FC2ブログ

2018-09

Latest Entries

人はパンの耳にて生くるにあらず・・・白いところも、米・うどん、魚・肉・野菜も食べようね!


   
 英語について、それを操ることだけで楽しい、日本語を使えない人との英語でのコミュニケーションが楽しい・・・という人たちがいて、しかも、そういう人たちは結構多い。   
   
 筆者の場合には上のような感覚はなくて、「仕事のうえで必要だから」ということで使って来たという感じが強い(海外子会社とのやりとり、商談・会議への参加、他国の税制についての資料を読むため、アニュアル・リポート等での財務資料の作成などなど)。   
 では、「楽しみ」的な活用は見出せないのかというと、そうでもない。趣味関連の本が英語のものであった場合にそれを読むのに役立つし。そしてまた、筆者は英語について、変な興味の持ち方を持ってもいるかな。   
   
 たとえば・・・つい最近も、街でこんな言葉の入ったTシャツを着ている人を見かけた:   
   
   "Between the Bread"    
   
   
 これは「パンの間に」という意味の言葉であるが、Tシャツにはこのほかイラストがあり、また英語(ローマ字)で北海道の住所も書かれており・・・その地のハンバーガー・ショップが作った、スタッフ用か販促用か頒布/販売用のTシャツであると思えた。   
   
 で、筆者は、「辞書を見ないこと」を自分に言い聞かせて、明確に記憶に残っているわけではない文法知識を振り返りながら(可算名詞・不可算名詞についてほか)、以下それぞれの言い回しはありうるのか、正しいのか、どのように使い分けされるのかを考えたりするわけである・・・そういう時間が楽しい・・・但し、自分の考えが正しいものであるのか心もとなかったりもするけど。   
   
   "between bread"   "between a bread"   "between the bread"    
   
   "between breads"   "between the breads"    
   
   
 (A)「1斤まるごとのパンでなく、スライス済みのパンを2枚つかい、その間に具を挟んだサンドイッチ」と、(B)「1つの丸っこいパン(ハンバーガー用バンズ)、または、1つのコッペパンっぽいパンに包丁を入れ、それを2つに切り分けるとか、または、切り離し状態にまでは至らない状態にしたうえで、そこに具を挟むハンバーガーまたはホットドッグ」とについて、たとえば次のように英語で言いたい場合に、上の "between..." のいずれを用いるのが正しいのか・適当なのか・自然なのか・堅苦しく文語っぽくもあるのか・口語っぽいのか?:   
   
   
 (子供に向かって)「サンドイッチとは何かって? サンドイッチというものはね、パンの間にハムやチーズ、レタス、キュウリなどの具を挟んだ食べ物のことだよ」   
   
 (子供に向かって)「チーズバーガーとは何かって? パンの間にチーズと、ほかにレタスなどを挟んだ食べ物のことだよ」   
   
 (サンドイッチ店のメニューの説明で)「○○スペシャル・サンドは、炙りベーコン、カボチャ天ぷら、イカ塩辛、パクチー、青のりをパンの間に挟んだ新商品です」   
   
 (ハンバーガー店のメニューの説明で)「○○スペシャル・バーガーは、あんこう肝、トマトケチャップ、みょうがスライス、かつおぶし、ガーリックパウダーをパンの間に挟んだ新商品です」   
   
 (ハンバーガー店の、お客様オーダーメイド注文コーナーにて店員がパンを手にしながら)「さあ、お客さん、これらの具のどれをパンの間に挟むことにしますか?」   
   
 (ハンバーガー店のスタッフどうしの会話で)「さっき大量注文が入った。100個! この注文書にしたがって、ここに用意した具を、パンにどんどん挟んでいってくれ」   
   
   
 こういうのを考えるのって、楽しくないか? 筆者だけ?   
 なお、上の "between ..." の実際の用例をネット検索しようとする場合、 " " でくくるほかさらに、 recipe などの語も添えてみたりするのがよいのではないか。   
   
 なおまた、「人はパンのみにて生くるにあらず云々」の有名な言葉は、英語表現での例としては "Man shall not live by bread alone, ..." が代表的なものであろうか(ここでは "man" にも "bread" にも冠詞が付いていない)。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 2020年オリンピックでのボランティア要員について、大学生の参加に期待が寄せられている。   
   
 これに関し、次のような意見を耳にすることがあった。   
   
 (1)「オリンピックは商業主義と化している。他方、コンビニも含めて諸々の企業も当然ながら商業主義で営まれている。さあ、それを前提にすると、給料を貰えるわけでなくタダ働きさせられる五輪ボランティアはブラック・バイトみたいなものだ。大学生らはボランティア参加するよりも例えばコンビニ・バイトなどをして働くほうが利口というものだ」   
   
 (2)「オリンピックでの学生ボランティア確保に関連して、文部科学省・スポーツ庁から大学などへ向けて配慮を求める文書が送られているようだが、何か学徒出陣・学徒動員を連想させられるよね」   
   
   
 上の(1)に関し、筆者は「大学生といえばもう大人とも言えるわけで、各人の考えに任せればよろしかろう」と思う。もしもボランティアする前に「オリンピックについてそれが商業主義になっているとの批判とはどういうことなのか」など気になるのであればそれを自身で調べ、そのうえでボランティア参加する・しないを考えればよろしかろう。   
 また、「俺/わたしは学費・生活費・貯蓄のことがまず念頭にあるからボランティアよりもバイトに時間を充てたい。まとまった休みになる夏はまさに稼ぎ時! 将来は奨学金の返済もあるし、いまのうちからコツコツ稼いで貯めておきたい」等の考え方もあろう。或るいは、「ボランティア活動にはとても関心がある。でも、困っている・呆然困惑しているような人の手助け・支えになるものをしたい・・・その点、オリンピックのボランティアはちょっと違うんじゃないか。夏、そして秋へと向かう時期に日本各地では大きな台風被害など発生するかも知れないし、そちらに時間やエネルギーを振り向けられるようにして、自分が納得する形のボランティアをしたい」といった考え方もまたあろう・・・筆者はそれらの考え方を批判しようとは思わないし、むしろ評価したいとも思う。   
   
 上の(2)のような言い方は、憲法・平和・反戦・日米同盟その他の関係で「何が何でも戦争反対。自衛隊を、息子らを戦地へ送るな」的な意見の人たちを刺激することにつながりかねない・・・「子供たちが、徴兵・動員といった問題に対して無批判・鈍感な人間に育ってしまいかねないから、今般の、大学への協力要請などけしからん」等の意見も生まれたり・・・。だから、(2)のようなことはあまり言わないほうがよろしいように思う。   
   
   
 さて、しかし、根本的なこととして、ボランティア参加の前に「そもそもオリンピックは意義深いものなのか、それは日本にとっても同様なのか」という問いかけを、それぞれが自分自身にすることがあってよいのではないかと、筆者は思う。   
   
 古代ギリシャとか古代ローマとか、そういうものは当然ながらヨーロッパの人たちの心に特別の意味を持つであろう。同様のことはまた、アメリカその他に暮らす人たちであっても特にヨーロッパに先祖・ルーツを持つ場合には当てはまるかと想像する。オリンピックは特別の祭典として意識されるのはおかしなことではあるまい。   
 それに対して、日本人にとって、オリンピックなんて実はどうでもよい「お祭りもどき」と見てよいようなものではないのか・・・筆者はそんな風にも感じている。   
 もう長年、習慣的に大掛かりに開催されてしまっているけれども、「実はオリンピックはもうヤメにしちゃってもいいんじゃない?」くらいの疑問を持つ人がもっと多数いてもおかしくないのになと思う。   
   
 多数のボランティアが必要になるとされているが、それへの参加を促すには配慮、工夫、画期的アイデアがいろいろ必要かも知れない。   
   
   
 仮に大規模に「世界演劇コンクール」とか「世界音楽コンクール」、「世界格闘技コンペティション」など開催されるとして、そういう場合、無償ボランティアで要員の多くをまかなうことが当然とされるであろうか? 答えは否であろう。「いやいや、そんなものは、オリンピックと比べて、さかのぼれる歴史などが違うもん」と言われるかも知れないが、その歴史がそもそも先ほど言ったように日本人にとってはあまり意味深くないように思えて・・・。   
   
 ま、しかし、招致しちゃったし、開催しなくちゃならないし・・・。   
   
   
 ボランティアに関して、大学生サイドとしては(いや、大学生に限らず社会人でも)ボランティア活動時間帯の食事代、それに交通費、場合によっては宿泊費が自己負担になってしまうことに躊躇することもあろうけど、そのへん、主催サイドで何か工夫・対応は出来ないのだろうか。   
 ボランティア・スタッフ専用の食事引換券・割引券を交付するとか。また、交通各社との協議のもと、ボランティア・スタッフ専用に「スタッフの住所地の最寄駅、または適当な乗換駅からボランティア従事地までの区間が明記され、かつ利用可能日も明記されたフリーチケット」を交付するとか・・・一部には悪用してボランティアを休んでの用事・レジャーに、また、キセル乗車まがいのことに使おうとする者も現れるかも知れないが。   
   
 さて、仮に自分に大学生の子供がいるとして・・・その子が災害発生地へのボランティアに出向くと言い出したなら、筆者は「健康、体調、安全に十分に気をつけること、身に何かあれば足手まといになったり現地の人に迷惑を掛けたりすることを心にとめておくこと」等の注意をしたうえで、交通費や食事代、宿泊費としての小遣いを渡すことであろう。   
 他方、オリンピックのボランティアに出向くと言い出したなら、「食事は家で摂ろうが外で摂ろうがコストは掛かること同じなので、食事代は小遣いとして出してあげよう。交通費は自分の(レギュラーの)小遣いなりバイト収入から自身で負担しろよ・・・コスト自己負担ということもまたボランティア活動の基本要素なんだから」と、わざと少し冷たい扱いをしてしまいそうな気もするなあ。   
   

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。