2017-05

Latest Entries

雑記

   
 前回のブログ記事のための写真ではハルサイのCDとともに美術関係の文庫本を写し入れたが、このとき、別の本を紹介しようかどうかを迷った。   
   
 ちくま文庫から少し前に出た「その他の外国語 エトセトラ」というエッセイ集を紹介しようかなとも思ったのだ。   
 この本がどう面白いかは説明しにくい。諸々の外国語や、また外国をめぐる、とりとめのない話題で、どこがどう役立つかという点もまた説明しにくい。人それぞれに、興味をひかれるかどうか、何らかのヒントを得て「なるほど」と得した気分になれそうかどうかは、店頭でパラパラ読んでみて判断いただくしかあるまいか。   
   
 163ページ以下では、大学生の授業で、英語の同音異義語/同音異綴語を学生に挙げさせる話が出て来る。 meet と meat がその例である。   
   
 で、英語の同音異義語となると、筆者にとってはそこに「ハルサイつながり」が生じる・・・。   
 昔、高校の英語の授業で、ライト(先頭がL音でなくR音のほう)と発音されるもの4つを、「いっぺんにセットで覚えておきましょう」と言われて、そうしたのであった。   
 中学生でも知っているのが right と write であるが、ほかに rite や wright の語がある。   
  rite は結婚・葬儀その他の「儀式・典礼」の意味で、ハルサイの英語表記でも「祭典」についてはこの語が採用されているのである。   
  wright は「職人・大工」の意味で、この語を覚えておきつつ同時にたとえば playwright (演劇関係の職人=劇作家)などの語も覚えておくことになる・・・確か、「シェイクスピアは playwright であった」みたいな文例を示されたように記憶する。   
   
 順番が前後するが121ページに於いて、今の若者(学生)のリスニング能力や発音について、それ以前の世代と比べて特に優れているように思えないと述べ、そしてさらに話が進む。が、このエッセイ編の末尾にて、「外国語の音」を真似する能力の高さも認めている。   
 この、いまどきの若者のリスニング能力や発音が中高年世代と大差ないという点、同感なのである。   
 中学・高校での授業では、依然として「読む・書く」にばかり力点が置かれているせいなのだろうか・・・筆者は教育者ではないから何とも言えない。しかし、「読む・書く」という面の鍛錬を甘くしてもよいとは思えないからこれを減らすことはせず、それと同時に「聴く・話す」の鍛錬をさらに増量したり工夫したりする必要があるのかも知れない・・・漫然と聴く・話すのでなく、「音やアクセントやイントネーションのあんばい・違い」に対して、如何にしっかりと注意を振り向けさせるかが大切なのではないか、どうだろう。   
   
 筆者の場合、英語をあまり話したがらない。発音、アクセント、イントネーションなどなど悪くないとの自信はあるけど、いくぶんボソボソというか、何かこう、つまらなそうな話しぶり、快活でない話しぶり、相手を説得したり巻き込んだりする意欲に乏しいような、いかにも非・営業畑出身を思わせる中年オヤジの喋り方になる・・・その点が自分で気に入らなくて、英語を喋ることは好きでない。かと言って、芝居を打つような話し方や表情をする気にもなれない。   
 しかし、会議の場で、日本語を理解できない出席者が一人でも交じっているときは日本語禁止、英語で進めるというルールが続いている。通訳者を呼ぶこともあって、そのときは日本語で話してよいことになっているからホッとするけど(笑)。   
 ま、日本語を理解できない人の前で、この人には無関係な内容であっても日本人同士が日本語で喋ればそこで不審なもの等を感じさせてしまうかも知れないので、上のようなルールは納得いくものである。物事を説明したり、理解を求めたり等、そういうときに英語を喋るのは、それでもまだマシなのであるが、しかし、しばしば、変なところで変な気分を味わうこともある・・・たとえば同じ日本人の中山さんに向かって、「中山さんの方から説明してくれる?」みたいな促しの言葉ですらも "Mr. Nakayama-san, would you..." との言葉を発するその気恥ずかしさ・・・日本人が日本人に向かって英語で話しかけるという滑稽さを中心としつつ、それにプラスアルファした別種の違和感もまた感じられるのだ。   
   
 英語を小学生のうちから学ばせることは正解であるとか、いや、もっと幼いときから学ばせないと・・・等々、考え方は分かれる・・・筆者などは「まず国語=日本語をしっかりと。日本語を理解する・操る能力、日本語の語彙力などが或る水準まで行ってから外国語学習を始めればよいのではないか」という考えであるが、しかし、これに対し、たとえばグローバル化した現代を見据えての反論が寄せられたとき、そこで生じる議論に勝てる自信も無い。(以前、冗談で、「複素平面と対数とを理解していないと企業の給与制度の設計が出来ないのと同様に、平家物語を読み込んでいないと冷蔵庫のモーターの性能向上研究ができないであろう・・・学校で学ぶことには一切のムダは無いのだ」と言ったことがあるけど、ま、それはどうでもよい。)   
   
 ただ、外国語の音の聞き分けだけは、早期に始める工夫があってもよいのかも知れない。文章や、やたらと多くの単語を使う必要は無さそうに思うのだが、音の種類に敏感になってもらうことは意義があるのではないか・・・これは幼児期(の一時期)に限らず、継続性も必要なのかな、どうだろうか。   
   
 昔、中学生のとき、「水曜日の Wednesday は、こう綴っても発音はウェドネスデイではありません。綴りを覚えること、そして、その綴りのとおりにはなっていない発音を覚えること・・・二つのことを頭の中に埋め込んでいく必要がよくあります」と教わった。「大変かも知れませんが、それをしないと英語を聞いり喋ったりができなくなります」と。   
 恥ずかしがらずにしっかりと音真似するように、とも言われた。   
   
 この、恥ずかしがらずに音真似する鍛錬が、実は多くの人に不足してしまうのではないか。   
 たとえば above とか、あるいは heart などに含まれる「アの音」または「アっぽい音」の類は、恥ずかしがらずに発声練習しやすいけれども、しかし、apple ・ angry ・ hat などに含まれる「アの音」を発声することは、少なくとも筆者が中学生だった頃は最初はとても気恥ずかしかったし、その音も好きでなかった。しかし、その気恥ずかしさはいつのまにか克服できた。   
   
   
 「オバマ大統領の英語は聞きとりにくかったけど、トランプ大統領の英語は分かりやすい。共和党の人の話す英語のほうが聞きやすいのかなあ・・・喋りっぷりがまた魅力的で・・・ "axis of evil" なんてね」   
   
 ・・・と、これは先日のこと筆者が口にしたセリフであるが、この axis の「アの音」を恥ずかしがらずに、そして "axis of evil" をカタカナ読み・棒読みせずに口にすることができたのも、音真似の気恥ずかしさを克服できているからであること、間違いあるまい。(なお、オバマ大統領が喋る英語には、その出身地からしたクセも垣間見える等の説明も聞いたりするが、ここでは話を省略する。しかし、筆者、キッシンジャー氏の英語も聞き取りやすいと感じるなあ。)   
   
 或る時、若手社員が「農業・食糧に関連する事業/ビジネス」というのを英語で説明しているときに「あれれ」と思ったのは、 "agriculture" や "agricultural" の発音であった。「そういう音で発音すると、もちろんコンテクスト/文脈からはちゃんと意味が通じる筈ではあるが、しかし、相手は一瞬 "ugly culture" とは何ぞやと思うのではないか」ということであった。先頭の「アの音」を、学生時代のうちから恥ずかしがらずに練習していたなら、そして、幾つかある「アの音」のヴァリエーションを聞き分ける・使い分けることに興味を持っていたならば、彼はまた違った発音、つまり、より正確な発音に近づけたのではなかろうか。   
  "ugly culture" とは何か・・・「有機肥料のみ使用し、無農薬の栽培」を謳いながら、実はそれがウソであるようなビジネス風土?(農家は不真面目・不誠実だと言っているのではない。流通段階で虚偽表示が行なわれる可能性を否定できないものと、消費者は漠然とした不安を拭えずにいる・・・べつに、ここで何かを非難するつもりはない、「不安感がある」ということだけを言いたい。なお、筆者個人的には、無農薬栽培でなくとも構わないと思っている・・・農薬大量使用とか、ちゃんと洗わずに食べるとか、そういうことはイヤであるけど。)   
  "agriculture"の発音は、アメリカ英語の場合の発音は「胡坐(あぐら)カルチャ」に近い。これは意味深長なことである。というのも・・・アメリカがTPP(交渉)離脱を決めたこと等から、少しばかりホッとした農家が、胡坐をかいてしまって効率性/生産性/コスト・品質などの向上、他の農家や地域との差別化、品種選択・収穫/出荷時期の工夫などなどを怠れば、それはその農家の将来、そして日本や特定地域の農業の将来にとってマイナスになりうるとの暗示がこの "agriculture" に含まれているのではないか。   
   
   
 ・・・・・・・・・・   
   
 (追記)  
   
 今までのところ、トランプ大統領に感謝している。そして、このたび、マクロン氏にも感謝・・・。   
 日本の株式市場は値を上げ、8日と9日にわたって自分は約3分の2ほどを売却して利益確定させた。「売りのタイミングが早いのではないか、もう少しすればさらに上値を追えるであろう、大勝負に出られない臆病者!」との見方もあろうけど、だがしかし、「優良企業なのにまだ十分に割安」な銘柄と、あと、自分の勤務先の銘柄とを残し、ともかく堅く堅く稼ぐこと・・・筆者の場合は子供がいない等の理由から、ひと様より安い給料・高い税負担にガマンし続けて来ており、コツコツ間違いなく利益を得ていくことこそが大事という感覚にある。   
 いずれまた、市場が値を下げる場面はやって来る。そのときにまた買うであろうから、しばらく銘柄チョイスに時間を割くこととなる。   
   
   
 新入社員研修の日程/講義スケジュールの中には「従業員持株会の説明」などというものもあるが、筆者個人的にはこれに限らず、株式投資全般の講義もあってよいように思っている。これは以前、会社に出入りしている証券会社の社員にも話したことがあり、彼は「いいですね、喜んで講師派遣しますよ」と言ったのであるが、研修はこちらの管轄外のことであるからして、話はそれきりになってしまった。   
 人事部は、メインバンクの銀行の担当者がやって来て新規の、給与振込に使わせる口座を新入社員に作らせる手伝いばかりしていないで、若い人に証券投資へ目を向けさせる努力をしてもバチは当たらないのではないか・・・しかし、株式投資はギャンブルとの偏見を持っている場合、そのようなものを研修のなかに含める気にはなれないかな・・・勿論、投資は自己責任であることを強調する必要があるが。   
 ほか、「生命保険・損害保険・共済などで自分にとって必要なもの・必要な範囲を見極める、不利・ムダにならないためにはどういう判断が必要か」というテーマの講義もあってよいのではないかと考える。繰り返しになるが、新入社員研修の内容は管轄外であるけど・・・ただ、昔と違って、こういうテーマは最近では新聞でもよく取り上げられるし、ネット上でもFPその他の人たちが解説をしてくれているから、判断のための環境はずっとよくなっていると言えようか。   
   

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://szelldocs.blog9.fc2.com/tb.php/1048-dd9ff2af

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。