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シュタルケルの本
つい最近のこと。ポピュラー系コンサートでマイク・PAなどを用いたものであったしクラシック音楽の歌唱とはそもそも異なるものであるが、しかし、「やはり、余裕をそなえた歌唱は良いものであるなあ」と感心することがあった。
・・・で、これと対比的に思い出してしまった映像・・・以前たまたま見つけたものだが、きょう現在もまだ残っている:
http://jp.youtube.com/watch?v=_Dtjk36yCa0#
いつの頃の映像なのか、あるいはこの歌手の活動ジャンル変遷と摺り合わせたときどういう時期に当たるのか、筆者はまったく知らない。
「プロだからこのくらいは当然に歌えよう」との意見はともかくとしても、「やっぱりジェシー・ノーマン並みの余裕が欲しい」などの感想はナシということで・・・。この体格でよくいろいろと活躍したものであるなあ、そして気張ったものだなあと思う。
別件・・・。
「ヤーノシュ・シュタルケル自伝」というタイトルの単行本が出ていて(愛育社)、セルに言及した個所もあるようだ。
たとえばアマゾン(日本)の「和書」ジャンルにて、「シュタルケル」をキーワードにして検索すると該当の書籍が見つかり、ユーザーレビューもある。
コメント
コメントをありがとうございました
返却待ちが利用可能に変わっていたので、さっそく図書館から借りてきました。期待に反してセルに触れられている箇所はわずかでしたが、短編小説が何篇か間に挟まっていたり、カラヤン、オーマンディ、パレーのエピソードなどなかなか楽しい読み物でした。
肝心のセルに関しては―
彼は偉大なマエストロだったが、最後のリハーサルのときにはオーケストラはバラバラになっていた。ライナーに訓練されたCSOが自分の望むものを即座に知り、それに反応する、ということが彼には受け入れられなかったのだ。 石戸谷 滋/訳
セルとライナーがお互い嫌っていたとは思えませんが(セルはライナー時代のCSOに何度も客演しているし、断られてはいるが自分のオケに客演を依頼したこともある)、2人の微妙な関係が垣間見えるエピソードではあります。
この暑さで連休は家に閉じこもりきりだったのですが、おのずとPCに向かう時間が長くなり、おかげでGoogleが「ブック検索」なるサービスを始めていた事を遅ればせながら知ることができました。登録されている本もまだまだ少なく、多くは閲覧制限20%で公開されているみたいですが、読みたいページが制限にかからなかったり、制限のかかったページでもキーワードによって見られたり、クッキーを削除してから再度検索すると制限のページが変わっていたりと、なかなか遊べます。ただ制限で見られないとフラストレーションがたまり…、まぁこれこそが、購買意欲を高めるものと出版社が踏んでの部分公開なのでしょう。
さて今回のシュタルケルを調べてみると、真っ先にこの本が出ていました。書籍内を「szell」で検索するとp.137の、ライナーが偉大な指揮者について答えるくだりが出てきます。pp.130-131のエピソードは検索ではヒットしないので戻るボタンでp.130まで戻ります。手元に和訳書があるとそれなりに楽しめるのですが、今度はライナーとの関係を調べたくなり、苦戦を承知で(笑)ライナーの自伝を見てみることにしました。
ピッツバーグ時代クリーヴランドに客演してから移籍を考えるようなったが、結局楽団側はセルを指名した。その後二度とクリーヴランドを指揮することはなかった。
どうやら客演を断ったのはセルを嫌っていたからではなく、自分を選ばなかったクリーヴランドへのあてつけみたいですね。
CSOの第5代音楽監督にセルの名前も挙がっていたが、キャシディに嫌われていたセルへの攻撃を恐れた楽団側が断念した。その後キャシディの反感はセルの客演の数を減らした。
それでもなおCSOとの関係が切れなかったのは、楽団の有力者Oldbergがセルを気に入っていたからなのでしょう。
まだまだいろんな話が出てきますが、もういっぱいいっぱいです。
肝心のセルに関しては―
彼は偉大なマエストロだったが、最後のリハーサルのときにはオーケストラはバラバラになっていた。ライナーに訓練されたCSOが自分の望むものを即座に知り、それに反応する、ということが彼には受け入れられなかったのだ。 石戸谷 滋/訳
セルとライナーがお互い嫌っていたとは思えませんが(セルはライナー時代のCSOに何度も客演しているし、断られてはいるが自分のオケに客演を依頼したこともある)、2人の微妙な関係が垣間見えるエピソードではあります。
この暑さで連休は家に閉じこもりきりだったのですが、おのずとPCに向かう時間が長くなり、おかげでGoogleが「ブック検索」なるサービスを始めていた事を遅ればせながら知ることができました。登録されている本もまだまだ少なく、多くは閲覧制限20%で公開されているみたいですが、読みたいページが制限にかからなかったり、制限のかかったページでもキーワードによって見られたり、クッキーを削除してから再度検索すると制限のページが変わっていたりと、なかなか遊べます。ただ制限で見られないとフラストレーションがたまり…、まぁこれこそが、購買意欲を高めるものと出版社が踏んでの部分公開なのでしょう。
さて今回のシュタルケルを調べてみると、真っ先にこの本が出ていました。書籍内を「szell」で検索するとp.137の、ライナーが偉大な指揮者について答えるくだりが出てきます。pp.130-131のエピソードは検索ではヒットしないので戻るボタンでp.130まで戻ります。手元に和訳書があるとそれなりに楽しめるのですが、今度はライナーとの関係を調べたくなり、苦戦を承知で(笑)ライナーの自伝を見てみることにしました。
ピッツバーグ時代クリーヴランドに客演してから移籍を考えるようなったが、結局楽団側はセルを指名した。その後二度とクリーヴランドを指揮することはなかった。
どうやら客演を断ったのはセルを嫌っていたからではなく、自分を選ばなかったクリーヴランドへのあてつけみたいですね。
CSOの第5代音楽監督にセルの名前も挙がっていたが、キャシディに嫌われていたセルへの攻撃を恐れた楽団側が断念した。その後キャシディの反感はセルの客演の数を減らした。
それでもなおCSOとの関係が切れなかったのは、楽団の有力者Oldbergがセルを気に入っていたからなのでしょう。
まだまだいろんな話が出てきますが、もういっぱいいっぱいです。
コメント再掲
Michael Charry 氏がセルの伝記を執筆する予定であった(もしくは、原稿は出来ていて出版社探しなり出版待ちなりの状態であった)かのような記述がセルのどれかのCDのライナーノートに書かれていたと思いますが、わたくしは待ちくたびれ気味です(笑)
ほか、小さな伝記的ひとコマ・エピソードについては、セルと共演したアーティスト、関わったプロデューサーやレコーディング・エンジニアの人たちの回想録の中で触れられるのを願うことになりましょうか。
ミルシティンの回想録にはセルやミトロプーロスの名前が出てきたように記憶します。バレンボイム関係の本、またカルーショウ執筆の本でも言及個所がありますね。ロッテ・レーニャの伝記には、セルが発したことあるジョークであったか皮肉がちょこっと紹介されていたでしょうか。
雑誌インタビューなどの形で、レヴァイン、スクロヴァチェフスキ、イダ・ヘンデル、パイネマン、ピーター・ゼルキンなどに思い出を訊くことがあってもいいのに、と思ったこともありますが。
"The Cleveland Orchestra Story" という洋書がありますが、わたくしは読んでおりません。
しかし、ともかく、幼少期・青年期も含めたセルの伝記を読んでみたいと思います。
(以下、削除)
ほか、小さな伝記的ひとコマ・エピソードについては、セルと共演したアーティスト、関わったプロデューサーやレコーディング・エンジニアの人たちの回想録の中で触れられるのを願うことになりましょうか。
ミルシティンの回想録にはセルやミトロプーロスの名前が出てきたように記憶します。バレンボイム関係の本、またカルーショウ執筆の本でも言及個所がありますね。ロッテ・レーニャの伝記には、セルが発したことあるジョークであったか皮肉がちょこっと紹介されていたでしょうか。
雑誌インタビューなどの形で、レヴァイン、スクロヴァチェフスキ、イダ・ヘンデル、パイネマン、ピーター・ゼルキンなどに思い出を訊くことがあってもいいのに、と思ったこともありますが。
"The Cleveland Orchestra Story" という洋書がありますが、わたくしは読んでおりません。
しかし、ともかく、幼少期・青年期も含めたセルの伝記を読んでみたいと思います。
(以下、削除)
こんばんは。
じつはシュタルケル、昔から狙っていた人物なんです(笑)。貸し出し中でしたが、さっそく図書館に予約しました。
ところで、セルの自伝は何故無いのでしょうか?
セルのキャリア、繋がりのあった音楽家を考えてもセルを語ることは20世紀の音楽史を語ることにもなるはず。これはもう音楽ジャーナリストの怠慢でしょう。
よく覚えているというカザルスとのレコーディング(カザルスにも取材してほしかった)やレニングラードにいた時のこと(ムラヴィンスキーと接触があったのか)などもっと聞きたかったですね。
セルを知る音楽家、音楽関係者が少なくなってしまった現在どれだけの自伝が書けるのか…
音楽関係者でははありませんが、そんな中の一人、カメラマンのArt Shay(私は寡聞にして知りませんでした)が“Swans”というサイトにセルについてのエピソードを寄稿しています。
Note from the Editorsでも触れられていますが、Time誌のカヴァーの元になる写真を撮ったときのことのようです。私の読解力では書いてあることの半分も、というかそもそもここがどういうサイトなのかもよくわかっていないのですが(汗)。
www.swans.com/main.shtml
じつはシュタルケル、昔から狙っていた人物なんです(笑)。貸し出し中でしたが、さっそく図書館に予約しました。
ところで、セルの自伝は何故無いのでしょうか?
セルのキャリア、繋がりのあった音楽家を考えてもセルを語ることは20世紀の音楽史を語ることにもなるはず。これはもう音楽ジャーナリストの怠慢でしょう。
よく覚えているというカザルスとのレコーディング(カザルスにも取材してほしかった)やレニングラードにいた時のこと(ムラヴィンスキーと接触があったのか)などもっと聞きたかったですね。
セルを知る音楽家、音楽関係者が少なくなってしまった現在どれだけの自伝が書けるのか…
音楽関係者でははありませんが、そんな中の一人、カメラマンのArt Shay(私は寡聞にして知りませんでした)が“Swans”というサイトにセルについてのエピソードを寄稿しています。
Note from the Editorsでも触れられていますが、Time誌のカヴァーの元になる写真を撮ったときのことのようです。私の読解力では書いてあることの半分も、というかそもそもここがどういうサイトなのかもよくわかっていないのですが(汗)。
www.swans.com/main.shtml
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130ページ末尾に "He kept teaching principles..." とありますが、以前、何かの本で、どこかのオケのメンバーがセルのやり方についてこれと似たような指摘・感想を述べていたように思います。これこそ、セルが「基本・根底としていちばん先に理解してもらわねばならない事項」と考えていたもののように思えます・・・もちろん、わたくしは音楽の素人なのですが。
"Rubinstein: A Life" というタイトルの本をわたくしは読んでいなかったのですが、これも本の内容が読めますね。この本の中を "szell" で検索しますと幾つかヒットしますが、とりあえずは272ページと、405ページから408ページにかけて目を通しました。
いずれ時間を見つけて、いろんな本をチェックしてみたいと思います。
別件のデュティユー関係とともに今回頂戴しましたコメント、ありがとうございました。