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2022-07

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歌劇「ジョン・ドヴァンニ」よりアリア「タガログ(語)の歌」、歌劇「偽の女に、鷲」・・・ん?・・・いや、特に意味は無い


   
 過日のこと、書店内をめぐったその最後に「文庫および新書の最近刊コーナー」へと向かった。そこで偶然にも、いや、会社近くだから時々あることなのだが、知り合いの社員と出くわした。互いにごく軽い挨拶・・・べつに疎遠な仲ではない、職場ではしょっちゅう何やかやと喋っている間柄。  
   
 その数日後・・・。あの日、文庫本のあれこれを見ている筆者の姿に違和感を覚えたと言われた。筆者の様子について感じたことは: 「何かの本に惹きつけられ、そちらに注意が向かっても手を伸ばそうとしない。(本が平積みされているから)腰を曲げてしばらくの間その本の表紙を眺め、そして、“うーーん”とか唸って結局はその本を手に取りもしない。そして立ち読みもせずに見限る・買うか買わないかを判断するって、どういうこと?」   
   
 いやあ・・・筆者、まず、「結局は買わないこととなるもの」にはやたら手を触れまいとの思いがある(ほかの人と比べて皮脂分泌は少なめ・サラサラ肌だとの自負があるけれども、それはともかくとしても、スーパーマーケットの食品であれ書籍であれ、買わないことになるものにベタベタと手を触れることはするまいとの意識がある)。さらにまた、最近の文庫本の場合は特に、タイトルを一見しただけではその内容が「小説・物語・フィクション」なのか「エッセイ・評論・ノンフィクション」なのかが分かりにくいことがあるのだよなあ・・・で、例えば、食べものに関わりを持つタイトルなのでエッセイ集かと思いきや小説だったりとか・・・「小説」というものが世に存在してよろしいこと勿論なのだが、筆者個人としては「小説の類はもう読むまい」と心に決めているから本の帯/腰巻のキャッチコピーや説明に目を通して「あっ、この本は小説かあ」と気づけばその本にはもう手も触れないということ。   
 ひとりの人間にとって時間は有限である。筆者としては音楽も聴かずに過ごすということは難しいからそれには時間も割いてしまうけど、しかし他方で、書物のうち、知識や事実、また、それらに基づいた誰かの所感などを伝えてくれるのではない、架空のことを描いた小説などにはもう接するまい・自分の時間を充てるまいと心に決めて久しい。小説が嫌いなわけではないのだよなあ。でも、どこかで時間節約・時間配分を考えねばと、かなり以前に決意したのだ・・・しかし、この決意も、崩れそうになったことが幾度もあるな、例えば宮部みゆきさんの小説に惹きつけられたときには大きく揺るぎかけた。しかし、何とか打ち勝った・・・でも、「勝った」という表現はおかしいかな、むしろ、引き換えに何か大きな損をしているかも?   
   
   
 昔々と違って、岩波新書など一部を除けば「〇〇新書」シリーズで出版されるものには「エッセイ的なもの・そのようなものとして接することで楽しめるもの」がかなり増えていて、筆者もまたそういうものを買う・読むことがぐっと多くなっている。その内容やレベルを中途半端と感じたことも過去にはあったけど、しかし、単行本や文庫本では満たしてくれない読書欲求をカバーしてくれるし、ありがたいと感じている。   
   
   
 下のは・・・読み終えたのちに横置き・平積みのまま放っておいた本の整理途中で撮ったもの。   
 トリセツと言ってもJ-POPのあの曲とは無関係の、黒川さんの本もいつの間にかあれこれを楽しく読んでいるな。   
   




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クラシカルな某

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