2017-08

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薔薇


 エルンスト・アブラハム・ジョセフソンの詩「黒い薔薇」に、シベリウスは作曲をしている(ほかにディーリアスも作曲しているらしいのだが、そちらの作品については筆者は知らない)。   
 詩はスウェーデン語らしいが、英語やドイツ語に翻訳されたものもCDのライナーノートやネットで目にすることが出来る。   
   
 女心の歌なのか、それとも男の心を歌ったものであるのか、勉強しないと分からない。以下に紹介するように男性歌手が歌い、しかし、フラグスタートほかの女性歌手も歌っていたりするから、「男の心か女の心か、さてどちらであるか?」と無理に決めつける必要はないかも知れない。   
 歌詞には何通りかの英訳例がある。詩の趣旨をぐっと煎じ詰めればおおむね次のような具合か:   
   
 「この悲しい心の中には夜のように黒い薔薇の花々が咲き、その薔薇の木は育っていく。トゲがいっぱいで、わたしを絶えず苦しめる。しかし、その薔薇は、死のように白く血のように赤い宝石を生む。その宝石はどんどん大きくなり、(それに応じて・反比例するように)自分は衰弱していく。薔薇は根をおろしているから自分の心は痛めつけられ、むしばまれていく」   
   
 詩の形式として、たとえば「トゲがわたしを苦しめる、それというのも悲しい心には黒い薔薇を宿しているから」のごとく、都度、「黒い薔薇を宿しているから」というフレーズが付いてまわるところに特徴的なものはあるが、言わんとする全体趣旨は上記のとおりである。   
   
 恋心を歌ったものであるとすれば大層な表現であるなあと(日本人的には)思ってしまうのであるが、しかし実は、全然違う種類の悲痛や傷心を歌ったものだったりするのだろうか。やはり勉強せねば・・・。   
   
   
 メロディも伴奏もやすやすとは記憶に残りにくいように思うし、たまたま聴いた他のシベリウスの歌曲作品のほうこそ直後には「良いな」と感じたりするのだが、この「黒い薔薇」の歌詞内容が気になっているうちに次第にどうもこの曲が魅力的なものに見えつつある。  
   
   
 かつて紹介したこともあったオランダ・フェスティヴァルの音源中にトム・クラウゼが歌ったライヴ録音があるが、ほかに、下の写真の下段のものはビョルリンクがカーネギー・ホールで歌ったもののライヴ。   
 写真上段はクリスタ・ルートヴィヒ/ヴァンデルノート/フィルハーモニア管によるマーラーの「さすらう若人の歌」収録のCD・・・その第3曲は、薔薇については歌っていないが、「俺の胸の中には真っ赤に焼けたナイフが刺さっていて、ああ苦しいぜ」みたいな歌。上の「黒い薔薇」はこれと共通点もあれば相違点もあると思うが、それにしても暑苦しいというか何というか・・・しかし、本当に厭うべきは現実の、夏という季節のこの暑さ。   
   


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