2015-10

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雑記



   
 写真中、上のはポピュラー音楽でリンダ・ロンシュタットのCDであるが、下のはスヴェトラーノフのCD20枚組ボックス商品で最近のこと再発売がかなったもの・・・ボックス外箱と、内容CDのうちからエルガー作品のものその他を一緒に写しいれた。   
 スヴェトラーノフ・・・ここに残した演奏は刺激的である・・・再発売に至ったのも、その魅力からした人気や評価を反映しているのであろうか。   
   

セル関係の書籍



   
 上の写真で "Tales from the Locker Room" との表題が付いているのは今年(1月あたり?)に出版されたセル関連の本。洋書(英語本)である。セルについての某掲示板を見ていてこの本が出版されていることに気づき、このほど入手した次第である。   
   
 クリーヴランド管に在籍していてセルと接点があった(セルのもとで演奏した)人たちへのインタビューを通じ、セルの「人となり」、その他、ま、セルに関わるエピソード的なものを集たものであろうか・・・しかし、筆者、まだろくに目を通していないけど。   
   
 同じタイトルの本は野球関係のものもあったりするので、オーダーするときなどは副題 "An Anecdotal Portrait of George Szell and his Cleveland Orchestra" も含めて確認することが大切である。日本のアマゾンでも検索すればちゃんと商品がリストアップされる。「電子書籍でも構わない」という人はそちらのほうがすぐデータ入手できようし、価格も安いようだ。   
   
 何点かのモノクロ写真も掲載されている。92ページのはオイストラフとリハーサル中のものであろうか。178ページではセルが、なんと、日本の懐かしい「おっとっとっと!」のポーズをとっている(いや、違うことでノッていたときのシーンだろうけど)。   
   
 リン・ハレルによる回想が132ページ以下に載っている。その中では、ドヴォコンのソロ部分をハレルに演奏させてみたときのセルの言葉が面白い・・・「あんたな、そこんとこは自由気ままに弾いたらあかんのやで。オケの側はきっちりインテンポで入って来なきゃいけんのやから」・・・そのセルの口ぶりにはこんな含みが感じ取れたとハレルは言う:「あんたがもしも・・・だったなら、そのへん分かるんやろけどなあ、そやけど、あんたは分かっとらん、なにしろ阿呆なアメリカの若造やもんなあ」。相手にこのように感じさせてしまう、意地悪で容赦ない雰囲気もセルは表出させてしまう人物であったのだろう。(あまり翻訳紹介すると著作物の翻訳権の侵害ともなりうるので、あえて一部(大した部分ではないが)翻訳を省くこととさせていただいた。)   
   
 パラパラめくっていて目にとまったのは、177ページの5行目、北海道の札幌について "Sapporo" とすべきところが "Soporo" となっている。   
   
   
 上の写真で、背景として一緒に写し入れたのは富山県の観光パンフ。こlれに関してはいずれまた・・・。   
   

冬眠支度にビールとか?



   
 「このビール、おいしくて、ぜんぶ飲んだら・・・酔っ払ったかな、背がうんと高くなったような心地」   
   
  "Cut your coat and drink beer according to your cloth, body and physique!"    
    
 「コートは要らないよ、いつも毛皮を着てるもん。体格を考えたら、お互い、飲みすぎじゃね?」   
   
   
   
 一番左のはビール。ほかの2本は「ビール」ではないビール系飲料・・・ネーミングにはもう「冬」が。   


実りの秋



   
   
 ・・・この柿はホンモノでなく、造花というか「つくりもの」である・・・某100円ショップ「D」にて購入したもの。   
   

大丈夫!




 上の「生たまご」および「目玉焼き」はホンモノでなく、一種の樹脂で出来たオモチャ。キーボードおよびその内部メカニズムについて心配はいらない。   
(ただし、このオモチャ、新品状態では表面に少々オイリーっぽいものが付いていて(滲んでいて?)、接触した相手側にはそれが僅かに付着したりはする。)   
   
 なお左の、「生たまご」ヴァージョンのほうは、実際のものはこの写真よりもホンモノっぽい感じの見ばえである。   
   

雑記(読んでタメになることは皆無である・・・いつもながら)



   
 (↑)マルケヴィチには意外なレコーディングが残っていた?   
   
 上のは、或る通販サイトにおける新譜紹介情報から。   
 文章を読んでいくと・・・「恋歌ボックス」との記述。 ん? 歌曲やオペラ・アリアなどで伴奏をつけたレコーディングでも集めたものなのか、と一瞬は思ったものの、これはやはり誤変換によるものと推測される。筆者自身は頭の中で最初「こいうたボックス」という具合に読んだのではあるが、これは「廉価ボックス」と表記したかったものであろう(33枚組で税込1万円を切るし、セール特価ではもっと安い)。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 今年の3月あたりのことであったかな、コンビニで買い物をしてレジに向かっていたら、他の客がレジ脇の「おでん」の前で大きなクシャミをした。口に手を当てることもなく、「ハックション」というよりも「ブヘックシュ」という感じのもので、「う、汚えなあ・・・しかし、店として、おでんを廃棄して用意しなおすとか、摂氏100度まで加熱しなおすなどは考えたりしないのだろうなあ」と思った。筆者自身がコンビニで「おでん」を買おうとは思わないが、やはり頭に来るものがあったので、「今後この店では買い物をするまい」と思った。   
   
 ・・・という思考は、つまり、この場合にコンビニを責めるのはおかしいのであり、実際には「今後この店では買い物するまい」とまでは思わなかった。しかし、コンビニは、透明プラスチックのフェンスみたいなものを設けること等、検討すべきではないか。   
  
   
 何年も前のこと・・・某社の社員食堂で昼食をとったが、ご飯が「どんぶり」でなく普通の「ご飯茶碗」であったため、食べ終わってもまだ満腹感を覚えなかった・・・おかずの一部にあったポテトサラダであったかスパゲッティ的なものであったかを食べなかったので、これまた空腹を満たしきれなかった一因かも知れぬ(筆者、油入り食品であるところのマヨネーズを使ったポテトサラダも、ほか、調理プロセスのどこかでそれなり以上の量の油脂を用いているであろうマカロニサラダ、スパゲッティの類は食べないし、また、海老チリソースのソースの部分、あんかけ肉団子のあんの部分は箸でこすって落として食べ残す・・・ただ、この箸でこする行為はみっともないので他人の目があるときは料理すべてを、つまり海老や肉団子本体にも箸を付けずに全部を残す・・・油脂を極力とりたくないというのと同時に、ソースや「あん」に油脂が含まれている場合のそれらや、また、カレーライスの「具」以外のカレー・ルーの部分などを一種の「穢れ(けがれ)」のように感じてしまうのだ・・・それゆえに、カレーライスの場合にご飯の上からカレーをかけて提供された場合にはそれ全部を食べない・・・カレーライスというものを仕方なくを食べる場合、理想的にはスプーンを用いるべきではない・・・具を箸でつまんで口に運ぶようにすればカレー・ルーの摂取量を最小にすることが出来るのだから・・・あんなルーを食べるべきでないと思っている。この「穢れ」の感覚を分かってくれない人が実に多いが、肉・野菜などの素材やコメの旨さを楽しもうとすればやはり誰もがこういう感覚に至るのではなかろうか・・・そしてまた、神社その他での神事でコメ・ご飯を用意することは多いと想像するが、そういう場面で、玄米であろうと白米であろうとご飯のとき、油で汚したチャーハン、あるいはチキンライスやカレーチャーハン、カレーライスなど決して用意することはないと勝手に想像するのだ・・・それはなぜか・・・神道の考え方も作法も筆者は何も理解していないが、もしそのようなことがあれば多くの人は「そりゃやっぱ変だよ、日本の伝統的な調理・料理から外れるという以前に、白いコメをそんなふうに汚してはいけないよ」と感じるのではないか・・・同じような具合に、筆者は食べ物・食べ方には「穢れ」のあるものとそうでないものがあると感じてしまうのだ・・・但し、醤油などを用いている炊き込みご飯・五目ご飯などについては、これは日本に長く伝わる醤油によって色が染まる・味が浸みているものであるから普通に許せる・・・でも、ピラフやパエリヤは、やっぱダメだぜ。コムタンでご飯とともに雑炊/汁かけご飯としたものは好物なので、ま、矛盾っぽいところもあるな(笑))。   
 ・・・と、カッコ内の余計な記述が長くなり過ぎてしまったが、満腹になれなかったので蕎麦コーナーに寄ったのである。   
 社員食堂の運営というものは、予算枠、所得税法の規定との関係(現物給与/経済的利益の提供に関わる)について意識されることはあっても、利益確保みたいな視点はほぼ皆無でズボラなものであることが普通であろう・・・そして、それで良いと思っている。   
 蕎麦のコーナーで「かけ蕎麦(温)」というのをオーダーした。メニューの短冊にはトッピング追加に関わるものであろうが、「生たまご」、「油揚げ」、「わかめ」などというのも見えたが、こちらとしてはネギくらいしか乗っていない「かけ蕎麦」をこそ食べたいと思ったのだ。   
 望んだような「かけ蕎麦」が目の前に出された次の瞬間、カウンター内にいた調理スタッフは「サービスしておきますね」と言って蕎麦のうえに油揚げを乗せた。   
 向こうとしては「油揚げが売れ残っても、これは捨てちゃうことになるから」などと思ったかも知れないが・・・蕎麦の汁にみるみるうちに広がる油・・・心の中で「クソッ」と思い、そしてさらにこうも思った: 「この会社、要注意だな・・・製品など発注しても仕様書と違うものを納品して寄越すかも知れない。関係者に注意喚起をしよう」と・・・いや、この最後の感想部分は冗談である(笑)。でも、人々はどうしてこうも油を避けたがらないのか・・・もちろん、油も体には必要なのだけれども。   
   
   
 居酒屋と違って、スナック、カラオケ・スナックと呼ばれる業態の店では食べ物メニューが豊富ではない。客の側も大抵は腹ごしらえが出来てから寄ることが多いし、あれこれのものを仕入れて準備しておいても食品ロスばかり生じてしまうことであろう。ちょっとした「お通し」・つまみの類が出て来るくらいが普通ではあるまいか。店のママさんによっては豆腐や春雨など使った料理を少々のほか、漬物、さらには季節のフルーツまで出して寄越すこともありはするが。   
 客の側としては小腹が空いてしまったとき、メニューの少なさをちょっと恨めしく思う。で、そういうとき、筆者は近くの飲食店からの出前が出来ないかを尋ねて、可能ならそれを頼む。   
 ごくたまに寄ることあるスナックは、近くに飲食店が無い。宅配ピザ店はある。で、ママさんは「ピザにする? 配達してもらうのでなく、電話注文しておいてから私が取りに行けば、安いのよ」と言う。安いのはおおいに結構なのであるが、筆者はチーズを口にしたくなく(チーズの入っていないピザがあればよいなと思うし、ベーコンとサラミとアボカドとマヨネーズが揃ってトッピングされたピザなど目にしたら卒倒・憤死してしまうかも知れぬなあ)、その旨を伝えて別の策を考える・・・こういうとき、結果的に宅配寿司だったり、コンビニの「おでん」になったりする・・・ゆえに、やはり、コンビニの「おでん」の衛生は気になるのである。   
   

今年はこの勝負をもって最後・・・かな

   
 ほんのしばらくの間であるが株式投資から離れ(資金退避しておいて)、ゆっくりと「今後の銘柄選別方針」めいたものを自分の中で固める試みをしていた。   
   
 このところ・・・いや、もうちょっと前からなのであるが、「銘柄選びのむずかしさ」というものを感じつつあったのだ。ROE重視とか、短期的な(四半期業績がどうこうとかの)視点とか、思い切った株主還元があるかとか、そういうもので株価が動く度合いが大きくなりすぎているように感じられて仕方なく、その度合いに戸惑うことが多くなっている自分・・・。   
   
 或る企業が、業績が順調であるのに、そして、今後の/来期の業績予想も申し分ないと筆者には映るのに市場・投資家は「業績予想が消極的に過ぎる、ちょい失望した」的に感じるのか株価が下がったり。   
   
 日本人は、そして日本の経営者は、農耕民族であり、そしてシャイなのである。社長などが「この俺様が、来期はグッと業績を伸ばしてみせるぜ。来期の売上高は、驚くなよ、○○億円台乗せだっ!」と得意げに宣言することをあまり好まず(経理部門とか経営企画部門もそういう真似をセーブさせたがるかな)、また、成果をあげたあとに今度は別のどこかの会社のCEOとして渡り歩くとかの例も少なかろう。普通の営業マンであっても期末近くになって「をしっ! ノルマ達成確実になったな。このあと実績を伸ばしすぎると来期のノルマの上積みが厳しいから売上達成の繰り延べを上手にやらないとな・・・毎期コツコツ少しずつ実績が上がっていくのが結局はよいのだよ」などと考えていたりもする。   
   
 経営陣としては、「堅実に増収増益が続くこと・・・それが叶わなくても減収増益であること。それも無理なら2年、3年あるいはそれ以上といった中長期の経営成績を見守って欲しい」・・・そんな具合に考えているケースは多いと思うし、多くの日本人投資家もつい数年前まではそれを前提に投資銘柄を選んでいたのではなかったのか・・・いや、「そんなことはないよ」という意見もあるかも知れないけれども。   
   
   
 ま、ともかく・・・9月24日と29日は久しぶりに「買い」。そして、一転して30日と翌10月1日は「売り」に出ることにした。正解であるとは思っているのであるが、しかし、もしかすると「早すぎだね、もっと大きく狙えばよいのに。臆病な小人物だね」と評されることであるやも知れない。しかし・・・。   
   
 いまの市場には不安要素が多いような気がして、おそらくは、次回の投資行動再開はもう少し研究を重ねてからのことになるであろうか。   
   




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