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2018-09

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セル関係の、あの本・・・



   
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 いちばん上の写真で、4冊の本のうち右下のものは昨年秋に出版されたもの(タイトル: "...Reign" )。   
   
 何かと忙しかったり、他に読むべきものが多くて、この本を読むのは中断していた。   
 一昨日は86ページから118ページ辺りを読んだが、そこで見受けられた面白いエピソードを紹介しておこう。   
   
   
   
 セル/クリーヴランド管のライヴ音源について、30年ほど前にFM横浜の放送で聴いていた人、また、音源コレクションに励んできた人たちにはお馴染みであろうロバート・コンラッド氏(WCLV-FM放送)の回想も紹介されている。   
   
 セルはラジオ放送の音質に不満を覚えて、放送局に電話連絡して来たことがあったという。そこで氏がセル宅を訪れると・・・。      
 まず、スピーカーはソファの後ろに置かれていた・・・セル夫人は家具・調度品などには何かと凝っていたらしいのだが、彼女はスピーカーというものを見映えのよくないものと感じていたためそのように配置されてしまっていたのだ。   
 スピーカーの位置を改めると音は改善したが・・・しかし、ステレオ装置にはアンテナがつながっていなかった。氏はT字型アンテナをセルに渡した。セルは教えられたとおりにアンテナを高くかざしながら室内を歩き回って最適のアンテナ位置を探しあてたのだった。   
   
 これはおそらく1965年かそれより少しあとくらいの事・・・「アンテナをつなぐべきことも知らなかったなんて」と苦笑することが適当かどうか微妙であろうか。また、多忙を極め、職業として音楽に向き合う時間の長いセルにとって、オーディオでの音楽鑑賞というものは元来は「それほど興味を覚えるものではないし、取扱説明書をよく読むなども面倒」であったかも知れない。  
   
 冒頭の写真のうち2つめのものはついでに再掲したものであるが、セル/NYPのアナログ盤のジャケット(箱)・・・ここに写っているのはクリーヴランドにあったセルの自宅と思われる。   
    
 FM放送受信のためのアンテナの件はともかくとして、セルはクルマのことには詳しかったとの話も伝わる。 しかしまた、コーラの自販機の使い方すら知らなかったとの話も残っている・・・この場合の自販機がどのような方式・スタイルのものであったか筆者は知らないが。   
   
   
 或る男性の回想として、こんな話も紹介されている・・・。   
   
 聴衆の拍手に応えている最中にセルは、自分をカメラで撮影している男に気づいた。   
 セルは「カメラを寄越せ」と怒鳴った・・・男はその言葉に従った・・・セルはカメラを取り上げるとフィルムを引き抜いたのであった。   
   
 また別のとき・・・。   
 コンサートのプログラムには現代音楽の作品も含まれていた・・・それは(聴衆にとっては)さして魅力的とも感じられぬ曲で、最後まで聴いているのは耐えがたくもあった。セルは、聴衆のざわつき・集中欠如に気づきもしたろうし、そして、曲が終わっても聴衆からは賞賛めいた反応が殆ど窺えないような状況だった。   
 するとセルは聴衆を見やり、「これはとても短い作品なので、もう一度演奏しましょう」と言って二度目の演奏を始めた・・・会場にはこわばったような雰囲気が・・・「こりゃ、行儀よくして聴かないと、三度目を聴かされかねないぞと聴衆は思ったのではなかろうか」と男性は回想している。   
   
   
 音楽というものは、真剣に向き合って聴く・鑑賞すべきものであるとセルが考え、そして例えば歯科医院や飛行機の中などでBGMなど流れていることをセルが嫌った話は過去にもこのブログで触れたことがある。   
 その、歯科医院で治療中にBGMを聞かされるときの思いについてセルが語った内容はインタビュー音声が残っているのだが、それを字起こししたものが115ページに載っている。   
 同ページにおける記述によると、セル夫人も夫のそういうところを承知していたため、セルが近所の食料品店へ出掛けると言ったときにはその都度、その店に電話して音楽を流すのをやめるよう求めていたそうである(なお、セルはグルメであったから、自分で食材を買い物したり料理したりすることもあった)。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 どこからどこまでの行為や言葉がパワハラになり、或るいはセクハラになるか・・・線引きは本当に難しい。   
   
   
 よその或る企業について、過去にその会社との間にあったトラブルについて若い者に話して聞かせることがあった・・・そういうことを記憶にとどめておいて欲しい・教訓として胸に刻んでおいて欲しいからである・・・このトラブルは先方が100パーセント悪く、また、その「悪い内容」は、過失とかミスとかの性質のものでなく、その会社が昔から引き継いでいる根性の悪さ、たかり体質に由来するものと言えるものなのである。   
 この説明をするとき、筆者は口汚い罵りの言葉を口にした。そしてまた、話を聞いていた彼は、筆者がやはり以前、乱暴な非難の言葉を発したのを覚えてもいたろう。で、彼は笑いながら筆者にこう言った:   
   
 「前から思っているんですけど・・・(あなたが)本気でそうしようと思ったら、パワハラ・・・言葉によるパワハラという意味ですけど、そういうののチャンピオンになれますよね、絶対!」   
   
   
 上のトラブルとは別の事例であるが、例えば過去にこんなことをした企業もある。もう時効だから話してもよろしかろう・・・いや、そもそも当方サイドが悪いのでないし、企業名を伏せれば書くのは構わないであろう。   
   
 或る日、社内から相談を受けることがあった: 「A社からこんな要求を受けているのだが、解決金として先方に幾らか支払うことは出来るだろうか。社内稟議の手続は当然するけれども、税金の関係から(税法に照らして)その支払いは経費処理(損金算入)が認められるだろうか?」と。   
 A社からのクレームは「共同で進めようとしていたプロジェクトが中断したが、それにより余計な負担・損害が生じた・・・悪いのはお宅だ。金を払ってくれ」との内容・・・そして、「お宅の会社の担当者と一緒に行なった会議のメモもある、これが動かぬ証拠だ」との主張も伴っていた。   
 さて、その「会議のメモ」なるものは、両社の参加者のサインなどがあるわけでなく、彼らのみによって作られたものであり、そしてまた、当方サイドの担当者によれば「こんなことまで話は進展・具体化していなかった」とのことであった。   
   
 「うーん」と思いながらその会議メモをもう一度よく見ると、メモが作られたとされるのは昭和63年の或る日のことである・・・で、両社が合意していたのだとされる将来計画(ステップ)の中には「平成2年○月末」等の記述があった。   
   
 おかしいだろ・・・昭和63年の時点で、次の元号が「平成」になることを知っていた/予言することが出来たとは驚くべきことだ。   
   
 この点から「でっちあげ資料」であることを先方に指摘すると、先方は態度を改め、要求を引っ込めた。向こうが出して来た会議メモについて筆者は当方担当者に対して「絶対に向こうに返却せず、保管しておくように」と言った。おそらく、今も残っていることであろう。永遠に語り継ぐべし、と思っている。   
   
 このような事例も含め、時折、他社のことを非難するに際して口汚い言葉が出てしまうこともあるのだ。   
   
 今後、いまの天皇陛下が退位し、そして新しい天皇陛下が即位し、また元号も新たになる・・・上の事例と同じようなインチキ資料が作られてそのボロが出るような事案が出て来ないとも限らぬか。   
   
   
   
 車道の左側にある歩道を歩いていた。交差点に差し掛かり、まっすぐ横断歩道を渡る・・・信号は青信号、そして歩行者用の信号もまた青信号であった。   
   
 さきほどの車道を後方から走って来たクルマがあって、筆者が横断歩道を渡り始めたのよりも少し遅れるくらいのタイミングで左折しようとし、そして急ブレーキをかけ、けたたましくクラクションを鳴らした。   
   
 こちらは「この男、何をやってんだろうなあ・・・急いでいて、歩行者がいることに苛立ったのだろうか。それにしても歩行者優先を考えないとは何たることか」と思い、呆れ果てているのだと分かるような表情を浮かべて運転手を睨みつけることにした。   
   
 すると、運転手は窓からこう叫んだ:   
   
 「わざと速く歩いて横断歩道に進入したろ・・・危ねえんだよ」   
   
 腹が立ったから「ふざけたこと言うな、バカタレが」と言い返した。   
   
 相手はクルマを下り、「あのなあ・・・」と言いかけた。20代前半くらいに見えた。   
   
 相手が言葉を続ける前に筆者はこう畳み掛けた。   
   
 「わざと速く歩いてなんかいない。お前さん、背も低いけど、足、短いなあ・・・タメになるいいことを教えてやろう・・・自分の基準で他人のことを考えるな、世の中、君みたく足の短い人間はそんなにいない。サッカーとか、一生懸命やってた? そうするとそんなふうに短足になるんだぜ。歩行者優先とか考えて運転してないんだろ・・・信号の無い歩道にさしかかったとき、歩行者のためにクルマを止めようとか思わねえんだろうな、貴様みたいなのは。ちゃんと教習所、出たの? あ、出てなきゃ免許、持ってないか・・・よく免許とれたなあ、それだけのバカっ面していても受かるとは・・・気をつけて運転しろ! ほら、はやくクルマをどかさないと後ろがつかえてるぜ。迷惑なドライバーは困ったものだ」   
   
 一応、これはこの場で、相手の心に優しく寄り添いながら注意を与えるにはどのような言葉を選ぶべきか考えつつ発した言葉であり(?)、世間一般において、背丈の低い人、足の短い人、サッカーをやる人、その他の人々を笑うつもりがあるわけではない。   
   
 上に類するような調子のセリフを、他の場面でも言い放ったことがあり、知人が居合わせていたときには「あれだけの言葉を、よく短時間で思いついて相手に浴びせることが出来ますね」と感心(?)されたこともある・・・だから、さきほどのように「言葉によるパワハラのチャンピオンになれる」みたくも思われてしまうのだろうなあ。ふだん、殆どは穏やかに過ごしているのだけどなあ。   
   
  
   
   
   
 「自分もまた、気づかないうちにセクハラ発言しているのではないか」との思いから、昼休みの談笑中の女性ふたりに、「自分の場合はどうだろうか・・・そういうことがあるようなら反省したいが」と問うたことがある。反応はこんな具合であった:   
   
 「ぜんぜん大丈夫だと思いますよ。ただ・・・女性は外に働きに出るよりは家庭を守る側に立つのが理想的みたいな考えを持っているようなので、それが前面に出過ぎると、反発を覚える人もいるかも知れないですね」   
   
 この言葉に、一応、少しだけは安心した・・・のも束の間、次のように言われた。   
   
 A女:「あー、でも、エロオヤジっぽいとこ、ある!」   
 B女:「・・・っぽい、じゃなくて、エロオヤジだよ・・・ほら、前、○○でお酒を飲んだ後にスナックに行ったとき・・・」   
   
   
 えっ? 何かマズイことでもしでかしたろうか・・・。   
 そうではないのだ。   
 そのスナックでは、お客の顔ぶれによってはやたら内容の濃すぎる会話が交わされる・・・簡単に言えば、強烈な下ネタが発せられるということである。筆者や彼女らを含めて5人ほどで寄った晩は、まさにそういう会話で盛り上がっていて、そのときに筆者が他の客と交わした会話を彼女たちは覚えていたのであった。   
   
 が、しかし、この昼休み、彼女らは次いでこう言い放った:   
   
 A女:「セクハラって言えば、○○課長!」   
 B女:「アハハ、○○! あの人、もう、生きているだけでセクハラ・・・」   
   
 するとA女は笑い転げ、B女の腕を叩き、さらに色々と話し出した。   
 筆者は「おいおい、呼び捨てはいけないよ」とだけは注意したのであった。   
   
 それにしても「生きているだけで」とまで評されたら、かなわないなあ。   
   

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