2017-10

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雑記

   
 ご存知、上から読んでも下から読んでも山本山・・・いや、ここでは横書きなので“前から読んでも後ろから読んでも”などと言い換えるべきなのだろうか。   
   
 少し苦しいところがあるが、これもやはり前から読んでも後ろから読んでも:   
   
  「ナヴァラならばな!」   
   
 ・・・というわけでアンドレ・ナヴァラのチェロの素晴らしさについて書くのかというと、そうではない。   
   
   
 HMVのサイトの評論家エッセイのコーナーはときどき読んでいて、しばらく前、この記事を紹介しようと思ったが、つい忘れてしまった(イダ・ヘンデルについて):   
   
  http://www.hmv.co.jp/news/article/904170198/   
   
   
 (HMVのページ・デザインが変更になっているが、ちょっとばかりページが重くなったのだろうか。今も活躍中のWin98マシン(しかもメモリがセコい)でたまたまアクセスしたときにはフリーズしてしまった。XPマシンではもちろん全然平気だったが。)   
   
 レコーディングにおける「つぎはぎ」は是か非か? この問題は意見が分かれようが、たとえばセルもインタビューにおいて「つぎはぎ」「切り貼り」を良いと思っていないっぽい発言をしている。   
 演奏上の失敗があっても、または演奏途中で余計な音(咳・くしゃみ・椅子の音など)が入ってしまっても、或る判断を以って「これで良し」というレコーディングが出来ていればそれでOKと考えていたのではあるまいか。(もちろん、ソロ、室内楽、オーケストラ、オペラそれぞれでミスの発生頻度や「やり直し」の負担が違って来るだろうけど。また、それじゃあセルには「つぎはぎ」のレコーディングが無いのかというとそんなことはない・・・「イタリア奇想曲」のような短い曲でもレコーディングは1日で済んでいなかったりもするのだし。)   
   
 今日のようなデジタル・レコーディング、いや、それ以前のアナログ&磁気テープ・レコーディングよりも前、SP盤の時代から活躍してきた音楽家には「一発録り」に賭ける集中力・気構え、あるいは、演奏し損ねたら「もう一度はじめからやり直し」の覚悟というものが強くある/あったかも知れない・・・SP盤のひとつの盤面に収録する時間は短いものの、しかし、ともかく「テープの切り貼りなんて無しよ!」という感覚はあったろうと思うのだが。   
   
 しかし、また、(かつて紹介したこともあったが)カメラータ・トウキョウの井阪氏の著書など読むと、「つぎはぎ」「差し替え」にもこれまた言い分・合理的理由がある・・・録音された音楽を世に送り出すことの意味、それについての確信が語られている。   
   
   
 筆者、個人的には(もちろん素人的な考え方しか出来ないわけだが)、どちらかと言えば上記エッセイにあるイダ・ヘンデルの姿勢・やり方に賛成である。で、この話を進めていくと、「コンサート」「生演奏」における演奏ミスをどう受けとめるかの話になるほか、精神主義的な話にまで及んでしまいそうなのでそれを回避すべく(笑)、今度は次のエッセイを読んでみよう:   
   
  http://www.hmv.co.jp/news/article/905110074/   
   
   
 ナヴァラがボクシングや水泳をやっていたということを思い出してしまった。   
   
   
 話を拡大させて・・・「いろいろなことに馴染む・親しむ・首をつっこむ」ということは、広い意味で誰にとっても大切なことではあるまいか。   
 あ・・・しかし、これもまた話し始めるとキリがなくなるので、ここまで。   
   
   

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