2017-11

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雑記


   
 「企業の内部留保が大きくなり過ぎている。溜め込んでばかりで活用しない・放出しないのはけしからん。その企業がさらなる成長を遂げるために投資なり企業買収なりに使っていくとかしないのならば、いっそのこと従業員に支給する給料などをアップせよ、或いは株主への配当を増やすなどせよ」等の意見があり、これには賛成・反対それぞれの意見が寄せられる。   
   
 筆者が若い頃は、決算後の利益処分の方針として「将来への備えとして内部留保を厚くすること」がまず大事で、そして、何かこう二の次っぽく「株主の皆様への還元もまた云々」という感じが主流であった。自分もまた「これはまことにもっともな考え方だ」と疑問にも思わず、そして、「どちらかと言えば」以上に「内部留保を積み上げていくことが大事」という意識が自分の中に育って/定着してしまった。   
 しかし、やがて世の中の意識も変わり、今や株主還元を積極的にすることがかなり大事なこととされるようになった。企業が「株式会社」である場合に、それは経営委任された取締役の所有物でもなく、そしてまた従業員らのものでもないから、投下された資本や、蓄積された留保金は株主にとって最大メリットをもたらすような活用、さもなければ還元が図られねばなるまい。   
   
 ただ、内部留保を下げていく(削る、控え目な水準に落としていく)ことには、やはり不安を抱かぬではない。企業には、外的要因で、或いは内的要因で様々なリスク、アクシデントの可能性がある。   
 企業の本社・工場・倉庫・物流拠点その他が巨大地震・火災・水害などに見舞われて操業停止などに至ったときにどうなるか? 物的損害のほか逸失利益などのすべてを保険でカバーしきれるわけではない。或いはまた、どこかの国が発射したミサイルによって被害を被ったらどうなるか。   
 上のような事態は外的要因であるが、ほかに、東芝のような事例、神戸製鋼のような事例、はたまた食品メーカー等にて食中毒発生があった場合など、内的要因とも言えるアクシデント(の可能性)にも警戒を怠れない。   
 企業というものは、その危機にあっても持ちこたえ、必ずや復活を果たして永続していけるように「お金の面などでの耐久力」を十分に確保しておく必要があるというものだ。それが出来なければ、投下資本もまたついには消え失せかねず、さらに、(資本家/株主の利益とは無関係ながらも)従業員とその家族を路頭に迷わしかねない事態にもなりうる。   
   
 「低金利、マイナス金利の時代なんだから、そしてカネあまりの時代なんだから、いざ金が必要なときには銀行から借りるなり社債発行するなりすればいいじゃんか」などという意見も出て来るかも知れないが、たとえば銀行が「貸したくない」と言えばそれまでであるし、また、いつまでも低金利の時代が続くと信じるのもどうか・・・。   
   
 内部留保を小さくしていくことについては、あまり指摘されていないデメリットもあろう。企業が人を、特に、定年まで勤め続けようと考える正社員を採用するうえでは「企業の、よりしっかりした財務基盤」というものは大きなアピールポイントとなっていようが(日本人にとっては、その習性・感覚からして特に大事か)、そういうアピール力を弱める・減じることは如何がなものであろうか。   
 特に新卒者が就職先を選ぶとき、「その業界で売上・ブランド力・評価などに秀でた会社」とか「成長性を感じさせる会社」、「独特の持ち味が強みを発揮している会社」、「やりがいに満ちた仕事がある・思い切り活躍できる場があるなどの魅力を持つ会社」、「給料が低すぎたりしない会社」、「ブラック企業でない会社」などという視点と同時に、大雑把にでも「同業他社と比べて自己資本比率も高く、また、潤沢なカネ・金融資産を有している、資金繰りに余裕がある、そんな安定的な会社」を選んでおきたいとの感覚も当然あろう。   
 「同業他社と比べて財務基盤に見劣りがする会社は就職先として控える、もしくは避け気味スタンスで臨む」、「借金漬けの会社は避ける(意義ある先行投資ゆえの借金はよろしいかも知れないが、無能な経営者や先輩のせいでその会社が負うことになった借金の返済のために自分たち新入社員=これからスタートを切って活躍していく社員の給料までもが抑制気味になってはかなわない)」等というのは、筆者が学生だった昭和50年代にも既に或る程度以上は定着した感覚・意識であったと言えよう。(なお、同業他社との比較というのでなく、メーカー・商社・銀行・保険会社などを横断的に単純比較して「この会社、自己資本比率が低いなあ」などの評価を下すのは正当ではない)。   
 また、財務データをそれなりに集めないと推定計算可能なものではないが、「その会社の売上が半減するような事態に至ったときに、従業員に何十年くらい給料支給を続けていけるか、さもなければクビ切りするにあたって思い切った割増退職金を支払えるか」といったことも、出来ればチェックしたい事項と言えたろう。   
   
 「そこまで安全性にこだわるならば、民間企業に就職するのでなく公務員を目指すのがよろしかろうに」との意見もありはしようが、人間の、若者の気持ちというものはそうはいかない。また、民間企業は(その全部ではないが、しかし)フライング採用試験、フライング面接を実施してフライング内定を出してくれるけれども(笑)、公務員試験はそうはいかない(そして、もちろん、合格する場合もあれば不合格になることもあるわけで・・・公務員試験の合格発表まで進路未定で待っている気にはなれないという学生は、むしろ多数派ではあるまいか)。   
   
 尤も、若い人が、就職にあたって警戒心ばかりを働かせていたら、「今は無名企業でも今後に大きく化ける企業」に出会う・そこに就職して大きく輝けるチャンスを逃してしまうことにもなるかな・・・そこがまた悩ましい問題か。   
   
   
   
 時間が乏しいからこのへんでヤメにするが、「企業の内部留保に課税しよう(企業が留保金を使わない・吐き出さずに溜めているならば、それに課税してしまおう)」との考えには反対である。   
   
   
 もしも、宗教法人などで特に大きな留保金を有しており、つまり、それが活用されずに溜まっているケースがあるとするならば、それに課税することの検討はあってよろしいのではないかと考える。それが仮に「浄財の蓄積」であるにしても、世の中の不幸や貧困などの解消のために、さもなければ人々の幸せ向上のために振り向けられることなく眠っているようであれば、それこそ無駄な蓄積というものではあるまいか・・・そのような状況は教祖様、神様その他もあまり喜ばないのではあるまいか、寄付者・資金拠出者もまた同様ではあるまいか、どうだろう。課税がされ、そして国の税収に充てられて有効活用されていくほうがずっと喜ばしいと思う次第である(言うなれば、国が、何もやらずにいる宗教法人になりかわって「日本のためになる」ようなカネの使い方をするみたいな感じかな)。   
   
 ここで一句・・・。   
   
  喜捨せよと  言いつつ溜め込む  ○○○かな    
   
 喜捨せよ、守銭奴はよろしくない・・・等々のことを人々に呼びかけておきながら、集めたカネをその宗教団体は喜捨しない=外へ出さない・世のために用いないということがあるならば、それは、さて、どういうものだろうか。   
   
 日本で子供の数が増えていき、そして同時にまた宗教関係者が努力を続けることがあれば、信徒/信者/檀家らの減少は少しでも緩やかなものにしていけるのではないか・・・そういう意味で、仮に「子育て支援関係の歳出に充てる」との限定が付いてしまってでも、宗教関係からの税収確保・税収増を積極的に検討する意味はありそうな気がする。   
   
 ま、宗教に対して易しい態度をとる・寄り添う政党もあるから、なかなか難しいことではあろうけど。   
   


雑記

   
 202X年秋・・・或る日、某総合大学では高校3年生(もうすぐ大学受験生)を対象としたキャンパス見学会が開かれていた。   
   
 そして午後2時からは講堂で、「在学生が語る、わたしたちのキャンパス・ライフ」の企画が催され、学生のナマの声を聞けた高校生やその父兄に大好評であった。   
   
   
 「理工学部3年の、○○○美です。ほんとうは・・・高校生の頃から芸能界入りを目指していたんですが、オーディションにはぜんぶ落ちてしまって、で、お友達が大学で電子工学をやりたいって言ってたんですけど、わたし、“リケジョ、かっこいい”とか思って、でもその友達みたいには頭がよくないから、わたしはこの大学を受験して入りました。入試科目は1科目で、あと面接だけですから、楽勝って感じでしたよ。皆さんも頑張ってくださいね。いまは、モデルのアルバイトとかも少しあるようになって、あと、キャバクラのバイトも週に3回くらいこなしています。もしも大学に入らずにこういうのを仕事にしていたら時間を持て余してしまうでしょうから、大学に入ってよかったです・・・大学授業料無償化でお金があまり要らないからちゃんとそこそこリッチな生活ができるし、お得感ありますよ。芸能界入りは今も諦めていません・・・だって、電気とか物理とかで研究者になるとか、会社でエンジニアの仕事するのとかって、ぜーったいにイヤで。メーカーさんの作業着とか、めちゃくちゃダサイじゃないですか、あんなの着せられたら死にたくなっちゃいます。芸能界入りの夢がかなって“リケジョなんです”とか言えたら、すんごいアピールになって目立ちそうで、だから大学ってコスパいいですよ、日本に生まれて幸せって感じですよね。何かでテレビに出演することとかあったら、皆さん、応援をよろしくお願いします。」   
   
   
 「経済学部3年の○○○男です。大学に入ってまで勉強したいことも無かったんですけど、タダで授業を受けられて大卒の資格も貰えるんなら、やっぱ進学しないと損だなと思って進学しました。実際のところ、あんまし勉強してないです。バイトして、あと、学生の集まる勉強会で安保法制や沖縄基地問題などの話を聞いたり・・・よくデモ行進などにも参加してます。卒業後は、どこかの会社に入れればいいなって考えてます。僕ら若者の数が減っている時代なので、就職もそんなに大変じゃないみたいですよ・・・2年上の先輩がそう言ってました。皆さんも受験、頑張ってください。」   
   
   
 「文学部史学科2年の○○○男です。高校を卒業したら料理人の仕事を選ぼうと思ってたんですが、親からは“大学を出ておいたほうがいいぞ。将来、もしも進路変更するときにも大卒だと胸を張れるぞ。どうせ授業料はタダなんだから行っておけ”って言われて、それで大学進学しました。経済学部とか法学部、商学部などがよいとも言われたんですが面倒でウザったい勉強ぽくて・・・授業料負担が無いから「いっそタダ得」みたいな感じもあるし、手にする4年間の自由時間は思いっきり好きなことして過ごすのがいいじゃないですか・・・漠然とメソポタミア文明の勉強・研究とかしたいと思ったんです。この大学、先生が親しみやすくて、すごくいいですよ。一緒にお酒を飲んだときとか、先生が“自分みたく研究の道をたどると、今さら企業に勤めるのはハードルも高いし、定年までずっと上司の顔色うかがいながら仕事するのは生き辛そうに思えたし、静かに教員をやってるのが楽でいいんだよ”とか、“教員や議員という職が、収入を得るのには楽なんだよ”みたいに含みのある言葉を聞かせてくれて、社会勉強になることが沢山あります。ところで、数学って、皆さん嫌いじゃないですか? そういう人、多いですよね。教養科目で勉強させられましたけど、これがまた凄いんですよ・・・八寸の盛り付けとか、あと生ハムの飾り方とかで新しいアイデアを考えるのに、意外にも数列の感覚とかが役立つんですよ、ハンパなくビビビッてひらめきますよ。なんか・・・学校で教わることに無駄なものはないって感じですかね。ま、いずれにしても、僕が目指す料理の世界は自分の舌やその他の感性、そして腕前が勝負です。そこにエネルギーを注ぎます。今は飲食店のアルバイトで稼ぎながら料理の勉強もさせてもらってます。調理師の資格もいずれ取って、大学もちゃんと卒業してみせます。でも、大学での専攻分野で仕事していこうとは思っていません・・・大学とか、そして大学で教わることとかって、そんな狭量な活用の仕方をするためのものではないでしょ・・・長い人生のどこかで、ふと偶然にでも役立つ場面があればいいんだろうなって思っています。アルバイトでお金をしっかり貯め続けて料理の修行をしにヨーロッパにも行きたいし、それで将来はイタリアンの店とか持ちたいと思ってます。」   
   
   
 「人文学部3年生の○○○郎です。お父さんが、あ、父が僧侶をしています。自分もそれを継ぐのが運命だと思いながら育ったんですけど、お寺って昔みたくはガッポガッポ儲からなくなってるんですよ・・・檀家も減るし、お布施とかも今ではケチってろくに包まない輩が、いや、連中が、いや、そういう方々が増えていて。で、父を継ぐことには迷いもあって、どうせ授業料はタダだし何か違うことを勉強してみようかなって・・・最初は何を学びたいってこともなかったんですけど、これからはキリスト教の時代かなっていう予感みたいなものもあって・・・21世紀後半は中国やインドばかりでなくアフリカの時代でしょ・・・アフリカの事を研究して、もしもそこでキリスト教が深く浸透していく状況であればキリスト教関係を利用して稼いでいこうかなと思って・・・土着の宗教とかアニミズムとか、そういうものとキリスト教をうまく融合させて新興宗教をつくって、金がバンバン集まるシステムを作り上げていけたらとか考えています。それで大学ではアフリカの文化や人々の暮らしを研究しています。今はナンパしたりとかで遊びまくってますけど、卒業したらマジメになりきります、派手に懺悔でもして号泣したらハクもつきそうですし。自分のモットーは“目指せ、免罪符を売りまくってでも億万長者になるぞ”です。皆さん、よろしく!」   
   
   
 「芸術学部音楽学科2年の○○○華です。えっと、実は、あたし、悩んでて・・・。音楽は好きだったんですが、それほど才能が無いのに入学したのは無謀だったと、すぐに気づきました。授業料負担が無いからと、テキトーに選んで進学してしまったことを悔やんでいます。ピアノも声楽も、ぜんぜんダメっぽくて、作曲の方面はもっとダメで。それで・・・このままダラダラと続けていくのがいいのか、それとも・・・もしも別の大学に入りなおすとするなら外国語を専門に学びたいって考えています。大学を入りなおした場合でも授業料無償化の対象になるのかなって、もしそうなら、すぐにでもまた受験勉強をしなおさなくちゃって考えています。皆さんとは同じ受験生という立場でライバル関係になりますね。でも、お互い、一生懸命に頑張りましょう。」   
   
   
 「理工学部4年の○○○夫です。えっと、卒業にはあと2年くらい掛かりそうです。自分、高校時代は数学とか物理とか、もう赤点ばっかりとっていて。それでも、うちの大学のこの学部は志願者が定員割れ状態なのを知って受験して、うまく合格しました。けど理系の勉強は嫌いだったので、ラッキーとかあまり思わなかったですけどね、それに、入学して1年のときは補修授業がたっぷりあって・・・自分は“対数って何? 重力加速度って何?”みたいな感じだったんですが、ちょっとは勉強も進みました。ただ、授業はやっぱり難しくて単位を落としまくりで・・・どうせ授業料はタダなんで、8年間かけてでも卒業すればいいじゃないかって、焦らずに気楽な気持ちで過ごしています。皆さんも頑張ってください。」   
   
   
 ・・・と、架空の話であった。(なお、高等教育無償化がどのような形のものになるのか分からず、したがって、設定もまた架空のものである。)   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・   
   
   
 コンビニのファミリーマートが、「忖度御膳(そんたくごぜん)」という名の弁当を発売するらしい。   
   
 ・・・霞ヶ関あたりでよく売れるようになる? しかし、ファミマによる商品紹介を見ると、官僚などのする「忖度」とはちょっと異なる性格の「忖度」が表現されているかな。   
   
 弁当の内容は筆者の好みには微妙なところでマッチしないけど、それでもまあ、「1日何品目以上の食品・食材を摂取しなくては」などと神経質になっている人にも喜ばれる弁当であろうか。   
   
   
   
 弁当で気に入っているものは、定期的に参加する或る集まりで供されるもの・・・寿司屋から取り寄せられるもので、ご飯、少量の刺身類、サワラまたはブリなどの焼き物、れんこん・にんじん・ごぼう・こんにゃく・さといも等の煮物などで構成される。   
 別の機会に、ときおり食べることとなる弁当は鶏ムネ肉の照焼きっぽいものがメインとなるもので、これも、しつこくなくて筆者の好みによく合う(余計だなと思えるのは一緒に添えられているメンチカツらしきものかな・・・食べずに残すから本当にメンチカツであるのかどうか分からない)。   
 が、人によっては「このような食事では体が油切れを起こして錆びつきそう」と感じるようでもある。筆者にしてみれば、噛めば油がジワワーッとにじみ出るような春巻・磯辺揚げ、また、脂身を多く含んでいそうなハンバーグを食べたりすれば油脂で血管詰まりを起こして「けいれん」も生じ、ヘタすれば死んでしまうかも知れないという気分にも至るのである(医学的に正しい認識ではなかろうけど)。   
   
   
 ずいぶん前のことになるが、労働組合のちょっとした集まりに参加したときに夕食として渡されそうになった弁当は、筆者にとって「あっ、こういうものは自分には絶対ダメだ。食べたくない」と思えるものであった・・・上で「渡されそうになった」というのはつまり、「要らない」と言って受け取りを拒絶したということである。   
 新入社員のときから「ユニオンショップ制でもないのだし、労働組合なんぞには入らない(=仮に入ったりすれば自分の人生・キャリアの汚点になる)」との思いで生きて来たわけであるが、しかし、それはそれ。組合員の意見・言い分を聞いて様々な職場の課題その他を知るために出席せざるをえない集まりもありはする。   
 で、あのとき渡されそうになった弁当のおかずは、ハムカツ(カットされた断面から覗くハムは極薄)、揚げギョーザ(黄金色というより茶色)、赤色ウィンナーなどであった。魚のおかずが無くてもそれは構わないけれども、どうしてこういうおかずなのかなあ・・・油で揚げる調理によって「中心部までしっかり熱が通りやすく食中毒のリスクが少ない」、「食べたあとの消化に時間がかかるため腹持ちがよい」ということで弁当店が企画しているものであろう。酒のディスカウントストアその他では中国産冷凍ギョーザの大袋など売られているけれども、ああいうギョーザなどを利用すれば原価も安くて済みそうである。   
 ほか、うがった見方をすれば、鮭弁当、唐揚げ弁当、ハンバーグ弁当などでなく上のような弁当にすることで、労働組合としては「うちの会社は給料が安く、皆、食事にも節約を重ねる日々である・・・したがって労働組合で配る弁当もおのずとこういう安いものになる。もっと賃上げせよ」的なアピールを考えているのではないか。筆者にしてみると、「こういうアピールがいやらしい。だから労働組合とその幹部は・・・」などという気持ちになってしまう。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・   
   
   
 以前に写真で紹介したセル関係の新刊書籍のタイトルには "reign" の語があるが、これは高校生時代などに "rain" や "rein" とともに同音異義語(同音異つづり語)としてセットで覚えさせられた人も少なくなかろう。   
   
  "reign" の語はまた、ウィスキーのあれこれを飲む人には「あ、えっと、えっと・・・あそこで目にした語!」と反応するものでもあろう。   
   
 スコッチのブレンデッドで有名な「オールド・パー ("Old Parr") 」・・・この銘柄の名称に採用された「トーマス・パー爺さん」とはどういう人物であったのか・・・ボトルの上方のラベルにはこう書かれている:   
   
   Thomas Parr, a man who lived in the reign of ten English sovereigns.    
   
   
 ほか、パッケージの紙箱にも説明が書かれていたりするが、10人の王の御世を生き、152歳9か月もの長寿(!)に恵まれたという人物である(1483年に生まれ、1635年に亡くなった)。   
 これほど長寿の体質の人が現代に生きていて、さらに、高度医療・先進医療・臓器移植などなどの恩恵を受けることが出来たなら、一体どれほどの年齢まで生きられることであろうか。(あまりの長寿は、しかし、心理的にも苦痛であるやも知れないけど。)   
   
   
 下の写真は過去のものの再掲で、左側がそのウィスキー。   
   


雑記



   
 23日は「勤労感謝の日」であった。   
   
 この祝日はどういう趣旨であるのか・・・「勤労の場があって収入・お給金などを得られることについて改めて感謝し、それゆえ、ツベコベ言わずに笑顔で休日出勤するための日」   
   
 ・・・冗談ではあるが、しかし、この勤労感謝の日に休日出勤することは過去に(30代くらいまで)幾度もあったなあ。そういう状況は、同じく休日出勤した者との間で自虐ネタ的なものとなった。   
 現在までには「ちゃんと休める」ことが普通になっているので、ありがたい・・・これが本来なのだよね、おそらくは。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 以下について、AとCは実際に出版されたことある書籍のタイトル、そして、BとDは筆者が考えた「もしもこんなタイトルの本があったならば」という架空のものである:   
   
   
  A:「粗にして野だが卑ではない」   
   
  B:「粗にして野だが卑でもある」   
   
   
  C:「前例がないからやってみよう」   
   
  D:「前例がないから、やめておこうよ」   
   
   
 これらBやDのような本があったら、果たして売れる/ヒットするであろうか・・・?   
 Bなどは「どんな登場人物の話? たまにそういう人もいるけど、わざわざ読むほどの本? 読んでも腹が立ちそうで、読後感が悪そう」な気もするし、Dについては「消極的になりそう。保身術みたいな本? ビジネスマンその他にとって役に立つのか立たないのかビミョーそう」な感じ?   
   
   
 「食は広州に在り」という本があったが・・・。   
   
 冬場の日本において、おいしい食材は北国にあり・・・?   
 冒頭の写真は、スケソウダラ/スケトウダラと、ワカサギ。   
   
   
 自分自身でスケソウダラを鮮魚店やスーパーなどで買い求めたことは幾度もあるが、他の客から調理法を尋ねられたこともまた延べ3回になるなあ。世間では、案外とあまり馴染みのものとなっていない/親しまれていないのか? (味噌(および醤油、ダシ)などで煮付けて食べるのがいちばん手軽と言えようか・・・なお、煮汁は、牡蠣などの場合と同様に、味噌汁並みにあまり薄くしてしまうと少しばかり物足りなくなってしまうかな・・・いや、それぞれの好みにもよるか。)   
   
   
 以前のこと、親のために、ワカサギをサッと煮て「卵とじ」調理したことがあった・・・。   
 卵は、小サイズの豆腐が入っていたプラケースの中でかき混ぜ(溶いて)、それを鍋に投入すべく準備しておいた。親の介護関係で訪問して来たケアマネジャーさんが帰ったら一気に調理してしまおうという算段であった。   
 ケアマネさんは帰りがけ、「夕食には何をつくるんですか?」と声を掛けてきたので、ちょっと見せてあげることにした。   
   
 このとき、筆者は余計な(?)一言を発してしまった。   
   
 「豆腐のこういうケースで卵を溶くと、そのあとケースは洗う必要もなくそのまま捨てられるから楽ですよね」と。   
   
 相手は「え? そういうものは洗ってリサイクル・ゴミに回さないんですか?」と反応・・・。   
   
 うーん・・・ごくごく簡単な洗浄で済まない状態にあるものはリサイクルに回さず、洗わぬまま可燃ゴミの中に含めてしまうのが合理的であると筆者などは考えて生きているのだが(臭いを発しそうなものはポリ袋に包んでから捨てる)。で、また、いま先ほど豆腐を取り出したばかりの容器があれば、卵を溶くのにはそれを利用するほうが合理的で、御椀など食器の中で溶いたあとにその食器を洗うのは面倒で損と考え、そしてこのように利用した豆腐容器は洗わずに捨てる・・・これが合理的、時間節約になるというものであろう。(もしも卵かけご飯のために卵を溶くのであるならば、上のようにはせずに御椀・小鉢その他の食器を用いるであろう。)    
 環境・資源への配慮はあまりしない。リサイクルのために水道水を消費するのはどうかとも感じるし(微々たるものではあるが)、また、汚れた排水は少なくするのがよろしいかとも思っている。   
   
 スーパーマーケットなどで買い物すれば様々な品は食品トレーに載った状態にある。それがトマトやアスパラガス、いんげん、絹さや、シイタケ、ちりめん、タコ、アジ、甘塩タラ切り身などなどであれば、筆者、そのトレーをサッと洗ってリサイクルに回すこと勿論である。しかし、その他の品物の場合で何かが付着してしまっている場合などは、状況をみて「洗う」か「洗いもせずに捨てる」かの判断をする・・・たとえばブリ(特に養殖もの)の切り身、鶏モモ肉、豚肉などの場合は間違いなく捨てる(わざわざ洗剤まで使って洗う・それをすすぐなどということは絶対しない)。あ、でも、鶏ササミ肉などでもトレーは洗わずに捨てる判断をするな(笑)。   
   
   
 下のは「鮭トバ」で、使われている調味料は食塩のみというもの。普段よく食べるのは、食塩のほかにも各種の調味料が用いられたものである。後者のタイプのもののほうが確かに食べやすく、今や一般的になっているかと思う。しかし、前者のものもまたよろしいのである。   
   


雑記



   
 或る居酒屋で飲んでいたら、常連の女性客が「しばらく前に不倫問題を報じられてしまった俳優/女優・国会議員らのその後」について話し始め、そして非難した。その口調には「不倫、許すまじ」の思いが色濃く感じられた。しかし・・・うーん、口を尖らせてまで論じなくてはいけないことなのであろうか・・・。   
   
 その話題に周囲も乗っていたのであるが(筆者は会話に不参加・・・事の詳細までは知っていなかったから「へえ、そうなのかあ」と感心しながら聞いていた)、やがて、会話がピタッと止まった。   
   
 なぜ会話が止まったかと言えば、目下のところ不倫カップル状態にあると、その店では誰彼に知られてしまっている男女のうちの、男性の側が店にやって来たからである。   
   
 ・・・というくらいに、不倫というものは世間では特に珍しいものではないというのが筆者の認識である。  
   
 不倫なんぞ、どれほど「わりとあること・珍しくないこと」か・・・その種の事案を知って、当事者の配偶者などでもないのに目くじらを立てるのは圧倒的に女性に多いけれども、男性の場合には「あいつ、よろしくないなあ」と思いこそすれ、「腹を立てる」ケースはさほど無かろう(仮に「妹の旦那が別の女性と」、「仲人をしてあげた夫婦の一方が不倫を」などということがあれば、これは腹を立てるであろうけど)。   
   
 社会全体の圧力で不倫という問題を本気で無くしていこうと企てるならば、マスコミなどもまた何やかや報じるにあたっては「清純アイドルの○○○子、妻子ある男性と2年前から“不義密通”!」、「○○○郎、妻の妊娠中に10人以上とお泊りデート。貞操感ゼロ男!?」くらいの表現で報じないと世の中は変わっていくまい。   
   
 と、ここで歴史上の著名作曲家の不倫事例やそれゆえの業績・作曲成果などなど書いてみたくもあるが、誰もが承知していて面白くないし書くのも面倒であるから差し控える。   
   
   
   
 思い返してみれば・・・。若い頃、よその会社の偉い方が筆者の勤務する会社にときどき寄ることがあった。或る縁があって寄るのが習慣化していたのであったが、いろいろな人に手土産を渡すとともに筆者にもまたひとつ(しかし、サイズも大きい特別のもの)を渡して寄越して「これ、頼むよ」と、ことづかることが度々あった。   
 この方は、奥様の手前、出掛けた途中でこちらの会社に寄る目的はあくまで「あの人この人への形式的な挨拶」なのであったが、しかし筆者に託したのは、いわゆる「二号さん」への土産なのであった。その二号さんのためには「小料理屋さん」ぽいものを持たせて営ませていた。過酷な戦争を経験し、そして生きながらえて日本に戻り、自力で会社を興して成功するに至った人のことゆえ、「そのくらいのこと、良いではないか」というのが当時の筆者の感覚でもあったが、この感覚は今も変わらないかなあ・・・もしかすると、自分には「世の中、そうしたもの」という感覚麻痺が生じてしまっているか。筆者は、当時の部長の黙認のもと、夕刻に職場を出るとその小料理屋さんにちょっとだけ寄り、酒を勧められるのが常だったからお銚子2本ほどを頂いて(手土産の内容がウナギだったりもしたが、あまり好きでないから食べなかった)再び会社に戻って残業を続けた・・・昭和から平成のはじめにかけてのことである。   
   
 世間から後ろ指を指されるような不倫関係がそこにあったかどうか、それは知らない。しかし、「ちょっとばかり、いいもの・心ときめかせるもの」くらいは存在したに違いなかろう。しかし、その程度のことすらも、「本来はイケナイこと・許されないこと」なのだろうか・・・そのようには、どうしたって思えない。   
   
   
 伝聞ではあるが、同じ頃、筆者の小中学校時代の同級生だった男が人妻と関係を持った末に、今で言うところの略奪婚にまで至ったということを知った。(それから30年ほどを経た今、彼ら家族をめぐる状況が大変なことになっているとも噂に聞くが、ま、いろいろあるのだろう。)   
   
 或るスナックにて、「公務員どうしで、よくも不倫関係を続けるよなあ。今夜もホテル行きらしい」などと噂されているカップルもいたりするけれども、公務員かどうかは、こういう男女のことでは関係ないものと思う。学校の先生どうしの不倫が進行している事例もあるのだし、驚かない・・・先生たち本人が不倫関係だと宣言するくらいだから間違いはあるまい・・・女性の側は先生らしく控えめ化粧で、しかし、あまりにも破廉恥なことを披露されると、ま、こちらは中年オヤジであるから鼻血を出すことはないが、ああ、世の中はどうなってしまったのだろうかと嘆かわしく思わぬではない。   
   
 商店経営で景気よくやっている方で、こっそり、支店のアルバイトの女子学生の店員さんなどとお楽しみを続けている例もあるし。(この男性は最近、この女子学生を連れ歩いて、知り合いの誰彼にス○ッピングの誘いをかけるということで、周囲には警戒感が高まっている。60をとうに過ぎて元気なことであるなあ。)   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 先日のこと、化粧品会社の新聞広告で「美肌県グランプリ2017」なるものの結果が載っていた。これはWEBでも紹介されている:   
   
  https://www.pola.co.jp/special/bihadaken/   
   
   
 「わざわざ偏差値まで付けるか(笑)」とは思ったが、それはさておき、他にも思いをめぐらしたことがある。   
   
 以下、まったくの素人考えであるが・・・。   
 肌コンディションというものは、遺伝的・先天的な要素と、後天的な要素との両方によって決まるのではあるまいか。   
 日本の各地・・・とても古い時代に渡来人がやって来てその血をひく人と、さらに比較的に新しい時期になってからもまた新たに渡来人の血をひくことになった人とでは、肌コンディションを決める要素に相違点が生まれるかも知れない。   
 後天的には、食生活のほか、日照・湿度など人が暮らす自然環境も影響しそうな気もする。ほか、いわゆるスキンケアなるものに注意を払っているのかどうか等も・・・か。   
   
 さて、このグランプリの順位を見るにあたって、多くの人が注意を向ける/関心を寄せるのは当然ながら「どの都道府県のどういう特性が肌コンディションにとって良い・悪いのだろうか」という点と、「それをどう自分の生活の見直しの参考にするか」ということであろう。   
 ただ、関東地方でいえば東京・神奈川・埼玉などのように、またその他の大都市を抱えている府県のように、「他の都道府県で生まれ育ったのちに移り住んで来た人が多くいる土地」の順位というものはあまり意味が無いような気もする・・・富山県のように高順位になっている地で育ってから東京に移住した人もいれば、逆に低順位の地から移住した人もいて、そういう混在の結果の順位から何かを学ぼうというのも難しいのではないか・・・。言い換えると、「生まれ育った土地を離れずに暮らし続けている人」の割合が高い地域のデータこそ有意義であろうか(=見るべき点がありそうに思えるではないか)。   
   
 順位全体をパパッと見たとき「日本海側と、瀬戸内に暮らす人の成績が良いのかな」と思った・・・多少の例外は見受けられるが。何となく、以前から想像していたとおりであるなあ。   
   
   
   
 先日のこと、ゴルフをやる友人(男性)が「(秋も深まっての)これからの季節、辛いときがあるんだよ。昔からメンソレータム・リップスティックは必携だったけど、年齢とともにそれだけではダメになってきてね」と言っていたが(同様の言葉は、以前、他の人からも聞いたことがある)、晩秋にもなって東京からわざわざ群馬や埼玉その他へ出向いてまでゴルフをするなどというのは、想像するだけでもちょっと・・・。   
 以前、冬場に埼玉の、比較的北部まで出向くことがあたったが、「ああ、からっ風というのはこういうものか・・・いやいや、群馬県まで足を踏み入れるともっと凄いのだろうか」と、気が滅入ったものだ。   
 で、上の美肌県グランプリにおける群馬県の順位はというと・・・何と47位。冬場の乾燥した空気も小さからず悪影響を及ぼしているに違いないと勝手に想像するのであるが、どんなものであろう。   
 が、しかし・・・会社の、(現地採用された)事務系地域スタッフの面々が集まる会合などで群馬県から参加する女性は、歴代、どの人も普通以上に魅力的であるように映る。そんなにジロジロと肌コンディションだの化粧のあんばいだの観察するような失礼なことはしないけど、ともかく、上の47位という結果には「そうなの?」と、意外さを感じてしまう。採用担当者がラーメン・うどん好きだったりするのかな?   
   
   
 (↑)「麺食い」と「面食い」とでの、シャレのつもりである。   
   
 ま、肌コンディションうんぬんは人間の能力・人格などなどとは関係ないけど。   
   
   
 ・・・・・・・・・・   
   
   
 冒頭の写真は、海老の塩焼き。   
 グリル(ガス・テーブルの)のみで調理する場合、最初はまず、上からの火炎で海老の表面が早々に焦げてしまわないよう、アルミホイルを被せたうえでじっくり気味に加熱し続ける・・・「中心部までそれなりに熱が回ったな」と思えたらそのアルミホイルを剥がす・・・そのあと海老の左右両面を焼いて出来上がりとなったもの。   
 言わずもがなであるが、竹串であれ金属串であれ、調理中・調理直後は熱くなっているので注意(串は、トング、水を含ませたふきんなどでつまむ)。   
   
 下の写真は、ブリ(鰤)のカマの照り焼き。ここでも、上と同様にアルミホイルを被せての加熱作業を経ている。   
 カマでなく普通の切身でも言えることではあるが、要介護状態にある年寄り等に食べさせるにあたっては、魚を食べ慣れていない人の場合には骨のある個所を予測できない/舌先の感触で骨を探る習慣を持ち合わせていない等のこともありえようから注意が必要かも知れない。   
   
 ブリでもマグロでも、カマの奥まできちんと加熱するためには「念入り感」が必要・・・マグロのカマについては冷凍のものが売られていることは多いが、買ってきて即日調理する場合には(芯がまだ凍っていることもあるから)特に注意すべきであろう・・・それくらいならば煮付けてしまうほうが失敗しにくいけれども(その場合はアルミホイルで落し蓋を作るなどするとさらによろしかろう)、カマはお店で目にするときには「それほど大きくない」ように見えても家で改めて御対面すると「うっ、デカい!」ということもあるから、あらかじめ家にあるフライパンや鍋の内径を自分の「手のひら」、「親指と人差し指とで作れる長さ」との倍率比較で記憶にとどめておいて購入前チェックするのがよい。   
   


ジョージ・セル関係の新刊書籍



   
 セルやクリーヴランド管に関する本(洋書・英文)としてはこれまで上のようなものが出版されている・・・で、右下のもの( "...Reign" )は先日のこと出版されたばかり。   
 この新刊本、年内はゆっくり読んでいる時間が無いかも知れないが、何か面白い話題・エピソードなど見つけたら紹介していきたいとも考えている。   
   
   
 下の写真のそれぞれのものにも、セルに関わる記述が少しばかり含まれている(左上の "Not Reponsible ..." は特別な出版物であったため、今日となっては、特に日本国内では入手が難しいと思われるが)。   
   


某Sさんのために


   
 家庭での介護作業の一環として食事づくりをするについては、たとえ調理技術・包丁使いなどに自信を持てなくても、そう難しいものではないと考えます。   
   
 下の写真に関して・・・。   
 鮮魚店で既に用意された刺身(写真のは鯛)であれば、皿に移す/取り分けるだけで準備が済んでしまいます。   
 この例ではまた、ベビーホタテ、豆腐、舞茸その他を鍋物的に調理していくところです(野菜がネギや白菜などならばカットして放り込んで一緒に加熱すれば済みますし、春菊やホウレンソウ、ニラなどであれば「おひたし」を作るときのように予めサッと茹でたもの(茹でるとき食塩を加えます)が良いと思います)。   
 ほか、昼間の食事内容など確認・聞き取りしたうえ、「1日トータルで摂取できることとなる栄養・食物繊維・ミネラル・ビタミン」を意識して食事内容の充実・増量を考えるなどで如何でしょうか。   
   


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クラシカルな某

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