2018-07

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雑記



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 上の写真の1枚目について: 言うまでもないことだが、自動車メーカーとその関連産業の規模・経済的影響力は巨大で、その将来像、発展・盛衰のゆくえは誰にとっても興味深いものであろう。小説と同じくらいかそれ以上に面白く読める本と思う。   
   
 一緒に写し入れたのは新聞に載った、或る雑誌についての広告・・・2枚目の写真のほうが見やすいかな。この雑誌の広告にはいつも目をやるのだが、毎度、興味をそそられる記事テーマがある。でも、この雑誌を手にしたことはないけど。   
   
 で・・・「お寺の生活が経済的に厳しいのは云々」ということではあるのだが、その記事の具体的内容も、論調も、筆者は知らない。   
 好き勝手に想像してみるに、例えば次のいずれかのようなことが語られ/主張されてでもいるのだろうか(と言うか、もしも筆者が上のようなタイトルで、僧侶サイドを応援する方向で何か書けと求められたら以下のようなことを書くかな・・・):   
   
 1) 日本人の不信心はけしからん。仏法僧の三宝を何と心得るのか。嘆かわしいことだ。   
   
 2) 僧侶は修行を積んでおり、深い知識、格別の教養、品格を備えており、尊く偉い存在なのだ。一般大衆は僧侶を大切に思い、そして彼らのステータスに相応しい、経済的に豊かな暮らしをしてもらおうとの気持ちを持たなくてはいけない。   
   
 3) 布施その他の金額水準アップにつなげるべく、一般大衆がもっとカネを出すようになる方策を考える必要があるやも知れない。   
   
 4) 世界平和を祈るイベント、災害に関連したイベントはもちろん、地域に暮らした先人たちをまとめて供養するイベントなどを事あるごとに積極的に行ない、広く布施を募る工夫も有効であるやも知れない。イベントの内容によっては、土地の名士、町内会・自治体としても、布施などとして何がしかのものを僧侶に渡さざるをえない状況・雰囲気に持ち込めるであろう。   
   
 5) いや、待てよ・・・企業が顧客満足度を高める努力をしているように、実は僧侶たちも一般大衆に「ありがたみ」を感じてもらえるような努力・工夫が必要なのではないか。心に響くような、感服させるような法話を出来るよう腕前をあげる等々。   
   
   
 記事に何が書かれているのか分からないものの、しかし、「生活にゆとり・豊かさを感じにくい」と嘆いていることだけは確かそうだ。   
   
 うーん、でも、ゆとりある暮らし・豊かな暮らし・彩ある暮らし等を望むならば、そもそも仏門に入らなければよろしかったろうに。   
 そして、ふと、思うのだ・・・他の宗教、たとえばキリスト教・イスラム教などの聖職者の場合も、人によっては「生活の厳しさ」を感じてそれを不満に思う、嘆くことはあるのだろうかと。たとえ何かの不自由を覚えても、しかし平然と「信仰の喜びに生きております」と答えるような矜持があるのではないかと思ったりもするが。(日本の)仏教の僧侶の場合にはそういうことにはならぬのかな、上のように豊かさを求める気持ちについて「僧侶として嘆かわしい・見苦しくないか」と思ってしまうことは誤りなのか・・・確かに痩せ我慢はよろしくないし、先立つものはカネというのもひとつの悟りであるかも知れない(?)。   
   
 僧侶でも神職の人でも、教員として、また、市町村役場などの公務員として働きながらという人もいるようだし・・・。生活を安定させたい僧侶は皆、それを見習えばよろしいのではないか。公務員の兼職の問題が生じるかどうか知らぬが、それを懸念するならば、たとえばコンビニその他の商店・飲食店のスタッフやバイト、工場の製造ライン・組み立てラインなどのバイト、工事現場などのガードマン、宅配便荷物の集荷・選別・配達などなど、いろいろな職があるのではないかなあ(教員免許が無くても、公務員採用試験に受かっていなくても、自動車運転免許を持っていなくても、やれる仕事はたくさんあると思うのだ)。   
   
 今に始まったことではないが、食べていくのに/暮らしていくのに苦労しやすそうな道に敢えて進んでおきながら、あとになって「ワーキング・プアに陥ってしまって」と嘆く人が少なくないように見える。   
 役に立ちそうもない学問、役に立つ学問だけれども世にそれほど多くの研究者を必要とするとも思えぬもの(もしも大学の教授職のポストに就けなければ苦しいことになったりしよう)を志す人。それなり以上に突出した才能・魅力などなどを備えているわけでもないのに芸能人・音楽家・スポーツ選手・作家などになろうとする者。彼ら、どうして夢を押し殺せないのか・・・なぜ、もっと安全を考えて、エンジニアや営業マン、事務職、医療関係職、料理人ほか「手に職」系の職などを志向しないのか(今後のAI時代には多数の仕事が消滅しうるとも言われるが、しかし、そのAI時代がまだ具体的に予測されていなかった頃でも、「堅実な職」を考えずに夢を追いかける人が何と多かったことだろう)。   
   
 宗教もまた、日常、大抵の人にとっては役に立たないものである。葬儀・法事などを仏式の流れの中で行いたいから僧侶へのニーズがあるだけのこと。   
   
   
 さて、しかし、都市部、農村・漁村、限界集落的な土地などそれぞれで、僧侶・住職らの暮らしぶりは大きく異なるのかな。   
 筆者などは、高級外車に乗っているお坊さんも目にするのだけど。また、外飲みが好きで輸入ビール・クラフトビールにも随分と詳しいお坊さんもいる。ほか、スナックでカラオケで歌うのが好きなお坊さんもいる・・・この方は、周囲にあまり職業を知られたくないと考えてであろう、カツラを装着して飲みに出ている・・・歌や酒が好きな一方、しかし、他の客の発する下ネタ的な談笑には決して乗ろうとしない点にはよろしき「心掛け」・「けじめ」を感じる。   
   
   
 この雑誌の広告中に「コスプレのお寺」という言葉も見えるが・・・そこで「お寺 コスプレ」の語で画像検索してみると・・・何か楽しそうではあるなあ。   
   

コメント

コメントをありがとうございました

「金満坊主」という言葉の、その字面と、そして音の響き・・・大いに笑いました。そうですか、深夜の祇園では大挙して遊んでいるんですね。   
   
いずれブログで書くかも知れないことですが、3月・4月あたりは若手社員(よその部署も含めて)の「他社への転職」を思いとどまってもらうために難儀しました。「転職で給料アップ」ということが、奨学金債務の返済を急ぎたい若者にとっては大きな意味(魅力)を持つ状況にもなっており、雇用する会社側による支援がいよいよ大切になるかも知れません(人材の引き抜きに対抗するためにも)。潤沢・豊富なカネの使い道に困っているようなブルジョア層・富裕層のお坊さんにも是非、たとえば奨学金の代行返済をするような基金・NPO設立など考えていただきたいとも思うところです・・・企業も努力すべきかも知れないですけど。   

「辻説法したら警察に注意された」
書いてあることも面白いですが、文章としてのカジュアルさにインパクトがありますね。敢えて週刊誌風情にしているのでしょうか。
深夜に京都祇園を歩くと、金満坊主が大挙して遊んでいます。出世した宗教家は、世俗に生きる我々以上にただれた生活をしていると確信しています。

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