことです。こうして家にいながらにしてセルの新しい情報に触れられるのも、昔には考えられなかった、ほんとネットのおかげです。
それでも、ライブラリに保管されている貴重な資料などはなかなかネットで公開されていないのも事実ですね。そんな中、既にご存知かもしれませんが、こちらの仮想図書館?では、右上のサーチ欄に「szell」と打ち込むと、セルの書簡、新聞記事、写真、いずれもルービンシュタインがらみではありますが、自由に閲覧できます。
www.cervantesvirtual.com/

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