2017-10

Latest Entries

段違い平行棒・・・いや、勘違い麺工房、そして勘違い色々



   
 久しくマンガを読んでいないのであった。   
 見ず知らずの男性(推定年齢35歳)が手にしていたマンガ単行本がたまたま目に入り、「買ってみようか」と思った。     
   
 読む前に予想したとおり、蕎麦の打ち方・食べ方などをめぐっての「うんちく」も交えてストーリーは進む。基本がおろそかになった、あるいは何かしら勘違いしてしまっている蕎麦職人に対して主人公が指導したり励ましたり・・・。   
 筆者個人的には「とても面白い」とか「蕎麦を賞味するうえで大いに役立つ」とか、それほどまでは感じなかったが、「ほどほどには面白い」といったところか。   
   
   
   
 勘違いといえば・・・。   
   
 不振が続くデパート業界。不振の原因は何なのか、消費者がデパートに求めているものは何か、などなどを個々のデパートも業界全体も、あるいは経済紙・誌なども、消費者へのアンケート実施もしつつ探り、研究している。   
 大変なことだなあ。しかし、思うのだ・・・幾つかあるはずの真の理由の、そのうちの或るひとつについては、まだどこも気づいていない、いや、少なくとも指摘していない。筆者はこの業界に無関係であるからデパート関連記事をそうそう念入りに追っているわけではないので「読み漏れ」の記事やリポートがある可能性大だが・・・けれどもしかし、上のようにして実施されているアンケートの設問の例など見ると、「ああ、やはり気づいていないんだなあ、なんて危機意識の乏しい、平和な気分でアンケートをやっているんだろう」と思うばかりである。   
 デパート業界がまだ気づいていないこととは何か・・・うーん、業界の人が気を悪くしてムッとしないように言葉を選んで書くことはけっこうむずかしく、困難か。書くのは控えておこう。ただ、デパート関係者がそれに気づかない限り、状況は悪化するばかりだろう。   
   
   
 日本の新政権は、何か勘違いしていそうだ。   
 有権者が、マニフェスト/公約の、どの項目も例外なく賛成したから票を得ることに成功して政権奪取も実現した・・・とでも思っているのだろうか。あるいは、公約したことは全部そのとおりに進めなくてはいけないと思っているのだろうか。   
 公約違反があれば、国民の一部なり、利害関係ある企業・組織・団体なり、他の政党なりから突かれる可能性はある。しかし、それで即、政権が揺らいだり政治運営がむずかしくなったりするものだろうか。そのへん、よく分からないが、もう少し「現実」、「公約を実現してしまった場合の弊害」など考えつつ、方針を軌道修正することも必要ではないのかなあ。   
   
   
 「子ども手当」について賛成の声は多い。票集めしたいがゆえに「わりと充実した子ども手当」を公約したのだと、そう冷ややかに見る人は多いが、それでも少子化という国難を前にして制度に賛成する向きは多い。   
 ところがどうだろう、この制度を、所得制限を設けずに実施することについての賛成割合はずいぶん下がる。子育てに無理がないだけの所得を得ている人にまで支給するのか、そのぶんを保育所確保などの予算に回したらどうなのかという意見が出て来る。   
 筆者には子供はいない。また、筆者の周囲には「もう子供たちも就職した」「もうすぐ子育ても終わりだー」という人がもちろん沢山いる。で、配偶者控除・扶養控除の廃止だとかにも「仕方ない、目をつむろう」と考える。自分たちに関係しない「子ども手当」について、それを妬む気持ちもない(筆者などは「少子化社会」を進めることに加担してしまったという責任もあるのだからなおさらだ)。だけど、所得制限無しでの実施には、制度理念の点から疑問を感じる人が少なくないのも事実である。   
 こうなると、「子ども手当」という制度「全体」をめぐって、釈然としない気持ちはやがて不公平感・不満へと変容していきかねない。個々の企業あるいは労働組合内部において、妙なアイデアが生まれたり、妙な論議・動きが出て来たりしないとも限らない。   
 それはつまり、企業ごとの現行の給与制度の中にある「従業員に子供がいる場合の扶養手当」の見直しである。国などから「子ども手当」が支給されている従業員については、その受給額に見合うぶん扶養手当を減額すべきだとの意見も飛び出しかねない。過去にも、「年金を受給している高齢者ならば給料を低くしても働いてもらえる。人件費が安くて済むわい」と考える企業があった。人件費圧縮を考える経営者サイドが今度は年金でなく「子ども手当」に目を向けないとは限らない。   
 あるいは、従業員への利益配分の感覚的公平さを求める個々の労働組合員の不満のタネにならぬとも限らない。   
   
   
 「子ども手当」は、子供を生み育てよとするメッセージである。ところで、しかし、子供は生んで家庭できちんとしつければそれでOKというものでなく学校教育も当然に大事である。   
 教員免許の更新制度を廃止し、教職に就こうとする者の教育を充実させようとの方針がある。筆者は、しかし、現状で「問題あり」とされる更新制度について、これを廃止するのでなく、上手に改変・運用しつつ存続させることを模索すべきではないかと、何となくだけどそれが良さそうな気がしてならない。   
 筆者の場合、小学校時代に教わった先生はどの方も優れていたと思う・・・人格的にも、教え導く技術面などについても。   
 ところが、中学校になると状況は違った。「この先生は、どうして日によって気分にムラが出るのだろう。しかも相当にヒドイ」「いくら生徒に対してでも、ああいう言い方や態度は問題だなあ」「 天 皇 陛 下 についてあんなことを言ってよいのか?」「授業内容の教え方・説明方法がヘタだなあ。今の説明で理解できたのはこのクラスで10人いるかいないかだろうな」などと感じさせられる先生が何人もいた。特に最後の点は、筆者らが中学生の頃は「学習塾に行かないのがむしろ普通で多数派」であって筆者も塾には行っていなかったから大問題と言えた・・・だから友人の何人かで話し合い、「もしかすると、あの先生の授業科目については、本屋さんで参考書を買ってきて自分たちで勉強しないとマズイのではないか。授業が分からなくなってしまうと、あとで取り返しがつかない」と、意見はひとつにまとまり、誘い合って参考書を買いに出かけたのであった・・・これは本当に正解だった、2学期くらいになると授業内容が理解できていない生徒がぐっと多くなってしまった。何の折りだか別の先生と雑談していてつい「あの先生の教え方はヘタだ」と告げたら、その話を聞いた先生は非常に困った顔をしていた・・・いま考えてみれば、先生どうし職員室で「あなたの教え方には何か問題あるのでは?」などと話し合うことはやはりむずかしいのだろうなあ。   
 思うのは・・・研修そのほかを通じてもやはり教員不適格の状態にある人には教員をやめてもらう必要があろう。これは「教員いじめ」ではない。一般の民間企業にあっても、「営業マンには向くが事務職には向かない」とかその逆の人とか、さらには「当社にある職種のいずれをやらせてみてもダメ」「素行不良で如何ともしがたい」みたいな人はいたりする。適性などの問題は、厳しいようだが、やはりある・・・配属上の調整が必要になる。教員の場合の問題は、教員不適格と判定された場合に「次の職」をどうしてもらうか、「今後のキャリア・プラン」を自ら描けるかなどの点にあるだろうか・・・このあたりをどう解決すべきなのか筆者にアイデアは無いけれども、しかし、「子供たちが学校で受ける教育をより良いものに」と考えたとき、残念ながらそのまま教壇に立ち続けてもらうことは好ましくないのではないか。   
   
 教育の質的向上は言わずもがな重要である。そして、各人が就きたいと考える仕事に相応しい「力」(それは所得に結びつく力でもある)を子供が身につけてもらうことも大事だ。   
 「生んでくれと頼んだ覚えは無い。“子ども手当”が出ていたから俺を生んだだけだろ。こんな俺に誰がした」と子供が言い出すようなことがあっても困ろうというものだ。   
   

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://szelldocs.blog9.fc2.com/tb.php/147-7fa64056

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。