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2018-11

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雑記

   
 或る女性が発した言葉の要旨:   
   
 「バレンタイン・デーのチョコレートは自分のためにも買う。そして食べる。そのせいなのか、さらに太る。ホワイト・デーにお返しのチョコレートや菓子を貰う。当然それを食べるので、ますます太りそう。わたしは水を飲むだけでも太ってしまう体質のように思える。夜遅くに食べたり飲んだりするのを控えても効果はないみたいだし。塩分/ナトリウムを摂り過ぎるとそれがまた水を体内に取り込んでしまうらしいから塩分摂取にも気をつけているのにそれでも太る。(自分と違って)東京で生まれ育った人は、男女ともに、体型がスリムな人が多いように思えるけれども、何が理由なのだろう」   
   
 さあ、いったい「太る原因」がどこにあるのか、食生活、運動量、体質その他を観察・チェックしてみないと何とも断じることは難しいかなあ。   
   
   
 筆者の場合、「気に入らぬものは食べない」、「多忙のときは昼食を抜くこともする」等のことがあって、その後の食事ではしばしば「まとめてドカ食い」するし、また、「腹八分目では満足できない、腹十分目をもって良しとする」という食事方針であり、ほか、夜遅くの飲酒、寝がけのビール飲みも珍しくないけれども、太りはしない。遺伝的な体質もあろうけど、甘いもの・油脂の多いものはあまり摂らない(魚の脂は気にせず摂る)、活発に体を動かすという生活が効果を発揮しているのだろうか・・・しかし、人間は小太り気味であるほうが長寿につながり、闘病生活・入院生活・寝たきり生活になっても痩せ細りにくくて有利であるとも聞くから、どういう体型が理想なのか一概に言えたものではなかろうに。   
   
   
 東京育ちの人間にスリム体型が多いかどうか(他の道府県の場合との相対比較で)知らぬが、ま、スリムと評すべきかヒョロヒョロと評すべきかはともかく、親や大人から「育ち盛りなのだから/若いのだから、どんどん食べなさい、ほら、もっともっと食べなさい」みたく言われるケースが少なく、結果として食べ過ぎの食習慣に陥りにくいのではないかという気はする・・・勤め人の家庭が多く、農家や漁師の家、自分の土地で農作物を収穫する家などは少ないから、「食べ物」=「どこかで買って来るか、たまたま貰い物として得るもの」であり、つまり、どんどん食べたり漬物にしたり乾物にしないと捨てるばかりのことになってしまって無駄になるみたいな、食べ物が豊富にあって余剰が生じるから子供などにも無理やりにでも食べさせたがるという環境・状況にはなりにくい。   
 ほか、家の手伝いなどで畑仕事をする、収穫物ほか重たい荷物を運ぶという経験が少ない、野山を駆け巡るような遊び・体験が少ない等々で、ガッチリ体型になりにくいばかりか、体の成長としては「上へヒョロヒョロ伸びるばかり」になりがちとか、そんなこともあるやも知れない。   
 さらに、主に大人になってからの違いではあろうが、東京では徒歩移動・自転車利用の多い生活になるというのもカロリー消費の面で影響するのではないか。   
   
 加えてもうひとつ、「太るまい、太ってはいけない、太ってはおしまい」という、気合・警戒心・恐怖心・強迫観念が東京育ちの人間には強く働いているかも知れないか。   
 筆者の子供の頃を思えば、肥満体型の同級生は周囲からちょっと避けられるところがあった。太っていても運動神経がよく、また速く走れる場合は別として、そうでない場合、体育の授業でも、遊びでも、サッカー・野球・バレーボール・バスケットボールなどでチーム編成するときに「肥満のあいつがこちらのチームに加わるとそれだけ不利になるから、こちら側メンバーとして採りたくないな」と、排除することを言う友人も少なからずいたのである。なお、筆者はそんなことを言わなかったし、むしろ「たかがサッカーじゃないか、勝ち負けなんてどうでもいいじゃないか。(体育の授業である場合に)体育の成績評価だって、チームの勝ち負けどうこうよりもそれぞれの生徒/個人の技術、機転が利くかどうかなどで決まるんだろうし。チーム・メンバーにこだわる必要は無いじゃないか」と思い、上のような排除的な意見には反対した。   
 が、しかし、「太ってしまうと、仲間はずれにされかねない、陰口を言われるのではないか」との警戒を持つ人もまた少なくないのではないか(実際、本人がいないところでは「あの肥満児」、「あのブタ」という言い方をする子供もいたし)。このような警戒が、人間の体の摩訶不思議なメカニズムによって、ホルモン分泌、食欲、小腸での栄養吸収、基礎代謝などなどに影響していそうな気もしないではない・・・また、拒食症に発展するケースだってあったりせぬか、どうだろう。   
 ただ、しかし、これと同様のことは東京以外の他の地域では見受けられないのか、そしてまた、東京ならばどの世代にも共通することであるのか(或いは、筆者個人の狭い体験に過ぎないことなのか)、それは知らないが。   
   
   
   
 地方から東京に出て来た人が口にした言葉で印象に残っているものとしては次のようなものがある:   
   
 「ラッシュアワーの電車の混雑が凄い」   
 ・・・ま、混雑は有名であるが、初めて経験する人は大変なようだ。学生時代の友人はこんな経験もしている:「電車の左側ドアから乗った。その2つか3つ先の駅で降りるつもりでいた。その駅が近づくと車内アナウンスで右ドアが開くのだと聞いたが、右ドアのほうへと移動するのが難しくて降りることが出来なかった。さらに先の駅で降りて引き返す羽目になった」   
 ほか、乗ろうとしていた電車が駅ホームに到着するとその混雑が凄くて、「何かのイベントがあるのか、それとも事故でもあってこの車両が混んでいるのかと思い、一応その電車には乗らずに次の電車を選ぶことに決めた。次の電車も変わらぬ混雑であった。いったい、上流(電車がやって来る方面のこと・笑)にはどれだけの人が住んでいるのだろうかと思った」とかのケースも。「折りたたみ傘でないタイプの傘を持って乗ったら、降りるときにはそれが折れ曲がっていた(この事例は「しょっちゅう」はあるまいなあ)」、「剣道の道具一式の荷物を持って電車に乗り込もうとしたが、車内の混雑が激しいため遠慮して電車に乗るのを諦め、ずいぶんあとの電車に乗ることにした」等。   
   
   
 「東京に畑は無いと、先生から教わったことがあるけれども、東京にもちゃんと畑があるのを見て驚いた」   
 ・・・先生、まさか社会科、日本の地理の授業で言ったわけではなかろうけど、嘘は困ります(笑)。東京には空が無いとの、そんな文学作品はあったけど。   
 ま、地方にある広大な畑・農場と比べると見劣りするものが多かろうけど、畑もちゃんとある。   
 「東京の畑で採れた農作物」というと美味しくなさそうと思う人もいるかも知れないが、美味しい品はちゃんと美味しい。しかし、農業への取り組みに真剣さが薄いように思われるケースも無くはない・・・農業を続けて来た家でも、今の世代は「これまでに土地を切り売りしたことで手にした豊富な現預金を相続しており遊んでいても暮らしていける」、「サラリーマンとしての収入、アパート経営の収入で暮らしている」等のこともあったりするし、すると畑の仕事については、「その収穫物を自分たちで食べるためとするほか、ついでに産直販売する程度に」とか、「土地を畑として利用している・農業をしているという体裁を維持するために(固定資産税その他に影響する)」とかのパターンもあるのだ。   
   

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クラシカルな某

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