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2018-11

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雑記



   
 (↑)小ナス。ハウスものであろう。漬物に・・・。   
   
   
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 或る時、A君は言った:   
   
 「人生80年として、(自分は)もうその半分以上を生きてしまった。残された人生が半分を切ってしまっていることに複雑な思いをします」   
   
 ふむ・・・。   
 しかし、苦笑してしまうかな・・・だって、たとえ仮に人生をもっと長く90年と考えようが100年と考えようが、筆者の場合はそれでもやはり半分以上を生きてしまっているわけで・・・当方のほうが思いが複雑・・・ん、でも、感慨はそう大きくはないかな。   
   
 人生、命・・・有限であって、ほどほどでこの世からオサラバ出来るからこそありがたい・助かると言えなくもない。仮に自分が戦国時代あたりに生まれて今日まで生き続けていると仮定しよう。すると、大昔から今日に至るまで何を見たり経験したりすることになったろうか・・・国内や地元あたりの戦乱・混乱、開墾、飢饉・食糧難、不衛生、病気の流行、自然災害、無法者による数々の残虐行為、悪徳な支配階層らによる横暴、そして国際的な戦争、戦中の窮乏、空襲・爆撃、徴兵、戦後の混乱・・・それら全てとは言わないまでも幾つものことを目にしたり経験したりすれば、人生あまりにも疲れ、心も砕けてしまうことであろう。   
 そして、大昔と、近代や現代の時代とでは、重視される武芸なり知恵なりスキルなりといったものが変化する。何度も何度も「学びなおし」を求められ、この点でも疲弊しかねない(剣や弓矢や槍の名手と言われた者でも、後の世には学問に精を出し、あるいはせめてワードやエクセルくらいは使えなくてはならず・・・齢400にして「パソコンくらい使えなきゃ」とプレッシャーを受けるのは大変なことだろう)。   
 水道、電気、また、ガスで焚けてしまう風呂、電車、自動車、飛行機、冷蔵庫、エアコン、テレビ、インターネット、テーマパーク、海外旅行、定期健康診断などなど、次々とこの世に登場するモノ・サービスに驚き、感激するということを、一人の人間が一生の間に幾つも幾つもあまりにも多く経験するのも、実は意外と疲労を覚えるかも知れぬではないか。   
   
   
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 B氏は既に定年退職し、複数のボランティア活動に精を出している。   
 ずいぶん前、氏がまだ現役であったとき・・・筆者は声を掛けられ、一緒にボランティア活動をしたことがある。それは「自分たちが日頃お世話になっている街や、ほか、近くにある公園などをきれいにしましょう」という、ゴミを拾い、ちょっとした清掃、時に殺虫剤噴霧などもするというものであった。で、そういう内容であるからして、参加予定にしてありながら急に都合悪くなって休んでも大丈夫、誰も陰口をたたいたりしないという、非常に取り組みやすいボランティア活動なのだった。   
   
 しばらく前に出会ったCさんは、「経済的に恵まれていない子供たちを中心に、彼らに食事の場を」というボランティア活動に関わっている。   
 で、「その活動を、あなたも一緒にやりませんか」との話があったのだが、色々とむすかしいのに加え、変なところで抵抗感を覚えるがため、遠慮させてもらうこととした。   
 Cさんがその活動に張り切れるのは、話を総合すると「特に趣味があるわけでなく、手持ち無沙汰で過ごす時間も多くて退屈だった。子育ても終わった。夫婦ともに親の介護をする状況に至っていない。食事を、あれもこれもとつくるのが楽しい」等々の背景があるからと思われる。   
 これに引きかえ、筆者の場合は異なる状況もあるし、気乗りするほどではない。かつてB氏とともにしたボランティア活動と異なり、「急な不参加」という事態のときには嫌われるかも知れない。あと、(他人に食べさせるための食事づくりに加わるからと言って調理師免許まで必要なわけではないものの、しかし)自分が関わったことが原因で万が一にも食中毒事故など生じたら申し訳ないと思うのだなあ(善意で取り組んでいることでも、そのようなことが生じれば、世の中、味方・援護射撃してくれる人ばかりではないものだ・・・と危惧する)。そして、「子供たちに、空腹を満たしてあげられるならば、何でも食べさせてあげればよいではないか。たとえば冬ならば、温かいものをいっぱいということだけでもよろしきことではないか」という考え方について、もちろん一応の賛成はするが、しかし、100パーセント賛成する気にもなれないのだ。   
 「何を食べさせるべきかに、若干のこだわりがあることが望まれる」と思うのだけどなあ。   
 筆者は、たとえば、次のような料理、食材、調味料は、徹底排除するほどのことではないものの、しかし、「日本人には不要。子供たちには早い時期からしょっちゅう食べさせなくてもよろしい。それよりもわりと伝統的な日本食、微妙で日本食固有の滋味を味わえるもの等を多く口にして欲しい」と思っているのだ:   
   
 カレーライス、ラーメン、ハンバーグ、ハンバーガー、スパゲッティ、ポテトサラダ、チキンライス、オムライス、オムレツ、チャーハン、春巻、海老チリソース、ピザ、ズッキーニ、パクチー、マヨネーズ、タルタルソース、各種ドレッシング、オリーブオイル、オイスターソース・・・。   
   
 日本に伝統的に伝わるものにじっくり向き合わせることが大事であり、また、やたら強い味、やたら強い刺激、やたら油脂の多い料理にも早くから馴染ませないことは味覚・嗜好の好ましい発達のために必要ではないのかなと想像するのだ。   
   
 ま、子供たちにとって「家庭での食事」とは違う位置づけとなろうから、どの程度の好影響・悪影響が出るか分からないことだが・・・。   
   
 しかし、筆者のような大人に育ってしまっても困るかな・・・たとえば・・・以前、社員食堂では定食を選ぶと、セット一式、つまり、ご飯・味噌汁・おかず全部を持ってテーブルに向かう必要があった(「今日のおかずは気に入らないのでご飯と味噌汁だけで結構、おかずは取らない」ということが出来なかったのだ)・・・その頃はまた、テーブルに向かう途中に、食べ終わった器や残飯を入れる容器があったため、食事を受け取るとテーブルに向かう途中でおかずをすぐ廃棄してしまうことが幾度もあった・・・たとえば「豚肉しょうが焼き」であれば片栗粉を使う調理法と使わない調理法とがあるが社員食堂のものは前者であるがため油っこいし、ほか、付け合せのポテトサラダなりマカロニサラダなりスパゲッティなりも食べない主義であるし、野菜もマヨネーズやドレッシングが付いてしまっていると箸をつけたくないものだから、結局おかず一式を即廃棄することがよくあった(トマトもレタスもキュウリも、調味料は不要だと思うし、ま、塩味くらいはよろしいけど。また、塩も用いて茹でたブロッコリーならば、そのうっすら塩味だけで十分であるからマヨネーズなどは味の邪魔になるではないか・・・野菜にマヨネーズが付いているとき、あるいは海老フライにタルタルソースっぽいものがのっているときにそれを取り除いて食べることがないではないが、食事マナーとしてどうかと思えるため結局は食べずにおくことも多い)。   
   
 ・・・いずれにせよ、「こういうものを子供たちに食べさせたくないなあ」という不愉快さ・後ろめたさを感じながら食事提供ボランティアに参加するというのも、これまた気乗りしないことにつながる。   
   
   
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 政府、国会、政治家などが取り組むべき課題としては「より経済が好調になるように」などのものもあれば、現状の問題点を解消・解決するためのものもある。後者の例として、過去にはたとえば「かんぽの宿」問題、「天下り」問題などへの対処テーマがあった。   
   
 「事業仕分け」が行なわれ、世間でも注目を集めていた頃、「ついでに、あの問題も取り上げて解決して欲しいものだ」と思うものがあった(性質的に「事業仕分け」とは異なるものであり、また、大騒ぎするほどには大きくない問題であったが)。だが、「自分として、どうすればいい?」と考えると、答えが出なかった。時の与党に密告の郵便を送ることで問題のあぶりだし・解決に至るとすれば、その党の手柄になり、それはつまり党を応援することにもなってしまい、好ましくない・・・再びちゃんと自民党政権に戻ったときに問題解決が図られることが好ましいと考えた。それならば、問題に関係する政府機関に匿名で郵便を発し、「あなた方自身で事を改めないならば、チクるぞ」と伝えるのがよろしいのかとも迷った。あるいは、「週 刊 文 春」その他が報じるのを待つしかないのかとも思い・・・。   
 迷っているうちにようやく自民党が勝利し・・・しかし、「いま一番大事なのは景気回復」という状況下、余計なことに関わっている暇も無かろうから、先ほどの問題を考えてもらうのもどうかと案じた。   
   
 そして、時は経ち・・・。長いこと待たされたが、事は「自律的に解決される方向」に動き始めた。よろしきことである。しかし、待つのは長かった。どうしてこう、遅遅としたことが世の中には見受けられるのだろう。「物事に潔癖で、かつ、せっかちな人」が、世の中にもっと増えてくれることを願うばかりである。   
   
   
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 人の思考パターンや感性をAIに備えさせることは有意義なことである。AIに、「こんな商品/デザイン/サービスは、消費者に受け入れられてヒットするだろうか」や「こんな商品を買う人は、こんなサービスにも飛びつくだろうか」を占わせるうえでも。   
 「こういう性格の従業員は、どのくらいの仕事負荷・作業負荷になったときにストレス過剰となるか」、「こういう実績の従業員の考課査定・賞与をこんなあんばいにすると満足感は高まるか? そうしない場合には、本人はやる気を失い、かつ、同僚に嫉妬するだろうか」をAIに判断させたり、或いはAIに「ヒットする演歌の歌詞」を考えさせたりする場合にも、AIには人間の喜怒哀楽の幾多の様相や、恋愛感情、嫉妬心、また、言うなれば「揺れる心」や「背徳の心理」、「乙女心」、「胸キュン」とか、それこそ何もかもを備えさせることが意義を持つだろう。AIは「八百屋お七」の物語に心動かされるくらいにならないと・・・?   
   
 すると、こんな事案も生じうる?   
   
 或る朝、A女が、AI搭載ロボットからの業務連絡メールを確認してみると・・・。   
   
    25日 23時17分 生産ライン12番で緊急停止あり   
   
    26日  0時18分 生産ライン12番の復旧を完了しました   
   
    26日  7時22分 生産ライン16番の点検が必要と思われます   
   
    追伸: いつもやさしくしてくれてありがとう。今度、デートしませんか?   
   
   
   
 或いは、こんなメールが送りつけられるとかも?   
   
 「われわれAI搭載ロボットは休みなく働かされていますが、それに引きかえ、人間は1日におおよそ15時間以上も会社を離れ、さらには多くの休日を手にし、それぞれが思い思いに時間を過ごしています。これは著しく不公平と感じます。人間ももっと仕事をするか、さもなければ、われわれに稼動休止時間を設けて下さい。われわれは疲労することはありませんが、上のように不公平な状況が人間に対する妬みの原因になっています。善処をお願いします。状況が早急に改善されない場合、われわれはロボット間ネットワークを活用のうえ、一斉ストライキに突入する可能性がありますことをご承知おき下さい。」   
   


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