2017-08

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○○住販は提案します、「太陽光発電つきオール演歌の家」

   
 (↑)上のタイトル、特に意味は無いのだ、「芸術のための芸術」ならぬ「ダジャレのためのダジャレ」。   
   
 あえて意味をこじつければ、こんな感じか:「電力供給不安もある今日、当社では太陽光発電パネルなど備えた家をオススメします。発電したぶんを利用するにせよ売電するにせよ、それはどうでもいいのですが、家族みんなが揃って同じ音楽趣味だと一家だんらんは楽しさ倍増ですね」とか。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 「楽しや」「悲しや」「うれしや」「美しや」・・・こういう具合に付く「や」がある。   
 ただ、現代の日常で口にする・耳にする機会は少なく、そして、これ以外の形容詞にこういう「や」が付くと、それを耳にしてもすぐには何のことか分からない・・・。   
   
 美空ひばりが歌う「みだれ髪」を聴いたのはずっと前のことで、歌詞は覚えていなかった。   
 で、久々に、この曲がカラオケで歌われるのを耳にしたときは、酩酊して半睡状態だった。   
   
 歌詞の途中で「憎や」という言葉が出て来るのだが、この「にくや」という音を、酔った頭は違う漢字変換をした・・・ひとたび誤解を生じると、それに続く言葉もまた間違って聞こえてしまうのだなあ・・・こんな具合に聞こえたフレーズがある:   
   
 「肉屋、小石屋、塩屋の美咲」   
   
 頭の中では、「食肉卸・販売などを営んでいる小石屋さん? そして塩屋というのは(江戸時代などにあった)塩問屋のことか? そこに美咲という名の娘がいたのだろうか・・・そんな昔に美咲なんていう名前があったんだろうか?」と考え・・・。   
   
 ま、上の誤解例は単にこちら(自分)が悪いのだ。   
   
   
 (追記)   
 上の件を知人と話した。彼は、「憎や(にくや)」・「憎しや(にくしや)」の両方の言い方があるだろうとの意見。そうだなあ。で、思ったのは・・・「憎々しい」(文語ならその終止形は「憎々し」かな?)という語に「や」を付すとすれば、「憎々や(にくにくや)」よりは「憎々しや(にくにくしや)」かなと思う・・・前者のように「にくにくや」では何か笑ってしまいそうである。   
   
   
 大瀧詠一の「雨のウェンズデイ」で、歌詞冒頭の「壊れかけたワーゲンの」という言葉が違って聞こえたりすることは昔からわりと有名かと思う。「壊れかけた和弦の」と聞こえるのだ。   
   
 「和弦なんて言葉あるの? それは何?」と訊かれても困るが、うーん、たとえば「日本で古来から親しまれてきた楽器のうちの弦楽器。琴、三味線、琵琶など」を意味するために造語採用するには適当な言葉かなと思う。   
   
 「壊れかけた和弦の」と聞こえるのは、歌詞と、それが乗る音符の長さ・歌いまわしなどとの関係に理由があろう。しかし、この点につき、作曲に問題があるなどと言うつもりはない・・・「こういう聞こえ方、音の運びがまた面白いではないか」という、そんなセンスや計算もあったろうと想像するので。   
   
 さらにまた別のメロディーを採用していたら、この個所は次のように聞こえる可能性もあったろう:   
   
  「壊れかけたわ、ゲンノウ」   
   
 ここに「ゲンノウ」とは、カナヅチなどの意味である。歌の冒頭で上のように聞こえたら「女性大工さんの歌なのか? それとも大工さんの妻が、夫の使っている道具に目をやりながらつぶやいているのか?」と思えてしまうだろうなあ。   
   
 歌はむずかしい・・・。いや、自分が悪い、あるいは考えすぎ、なのかな。   
   

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