2017-07

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チェレネントラ・・・じゃない、チェネレントラ




   
 「最新 なんでも言葉辞典 -現代用語、ビジネス用語、自然科学用語から沖縄コトバまで・・・これ1冊で十分-」から抜粋:   
   
   
 米抜きTPP(こめぬきてぃーぴーぴー): コメだけは例外扱いとしたうえでTPPを考える案。   
   
 うちなんちゅ: 広島県庄原市にあるJR内名(うちな)駅の周辺に暮らす人たちを指す言葉。   
   
 しまんちゅ: 三重県志摩市に暮らす人たちを指す言葉。   
   
 やまとんちゅ: 1)宇宙戦艦ヤマトの乗組員を指す言葉。 2)ヤマト運輸の従業員ほか関係者を指す言葉。   
   
 怪奇月食(かいきげっしょく): 月食の現象のうち、月の色合いが不気味に見えるものを指す言葉。   
   
 ヘヴィメタ: 重度のメタボ体型・体質を意味する言葉。   
   
 BPO: 1)ベルリン・フィル。 2)ビジネス・プロセス・アウトソーシング。 3)放送倫理・番組向上機構。   
   
   
   
 以上、あくまで「言葉遊び」的なもの、勘違いオトボケの話であります。何かしらの皮肉・誹謗中傷などを意図したものではないこと、ご理解ください。   
   
   
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 健康診断の季節になり・・・。   
 毎年のように何かの検査項目でひっかかるという人がいる。あるいは、現に何かの疾病その他の治療を受けている人もいる。で、そういう人の中には食事・飲酒・喫煙などについて指導を受けており、それでも指導内容に従っておらず、よって健康状態がちっとも改善しないというケースが少なからずあるように見受ける。   
   
 居酒屋などでも、客の中にはこんな言葉を口にする人も:   
   
 「ほんとうは酒、やめなきゃいけないんだよね。お医者さんからはそう言われてるんだけど、これが難しい。こうして焼酎を飲むことにしているんだけど・・・やっぱ、日本酒のほうが旨い・・・日本酒に切り替えようかなあ・・・あっ、お調子1本!」   
   
 ほか、明らかに食事・栄養を摂りすぎな人、油・脂を摂りすぎと見られる人たちもいる。食欲や基礎代謝、運動量は人それぞれであるにしても、自分と他人との食事量などの大きな差異に多少とも気づくものではないのか・・・しかし、気づいていないように見られる人たちもいるのだよなあ。でありながら、糖尿病患者などとして、あるいは糖尿病予備軍として、悩みや不安を訴える。   
   
 こういう状況について、何かがおかしいと思うのだ。どうして医師の指示に従わないのか。あるいは、食事量その他のセーヴを心がけないのか。   
 医師にかかって保険適用を受け、それでも医師の指示に従わないとすれば、結局は保険給付がムダになるようなものだ。そのムダは受診を繰り返すごとに累積していく。結果、健康保険組合など保険者の財政負担は増し、それは保険料のアップへとつながっていく。皆に迷惑を及ぼしていることなのである。   
 「病気になるな、ケガをするな」と言っているわけではない。誰にも病気・ケガのリスクはあり、必要になる受診・治療というものがある。だけれども、医師の指導を守らずに病気やケガからの回復を遅らせ、その結果として余計な保険給付を受けるというのは社会的迷惑と言えるであろう。極端な話、そういうことの拡大がさらに続けば医療保険制度は危機を迎え、他の、「保険給付が必要であって、ちゃんと医師の指導を守ろうとする真面目な患者」を救えない事態になったり、あるいは、医師にかかるときの自己負担割合が増えていくような制度改正にもつながりうる。   
   
 ああ、しかし・・・。   
   
 「酒を控えてるんだけど、今夜は飲んじゃおうかな・・・一応、インシュリン注射を打ってからにしておくか・・・トイレで打ってくるから、ちょっと失敬!」なんて言う居酒屋の客も実際にいるのだ。   
   
 世界に誇れる日本の医療保険制度・・・そして、その財政を逼迫させる各種の要因・・・。   
   
 ほか、介護保険制度などでも問題視したい点はあるし・・・。   
   
   
 「教育国債」とともに「こども保険」も論議されるようになっているが・・・政治家は(いや官僚もだが)とかく何か新しいことをやり始めたがる。現状の問題点を解決する・改善するために「新しい取り組み」が必要になることは理解できるのだが、それは功を奏すると同時にまた問題を生まないのか慎重に考える必要があるだろう。   
   
 「うちの息子も順調に就職も結婚もできて、それはホッとしてるんだけど、まだ子供が・・・(=話者にとっての「孫」がまだ誕生する気配にはない)・・・今ある子育て支援策などが無くならないうちに子供を生んで育てて欲しいんだが」   
   
という意見を聞かされたことがあるが、急がなくても大丈夫・・・「いちど始まったバラマキ・社会保障・福祉政策は容易には廃止しにくい」というのが、世の中や政治というものではあるまいか(そうして財政負担が増していったり)・・・なお、妊娠可能年齢との兼ね合いの問題は別として。   
   
 話の視点は変わるが・・・。   
 学校の先生は忙しくて労働時間も長いとされているが、それだけ頑張っているのに、今の子供たちはどうしてああも多くが塾にまで通うのか。「先生は忙しくしている。が、子供たちが学校で受ける授業内容は十分ではない」とするならば、何かがおかしいように思える。(公立の中学校でなく私立に行かせたいから子供には塾でも勉強させるというケースもあろうから、その場合には塾でのハイレベルな勉強も必要かも知れないが・・・筆者には分からないけど)。   
   
 一生懸命に過ぎるクラブ活動は問題があるようにも思える。ほかのことをするエネルギーとか、宿題をこなすエネルギーを余らせておけないほどに過酷な、あるいは過密スケジュールの部活動は如何がなものかと、これは自分自身が学生の頃から疑問に思い続けていることである。   
 たとえばサッカーや野球・・・そのクラブの部員のうち2人か3人が「このスポーツ種目の世界で成長し、それを一生の仕事にしていきたいんだ」と考えているとする。クラブとして、チームとして強くなることを目指すのは良いとしても、しかし、「頑張って甲子園を目指そう」などということになると、上の2人とか3人以外の、他の子供たちも一緒に長時間の過酷な練習・トレーニングに付き合わされることになる・・・「このスポーツが好きだからクラブに入っているけど、自分がこの方面でプロとして活躍できようなどとは思えないし、そこまでのことも望んでいない、でも、一生の趣味としては楽しみたいな」くらいの考えの子供までもが。もしも、過酷なクラブ活動のせいで勉強がおろそかになってしまう、「生きていく・稼いでいくための知識やスキルを獲得する以前の基礎学力の習得」が危うくなってしまうということがあれば、それは、教育の充実を図ることと矛盾するのではないか。   
 「教育国債」にせよ「こども保険」にせよ、それでカネの問題に解決をつけたとしても、教育のあり方も考え直さないと「人材の輩出」という面で惜しい部分を残してしまうかも知れない。   
    
    
 ・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 背後から大きな声が聞こえ、少しばかり驚くという経験が最近2度ほどあった。   
   
   
   
 「邪魔なんだよ! ほら、どけっ!」   
   
 振り向くと、筆者よりは少し若い中年オヤジが、若者を怒鳴っていた。   
 「ああ、なるほどな」と思った・・・自分もつい今しがた、「ちょっと邪魔だな」と感じながらその若者の脇を通ったばかりであったから。   
   
 どこであろうと、そして、さほど広くない歩道であっても立ち止まってスマホに見入る人は多くいるけれど、時に、体の向き、及びスマホをかざすそのあんばいによって他の通行人の邪魔になったりもする。が、それで怒られてしまう人は稀であろう。   
   
 怒鳴られた若者は、体の脇にキャリーバッグ(と呼ぶのかな、車輪/キャスターの付いたバッグ)を置いて立ち止まったうえでスマホに見入っていた。体とキャリーバッグは歩道が延びる線上に並ぶのでなく、両者一緒になって歩道をふさぐような位置関係・・・当然ながら他の歩行者の邪魔になるのだ。   
   
 どうしてこうもキャリーバッグが流行・普及してしまったのだろう。荷物を運ぶうえで肩や腕が楽なのは理解できるのだが、しかし、旅行や出張でもなく、また、相当に重い荷物を運ぶ場合でもなく、あるいは、体が不自由であるとか高齢者であるとかいうわけでもないのに、キャリーバッグを常用する必要があるのだろうか。そんなことをしていたら体力/筋力維持の観点からあまり好ましいことではないようにも思えるのだが。また、PCその他の機材を運ぶにしても振動がよろしくない影響を与えかねないのでは、と思う(コネクター/結合部分が緩むとか、何かの断線が起こるとか、場合によっては、それまで特に症状の現れていなかった不良ハンダ個所に衝撃が及んでしまってとか、そういう可能性も皆無ではないのでは?)。   
   
 エスカレーターに乗って、持っているキャリーバッグを体の脇に置く人がいる。あるいはまた、自分の背後の一段うしろに置いてはいても「きっちり真うしろ」でなく、「斜めうしろ」に置く人もいる。そのようにされると、「エスカレーターでは立ち止まらずに歩き続ける派」の人にとっては歩みを進められなくなってしまい、困るのである。エレベーターはその安全な利用からも「乗ったら立ち止まるべし」との主張は理解できるのであるが、実際には、筆者のようにそのようには振る舞えない人間もいるのだ。   
   
 オフィスビルその他のエレベーターで、ドアが開き、乗り込む。少し向こうからもキャリーバッグを引きずりながら乗り込もうとする若者が・・・。「あ、すみませーん」と、ちょっと悠長に声を発しながらやって来る・・・エレベーターのドアを開けたままで待つ・・・しかし、その若者はゆっくりとした足取りで急ぐ様子も見られず・・・(体が不自由とか、病み上がりでもなさそう)。   
 「ったくなあ。マトモな人間、それも溌剌としているべき青年なら、そのキャリーバッグを持ち上げるなどしつつ急いでエレベーターまで歩く/走るもんだろ」と腹立たしく思う。   
   
   
 大きな横断歩道で、こちらから向こうへ渡る人も多く、反対側からやって来る人もまた多いとき・・・東京の街ではよくあるこういう場面で、地方からやって来た人のなかには「向こう側を見ただけで心臓の鼓動が激しくなる、足がすくむような気分にもなる、この横断歩道で向こうからやって来る人にぶつからずに上手に渡りきれるだろうか」と恐怖心・不安のようなものを感じてしまうというケースもあるようだ。   
 そういう人と一緒に横断歩道の信号待ちをしているとき、そういう彼の気持ちにお構いなしに、自分と一緒に、こちら側の歩行者集団の先頭に出るように促した。   
   
 「先頭にいないと、前を歩く人のペース以上の速さでは歩けなくなるからスピードの点で損をする。信号が赤のうちに、他の人に嫌がられないよう気をつけながら先頭に移動しておく。誰かのうしろにつくとしても、せめて2番手で歩けるような位置がよい。足の短い人のうしろは避けること・・・歩くスピードが遅い可能性が高いから。あと、足首の感じがだらしない女性も足が遅いことが多い。キャリーバッグを持った人も速く歩こうとはしないから、そのうしろも避けること」   
   
と注意したのであった。   
 横断歩道を渡り終え、さらに目的地まで急ぎ足で歩いている最中、「どうしてそこまで先頭を歩くことにこだわるのか」と訊かれたので、「習性かな。しかし、先頭集団にいないと、世の中とにかくダメ。他の人のペースに左右されて自分の思うようなスピードアップを図れなくなるのもよろしくない」と答えた。キョトンとされた・・・ような気がした。   
   
   
 学校でサッカーを教わることの意味合いは多くあろうけど、そのひとつには、「自チームの他のメンバーは今どこにいるか」等を常に把握する習慣をつけることも含まれよう。頭のうしろに目が付いていなくても、それを心がけると何となく全体把握ができるようになるものとは思うのだが。そうして、「全体の動き」と「自分」とを捉えたなかで、全体がスムーズに、目的に適った形で動いていくものと思うのだが。   
 サッカーがこれだけ人気を博し、学校のクラブ活動でも盛んになっているのに、上のようにスマホとキャリーバッグのことで周囲に迷惑をかけて怒鳴られる若者もいる・・・。職場で、同僚たちそれぞれが今、何をしてるのかに思いをいたすことができないとか、また、締切時間に追われている同僚がいて、彼/彼女としてはこのとき例えば何か質問などされて作業中断するのは困るという状況を理解できずに質問をして相手を苛立たせる・困らせている者もたまにいる。自分とそれをとりまく全体の状況把握ができないという、困ったことだ。   
   
 同じく、マラソンで教わることのなかには、「先頭集団から脱落してしまうと、あとで追い上げる・挽回するのは容易でない」ということもあろう。これに類することは、マラソンでなくても「勉強」の分野でも学べることであろうし、「水戸黄門」のドラマの主題歌からだって学べることであるが。   
 すると、横断歩道を渡るうえでの心がけもおのずと分かろうというものなのだが。   
   
   
 さて、街で、背後の大声に驚いた2つ目の件は・・・。   
   
 突然、10メートルくらい後ろでやたら大きな声がした・・・男の声・・・しかし、何を喋っているのかが分からない。   
 陽気がよくなって来ているし、ふと色々と連想し、通り魔殺人のようなものに巻き込まれてはかなわないなと思いながら振り向いた。   
   
 状況を理解するのに2、3秒を要したが、中国人の子連れ夫婦が夫婦喧嘩を始めたようなのだ。   
 夫の側が、わめき続ける。家族は一緒にこちらに歩を進めていた。   
   
 家庭内でならともかく、街中でここまで派手な夫婦喧嘩をするのか・・・。とにかく、やたらとうるさかった。   
 ま、通り魔殺人に巻き込まれる状況ではあるまいと、一応の安心をしたのであるが。   
   
 しかし、この家族の行き先は、自分と同じで某駅であった。男は、切符の自動販売機に向かった。券売機の前には人が並んでいたのであるが、「列」の作られ方がいくぶんか甘い、アバウトな具合であったこともあって、男は「割り込み」というか、いきなり券売機の真ん前に「ズンッ」と横から・・・。   
 何だかなあ。   
   


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