2018-05

Latest Entries

雑記


   
 「どうなる、米朝会談の可能性」みたいな記事見出しを目にするたび、どうしても「桂 米朝」、「怪談ばなし」というものが思い浮かんでしまう・・・これは自分だけのことなのか。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・   
   
   
 しばらく前から、「耳の掃除を頻繁にするのはよくないのです、掃除する必要もないのです。もし掃除するならばこんな程度に・・・」みたいな話題をネット上そのほかで目にするようになった。また、「耳鼻科医である私自身も、耳掃除をしません」などという記述も目にしたことがある。   
   
 耳掃除は、耳穴の壁(外耳道と呼ぶのかな)を傷つけてしまうリスクばかりでなく、頻繁にすることで幾つかのデメリットももたらされるらしい。   
   
 しかし、基本、耳掃除は(耳かきで、あるいは、綿棒も併用して)毎日しないと気が済まない自分としては、どうしたって上の意見には従えない。毎日していても、成果が上がるのは、つまり「耳あか」がとれるのは週に1回か2回くらいのものなのだが、耳穴の壁を刺激することで得られる快感に意味があるのだ。   
 かゆくなって耳掃除をするわけではない。歯磨き・髭剃りと同じような、定例的に為さねば気が済まない行為なのだ。   
   
 毎日のように耳掃除をするようになったのは、いつの頃からだろう。中学校の修学旅行のとき、土産物として買い物したもののひとつに「自分用の耳かき」もあったことを記憶しているから、そのときには耳掃除が「趣味化」していたものと思える。   
 いや、待てよ・・・。   
 小学校のとき、夏になって体育の授業内容が水泳に切り替わる頃、先生は「耳掃除をちゃんとしていないと、水泳中に耳に水が入ったあと耳あかがその水を吸い、ばい菌がウジャウジャ繁殖して大変なことになります」みたいなことを言ったのであったが、「自分は耳掃除を頻繁にしているから大丈夫だな」と思ったものだ。   
   
 というわけで、もう何十年も、毎日のように耳掃除をしている。耳穴の中の壁を傷つけてしまった経験は4、5回くらいあったろうか・・・でも、そのいずれも二十歳くらいよりも前のことの筈であり、また、大したトラブルにも至らなかった。   
   
 耳掃除をすると、そのあと「聞こえ」がよくなる?・・・シュヴァルツコップフの歌声など、違って聞こえるように思えたりもするのだ(笑)。人体は摩訶不思議なメカニズムを備えており、耳もまた同様に、耳掃除によって耳穴の壁が刺激されてその個所の血流が増えると意外にも鼓膜の敏感さも増したりするとか、そんなことがあったりはせぬのか?   
   
   
   
 毎年の健康診断で聴覚のテストもされるが、筆者、一応、すべてOKの状況が続いている。   
 以前、夜に民放のテレビ番組を観ていたら、芸能人らの出演者に対して高めの周波数の信号音を聞かせ、それが「聞こえるか否か」を試すテストをしていた・・・テレビのこちらにいる自分には聞こえる「ピーン」という高い音が、まだ40代あたりの出演者のなかには「聞こえない」と答える人たちもいたのでちょっと驚いた。スタジオで使われているスピーカーのせいなのか、それとも彼ら、仕事上、あるいは私生活上、大きな音ばかり聞いているとかヘッドフォンを使いすぎるとか、そんな、聴覚を悪化させそうな背景事情でもあるのか。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 睡眠中にみる夢の中でひらめく・思いつくことが、実際に役立つケースはほぼ無い・・・ものと思う。目が覚めてから「ああ、くだらない思いつきをグッド・アイデアだなどと喜んだが・・・馬鹿げたアイデアであったなあ」との感想が生まれる。   
   
 しかし・・・。   
   
 職場に届いた年賀状のうち幾つかのものは引き出しの中に保管しているのだが、先日は或る人の所属部署・肩書を再確認する必要があってそれら年賀状を見返すことがあった。目当ての人とは別の、某社のAさんからの年賀状も一緒に目に入った。   
 このAさんはエンジニアなのだが、ずいぶん前に、或る商談を通じて接する機会があった。当方としては、ちょっと変わった取引スキームになるその商談に事務方として同席していたのである。で、商談の資料の中にはビジネス・取引自体のこと以外に技術仕様書も添えられていた・・・そこには「製品の性能を数字で評価するとこうなります。従来に比べるとその改良度・改善度はこうなります」といった計算資料も含まれていたのだが、筆者、それを見て「どうしてこういう計算を以ってこのような評価が下せるのだろうか?」と疑問を覚えた・・・この点は自分の職務範囲ではないから関心など持つ必要はないのであるが、疑問を抱いたことが表情に表れたのだろう、Aさんから「どうかなさいましたか?」と尋ねられた。そこで自分の疑問を口にするとAさんは「疑問はおっしゃるとおりです・・・その計算は、簡略に近似値を求めるためのものです」と言って、数学の定理っぽいものをメモ書きしてくれたが、こちらはよく分からず、いや、サッパリ分からず、ま、それで終わったのである。   
 その数日後、Aさんから郵便が届き、「?」と思って中身を改めると、数式の説明がていねいに綴られていたのであった・・・というか矢野健太郎先生の数学の参考書を久しぶりに読むような感じであった・・・Aさんの、理科系の人っぽい律儀さをそこに感じもした・・・しかし、悲しきかな、こちら文系人間の限界を超える説明内容であった。   
 あれから年を経ているのに・・・昼間にAさんからの年賀状を目にしたせいなのか、夢の中で、Aさんからされた説明の或る一部分が頭の中に思い浮かび、これが会社の或る事業評価項目を追加するうえで役立てられるかも知れないと思いついたのである。夢の中では心臓が高鳴るほどの思いをしたのであるが、目覚めてみると、そう大したことではないとも思え、しかし、決して「意味なし」なものでもない・・・「夢の効用」と言うことは出来る程度のものではあった。   
   
 このように理系人間が文系人間を刺激する機会というものがあったりする。   
 逆に、文系人間から理系人間に対して刺激なりヒントなりを及ぼす可能性はあるだろうか・・・自分の経験からすると、文系である自分が口にした「素朴な疑問・疑念」が相手側の役に立つということもあったりはする。   
 「この辺りのネジはステンレスとかですか? 結露が生じる可能性が考えられるので気になりますが」と口にしたことで、ネジその他の素材も、一部の仕様も変更になった事例があった。   
 「(工場の)勤務シフトをそのようにしなくても、そもそも作業プロセスを例えばこう改めれば、プロセスについても納期にしても有利ではないですか? え? そうじゃなくて、わたしが言いたいのはもっと単純なことで、こういうことです。根本的なところで勘違いしていたら申し訳ないですが」と言ったときには相手は「あ・・・考えたこともなかった・・・うちの業界でそんな考え方する人、いませんよ」と反応したのだが、その後すぐ、相手方では作業プロセス変更が実施されたのである。   
 気楽な、発言に躊躇しないブレーン・ストーミングというものは有意義であると思っている。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
 或る日に口にした弁当・・・。   
   


コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://szelldocs.blog9.fc2.com/tb.php/1173-a4810e3d

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。