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2018-04

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雑記



   
 上のはブログ画像庫の中から・・・これも前回ブログ記事の末尾に加えておけばよかったかな・・・昔、日本国内ではCBS・ソニーからSOCUナンバーで発売されたアナログ盤。このレコーディングの板起し/CD化はナクソスなどから為されたことがあったと思う。   
   
   
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 スナック・・・菓子のことではなく「居酒屋、パブ、バー、スナック」などというときのスナック・・・その「スナック」に出向く若い女性が増えているとも報じられている。確かにそういう動きはあると思え、同時にまた、居酒屋に一人で立ち寄る若い女性も少し増加傾向にあるかに感じられる。   
   
 何度か会話したことある或る女性もそんな一人である。いちばん最初に話をすることになったきっかけは、筆者がカウンターで70歳代の男性と会話していたことに始まる。左側にいたその男性は、「シイタケ焼き」を食べている筆者にこう言った:   
   
 「キノコはね、俺はあれが一番好きなんだよ・・・えっと、何て言ったかな」   
   
 思い出せない様子なので筆者はこう言った:   
   
 「マツタケですか? シメジ? エリンギ?」   
   
 「よく鍋物に入っているやつ・・・えっと」   
   
 「ああ、それじゃあ、エノキダケ?」   
   
 すると、   
   
 「ああ、そう、エノキ、エノキ・・・あんたはエノキを知ってる?」   
   
 「だから、知っていますよ(知っているからその名前をあげたわけで)・・・アントニオ・エノキ!」   
   
 これ、べつに大きな声で喋ったのではないが、すぐ右側に座っていた女性客が急にイスをずらして立ち上がり、どうにか、むせる寸前で事なきを得た。   
   
 筆者は「申し訳なかったですね、どうしようもないオヤジギャグを言ってしまって」と謝った。   
   
 「まじめな顔してお酒を飲みながら、急にそういうこと言わないで下さい」と言われてしまったが、それからこの女性とは話を交わすようになった。   
   
   
 この居酒屋で「おにぎり」をオーダーすると、具をご飯の中に包み込む場合もあれば、ご飯の外側に窪みをつくってそこに昆布佃煮だったり漬物だったりを埋める場合(=具が外側から見える状態)もある。   
 この女性客が注文したときは後者のようにして、京菜であったか、シソの実プラス刻み大根などであったかの漬物の具が見えていた。彼女は「わあ、きれいな緑色・・・家庭で漬けるとこういう色に仕上がらないんですよねえ」と言ったが、それを聞いた店主は笑いながら「うちで漬けたんじゃないよ、出来合いのを仕入れて来るだけだよ」と応じた。   
 そしてまた、彼女は、着色料のことをあまり知らないのであった(ま、筆者も詳しいわけではないが)。一応、彼女が食べきったあとで筆者はこう言った:   
   
 「絵の具とかインクって、青色と黄色を合わせると緑色になるじゃない? そういう色素で漬物の色をきれいに仕上げるんだよね。インクとかじゃなくて着色料と呼ぶものだけど。もちろん食用に適したもので」   
   
 ほか、強烈にまっ黄色の「たくあん」の着色料とか、クチナシ色素、高菜漬で着色料が使われている場合のウコン色素の話などもした。   
 「食品関係にお勤めなんですか?」と訊かれたが(そうではない)、彼女も含めて多くの人は食べ物のパッケージにある表示に目を凝らすことがないように思える。食肉や食肉加工品に使われていたりもする発色剤のことも話した(でも、発色剤を使わないと不味そうな、或いは品質劣化しているような印象を与えかねない食べ物もあるので仕方ないとも言えようか)。また、赤色の色素として使われることのあるコチニールがどうやって作られるかの話をしたら、彼女は目を丸くして「えええー!」と驚いていた。   
   
 (話が脱線するが(いや、べつにテーマを決めて書こうという意思もあまり無いが)、音楽ファンであればSP盤レコードの材料に使われたシェラックとはどういうものなのか、興味を持つべきものであろう。)   
   
   
 先日この居酒屋に出向いたら彼女の姿は無かった。   
 で、或る男性客がカウンター内の店主に向かって「世間では、飲食店で、自分の連れの女性にセクハラ発言するケースもあるらしいけど、この店じゃマスターが女性客にセクハラ発言しちゃうし・・・あのお姉さんももう来ないんじゃないかなあ」と言った。そして、筆者のほうに顔を向けると同意を求めるように「ねえ・・・」と言った。   
 筆者は「さあねえ・・・感じ方は人それぞれだから」と応じた。残念ながら、店主が発したセクハラ発言(らしきもの)がどのようなものであったのか居合わせていなかったので知らない。   
   
 しかし、この日、しばらくすると彼女は店にやって来た。またいつものようにカウンターに掛けた。   
   
 小あがりの席では若い男性サラリーマンたちが飲んでいた。   
 彼らの一人が財布を広げて「これ、学生時代に使っていたキャッシュカード。で、こっちが会社に入ったときに作ったキャッシュカード・・・」などと話していた。   
   
 この会話が耳に入り、彼女は「キャッシュカードの枚数が増えると暗証番号を覚えられないものも出て来ますけど、皆さんはどうしているんですか?」と言った。   
   
 筆者は「あまり誰もやりたがらないけど、でも、いちばん楽な方法はひとつ・・・まずキャッシュカードを裏返す・・・そのあと上下さかさまにしてもよいし、しなくてもよいんだけど・・・」と言った。   
   
 そして、少し間をおいて、「そこにマジックペンで暗証番号をメモ書きしておくこと」と言った。   
   
 これはもちろん冗談なのであるが、次のようなアイデアもあろう。   
   
 1案: 手帳その他のどこかのページに架空の会社名を持ち出したうえで「○○産業株式会社さま、担当者 内線番号」とのタイトルのあと、銀行それぞれの暗証番号を書き記しておく・・・たとえば三菱UFJについては「菱田さま」、三井住友なら「井村さま」、みずほなら「水沢さま」、りそななら「曽我さま」、山梨中央銀行なら「梨田さま」、トマト銀行なら「的場さま」またはトマト→キュウリの連想で「瓜生さま」などとしたうえで、そこに暗証番号を書くわけである。なお、すでに自分の記憶にしっかり定着しているものまで几帳面にリスト化する必要はなかろうと思うし(この種のメモは自分のためにするものであって、他人に情報やそのヒントを提供するためではない)、ほか、ダミーで「谷口さま」だの「遠藤さま」など色々と付け加える・挟むのもよろしかろう。書き記す暗証番号について、併せて下の3案のような加工を施すとさらによろしいのではあるまいか。   
   
 2案: 新聞でも雑誌でも、ナンバークロスワードのクイズ欄を見つけたらそれを切り抜き、クイズを途中までやったところで、或るいは回答しきったところで、欄外に、あたかも思考過程のメモであるかのようにして暗証番号をメモする・・・たとえば暗証番号が「1234」であるならば、走り書きの調子で「1、2、3、4」とか「1+2+3+4=10」などとし、それに対してバッテンなどの取り消し線を加えておく。ほかのダミーの数字なり計算式なりも書き、それについえは取り消し線は加えずにおく。このようなクイズの切抜きを複数集めて一緒に綴っておく/手帳に貼り付けておくというのはどうだろうか。   
   
 3案: 暗証番号の各桁の数字を1とか2とかずらしてメモ書きしておく方法・・・暗証番号が「1234」ならば「2345」とか「3456」とメモする。或るいは、どの暗証番号に対しても常に一定の値を加算したうえでメモするというテもあろうか・・・常に97085を加算する等・・・当然ながらメモに並ぶ数字は5桁なり6桁の数字になって(4桁でなくなり)、その状況がこれまたよいではないか。そしてこの加算数値は暗証番号メモの一番先頭に書いておく・・・正しい暗証番号を確認するための計算を自分自身で煩わしいと感じることだろうけど、暗算しなくてもATMに出向く直前にケータイやスマホの電卓機能を使って計算すれば済むであろう。   
   
 以上のほかにも、下の画像のようなメモの仕方もあろうか(いずれも暗証番号が「1234」であるとした場合・・・なお、いちばん最初の例で、A、B、C、Dなどと書かずに「7」とか「16」とかの数字にしておいてもよろしいだろうし、言葉で「奇数」とか「素数」とかとしておいてもよろしかろう・・・メモを見た人がどう思うか知った話ではないが)。   
   
 さて、筆者自身はどのような方法を採っているのか? 上のいずれとも違う仕方であるが、その方法は秘密である。   
   


セル関係の大型CD商品が登場する


   
 簡単クイズ: 「2020年夏」といえば、誰もが思い浮かべるのは?   
   
   
   
   
   
   
 答えは勿論、そう、「セル没後50年」・・・である。   
   
 あ、筆者自身の場合はこのほか、「五輪開催に伴う混雑への懸念」ということも連想する(筆者自身は、五輪そのものの内容には殆ど関心がないもので・・・)。   
   
   
 さあ、セル没後50年にちなんでソニーあたりからはどんな企画が登場するだろうかと楽しみにしていた。   
 だが、それを待たずに、今年の8月にはCD106枚組セット商品が登場するではないか!   
  "George Szell - The Complete Columbia Album Collection" ・・・日本のHMVやタワレコなどでは「ジョージ・セル/ザ・コンプリート・アルバム・コレクション」等の表記にて商品紹介されている。   
   
  http://www.hmv.co.jp/product/detail/8780845   
   
   
  http://tower.jp/article/feature_item/2018/04/20/1120   
   
   
   
 熱心なセル・ファンにとっては、これを入手してもその大半が、いや、ほぼ全てが手持ちのCD・アナログ盤などとダブリになってしまう点が悩ましかったりするのではないか。   
 しかし、ま、セルの名が忘れ去られることなく今後も輝き続ける・セルに注目する人が新たに生まれることにつながる筈の商品であり、その点は間違いなく喜ばしい。   
   
   
 下のは、ブログ画像庫の中から思いつくままに再掲・・・ブラームス/交響曲第1番の旧録音のアナログ盤とか、 "United Archives" レーベルによって板起し/CD化されたドヴォルザーク/ピアノ協奏曲その他・・・。   
   



   
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雑記



   
 (↑)セルの演奏を収めたCDで、手前のは「子供の不思議な角笛」。背景のはシベリウス/交響曲第2番を収録しているもので、これはコンセルトヘボウ管とのものや、あるいは来日公演ライヴ盤とはまた別のもの・・・クリーヴランド管との地元ライヴ(かつて "VIRTUOSO" レーベルから登場したもの)・・・こちらの演奏ならではの雄渾さにはまた惹かれるものがある。   
   
   
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 「事業年度の替わり目でキリもよく、引退させていただくことにしたんだよ・・・これまでいろいろありがとう」との挨拶を、子会社で活躍してきたAさんから頂いた。   
   
 Aさんは、筆者が勤務する会社の子会社に最初から(新卒で)入社し、そこで一筋に勤め上げた。市場/マーケット、顧客を奪取する手腕や、取引継続を維持できる能力・人柄などを評価され、定年を過ぎて高齢になってからも継続雇用でずっと活躍を続けた。   
   
 過去を振り返ると・・・この方とお会いしたり話を交わしたりするたび、必ずと言ってよいほど、記憶にとどまるような一言を掛けられた。今回は「君は、これからもやっぱり君が思うとおりの生き方をするんだろうね。それでいいと思うよ」と言われた。どうも、筆者のことを、よく言えばユニークなところの多い、悪く言えば変てこな人間と思っているフシもある(笑)。   
    
 昔々の初対面のときは、Aさんからはこう言われた: 「君は、こうして会って話してみると至って普通の人間なんだね、安心した。君が(関係部署や子会社に向けて)発する文書は、どれも、まるで役人が書くように冷めて、血が通わない書きっぷりの見本みたいだから、一度はその顔を見てみたいと思ってたんだよ。いやいや、会えてよかった」。   
   
 こちらが20代半ばの頃のことで、ま、学生時代にゼミの先生から「ひとつひとつの文章は短く。ハードボイルド調がよろしい。事実かどうか不確かなことについては、不確かであることをきちんと示す言葉遣いとせよ、何なら敢えて書くな。要らない修飾語は省け」等々の指導を受けたこともあって、会社勤めになってからもそれを意識していたから筆者の書くものは事務処理フローとか税務処理対応、質疑応答などで各所に発する連絡文書においてバサバサとした調子の文章になっていたであろう。べつに悪いことではないと思うし、そして今でも、筆者が仕事上で書く文書や指示メモ、稟議書その他へのコメントなどなどは、このブログで書いている文章の調子とは大きく異なるのだ。   
   
 さて・・・昔、このAさんの会社において難しい、厄介な案件が連続して生じることがあって、一緒に対応することがあった・・・取引先が倒産しそうとかのケースをはじめとして、ま、何やかやと。   
 こちらの会社に電話をもらうのが夜の10時や11時であっても、朝の7時くらいであっても筆者が電話に出るものだから「ちゃんと家に帰っているの? いつ寝ているの?」と驚かれたことが何度かあり、「たまたま徹夜だったので」などと応じた。   
 ちょうど消費税導入が迫っていてその準備・対応、外注ソフトウェア関連の対応・検証などで多忙な時期だったりしたのだ。Aさんとしてはたぶん「自分の側は子会社という立場であり、申し訳ない」という思いを抱いたかも知れず、しばらくして「君は(こちらのために)いろいろやってくれるけど・・・自分の仕事とか出世とかを犠牲にするようなことがあってはならないよ」と心配もしていただいた。   
 が・・・だいたい出世どうこう言っても、昔、子供の頃に筆者の家に出入りしていた或る方(政治家)は「会社勤めする者の場合、何年か上の先輩に優秀なのがいてそれが社長その他の重要ポストに就いてしまってしばらく居座れば、次にそのポストを継ぐのは自分の後輩ということになる・・・ポストは素通りすることがあるし、そして自分は邪魔者となって外に追いやられることもある・・・そう心得るべし」と言っていたし、筆者思うに、それよりも大事なことは、自分なりの、出世とはまた異なる性質・次元の「自己実現」と、そして「過重な責任を負わずに、精神衛生に悪くないような頑張りにおいて自己満足できること」ではあるまいか・・・。この筆者の感覚をAさんに話したら、「(君は)若年寄みたいだね」と言った。が、同時に、これは想像なのだが、Aさんは何かを思ったかも知れない・・・実力者として活躍していながらも、しかし自分の上・上司には入れ替わりで親会社から誰かが着任して来るという状況・・・そういう環境下での自分の生き方をじっと考えることが無かったと言い切れるだろうか。   
   
 Aさんの会社でいろいろの厄介事が片付いてしばらくした頃・・・Aさんから電話をもらい、それがヒソヒソ声っぽかったからこちらは身構えた・・・実は、Aさんの会社が取引先から売掛金回収するにあたって 暴 力 団 関 係 の或る筋とモメた経緯があり、きちんと決着していた筈の問題が再燃したのではないかと懸念した。   
 Aさんはこう切り出した: 「時間をとってもらえるといいんだけど、土曜とか日曜とかに・・・」。   
   
 こちらとしては、「う・・・どうしたんだろう、不安が的中してしまったのか」と思った。   
   
 Aさんは続けてこう言った: 「(君に)決まった人がいないんだったら、紹介したい女性がいるんだけど。うちの社員だけど」。   
   
 残念ながら休日出勤の連続状態でもあったし、それを説明するとともに「そのお話は、いずれ結婚のことも考えてというご趣旨かと思うのですが・・・結婚は個人と個人との問題では決してなく、家と家とのつながりの問題で、さらに踏んでいくべきステップを考えれば今の仕事漬けの毎日の中では目を向ける余裕のないテーマですので・・・もう何年かしてからでないと考える状況にはならないでしょう」みたく答えた。Aさんはその「(結婚は)家と家とのつながりの問題」という言葉に大きく反応した(Aさんから見てこちらは年下であり、まだ若いとも言えた)・・・簡単に言うと、これはAさん自身がかつて抵抗を覚えた「日本の古い感覚」であり、自身が結婚するにあたって親とモメた核心テーマでもあったからである。そして、具体的な細部までは覚えていないのだが、筆者を、先ほどの「若年寄」という言葉の類義語みたいな言葉を以って評したのであった。   
   
   
   
 このたびAさんは、退職後の今後について「妻と一緒に、自由な時間を手にしたい」と言った。愛妻家でもあるし、うなづけるものでもある・・・。   
   
   
 筆者は筆者で、自分の仕事人生を自分の思いどおりの形にしていきたいため、「兼務状態にある子会社での仕事」のほうをこそ主体・本業にしたいと思ってあれこれ画策しているのだが、今のところまではうまく行っていない・・・もう少しの、軟着陸のための工夫など必要なのかも知れない。   
   

雑記


   
 「どうなる、米朝会談の可能性」みたいな記事見出しを目にするたび、どうしても「桂 米朝」、「怪談ばなし」というものが思い浮かんでしまう・・・これは自分だけのことなのか。   
   
   
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 しばらく前から、「耳の掃除を頻繁にするのはよくないのです、掃除する必要もないのです。もし掃除するならばこんな程度に・・・」みたいな話題をネット上そのほかで目にするようになった。また、「耳鼻科医である私自身も、耳掃除をしません」などという記述も目にしたことがある。   
   
 耳掃除は、耳穴の壁(外耳道と呼ぶのかな)を傷つけてしまうリスクばかりでなく、頻繁にすることで幾つかのデメリットももたらされるらしい。   
   
 しかし、基本、耳掃除は(耳かきで、あるいは、綿棒も併用して)毎日しないと気が済まない自分としては、どうしたって上の意見には従えない。毎日していても、成果が上がるのは、つまり「耳あか」がとれるのは週に1回か2回くらいのものなのだが、耳穴の壁を刺激することで得られる快感に意味があるのだ。   
 かゆくなって耳掃除をするわけではない。歯磨き・髭剃りと同じような、定例的に為さねば気が済まない行為なのだ。   
   
 毎日のように耳掃除をするようになったのは、いつの頃からだろう。中学校の修学旅行のとき、土産物として買い物したもののひとつに「自分用の耳かき」もあったことを記憶しているから、そのときには耳掃除が「趣味化」していたものと思える。   
 いや、待てよ・・・。   
 小学校のとき、夏になって体育の授業内容が水泳に切り替わる頃、先生は「耳掃除をちゃんとしていないと、水泳中に耳に水が入ったあと耳あかがその水を吸い、ばい菌がウジャウジャ繁殖して大変なことになります」みたいなことを言ったのであったが、「自分は耳掃除を頻繁にしているから大丈夫だな」と思ったものだ。   
   
 というわけで、もう何十年も、毎日のように耳掃除をしている。耳穴の中の壁を傷つけてしまった経験は4、5回くらいあったろうか・・・でも、そのいずれも二十歳くらいよりも前のことの筈であり、また、大したトラブルにも至らなかった。   
   
 耳掃除をすると、そのあと「聞こえ」がよくなる?・・・シュヴァルツコップフの歌声など、違って聞こえるように思えたりもするのだ(笑)。人体は摩訶不思議なメカニズムを備えており、耳もまた同様に、耳掃除によって耳穴の壁が刺激されてその個所の血流が増えると意外にも鼓膜の敏感さも増したりするとか、そんなことがあったりはせぬのか?   
   
   
   
 毎年の健康診断で聴覚のテストもされるが、筆者、一応、すべてOKの状況が続いている。   
 以前、夜に民放のテレビ番組を観ていたら、芸能人らの出演者に対して高めの周波数の信号音を聞かせ、それが「聞こえるか否か」を試すテストをしていた・・・テレビのこちらにいる自分には聞こえる「ピーン」という高い音が、まだ40代あたりの出演者のなかには「聞こえない」と答える人たちもいたのでちょっと驚いた。スタジオで使われているスピーカーのせいなのか、それとも彼ら、仕事上、あるいは私生活上、大きな音ばかり聞いているとかヘッドフォンを使いすぎるとか、そんな、聴覚を悪化させそうな背景事情でもあるのか。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 睡眠中にみる夢の中でひらめく・思いつくことが、実際に役立つケースはほぼ無い・・・ものと思う。目が覚めてから「ああ、くだらない思いつきをグッド・アイデアだなどと喜んだが・・・馬鹿げたアイデアであったなあ」との感想が生まれる。   
   
 しかし・・・。   
   
 職場に届いた年賀状のうち幾つかのものは引き出しの中に保管しているのだが、先日は或る人の所属部署・肩書を再確認する必要があってそれら年賀状を見返すことがあった。目当ての人とは別の、某社のAさんからの年賀状も一緒に目に入った。   
 このAさんはエンジニアなのだが、ずいぶん前に、或る商談を通じて接する機会があった。当方としては、ちょっと変わった取引スキームになるその商談に事務方として同席していたのである。で、商談の資料の中にはビジネス・取引自体のこと以外に技術仕様書も添えられていた・・・そこには「製品の性能を数字で評価するとこうなります。従来に比べるとその改良度・改善度はこうなります」といった計算資料も含まれていたのだが、筆者、それを見て「どうしてこういう計算を以ってこのような評価が下せるのだろうか?」と疑問を覚えた・・・この点は自分の職務範囲ではないから関心など持つ必要はないのであるが、疑問を抱いたことが表情に表れたのだろう、Aさんから「どうかなさいましたか?」と尋ねられた。そこで自分の疑問を口にするとAさんは「疑問はおっしゃるとおりです・・・その計算は、簡略に近似値を求めるためのものです」と言って、数学の定理っぽいものをメモ書きしてくれたが、こちらはよく分からず、いや、サッパリ分からず、ま、それで終わったのである。   
 その数日後、Aさんから郵便が届き、「?」と思って中身を改めると、数式の説明がていねいに綴られていたのであった・・・というか矢野健太郎先生の数学の参考書を久しぶりに読むような感じであった・・・Aさんの、理科系の人っぽい律儀さをそこに感じもした・・・しかし、悲しきかな、こちら文系人間の限界を超える説明内容であった。   
 あれから年を経ているのに・・・昼間にAさんからの年賀状を目にしたせいなのか、夢の中で、Aさんからされた説明の或る一部分が頭の中に思い浮かび、これが会社の或る事業評価項目を追加するうえで役立てられるかも知れないと思いついたのである。夢の中では心臓が高鳴るほどの思いをしたのであるが、目覚めてみると、そう大したことではないとも思え、しかし、決して「意味なし」なものでもない・・・「夢の効用」と言うことは出来る程度のものではあった。   
   
 このように理系人間が文系人間を刺激する機会というものがあったりする。   
 逆に、文系人間から理系人間に対して刺激なりヒントなりを及ぼす可能性はあるだろうか・・・自分の経験からすると、文系である自分が口にした「素朴な疑問・疑念」が相手側の役に立つということもあったりはする。   
 「この辺りのネジはステンレスとかですか? 結露が生じる可能性が考えられるので気になりますが」と口にしたことで、ネジその他の素材も、一部の仕様も変更になった事例があった。   
 「(工場の)勤務シフトをそのようにしなくても、そもそも作業プロセスを例えばこう改めれば、プロセスについても納期にしても有利ではないですか? え? そうじゃなくて、わたしが言いたいのはもっと単純なことで、こういうことです。根本的なところで勘違いしていたら申し訳ないですが」と言ったときには相手は「あ・・・考えたこともなかった・・・うちの業界でそんな考え方する人、いませんよ」と反応したのだが、その後すぐ、相手方では作業プロセス変更が実施されたのである。   
 気楽な、発言に躊躇しないブレーン・ストーミングというものは有意義であると思っている。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
 或る日に口にした弁当・・・。   
   


セル関係の「新譜」なのか、それとも・・・


   
  "Georg Szell in Europe" (ヨーロッパでのゲオルク・セル(=ジョージ・セル))というタイトルのSACDハイブリッド盤が "Praga Digitals" レーベルから登場する。日本国内で出回るのは4月下旬から5月上旬くらいになりそうだ。もちろん筆者も未入手。   
   
 タワレコ、アマゾンなどのサイトで見つけることが出来る。   
   
 ただ、この商品には疑問点も・・・。   
 パッケージ裏面の記載その他によると、収録内容は、コンセルトヘボウ管との演奏でモーツァルト/「後宮からの・・・」序曲・交響曲第34番、また、「ロザムンデ」抜粋、それにウィーン・フィルとの「エグモント」抜粋(ソプラノはピラール・ローレンガー)のようだ。1954年から1969年にかけてのライヴ録音(←複数形の表現)をリマスタリング」との記載もあるが、過去のコンサート記録に照らすと「ん?」と思えたり。   
 ここに収録された「後宮」序曲は“1954年”の8月7日の演奏であるとの情報も見受けるが、しかし、筆者が現時点で想像するのは・・・“1956年”8月7日、ザルツブルク音楽祭でのウィーン・フィルその他とのオペラ公演から序曲の部分だけをこのCDに収録しているのではあるまいか。アメリカ人ばかりでなく欧米人が手書きする「4」と「6」の文字は見分けに混乱する場合もありえようから、録音メモや原稿の読み・やりとり等の段階でミスが生じた可能性も否定できないかな、どうだろう。もし1956年8月7日のものならば、この公演は過去すでにCD化されているもの・・・既にこの音源を手にしている人にとっては、新たに入手してもダブりとなる。そしてまた、これは確かにライヴ録音なのであるが、しかし、オケをコンセルトヘボウ管と表記することは誤りということになる。   
 これ以外の収録曲については、ライヴ録音でなく、正規セッション・レコーディングのものを音源としているのではないかと想像しているが、だとすれば、それらもまた既発売のものということになる。   
 SACDハイブリッド盤である点にメリットを見出す人にとってはまた別の価値があるかも知れないけど。   
   
 よく分からない点のある商品である。   
 筆者の側に「思い違い・勘違い・調査漏れ」などがあるやも知れぬが、その場合はお詫び申し上げたい。   
   

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