2017-10

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雑記



   
 (↑)おでん風の鍋物のための材料の一部。   
   
   
 自分が調理作業するとき、何かを包丁で切ったりしながらプリンセスプリンセスの "Diamonds" をハミングしたり歌ったりして調子をあげることなどあるのだが、以前、「おでん」をつくるときには「つみれ」のパッケージを開きながら 岩 崎 宏 美 の「 す み れ 色 の 涙 」の出だしを「つみれって・・・」と替え歌して口ずさむことがあったな。   
   
   
 ところで・・・。   
   
 或る若者の、昔からの友人がラーメン店を開業した。そこで若者は「それじゃあ、一度、食べに行ってあげようか」と店を訪れたところが、店の外にまで先客が何人かおり・・・並んで待つ気にもならないから食べずに帰ったそうである。   
 で、翌日あたりにそのラーメン店主に上の旨を伝えると、相手は「待ってればよかったのに・・・たかが30分くらいのことでしょ。美味いのを食わせてやったのに」みたいな返事をし、しかもその言い方が高飛車のような、生意気のような感じでたいそう気分が悪かったとのことである。   
   
 うーむ、分かるような気がする。世間に「たかがラーメン、されどラーメン」と言う人たちは多いが、筆者は「たかがラーメン。以上、終わり」とのみ思っているし、並んでまで食べたいとは思わない・・・並んだ末に食べるラーメンに、赤身部分よりも脂身のほうが多いようなチャーシューが乗っていたりすると「うっ、このチャーシューは食べ残そう」と思うだろうし、何となく食欲(ラーメン全体に及ぶ食欲)も少し減じてしまうことであろう。   
 ラーメンのスープというものも、「こういう味でなくてはならぬ、そこから少しでもズレたらもうダメなんだ・・・俺が客に出したいものとは違ってしまうんだ。このちじれ麺にはこのスープ!」というこだわりを持ち、その味を毎日々々コンスタントに安定的に作り出すのは容易なことではなかろうけど、しかし、こちらの偏見ゆえであろうか、料理としてのラーメンというものは、修行を積んだ板前さんの作る和食などには遠く及ばない、その程度のものではあるまいかという気がしてならない。だから、時折、「どうしてそんなにラーメンづくりにリキ(力)入れてるんだろう」とか「どれだけ修行や研究を重ねたのか知らないけど、どうしてそんなに威張っているんだろう、天下を取ったような顔をしているんだろう」などという感想を持ってしまうことがある。   
 筆者が知っている某ラーメン店の店主の仕事ぶりを見たことがあるけど、顔つきともども大変おだやかなものだ。いわゆる「湯きり」だって、軽くポンポンポンポンとやり、「これで大丈夫なもんだよ」と言う。テレビで目にしたことあるような、パワー全開みたいな「湯きり」ではなく、仮に四十肩や五十肩の症状が出ているときでもやれるのではないかと想像される動作・仕方である(筆者、幸いにしてこれまでのところ五十肩の経験をせずに済んで来ているからこの想像が当たっているか自信は持てないが)。それでいながら客が「美味い」と口を揃えるラーメンを出している。勿論、スープや麺にこだわりは持っている。ただ、神経質っぽいところは無い。他のメニューのギョーザなども客からの評価は著しく高い。ま、見ていて、オールランドに料理好き、かつ料理上手であることが窺われる人であるなあ。   
   
   
 「おでん」についてもまた、「おおいに有り難がらねばならぬ料理」とは思っていない。みずからを老舗と言い切る店も多くあろうけど、しかし、うーん・・・先ず、いまの時代、鮮度の良い魚や肉その他も簡単に手に入って食べられるし、練り物などなどにそれほどには感激しない。(練り物としては、美味いカマボコは好きだが。)   
 また、「おでん」というものはたまに食すべきもので、毎週のようにお目にかかりたくはない・食べたくはない・・・気をつけないと飽きを生みやすい料理ではあるまいか。そして、「明日の夕飯は、おでん」とか「来週月曜日の社員食堂のメニューは、おでん」のように、あらかじめ予告するのもよろしくない・・・「おでん」というものは予告なしに登場しなくてはならないのだ・・・社員食堂で提供される、または仕出し弁当の契約業者が届けて来る「おでん」が美味しくない理由の41パーセントは、「予告」がされてしまっているからであろう。   
   
 あっ、上の41パーセントという数値は思いつきのもので、計算根拠も何も無い。   
   
 「おでん」は、その昔は立派な料理であったのか、それとも、B級グルメ的なものであったのかが疑問だと言った人がいるけれども、うむ、筆者もそういう疑問は持っているなあ。「おでん」の内容・具・ネタ、それを供した店・・・等々によって、双方のランクのものがあったのではないか、分からない。   
   
   
 B級グルメと言えば、焼きソバがよく挙げられる。   
 筆者、「ペヤングのソース焼きソバが有名だけれども、一度も食べたことがない」と、ここ最近、3人ほどに話したら、うち2人がかなり驚いていた(ひとりはのけぞるほどであった)。   
 しかし、そもそも、焼きソバを、積極性を持って(良きものと評価する気持ちを伴って)食べたことがないのだ。学校給食ではソース焼きソバを何度も食べさせられたが、あれはちっとも美味しいものではなかった・・・というより、呆れるほど不味かったなあ。   
 しかし、「こんな不味いものが、世間に通用する筈はない。きっと世の中には、食べ物としてマトモな焼きソバというものがあるに違いない」とは思った。だから、何かのとき、友人と一緒に昼食をパン屋さんで買う機会があったとき、焼きソバを挟んだ調理パンを恐る恐る選んで食べてみた・・・すると、やはり不味いと感じられるものであった・・・で、個人的に得た結論が「世の中に美味しい焼きソバは無い」なのである。   
 家庭では(これも子供の頃)、中華風の、あんかけの固焼きソバを2回ほど食べさせられたが、トロリとした「あん」と固いパリパリ麺とのミスマッチ感に耐えられず、「これはもう食べさせないでくれ、お願いだから」と言って、以後は勘弁してもらった。   
 酒の量販店で買い物した折り、“UFO”だったかのブランドの焼きソバ(プラカップのもの)をオマケに貰ったことがあるが、「うーん、焼きソバかあ・・・食べたくはないが、災害時の非常食糧として保管しておこう」という扱いになり、しかし結局はそのうちに賞味期限も到来して食べずに終わった。   
 ペヤングも、その他のも味わったことがない・・・自分は「体験していない味の世界」が多いとは思うが、これらの焼きソバはもしかすると美味なのだろうか。   
   
   
   
 それにしても、自分と世間とで、味覚・好物の違いが気になることが多くて・・・。   
   
 何にでもマヨネーズをつけたがる人も少なくないが、「おでん」にもそうする人っているのだろうか。   
   
 「海老のてんぷらには塩か天つゆ、さもなくば醤油。海老フライにはソース」と言う人がいるが、筆者の場合は海老フライは醤油だなあ。   
 味噌、醤油に比べると日本におけるソース愛好の歴史は浅いのではないか? で、ソースを使いたくないという気持ちもある。だから「とんかつ」も醤油で食べたい。以前、職場の同僚と入った「とんかつ屋」には醤油が置いてなく、ソースしか無かった・・・仕方ないから何もかけずに「とんかつ」やキャベツを食べたのであった。   
   
 味の好みは人それぞれ・・・たとえば次のような食べ方をする人もいたりするのか?:   
   
 シイタケの天ぷら: マヨネーズで食べる。   
   
 アブラコシ/コシアブラ等の山菜の天ぷら: タルタルソースで食べる。   
   
 キスの天ぷら: 八丁味噌ダレで食べる。   
   
 焼きマツタケ: 練り胡麻ドレッシングで食べる。   
   
 ウナギ白焼き: トマトケチャップで食べる。   
   
 もずく: 中濃ソースで食べる。   
   
 なめこおろし: チョコチュジャンで食べる。   
   
 サヨリの刺身: ナンプラーで食べる。   
   
・・・などなど。   
   

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