2017-11

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ゴロワノ府・・・という世界

   
 ゴロワノフ(ゴロヴァノフ)が指揮したものは過去、ちょっとだけ聴いたことがある。筆者個人としては受け入れにくいものを感じたが。   
 この指揮者の芸風や、それに関わる世評などについては説明を省略・・・これから初めて体験してみようと思う方はネットそのほかにおける事前チェックが欠かせない。   
   
   

 さて、気の迷いでモーツァルトの「レクイエム」( Kv. 626 )を買ってしまった。   
   
 で・・・感想は一言では言いにくい。   
 「楽しめた」という感想を述べてもまったく嘘にはならないが、もしもこのCDがもっと高価だったりしたら、あるいは、この演奏を通常料金のコンサートで聴かされたら、釈然としない感想を抱くであろうなあ・・・「すっかり違うものを聴かされてしまったな」という思いがぐっと浮上し、全体的感想は「不満」か「呆然」というものとして総括されてしまうことだろう。が、幸いにしてこのCDは安く、気楽な冒険を楽しむことが可能だ・・・もしも気に入ったら何度も繰り返し鑑賞してその洗礼を受けてしまうことだって不可能でないかも知れぬ。   
 これから初めてモツレクを聴くという人にはおすすめしにくい。ベームであれカラヤンであれ、あるいはホグウッドのものであれ、評価を得てきたモツレクの演奏によって獲得したイメージを大切に守りつつ、でも、たまには冒険や新体験をしてみたいという人には良いかも知れない。  
 ジュスマイヤー版と言ってよかろうが、独自アレンジメントが加わっている。しかし、綾なす音楽(いや、綾なす音楽というよりも築かれる音楽という感じに近い)が、「ここもあそこも普通と違う姿」で立ち現われるところに大きな特徴と、そして問題がある。   
 「自分の死に際してはフォーレのレクイエムを聴きながら昇天/成仏したい、さもなくばモツレクを」なんて既に思い定めている人は、そのフォーレクなりモツレクなりについてはきちんとCDを指定しておく/演奏者を指定しておくことの大切さを思い知ることであろう。   
 けれども、このモツレクに力強く存在する特異なものがなかなかに凄いし、ちょっと代替性のないところは貴重と言えなくもない。   
   
   
 筆者的には、この演奏に対しては総じて否定的な感想を持つ。しかし、「大仰だったり粗かったりするようでいながら、繊細な着眼点を見せることもある」とか「テンポ変化や休止のあんばいに、うむ、これはいいかなみたく感じられるところがある」などの感想を持ったのも事実である・・・どの聴き手からも賛成を得られるかどうかはきわめて微妙そうだが。やはりどうしたって「違う音楽」が生み出されていくから。   
 もっと美しく演奏されるべきであろうにそうでなかったりするところなどは(たとえば「ベネディクトゥス (Benedictus) 」における音楽の構築)、その「美しくなさ加減」が筆者にとってはかえって新鮮でこの演奏の独自の魅力のように感じられてしまうのだけれども、腹立たしい思いをする人のほうが多いかなあ。   
 「妙なるラッパの (Tuba minum) 」におけるバス歌手(セルゲイ・アレクサンドロヴィッチ・クラソフスキーと読めばよいのか)の歌いっぷりにはハマリそうで怖い。   
   
   
  Archipel レーベルのCD。   
 1951年録音とのことで当然に音質的限界はあるが、ヒストリカルものに慣れている人には聴きづらくないと思う。   
   
   


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