2017-10

Latest Entries

雑記


   
 老親の食事(主に夕食)をうちで調理して持っていく、または、老親宅にて調理するということがしばしばなのだが、前者のパターンの場合には、こちらの夕食と一緒に(同時に)調理できてしまうというメリットがある。これは喜ばしいのか?   
   
 老親が好み、そして欲する食事が、筆者の好みと大いに違うというのが、自分にとっては小さくない問題だ。   
 自分としては、肉や、油っ気の多い料理は多少の例外を除いてできるだけ控えたい・遠慮したいと、いつも思っている。向こうは逆にそういうものを好む。そのような両親のリクエストに沿って一緒に作ったと思える食事が夕食に並ぶと、ろくに手をつけずに外へ飲みに出掛けてしまうのがここ何年もの習慣・・・。   
   
 筆者がまだ子供だった頃は、出された食事は文句も言わずにすべて食べた。そのうち、大学生になると、外で夕食を済ませてしまうようになった(もちろんサカナ系のものなど。また、アルバイトは夜が主であったから、そこで寿司など御馳走してくれることがよくあった)。会社勤めするようになったら、ほとんど外で食べるようになってしまった・・・「飲み」と一緒に済ませる感じで。   
 家で両親とともに食事をするとき、こんな「やりとり」が幾度もあった・・・。   
   
 自分「あ、ハンバーグは要らない。こっちの煮物や豆腐だけでいい」   
 母「どうして? せっかく作ったのに。それだけでは栄養が足りないでしょ」   
 自分「ハンバーグは食べないことにしていると、もう何度も言ったでしょ」   
 母「おいしいから」   
 自分「おいしい・おいしくないの問題ではないから。肉と油の料理であって、食べないことにしていると言ったでしょ。用件は一度のやりとりで済まなくては時間のロスになって仕方ない」   
   
 酷な言い方であったと、反省もしている。   
 あるいはまた別のとき(日曜の遅い朝食)・・・。   
   
 母「今朝はお昼を兼ねてサンドイッチを作ったから」   
 自分「パンは給食で十分すぎるほど食べさせられてきたから、食べない。パンは作るときにバターも入っているだろうし、サンドイッチを作るときにどうせバターを塗ってるでしょ? ともかくパンは要らない。これは前にも言った。ご飯は残っていないの?」   
 母「無い」   
 自分「じゃ、いいや。あとで出掛けるから外で食事する」   
 母「サンドイッチ、食べないの?」   
 自分「日本人にはパンは必要ない。和食でもない」   
   
 ・・・ま、こんな感じ。   
   
 ハンバーグだろうがオムレツ、トンカツ、カレー、ギョーザだろうが手をつけず、かくて母は翌日の昼食に前夜の夕食と同じものを食べるハメになり・・・。   
 しかし、そのうちには母も、筆者が家で食事する日には「ああ、サカナの場合は楽でいい。刺身は(サクを)切るだけでいいし、焼いたり煮たりするのでも楽だし・・・」と言い出すようになった。さらには、いつの夕食であれ、ハンバーグなどなどをはじめ、天ぷら、フライ、コロッケなども作らなくなった(また、たとえサカナであっても、フライは筆者が食べないので作らなくなった)。   
 父は「あっさりメニュー」には満足できす、次第に不満がつのったように見え、ついには自分でスーパーの「そう菜」売り場などへ出向いて買い物するようにまでなった。   
   
 そのような経緯による、「満たされなかった食欲」の充足のためにであろうか、いまの両親は肉や、油っこいものを食べたがる。高齢であってもそれなりに蛋白質・脂肪の摂取は必要と思うが、はて、好ましい食事内容と言えるのかどうか。健康そのほかの問題は個人差も大きかろうから何とも断ぜられないが・・・。   
   
 両親と一緒に食事するのも、そのメニューゆえに気が進まぬことが多い。   
 下の写真は或る晩の「ひとり夕食」から・・・豆腐、漬けものなどとともに、焼きサバの寿司(小浜市の会社のこの商品、いろんなところで売られているよなあ)。   
 いまの季節にはサバも美味いわけであるが、原材料表示を見るとノルウェイ産のサバである。しかし、外食産業などでこれはちっとも珍しくないと思うし、味は十分に美味しいと思っている。獣脂と異なりサカナの油は自分にはまったく抵抗ないのであるが、このサバの油の乗りは控えめであって、それも好ましいと感じた。   
   


コメント

コメントをありがとうございました

 「たかが食べ物、されど食べもの」ですね。しかし・・・。   
 好みは親から育まれたであろう筈なのに、その「好み」にあれこれと対立があるのは不思議なことです。   
   
 本当に「たまに」のことですが調理ということをすると、たとえば「汁に何か腰・芯・粘りが無いな」と思って「だし」「砂糖」そのほかの追加調整をするわけですが、そういう微調整の手間を経るたび、誰かが「料理を作ってくれる」ということに対して、あらためて感謝の気持ちを持つようになりました。「これは食べない・いらない」などの言葉は、これからは慎もうと思い直しているところです。

食事

>「満たされなかった食欲」の充足のためにであろうか、いまの両親は肉や、油っこいものを食べたがる。

祖父母が無くなって十数年になりますが・・・。
うちの祖父vs母がそうでした。北海道に住んでいた頃、祖父は週3ジンギスカンでもいいというタイプで肉の脂身も好きだったようです。それに対して、母は揚げものや肉も好きですが、基本あっさりしたものもたべたい・・・というタイプでしたので無くなる数年前は時々食事でブツブクサお互い文句を言っていたのを思い出しました。

親子といえど食については譲れませんよね(苦笑)

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://szelldocs.blog9.fc2.com/tb.php/366-adcbad87

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。