2017-08

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殿下の宝刀・・・そして、伝家の ほうとう・煮込みうどん。

   
 タイトルに大した意味は無い・・・いつもながら。   
   
 戦時中や戦後の食糧事情を子供たちにも理解してもらおうと、いまの季節などに「すいとん」や「ほうとう」を食べさせるみたいなイベントがあったりする。で、その様子をニュースが伝え、子供によっては「美味しかった」との感想を口にしたりも・・・。   
 あれは使われる食材がちゃんと良質だったり豊富だったりするせいなのか。そしてまた、きっと、ちゃんと出汁(だし)、調味料などにも気を配って調理されているせいではあるまいか。出汁などは一切使わないとなるとちょっと食べにくくなるのではないか、笑顔で「美味しい!」との言葉までは出て来にくいものではあるまいかなあ。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 そんなには大きくはない、むしろ小さいとも言えるような鉄道駅・・・「改札を抜ければすぐにホームがあって」という具合の駅を想像してもらうとよろしいのだろう。   
 そういう駅で電車を降りて改札へ向かうとする。雨の日であるから手には傘。   
 すると、大急ぎで電車に乗り込もうという利用客が向こうから改札を抜けてこちらに走って来る・・・彼の手にも傘(勿論すぼめた/閉じた状態)・・・しかし、彼はその傘の真ん中ほどを握り、傘の先端をこちらに向けて走って来る・・・「おいおい、それが銃剣とかだったら危ないじゃないか」みたいな具合で・・・いやいや、普通の傘であっても十分に危険である。   
   
 こういうときに「ムカッ」と怒りを覚え、こちらが持っている傘を使って「コテーッ(篭手)」と叫びながらその男の手・手首を打ちたくなってしまったという男性がいて、笑ってしまった・・・以前、筆者もまったく同様の怒りを、衝動のように覚えたことがあるからだ。   
   
 あのような傘の持ち方をすれば、走っていようが歩いていようが、対向して来る人に対して大いに危険である。大人がそれをすれば、対向して来るのが子供などであった場合には傘の先端は顔面や首を直撃しかねない、恐ろしいことである。対向して来る人に対してばかりでなく、自身の前方を歩く人が立ち止まったりしたときにもまた危険が及ばないとも限らない。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・   
   
   
 早朝・・・どのくらいの「早朝」かと言うと、牛乳配達のクルマが走っているくらいの時間帯。   
 駅に向かって歩いているときに、その牛乳配達のクルマもまた同じ方向へと配達して回っていることがあったりする・・・「ああ、このクルマ、鬱陶しいなあ」と感じる。配達のために停車したクルマを、もちろんこちらは徒歩で追い越す。すると今度はそのクルマが走り出してこちらを追い抜いてほんのちょっと先で停車する。こちらはまたそれを追い越すという繰り返し・・・細かいことを言うと、「直線」で歩き続けられなかったりするから「歩行距離」・「歩数」の点でもこちらは不利益を被る。だが、だからと言って腹を立てるのは、これはおかしいので我慢するしかない。   
   
 最近流行のキャリーバッグ(と呼ぶのか、車輪つきで転がしながら運べるバッグ)を使って通勤する若者もいる。駅へ向かうこちらの後ろから急ぎ足でやって来て、そして、乱れた呼吸音を発しながらこちらを追い抜く。で、少しばかり先へ行ってから息切れなどするせいか歩くスピードを落とす。その間ずっとキャリーバッグの車輪はゴロゴロと音を出し続ける。基本的に彼の歩みのスピードは遅いがため、その後すぐにこちらは彼を追い越すことになる。それからちょっとすると、彼は「いかん、このスピードで歩いていては電車に乗り遅れる」と思い直すのであろう、歩きを速めてまたもこちらを追い越す。   
   
 「ったく、呼吸音も鬱陶しいが、ともかくゴロゴロがうるせえよなあ。そのバッグ、手で持ち上げて歩いたら如何なものか。俺を追い越したらさあ、そのあとスピードを落とさずに、競歩みたく頑張ってどんどん先へ行ってくれよ。若いんだから、スピードに緩急をつけずにどんどん先へ先へと突き進んで行ってくれたらいいのになあ」・・・と思う。   
 このように腹を立てるのは、おかしくないことだろう・・・だって、あのゴロゴロはしっかりうるさいのだから。しかし、イチャモンをつけることまではしない。   
   
   
   
 老人や小さな子供は別として、自転車は車道を走行せよ、歩道を走ってはいかん・・・とは言うが、筆者、これはそんなに厳格に守られなくてもよろしいのではないかと感じている。ただ、自転車が歩道を走るにしても、歩行者に危険が及ばないような、思いやり・慎重さを持った運転であるべきと思う(こういう思いやりは昔から変わらぬものと信じていると、ときに裏切られるようであり、とても残念なことである)。   
   
   
   
 道路の、路側帯の白線の内側(つまり、道路の中心とは反対の、家などに面している部分)を歩いていた・・・。   
 後ろから自転車のベルの、チリンチリンという音がした。振り返ると、オバチャンがノロノロと運転する自転車は10数メートルくらい後ろにいた・・・彼女も路側帯の中。こちらは前を向いて歩き続けたが、やがて「チリンチリン」は激しくなり・・・「むっ、これは俺に“どけっ”と言いたいのだな」と思った。しかし、こちらはそのまま歩き続けた。   
 「チリンチリン」の音が止み、オバチャンはこちらを睨みながら追い越して行った。こちらも睨み返してやったが。   
 「しかし・・・俺が間違っていたのだろうか・・・道路の右側の路側帯でもあるんだし、どう細々とヘリクツをつけられても俺は正しいよなあ」と思ったが、はて、自分が正しいのか間違っているのか訳が分からなくなってしまうようなオバチャンの睨みであった。   
   
   
 道路交通法って、むずかしいところがあるよなあ・・・。   
   
 信号の無い十字路で、自転車に乗ったこちらは直進しようとしていたら、対向して来るスクーターが強引に右折してこちらの進行が妨げられるという経験を昔した。   
 「何なんだよ、おい」と思ったのであるが、もしかすると道路交通法には「ただし、ピザ配達のために走行するスクーターの場合には、その右折は他に優先する」的な規定でもあったりするのか??   
   
   
 「歩きスマホは危険だ」と、しきりに注意喚起されていても、それをやめずにいる人が多い。   
 歩きスマホは、あれは、無言でこんなメッセージを発しているのと違うか?:   
   
 「俺、いま、スマホ中だもんね。俺様は忙しいんだぜぃ・・・俺に対向して歩いて来るヤツとかさあ、自分でどいてくんねえ? な、俺の邪魔にならないように気をつけてくれっての。よろしくぅ!」   
   
 歩きスマホとは、「喧嘩売り歩きスマホ」と言えるのではないか。   
   

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クラシカルな某

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