2017-07

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  To err is human, to forgive (is) divine.    
   
 ・・・有名な言葉。しかし、今ここで、何らかの罪深きこととか、あるいは犯罪であるとか、失政であるとか、そういうことに対して寛大な心を持とうと呼びかけるつもりは無い。   
   
   
 今年はシューマン生誕200年であった。   
   
 セルはシューマンのシンフォニーをしばしば指揮した。その理由はもちろん音楽的な意味合い・意義にあるだろうが(作品の魅力を見出し、また、それを人々に知らしめたく考えた等)、セルとシューマンとの間には不思議な因縁や、共鳴し合う何かがあった可能性などはどうだろうか。   
 この二人、生まれた年が異なるのはもちろんだが、シューマンは6月8日生まれ、セルは6月7日生まれ・・・1日違いの、「ふたご座」の両人。世には星座占いがあるが、はて、彼らが典型的な「ふたご座の男」のパーソナリティを備えていたと言えるのか筆者には分からない。そしてまた、シューマンが亡くなったのは7月29日で、セルが亡くなったのは7月30日。どうも「1日違い」に目が行ってしまうが、筆者は占いも オ カ ル ト も、てんで興味が無い。   
   
 さて、50年前はもちろん生誕150年だった・・・その1960年の3月13日付のニューヨーク・タイムズ紙には、生誕150年ということでセルがシューマンの交響曲について書いた文章が掲載された。この文章はまた、セル指揮によるシューマン交響曲全集のCDで紺色っぽい背景色をしたジャケットの輸入盤ではライナー・ノートに載っている。   
 シューマンの交響曲についてセルが問題点として指摘するのは結局、オーケストレーション上で適切なバランスが確立できていないということである。この点、微調整や、そればかりにはとどまらない大胆な手直しも必要だと述べている。セルの成果はもちろん、彼自身が指揮したものの録音で聴くことが出来る。   
   
   
 レヴァインがセルのもとで勉強したことはよく知られているが、そのレヴァインもまた、シューマンの交響曲全集をレコーディングしている。フィラデルフィア管を振ったものとベルリン・フィルを振ったものとがあるが、少なくとも前者では、下記の商品説明によればシューマン自身によるオーケストレーションに改変を加えたりはしていないようである:   
   
   http://www.hmv.co.jp/product/detail/3889441   
   
   
 セルを絶対視する向きは、レヴァインについてそのアプローチをもって「不肖の弟子」のように見るかも知れないが、それは違う。なぜなら、セルとシューマンとの間にもしかしてもしかすると不思議な因縁があるやも知れぬみたいなことを先ほど書いたが、実はレヴァインのアプローチは摩訶不思議にも運命づけられたものなのである。   
 レヴァインがこの世に生まれる以前から既に、彼とシューマンとの関係を暗示する古い有名な言葉がある。レヴァインの寛容さを言い当て、それはつまり、レヴァインがシューマンのオーケストレーションを改変するよりもむしろ出来る限りそのまま受け入れるであろうことを予言している。その驚くべき言葉とは・・・。   
   
  To err is Schumann, to forgive Levine.    
   
   
 ま、冗談はおいておき・・・。   
 シューマン作品にオーケストレーション上の至らなさがあったかどうかなど再考するうえでレヴァインの演奏は参考になるのであろうが、筆者はたぶん聴いたことがない。   
 買い求めて聴いてみようかなとも思うのであるが、気候のせいもあるし、今週・来週あたりは例えばシベリウスやグリーグにのめり込んでみようかな、などと思っている・・・。   
   


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