2017-11

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雑記



   
   
 或る居酒屋にて・・・。   
 ときに顔を合わせて話を交わすことあるAさんが言った:   
   
 「あ・・・今日はサンマの塩焼きも注文しようかなあ。でも1尾まるまる食べきるのは苦しいかなあ」   
   
 Aさんは少し前に手術をし、まだ「元気いっぱい・完全回復」の状態でない・・・サンマの脂に対して胃・内臓がどう反応するか等を警戒して上のように言ったものと思う。   
   
 こちらは先刻からサンマを注文しようと思っていた。で、ふたりで申し合わせて、筆者は1尾および半分を、Aさんは半分を食べるということで店主に説明してオーダーすることとした(店としてはキリよく計2尾を売る/焼くのが都合よろしいし、ま、個人経営の小規模居酒屋ではこういう融通がきく・・・それが好ましい)。    
   
 Aさんいわく:   
   
 「あなた、魚をずいぶん食べますね。この前も大きなイワシ、一度に2尾を食べて・・・」   
   
 確かに。   
 あのときは、品書きに「イワシ刺身」とあったのでそれを注文したのだが、店主が「いま2尾が残っているので・・・2尾注文してくれると全部きれいに売り切りになるから(=完売できるから)食べちゃってくれたら感謝です」と言った。しかし、イワシというものは、塩焼きの場合に比べて刺身だと、2尾ではちょっとその脂っぽさに飽きてしまう感じになる。カウンター越しに見せてもらったイワシはしっかりと大きく、だから、2尾とも塩焼きにしてもらって食べた。(筆者の場合、塩焼きならば昔から、大サイズなら2尾、中サイズなら3尾を食べるのはごく当たり前のことなのである。)   
   
   
   
 職場の昼休みに、「お互い、認知機能がしっかりしているか試そう」ということになって、たとえば動物や花の名前を1分間に幾つ言えるか等の挑戦クイズみたいなことをすることがあったが、筆者に向けられた質問は「昨日の食事内容は? おとといの食事内容は?」というものであった。   
 そうして、夕食に魚ばかり食べていることから・・・「肉は食べないのか?」、「肉に比べて魚だと家計の食費支出が高くなりがちではないか」等の話へと・・・。   
 もしも高級魚ばかり食べていれば肉よりも高くつくかも知れないが、しかし、肉だって高いものもあろうしなあ。   
 肉食もするけど、世間の人が「時々の贅沢」として食べているレベルの高価な肉を筆者が口にする機会は稀であるから、結局トータルで見れば世間一般並のエンゲル係数になっているのではあるまいか(ただ、酒関連の支出は間違いなくかなり大きいかな・笑・・・ん、いや、高級ワインをジャンジャン飲んでいる人たちほどではない筈だ)。   
   
 「タンパク質を効率的にたくさん摂取するためには肉類が好都合である、それが長寿につながる」とも言われているが、自分としては、どうしても肉と同時摂取してしまいがちな脂を警戒する。油脂の摂取はほどほどにしたいと思うのだ(オリーブオイルは体によいのだと聞かされてもそんなこと関係ない・信じないからわざわざ味噌汁にオリーブオイルを垂らして飲むなどということはしないし、背脂ギットギトのラーメンは生涯それを食べようとは思わないであろう)。   
 魚を中心にした食生活であっても、その魚をたくさん食べればそれなり以上にタンパク質を摂れるだろうし、そして何より「自分が食べたいものを食べる生活」を送りたい。なお、魚の脂は、食べていて「しつこい」と感じない範囲で気にせず摂っている・・・べつにDHAの積極摂取などを心がけようとまでは考えていない。   
   
 それから・・・長寿というものを、実は自分はさほど望んでいないかも知れない・・・この問題は、自分の心とじっくりと向き合わないと本心がどうであるのか判じがたいのであるが。   
 しかし、ただ単に「長寿」でありさえすれば喜ばしいなどとは、自分には思えない。自分自身にとっては、良いほうから順に「健康長寿」、「健康短命」、「不健康短命」、「不健康長寿」という具合に並べたいかな。いや、仮に世の中に飽きてしまうとか失望するとかいうことがあったりすれば、「長寿」よりも「ほどほどのところでこの世からサヨナラしたい」とすら思うかも知れない・・・どうだろう。   
   
   
 話を少し戻して・・・。   
 肉食が長寿につながるとの説が正しいにしても、体が糖尿病、動脈硬化その他の問題を抱えていない等の条件が満たされていることも大切であろうと思う。「肉はガッツリ食べていますよ。暴飲暴食が得意技なんです。酒・タバコもハンパないっす」という人が長寿を実現できるものか疑問に思う。   
   
 タンパク質を摂取できる食材について、それらを高級な順番に並べると「肉、魚、乳製品、卵、豆類(豆腐なども含む)」みたく感じている人が少なくなさそうに思える。つまり、ステーキ・すき焼き・豚肉しょうが焼き・ローストチキンなどの肉料理が最上等であり、いろいろの魚の刺身とか、アジやサンマの塩焼き等はそれよりも少し劣る。チーズたっぷり贅沢なピザは次順位であって・・・そして豆腐や納豆、枝豆などに至っては最低ランクみたいな感覚を無意識に抱いている人が少なくないのでは?   
 ただ、これは、グラム当たり市場価格や、食事の主役となりやすいかどうか等によって形成された「価値に関わる固定観念」に過ぎない・・・のではないか。世の中の有り様によっては、「何と言っても最高級の食べ物は豆腐だね。豚や牛なんて、そんな獣の肉を食べてちゃいけないよ。牛さんから牛乳を横取りして飲むなんていう意地悪をしちゃいけないよ」みたいな発想・感覚も生まれないとは限らない・・・だろう。   
   
   
 「現代では仏教の僧侶もまた肉や魚を食べているケースが多かろう」と言われることがあるが、実際の状況を筆者は知らない。でも、僧侶がそのような食生活をしていてもべつに構わないのではないかと感じる・・・僧侶の役割は、仏教思想や慈悲の心などの普及や、感服させられるような法話ができること等ではないかな・・・一般人の側の受け止めとしては。   
 (ただ、もしもお坊さんがこんなことを口走ったら、たまげてしまうだろうなあ: 「ステーキはレアで食べたいね、あの赤い色も食欲をそそって最高!」とか、「エビの踊り食いが好物でねえ」、「今度の冬の五輪は見に行こうかな、犬や猫も一度は食べてみたいんだよな」、「ジビエにハマッちゃって・・・猟師さんに頼んで鹿肉を時々届けてもらうんだよ、ステーキにすると美味いんだ、これが」等々・・・。)   
 では、昔々の僧侶の食生活はどうだったのか? イノシシその他の獣、魚(海や人里から離れている地域ならば干物、また、フナ、ウグイ、アユ、イワナ、ワカサギとか?)、ウナギ、ドジョウ、貝類、雀や鳩その他の鳥類、卵などを一切食べずに過ごしたのか、それとも、時折は食すこともあったのか・・・。   
   
 「こんにちは、和尚さん。きょうは食べ物をお持ちしましたので召し上がって下さい。うちの裏山で自然薯(じねんじょ)を採って来たんですよ。あと、鯉の切り身も少々。精をつけて下さいまし」・・・なんてこともあったりはしなかったのか。   
   
 或いは、豆類などを中心とした、それこそ質素な食生活に徹していたのだろうか・・・とすれば、「肉食で長寿が実現する」と主張する人たちから見れば「まったく推奨できない食生活」であろう。   
   
 肉食した僧と、そういうことはしなかった僧・・・それぞれの食生活と寿命との関係は興味深いテーマのように思える。   
   
 空海の生涯は61年・・・この時代の人としては長寿ではないのか。   
   
 親鸞の生涯は90年。   
   
 蓮如が84年。   
   
 栄西が74年。   
   
 夢窓疎石が76年。   
   
 沢庵和尚が72年。   
   
 いろいろ大胆であったことが知られる一休宗純の生涯は87年。   
   
 ほか、昔の、僧侶ばかりでなく人々が、玄米・雑穀・発酵食品など、体に良いものを現代の我々よりも多く摂取していたとするならば、それもまた忘れてならないことかも知れない。   
   
   
   

 冒頭の写真は過去のものの使いまわし・・・高野豆腐、タケノコ、いんげんを煮付けたもの。豆腐の栄養を摂れるわけだが、「卵とじ」にすればさらに栄養価が高くなる。   
   

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