2017-10

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雑記



   
 「パスワードをどう設定すべきか、多数のパスワードを覚えておくことは可能か、紙などにメモ書きしておくとするならば安全なやり方としてどのようなものがあるか」については時々考えることがあり、以前にもブログ記事として書いたことがある。   
   
 今回、「パスワードは出来るだけ長くする。複数のWEBサイト/サービスで同じものを使いまわさない。記憶するのでなく紙にメモする。そのメモは、2つの紙片をつなぎあわせて読むようにするなどの面倒は避ける。紛失に備えて2枚用意し、手帳に、自宅の本棚の本の間などに保管する」という場合を考えてみた。   
   
 まず、小学校、中学校などの同級生のうち、印象によく残っていてフルネームも思い出せる者を何人もピックアップする。自分とは違う苗字の者を選ぶのが、多少はよろしいか。それが例えば「内田 与三郎」、「薮中 伝次郎」であるとする。   
   
 どこかのサイトで使うパスワードとしては、 "uchidaABCD1234567" を設定するものと仮定する。   
   
 また別のサイトで使うパスワードとしては、 "XYZyabunaka7654321" を設定するものと仮定する。   
   
   
 これらのパスワードを紙にメモ書きするにあたってはそれぞれ次のように表記する:   
   
   与三郎52jnD3pABCD1234567nv    
   
   36qIwXYZ伝次郎765432189kk5r    
   
   
 どうだろうか。   
   
 以上。   
   
   
   
   
 ・・・と、これで締めくくってはイケナイな(笑)。   
 上のパスワード・メモでは、文字列中に初めて登場・出現する2つの数字(2つセットの数字)は次の意味を持つ・・・。   
 ひとつめの数字は、2つセットの数字のあとに続く文字何個ぶんが「無意味で余計なもの」であるかを示す。   
 ふたつめの数字は、文字列の最後の文字何個ぶんが「無意味で余計なもの」であるかを示す。   
 言うまでもないが、これら2つセットの数字自体もパスワードを構成するものではない。   
   
 ただ、しかし、ひとつのパスワードが他人によって見破られた場合、「ははーん、最初に登場する2つの数字はこういう意味なのだな・・・すると、この世の中にある苗字をローマ字表記して埋め込んで幾通りものパスワードを試せば他のサイトにもログイン出来るだろうな」という想像はついてしまう。しかし、現実にそれで何度もの不正ログインを試みる人はどれだけいるだろうか。   
 いや、しかし、職場の引き出しの中など、あちらにもこちらにもメモ保管するのは慎むべきであろうなあ。   
   
 自宅に同級生名簿などを保管している場合、或いは、その同級生から何かの挨拶状なり年賀状なりが送られて来たりする場合、家族が上のパスワードを解読してしまう可能性は高まるかな。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 世の中、ものを作るための素材には金属やプラスチック、カーボン、セラミックなどなどあるが、木であることが魅力的なものというのもあるし、ウィスキー樽をはじめ、「木でなくてはならない」というものもある。   
   
 このたびは鉄鋼メーカーが作るアルミ製材について大問題が報じられるに至った。   
 東洋ゴム工業の免振ゴム問題、三菱自動車、日産自動車・・・そして神戸製鋼所。日本のエンジニア(或いはもしかするとそれに近い事務系・販売系スタッフも関与しているのか知らないが)は、どうしてこのように不真面目に、「嘘も方便」的なことをやらかすようになってしまったのか。   
 「嘘も方便みたいな方向へなびくのは、どちらかと言えば理系人間よりも文系人間に多い」と思って来た自分としては、ちょっと意外に思ってしまう。   
 「文系人間というのはインチキな人間がわりと交じっている。理系の人間は学生時代に“実験を何度くり返しても教科書どおりの結果が出ないんだよなあ”などと言いながらコツコツと徹夜までして実験してレポート作成に追われ、そうして真面目さも培われていくが、他方、文系人間は科目選択して時間割を作るにあたって週休2日制・3日制を実現するような点をわりと重視しながら学生生活を送ったりするので、いつの間にか楽なほう、楽なほうを指向するようになってしまう(勿論、すべてがそんな人たちだと言うつもりはないが、自分や周囲の友人にはそういう週休重視姿勢があった)」という見方も筆者はしている。   
   
   
 ところで、企業に就職する文系人間が関与する仕事領域では、粉飾決算、会社の金の使い込み、着服・横領、談合などにつながりかねない部分が多数ある。チェック体制、監査体制をあれこれ緻密に作り上げても、またコンプライアンス教育などをしても、不正などを防ぎ切ることは非常に難しいものと筆者は考えている・・・「発覚までに時間がかかる不正」というのもあって、これは結果的には「不正の感知」が出来たということにはなるが、でも、時間がかかるのは望ましくなく、いや、先ず、不正が起きないようにしなくてはならない。   
 そこで大事なのが「頭の出来のよい人も大切ではあるが、心の有り様の正しき人を選ぶ目が必要」ということではないかと思っている。が、就職したあとに各人の生活環境はいろいろに変わりうる・・・借金、生活苦、ギャンブルへの目覚め、男に貢ぎたくなる等々が契機となって何らかの不正に手を染めることになるかも知れない・・・依然として、不正を起こさせない仕組みを完成度の高いものに仕上げる努力は欠かせない。悩ましく難しいことではあるけど。   
   
   
 ああ、それにしてもこの度のアルミ製材の件は、日本のモノ作り、日本製品への信頼を、小さからず揺るがしてしまうものと言えるであろう。悲しいことだ。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 日経新聞(紙媒体)の購読料が上がることになったが、ま、仕方ないのかな。   
   
 新聞について、紙媒体のものの価格設定、電子版サービスの料金設定をそれぞれどうすべきか、また、両者の金額比をどうすべきかは、新聞社経営にとって最重要テーマであると同時に読者それぞれに様々な意見があることだろう。   
   
 「もう紙媒体のものは要らないんじゃ? 電子版のみにして紙・印刷・流通のコストというものを無くし、そして、電子版を廉価な料金でサービス提供してもらったほうがありがたい」という意見の人(特に若い人)もいたりしようが、それでは多くの読者が困るだろう・・・ネット利用が苦手な高齢者などもいるし、そしてまた、紙媒体ならではの利便性が無くなっては困る。   
 紙媒体であれば多数の記事見出しを一瞥して把握しやすいこと言うまでもないが、ほか、切り抜きして保管するにも紙媒体は都合がよい。   
 「電子版の新聞でも、その新聞社サイトが提供するクリッピング・サービスを活用すれば後で読み直せる」との意見もあろうけど、しかし、過去記事を見るのにいちいちWEBサイトにアクセスしなくてはならないのが手間な時もありうる。ほか、自分が利用している接続環境にトラブルが生じた場合や、PCやスマホが故障した場合、WEBサイト上で何かトラブルが起きて(サーバー・ダウン、サイバー・テロ攻撃の標的になった等のケースを含む)サービスが一時的にでも利用不可になる場合も困る。     
 また、A新聞、雑誌B、雑誌C、専門誌Dなどなどの記事を、テーマが同じであるならば一緒にファイリングしたり「封筒詰め」したりする人は多い筈だ。すると、切り抜くことの出来る紙媒体が都合よろしい。「そのようなニーズがあるにしても、どれもこれもが電子版であるならばそれをプリンター印刷すればよいではないか」との意見もあろうが、印刷作業って案外と億劫ではないか。   
 「いやいや、むしろ紙媒体の記事の切り抜きこそ億劫」との主張もありえようか・・・しかし、そう言う人は、切り抜き作業にわざわざハサミやカッターを使っているのではないか。秘書が社長や偉い人のために切り抜き作業する場合であればまだしも、自分のために切り抜き作業するのであれば定規を当てて紙を引き裂けば「切り抜き」が出来てしまう・・・そのあと記事の年月日を書き入れればよい。   
 筆者、仕事とは無関係に、企業の謝罪広告を切り抜いて集めるいうことも昔からしている・・・もともとは「対外的謝罪」の文章例をストックするつもりであったのだが、いつの間にか惰性のようになり、続いてしまっている。すべてを切り抜くわけではないが、たとえば「天然トラフグ料理と謳っていましたが、実は養殖トラフグまたはゴマフグでした。ごめんなさい」みたいなものとか。こういう切り抜きについては、定規すらも当てずに手だけで切り抜いている。他の記事についてだって、そういう切り抜き方法で実は十分なことが多かろう。   
   
 なお、日経新聞にはリクエストしたいことがある。   
 新聞記事の活字サイズは、昔よりも大きくなった。段階的に「読みやすいよう、文字を大きくする」という一種の改良というか「やさしさ」の実践がされて来たのだ。新聞社側としては「活字を大きくしても、提供する情報量が減らないように」との配慮・工夫もしているだろうが、しかし、活字サイズを大きくしたり行間を広くとったりすれば必然的に「ページを埋めている活字数」も少なくなり、やはり情報提供の分量は減ってしまう。   
 そこで、思い切って活字サイズを現在よりも小さくするという「逆もどり」をやってくれないかなあ。すべての記事でなくてもよいから。あと、日曜版におけるライフスタイル提案みたいな記事は要らないような気もするし、写真が占める割合も多すぎるように感じる。以上の代わりに、今よりも、少しだけでも記事量・情報量を増やせるではないか、それが自分にとってはありがたい。   
 ああ、しかし、「老眼鏡、作り直さなくちゃいけなくなる」、「かろうじて老眼鏡ナシでも読めたのに活字が小さくなると困るな」、「新聞だって、雑誌っぽい話題・写真が載っているのが楽しいんだよ」みたいな反論もありえようなあ。また、小さい文字を読むのが億劫になって、結果として紙媒体の新聞の読者が減るということになると、新聞社は困るか。   
   
   
   
 さて、新聞の購読料の話ではなくて・・・。   
 それにしても・・・しばらく前に「NHKが放送受信料を下げるのでは?」との期待が生まれたものの、しかし、そういう話題は立ち消えてしまった。放送局建物の建て替え、ネット同時配信などの話が出て来る中、もう受信料値下げの可能性は無いということなのかな。   
 9日晩に、NHK総合テレビ(地上波)で「LIFE!」という番組をたまたま見てしまった・・・この種の娯楽番組をNHKが制作する必要があるのかという疑問は以前からあるが、このたびは、歌舞伎役者とタレントの両者を宙吊りまでさせるコントなどもあり、そういうものも含めて番組づくりの費用に無駄なもの・過剰なもの等あったりせぬのか、コツコツとでも支出抑制を進める気持ちは無いのだろうかと、個人的にはそんな疑いの念を持った。   
   

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クラシカルな某

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クラシック音楽好きです。