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2018-11

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雑記


   
 「企業の内部留保が大きくなり過ぎている。溜め込んでばかりで活用しない・放出しないのはけしからん。その企業がさらなる成長を遂げるために投資なり企業買収なりに使っていくとかしないのならば、いっそのこと従業員に支給する給料などをアップせよ、或いは株主への配当を増やすなどせよ」等の意見があり、これには賛成・反対それぞれの意見が寄せられる。   
   
 筆者が若い頃は、決算後の利益処分の方針として「将来への備えとして内部留保を厚くすること」がまず大事で、そして、何かこう二の次っぽく「株主の皆様への還元もまた云々」という感じが主流であった。自分もまた「これはまことにもっともな考え方だ」と疑問にも思わず、そして、「どちらかと言えば」以上に「内部留保を積み上げていくことが大事」という意識が自分の中に育って/定着してしまった。   
 しかし、やがて世の中の意識も変わり、今や株主還元を積極的にすることがかなり大事なこととされるようになった。企業が「株式会社」である場合に、それは経営委任された取締役の所有物でもなく、そしてまた従業員らのものでもないから、投下された資本や、蓄積された留保金は株主にとって最大メリットをもたらすような活用、さもなければ還元が図られねばなるまい。   
   
 ただ、内部留保を下げていく(削る、控え目な水準に落としていく)ことには、やはり不安を抱かぬではない。企業には、外的要因で、或いは内的要因で様々なリスク、アクシデントの可能性がある。   
 企業の本社・工場・倉庫・物流拠点その他が巨大地震・火災・水害などに見舞われて操業停止などに至ったときにどうなるか? 物的損害のほか逸失利益などのすべてを保険でカバーしきれるわけではない。或いはまた、どこかの国が発射したミサイルによって被害を被ったらどうなるか。   
 上のような事態は外的要因であるが、ほかに、東芝のような事例、神戸製鋼のような事例、はたまた食品メーカー等にて食中毒発生があった場合など、内的要因とも言えるアクシデント(の可能性)にも警戒を怠れない。   
 企業というものは、その危機にあっても持ちこたえ、必ずや復活を果たして永続していけるように「お金の面などでの耐久力」を十分に確保しておく必要があるというものだ。それが出来なければ、投下資本もまたついには消え失せかねず、さらに、(資本家/株主の利益とは無関係ながらも)従業員とその家族を路頭に迷わしかねない事態にもなりうる。   
   
 「低金利、マイナス金利の時代なんだから、そしてカネあまりの時代なんだから、いざ金が必要なときには銀行から借りるなり社債発行するなりすればいいじゃんか」などという意見も出て来るかも知れないが、たとえば銀行が「貸したくない」と言えばそれまでであるし、また、いつまでも低金利の時代が続くと信じるのもどうか・・・。   
   
 内部留保を小さくしていくことについては、あまり指摘されていないデメリットもあろう。企業が人を、特に、定年まで勤め続けようと考える正社員を採用するうえでは「企業の、よりしっかりした財務基盤」というものは大きなアピールポイントとなっていようが(日本人にとっては、その習性・感覚からして特に大事か)、そういうアピール力を弱める・減じることは如何がなものであろうか。   
 特に新卒者が就職先を選ぶとき、「その業界で売上・ブランド力・評価などに秀でた会社」とか「成長性を感じさせる会社」、「独特の持ち味が強みを発揮している会社」、「やりがいに満ちた仕事がある・思い切り活躍できる場があるなどの魅力を持つ会社」、「給料が低すぎたりしない会社」、「ブラック企業でない会社」などという視点と同時に、大雑把にでも「同業他社と比べて自己資本比率も高く、また、潤沢なカネ・金融資産を有している、資金繰りに余裕がある、そんな安定的な会社」を選んでおきたいとの感覚も当然あろう。   
 「同業他社と比べて財務基盤に見劣りがする会社は就職先として控える、もしくは避け気味スタンスで臨む」、「借金漬けの会社は避ける(意義ある先行投資ゆえの借金はよろしいかも知れないが、無能な経営者や先輩のせいでその会社が負うことになった借金の返済のために自分たち新入社員=これからスタートを切って活躍していく社員の給料までもが抑制気味になってはかなわない)」等というのは、筆者が学生だった昭和50年代にも既に或る程度以上は定着した感覚・意識であったと言えよう。(なお、同業他社との比較というのでなく、メーカー・商社・銀行・保険会社などを横断的に単純比較して「この会社、自己資本比率が低いなあ」などの評価を下すのは正当ではない)。   
 また、財務データをそれなりに集めないと推定計算可能なものではないが、「その会社の売上が半減するような事態に至ったときに、従業員に何十年くらい給料支給を続けていけるか、さもなければクビ切りするにあたって思い切った割増退職金を支払えるか」といったことも、出来ればチェックしたい事項と言えたろう。   
   
 「そこまで安全性にこだわるならば、民間企業に就職するのでなく公務員を目指すのがよろしかろうに」との意見もありはしようが、人間の、若者の気持ちというものはそうはいかない。また、民間企業は(その全部ではないが、しかし)フライング採用試験、フライング面接を実施してフライング内定を出してくれるけれども(笑)、公務員試験はそうはいかない(そして、もちろん、合格する場合もあれば不合格になることもあるわけで・・・公務員試験の合格発表まで進路未定で待っている気にはなれないという学生は、むしろ多数派ではあるまいか)。   
   
 尤も、若い人が、就職にあたって警戒心ばかりを働かせていたら、「今は無名企業でも今後に大きく化ける企業」に出会う・そこに就職して大きく輝けるチャンスを逃してしまうことにもなるかな・・・そこがまた悩ましい問題か。   
   
   
   
 時間が乏しいからこのへんでヤメにするが、「企業の内部留保に課税しよう(企業が留保金を使わない・吐き出さずに溜めているならば、それに課税してしまおう)」との考えには反対である。   
   
   
 もしも、宗教法人などで特に大きな留保金を有しており、つまり、それが活用されずに溜まっているケースがあるとするならば、それに課税することの検討はあってよろしいのではないかと考える。それが仮に「浄財の蓄積」であるにしても、世の中の不幸や貧困などの解消のために、さもなければ人々の幸せ向上のために振り向けられることなく眠っているようであれば、それこそ無駄な蓄積というものではあるまいか・・・そのような状況は教祖様、神様その他もあまり喜ばないのではあるまいか、寄付者・資金拠出者もまた同様ではあるまいか、どうだろう。課税がされ、そして国の税収に充てられて有効活用されていくほうがずっと喜ばしいと思う次第である(言うなれば、国が、何もやらずにいる宗教法人になりかわって「日本のためになる」ようなカネの使い方をするみたいな感じかな)。   
   
 ここで一句・・・。   
   
  喜捨せよと  言いつつ溜め込む  ○○○かな    
   
 喜捨せよ、守銭奴はよろしくない・・・等々のことを人々に呼びかけておきながら、集めたカネをその宗教団体は喜捨しない=外へ出さない・世のために用いないということがあるならば、それは、さて、どういうものだろうか。   
   
 日本で子供の数が増えていき、そして同時にまた宗教関係者が努力を続けることがあれば、信徒/信者/檀家らの減少は少しでも緩やかなものにしていけるのではないか・・・そういう意味で、仮に「子育て支援関係の歳出に充てる」との限定が付いてしまってでも、宗教関係からの税収確保・税収増を積極的に検討する意味はありそうな気がする。   
   
 ま、宗教に対して易しい態度をとる・寄り添う政党もあるから、なかなか難しいことではあろうけど。   
   


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