2016-08

Latest Entries

セルに関連する本




   
 (↑)書籍 "Shoot the Conductor: Too Close to Monteux, Szell, and Ormandy" を入手できたので、近日中に読書時間を得られれば目を通し、面白いエピソードなど発見することあれば当ブログにて紹介したく思う。   
   
 その前に、 「 そ ば も ん 」 というマンガの第20巻に目を通すのが先かな(このシリーズ、この巻にて完結のようであるが)。   
   

「混ぜるな・交ぜるな、危険」・・・いや、危険など関係ないけど

   
 まだ学生だった若い頃、短歌Aの最初の五七五の部分に、短歌Bの最後の七七をつなげる遊びというものをたまにしていた。   
 作品録みたくして残すことはなかったし、どんなものを作ったかの記憶も無い。いま改めて考えつくものを示せば次のような具合になる。   
   
   
 花の色は 移りにけりな いたづらに   
 昨日今日とは 思はざりしを   
   
  ・・・加齢とは、容赦の無いものである。そして、体調もすぐれなかったりする或る日に、鏡を見ていきなり愕然とすることもあるのだろう。   
   
   
 からころも 着つつ慣れにし 妻しあれば
 行く方も知らぬ 恋の道かな   
   
  ・・・新たな恋、それも不倫の恋はいけない、困難をはらむことであろう。   
   
   
 春すぎて 夏来にけらし 白妙の   
 我が衣手に 雪は降りつつ   
   
  ・・・いったい、どういう異常気象なんだ。   
   
   
   
 語呂合わせによっているのだろうが、8月19日は「バイクの日」なのだと、以前から新聞広告がされている。うーん、語呂合わせで「俳句の日」にはならぬのか。   
   
 さて、上と同じような具合にして、俳句の五七五に、何かの短歌の七七の部分を継ぎ足す遊びは可能であろうか。当然、可能であろう。   
   
   
 五月雨(さみだれ)を あつめて早し 最上川   
 激しかれとは 祈らぬものを   
   
   
 ところで、この前段の俳句については、以前から次のように改変したものを独り言することある。   
   
   
 五月雨を 眺めてハヤシ ライスかな   
   
   
 ハヤシライスのハヤシとは "hash" である。「細かく刻む」(動詞)の意味のほか、「細かく刻んだ肉に野菜を加えた料理」(名詞)の意味がある。   
 「ハッシュタグ」という言葉があるが、このハッシュもまた上と同じ "hash" なのであるが、はて、どうしてハッシュタグと言われるようになったか理由・経緯は知らない・・・調べればよろしかろうが、面倒くさい。   
   
 綴りの似たもので "hush" という語があるが、普通の「黙らっしゃい、シー」とか、他動詞として「静かにさせる」などの意味もあるほか、イギリスの方言としては「ザザー」とか「ゴーッ」という「大きめの波音、水音」などの意味もある。かの俳人は、この後者の意味をとって、   
   
 五月雨を  集めて hush   最上川   
   
 (五月雨の水がこの最上川に集って流れ、轟々と音を立てている)   
   
と詠みたくもあったのではないか・・・いや、まさか。   
   
 歌手ゲルハルト・ヒュッシュの「ヒュッシュ」という姓は、これは英語の "hush" に対応するものなのかどうか・・・これもまた分からない。   
   
   
   
 さて、これからのシーズン・・・。   
   
   
 ビビンバを 混ぜずにいただく 野分かな   
   
   
 ビビンバの語意からすると、おかしな句ではある。しかし・・・。   
 日本人の感覚では、調理者が調理プロセスとして何かを「混ぜる」「こねる」ということは当然・普通に受け入れられることだけれども、食卓で目の前に出て来たものを自分で混ぜて食すということには大いなる抵抗を覚えるものではなかろうか。   
 石焼ビビンバの場合は半ば「しょうがねえなあ」と思いつつ、「混ぜずに食べると鍋を洗うときに面倒なことになりかねないのか、しかし、卵は出来るだけ鍋肌に当たらぬよう注意しながらかき混ぜたほうが鍋を洗うときに都合よいのだろうか」などとも心配しつつ、そして、ま、仕方なく混ぜて食べることになる。悩ましい料理なのである。戸惑い・ためらいを見せながら、テキトーに手抜き加減で混ぜていたりするのを、韓国の人は「じれったくて見ていられない」などと感じるそうではあるが。   
   
 納豆、卵かけご飯、月見とろろ・・・それらの食べ方を思えば「混ぜる」行為に抵抗を覚えるのはむしろおかしい、との意見もあろうけど、でも、やはり、ビビンバの姿を目の前にして、「これを以って盛り付け・料理の最終形なのだ。これを混ぜて食べるなど、ありえぬこと」と、心は反応してしまうのである。ご飯に漬物なり、ちりめん・しらす干しなりを乗せたあとにかき混ぜることをしないのが普通であろうし、また、天丼やカツ丼、親子丼を混ぜながら食べることもしないではないか・・・寿司屋のオヤジの目の前で、上物の鉄火丼をかき混ぜて食べたりすればどういうことになろうか、張り倒されても文句を言えまい。(しかし、その、ビビンバには卵を添えないでくれるとありがたいなあ。)   
 ただ、筆者の場合、ホテル(の朝食)、食堂、居酒屋などなど(家族以外の)他人の目がある場合、納豆その他についても、ともかく「混ぜる動作」をまったくしないか、あるいは、その動作を最小限にしている。納豆は混ぜずに、十字を切るみたくして分割して一口ずつ食べる(その納豆をご飯に乗せることはせず、ダイレクトに口へと運ぶ。ご飯に乗せるとご飯が汚れてそれが美しくない。「美しいも何も、おなかに入れば同じでしょ」と言われようと、ダメなものはダメなのだ(笑))。   
   

セル関連の書籍と新譜CD

   
 まず、書籍について:   
   
 洋書になるが、 "Shoot the Conductor: Too Close to うんぬん " というタイトルの本が昨年に発行されていたらしい。セルのことにも触れられているようだ。これが例えば日本のアマゾンでもこの8月から取り扱いがスタートするから簡単に入手できるだろう。急ぎであれば電子書籍でも読めるようだが、この本の場合はペーパーバックのほうが経済的なようだ。   
   
 追記: 上の書籍については、その後、電子書籍の価格が改められてグッと安くなった・・・この「追記」を書いている時点では紙の書籍(ペーパーバック仕様)よりも電子書籍のほうが安くなっている。もちろん、今後も同様の状況のままであるかは分からないけれども。   
   
   
 新譜CDでは:   
   
  DOREMI レーベルから、イストミン/スターン/ローズ/セル/クリーヴランド管のライヴ録音でベートーヴェン/三重協奏曲、ブラームス/二重協奏曲が発売される。   
 商品案内には1966年6月ライヴとの表記が見受けられるが、正しくは同年4月のコンサート記録ではあるまいか。クリーヴランド管の過去のコンサート記録その他からそのように思われる(アメリカ人が数字の「4」を手書きするとその筆跡・形状は日本人によるものとはかなり違うので、録音テープなどへのメモ書きに "April" でなく数字「4」が使われていた場合、それを(日本人でも、またアメリカ人などでもやはり)「6」と見誤ってしまう可能性が無くはないと思える)。   
 なお、これら2曲のライヴ音源は筆者の手許にあるものと同一かも知れない。女性の声でのナレーションも収録されているが、演奏日について "April" だと紹介している。   
 この頃のセルは、クリーヴランド管がシーズンオフに入ったのち、だいたい6月から8月にかけてを含む時期はヨーロッパで過ごし、スイスにてゴルフを楽しんだり、そしてまた音楽祭出演を含む演奏活動にあてていたと思うのだ。ちなみに、グルダ/セル/VPOの「皇帝」やブルックナー第3番、また、ケルンでのチャイコフスキー第5番は1966年6月の演奏記録である。   
   

«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。