2017-10

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造反議員の処分いろいろ・・・羊頭狗肉与党の苦肉策


   
 政権の座についた民主党のマニフェストをふり返って「あれは羊頭狗肉であった」、「いや、それよりもヒドイ」などの意見が以前から続いている。そんなことを言うなら票を投じなければよかったのにね。   
   
   
   
 ここ何年か、少し先輩の世代の人たちから「息子/娘がこの春に就職した。子育てが終わった!」という声が聞かれる・・・筆者の同期では子育て完了のケースはまだそれほど多くない。   
 そういう先輩たちでなく、また別の人がこんな言葉を発したことがある:   
   
 「子育てが終わった。子供手当や高校授業料無償化を貰える/利用できるタイミングの子育てでなかったのは悔しい気がする。子育ては楽しいこともあったが、やっぱり苦労が多かった。それにしても子供たちはこれからの時代、増税・社会保険料負担などに苦しめられて生き抜くことになる。自分たち夫婦は子育てに苦労したうえ、子供たちの代はよその年寄りの年金や医療などのために大きな負担・苦労を強いられる。それにひきかえ、子供を持たず、子育ての苦労を経験せずにこれから老人になっていく人たちはズルい」   
   
 子供を持たぬ筆者にとっては耳が痛い言葉であり、また、上のような感覚が生じるのも無理からぬことと一応は思える。だが、しかし・・・。   
   
 サラリーマンの場合を考えてみよう。自らの子育てを進めるなかで、同僚などに仕事上のシワ寄せを及ぼした経験が皆無という人は稀ではあるまいか・・・子育てする過程で、同僚・職場から恩義を受けたことを棚に上げてしまう・忘れてしまうというのはどんなものか。(と、ここで、筆者自身がこうむったシワ寄せのあれこれを並べ立てたいところだが、長くなるのと同時に、ひとつひとつ思い出せば自分の精神衛生上にもよろしくないのでやめておく。)   
   
 また、給与制度として、配偶者手当に加えて更に、子供についての扶養家族手当が付加されているケースはちっとも珍しいことではない・・・企業は従業員から提供される労働に対価を支払うものだという考えに徹底固執した場合、子供の有無によって給与差が生じることは正義でないとする考え方が成り立つ。そういう考え方からすれば、配偶者手当、扶養手当、住宅手当などについては、企業から従業員に対しての利益分配上の「歪み」と見なせることになるだろう。他方、自営業者に目をやれば、例えば町のケーキ屋さんならケーキ屋さんの店主が、結婚した途端おのずと店の売上げも儲けも伸び出す、子供が生まれたら更に一段と儲けが大きくなるなどということは、特殊な偶然でもない限り起こらない現象だろう。   
   
 所得税・住民税の関係では、課税所得の計算上、扶養家族を考慮した控除項目(課税所得を小さくするための制度)が用意されて来た。また、民主党政権になると、支給対象の広い子供手当が導入された。  
   
 以上、子育てに関しては、サラリーマンの場合には職場・雇用企業から、そして、すべての親は税制・政策などを通じて社会全体から支援・配慮を受ける格好にあるわけである。(医療面、保育施設などの様々な支援について、その内容や、実際に利用可能かどうかについて地域差は大きいようで、これは残念なことと思う。)   
   
 ともかく、子育てして来た労苦や、子供たちのこれからの大変さを嘆くのは自由だが、それにとどまらず他人に何か突っかかってもらっても困惑するというのが筆者の感覚である。医者にかかる・歯医者にかかるということが極めて稀な筆者が健康保険料負担の大きさに文句を言わないのだから、同様に「貴殿もぐっとこらえてくれ」と思ったりするが、これはそれほど筋違いな論理ではあるまい?   
 勤務先の給与制度、また、税制、年金制度をはじめとする社会保険・社会保障システム、福祉政策などのそれぞれについて、「誰もが納得し、そして喜べる。また、不満な部分は皆無」という形になることはありえないだろう、おそらく。   
   

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