2017-05

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定年退色、定年大食・・・?



   
 定年退色: 「仕事一途で過ごしていたがために、定年退職を機に、世界が、日常が、人生が、色あせて見えてしまうこと。または、定年退職を機に、現役当時のイキイキ感が消え、人間としての色気のようなものまでも失せてしまうこと」   
   
 定年大食: 「定年退職後、手持ち無沙汰などもあって、ついつい食事、間食、おやつ、飲み物の摂取量が増えてしまうこと」   
   
   
   
 新入社員を迎え入れる季節とはなったけれども、それに先立つ過日のこと、自分が特にお世話になった大先輩から定年退職予定の連絡を受けた。その種の連絡/挨拶は毎月のようにあるけれども、しかし、「この人から連絡が。この人もそういう年齢になってしまったのか」ということで大いに感慨を覚えてしまうことが時々ある。   
   
 ・・・「自分の側もまた確実に年を重ねているな」と思わされることでもある。   
   
   
   
 昨夏、外出の用事を済ませて職場に戻るその途中で、電柱にのぼって作業する人たちを見かけた。炎天下に長袖の作業着をつけており(その布地は薄そうには見えなかった)、そして腰には工具を付けたベルト・・・。クソ暑いだろうなあと思えた。   
   
 会社に戻った席で若い女性社員にこのときの話をし、「電信柱にのぼって作業するあの仕事も大変だよなあ、俺には出来ないよ、ホントあれは辛そうだなあ」と言ったら、返ってきた言葉はこうだった:   
   
 「あっ、うちのお父さんも同じ!・・・電柱のことを電信柱って言うんです」   
   
   
 ・・・「あのなあ、自分の父親について話すときは“お父さん”でなく“父”と言うものだよ」と、敢えて注意するのも、ここでは何かおかしく・・・いやいや、「そうか、もしも自分に息子や娘がいたとすれば、それはこの子くらいの年齢だったりするわけだよなあ」と思い、やはり自分はもう若くないのだ、年を重ねてしまったのだとの思いをしたのであった。   
   
   
   
 中高年社員向けの研修では、一部のコマ(時間割)に於いて、この世代ならではの健康管理やら何やらのテーマのほかに「定年後も見据えて、早期に自分の趣味・生きがいを見つけましょう」とのことも説かれる。これに関しては「自分は例えば音楽鑑賞の趣味があるし、本もまた色々と読むことであろうし。現時点で無趣味の状況にある人たちが、釣りとか各種スポーツとかの新しい趣味を発見すべしという話だよなあ」みたく思ったものだから、自分としては取り組むものを増やしていこうなどとも思わなかった。   
   
 4月からNHKの語学番組も新年度に入ることから、若い人の中には「この英語の講座を」、「中国語の講座を」と思い立った者がいる。筆者も「では、自分はアラビア語をやってみようか」と、ちらと思ったのだが、思いとどまった。   
   
 そうだ・・・自分は、語学は嫌いでなくむしろ好きではあるのだが、微妙に距離を置く・それに一生懸命にならないことを貫いて来たとも言えるのだ。事務部門の仕事の一部として中国(本土)ビジネスに関わりを持ったときに「この機会に中国語の勉強もしてはどうか」と促されたこともあるのだが、「へたに中国関連に深く関わって中国送り(駐在など)にされたらかなわないな、中国でダニも出てくるようなホテルとか、不衛生な食器洗いの食堂などで病気に感染するのもイヤだし」と思い、中国語学習の件はつっぱねたし、その後、中国(本土)とそこで生きてきた中国人は嫌いなのでその関係の仕事から離れさせてもらった(台湾関係の仕事は喜んで関わらせてもらった。なお、中国本土のビジネスを、あくまで「ビジネス」として見た場合、これからもまだ有望であるとは感じている・・・ただ、進め方にはコツとか留意点・警戒点がたくさん有ってその辺りも面白かろう)。   
   
 アラビア語と、それを使う国々については大いに興味を抱くのであるが、文字その他についてのハードルをまず意識してしまうのと、そして、自分の年齢を考えたとき、それらの国々も含め、外国に駐在させられるようになることを少しも望まない。「逃げるは恥だが云々」というか、心はもう、「あまりに大きすぎる刺激・新体験は要らない」的な感覚にあるかなあ。   
   
   
 で・・・アラビア語に代えて(?)、楽器を楽しむこととした。(あと、ボルダリングをやってみたい気持ちがある。以前はトライアスロンをやってみたい気もあったのだが、「(あなたにとっては)あまりに過酷なスポーツであろう、そして、(あなたの)その気質でトライアスロンをやりだすと、命の危険を顧みないような努力をしたり、ほか、ああいうスポーツを通じて人格が今以上に自分および他人に対して厳しくなっていくと周囲は困るのでトライアスロンは控えていただきたい」との意見をもらったので、これは挑戦しないことに決めた・笑)   
   
 趣味とする楽器は、末永く楽しむことも考慮すると、指を多く使うものが脳などの老化防止に役立つらしくて好ましかろうと思った。打楽器・金管楽器を候補から除外し、すると鍵盤楽器、弦楽器、木管楽器などになる。   
   
 鍵盤楽器で演奏してみたい曲は、考えてみるとかなり少ない。   
 移調楽器は、自分の場合、譜面と実音との違いが気になって気持ちが落ち着かなくなることが分かっているので出来れば避けたい。   
 音域が人間の声や自分の声に近いとされるヴィオラやチェロをやりたいと思ったが、少なくともチェロはサイズが大きくてそれが鬱陶しいように思え・・・。   
   
 しばらく悩んだ末にヴァイオリンを選んだ。   
   
   
 実はヴァイオリンは中学生の頃にいじったことがある。そのときの記憶などちっとも役立つまいと思えたのであるが、弓の扱いのあんばいは割りとちゃんと覚えていて、出す音は汚くなりにくい。   
   
 しかし、駒の上辺のカーヴが小さいように思え、演奏したい弦とは別の弦にまで触れてしまうのをしばし悩んだ。「木管楽器のリードやマウスピースを演奏者みずからが工夫したりチョイスしたりするのと同様、ヴァイオリンの駒も自分で加工してもよいのではないか・・・いや、つべこべ言わずに、このままで精進を重ねることが大事なのか」と迷ったが、先生に意見を聞くと「確かに、この駒はラウンドがゆるやか過ぎるように思える」とのことで勇気を得、そして、半加工状態の駒も手に入れ・・・。   
   
 で、遊び心が出てしまって、思い切ってG線とE線(4本の弦のうちの外側2本)がかなり低位置となるように駒の形を整えた。それが冒頭の写真。これよりさらに極端にすると、これら外側の弦と指板との隙間が狭くなり過ぎたり、また、これらの弦を演奏するときに弓がヴァイオリン本体をこすったりしかねないであろう。   
   
 半加工状態の駒は、まず、大ぶりのカッター(小刀みたいに使える程度のもの)と彫刻刀を用いて大雑把な形に仕上げた。さらに紙ヤスリ・金属ヤスリを用いて整えた(紙ヤスリはカマボコ板に巻きつけて使用すると削り作業が能率的に出来る)。弦のための溝はカッターで慎重に(適度というか控えめの幅で)切り欠き、金属ヤスリの先端部分や、しっかり折り目を付けた紙ヤスリのその折り目個所、極細マイナスドライバー等でこすって滑らかに仕上げた。最後に、この溝の滑らかさ具合を確認するため、いわゆる歯間ブラシで状態を確認。   
 彫刻刀、紙ヤスリ、金属ヤスリはいずれもダイソーの品。   
   
 駒の上辺の形状としては、当初、カマボコの断面の上辺と同じような素直なカーヴにしておけば良かろうとは思ったのだが・・・しかし、ヴァイオリンの保管時などに弦を緩め過ぎたときに外サイドの2本の弦が外側に垂れてしまってもそれは無意味かなと思い、大きめなU字型のカットを施し、そのU字カットの底のところに弦のための溝をカットすることとした。   
   
 駒の下端の傾斜角その他も、ヴァイオリン本体としっくり接するように加工。接触する面もヤスリで滑らかに・・・ヴァイオリン本体に余計なキズがつかないように。   
   
 なお、写真の背景にアナログ・レコード・プレーヤーのターンテーブルらしきものが写っているが、これはパナソニック/ Technics の新聞広告である・・・念のため。   
   
   
 さて、この駒を実際に装着してみて・・・あんばいが非常によろしく、感激してしまった(笑)。   
   
 こんなわがままをやっていて、つまり、一種の甘えをしていて、ちゃんと上達していけるのだろうか。ま、人前で演奏するつもりは無いし、そして、クァルテットを組むとか、アマオケに加わろうとかいうこともないであろうから、心配するようなことは何ひとつ無いのだな。気楽に、そして気長に臨もう・・・。   
   
   
 下のは、先日、或る新聞社サイトで目にした記事見出し。こういう、「人」でなく「企業名」に「ら」を付ける用例は、はじめて目にするかも知れないなあ。   
   


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