2017-06

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雑記

   
 「李下に冠(かんむり)を正さず云々」・・・その意味については説明不要だろう。   
    
   
 「議会に菅を糺(ただ)せず、家電にすぐに入れず」   
   
 意味: 議会の場にて、つまり国会において、菅首相の失政もしくは政治手法、政治手腕のほどを厳しく糺しきれず、首相本人が居座りを決め込んでしまう状況はきわめて残念で歯がゆいことである。しかし、一般国民としては指をくわえて見ているしかないのであり、出来ることと言えば、せめて節電の意識をもって暮らすことだ・・・「暑いなあ」と思ってもすぐにクーラーのスイッチを入れず、「うちわ・扇子、あるいは扇風機で済むかどうか」をまず考えよう。「何か面白いテレビ番組はないかな」という、そんな暇つぶし感覚ですぐさまテレビのスイッチを入れてしまう習慣も改めたいものである。   
   
   
 ニュース、ドキュメンタリー以外のテレビ番組をあまり見たくない筆者であるからこういう思いが生まれるのかも知れないが、「テレビよりも読書を」というキャンペーンが盛んになっても良さそうなのになあ。子供のいる家庭などでは、ひとつの部屋に家族が集まって本を読むことは更なる節電につながりうるだろうし。   
 しかし・・・そういう、テレビ否定とも受け取られかねないキャンペーンの音頭を新聞社がとることはむずかしいかな。ただ、新聞の読書コーナーにおいて、「この夏オススメの本」みたいな企画をそれこそ「大々的に」設けてもよいのではないか(大人向けの本ばかりでなく、幼児向けの絵本や小学校低学年向けの本なども含めて)。   
 いまどきの小学校・中学校において、夏休みの宿題として何冊かの本を読ませて感想文を書かせるということがどれほど行われているか知らないが、そういうことが盛んになって悪いわけがない。国語の先生が小説・詩・短歌・俳句などなどの本を指定する一方で(候補を幾つも並べてその中から好きなもの3冊を選べという形など)、理科の先生もまた何かやさしいサイエンス本を指定したりとか・・・理科系離れが懸念されていて理科実験の工夫などいろいろ叫ばれているが、書籍であってもそれが子供の心をワクワクさせるような内容ならば読書という宿題もまた有意義であろうと思う。   
 子供の頃、読書は好きであっても感想文を書くことが嫌いだった筆者が思うことは・・・「感想文は原稿用紙1枚以内でよい。たくさん書きたい人はもちろん何枚書いてもよい。たくさん書くほど良い成績をあげるわけではない」という条件であれば、子供の側の憂鬱も薄まるのではないか・・・先生の側は「短かすぎる感想文では評点のつけ方に悩む」と言うかも知れないが、ま、そのあたりの研究は先生自身の宿題か。「指定した冊数をちゃんと読んだな」と窺えれば、みんなに一律満点をあげればよいではないかと思うが、そうもいかないのか。  
   
   

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クラシカルな某

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