2015-08

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腹八分目・・・の効用



   
 PCでもケータイでもスマホでも、「自分は、自分が利用している製品のバッテリーが健康長寿を遂げてくれるよう上手に取り扱っているか」は気になるところである。   
 同じ製品のユーザーが身近にいない場合もあるし、そしてまた、ヘヴィー・ユーザーであるか否かでも、ACアダプタにつながずに利用する時間の長短でも条件差が大きくあるので、他人との比較を通じて「自分はバッテリー寿命を延ばす/短くしてしまわない利用をしている」と確信を持つ/推定することは難しい。   
   
 それでも・・・。   
 リチウム・イオンのバッテリーの場合、充電時に100パーセントを目指さないのがよろしいとの意見に接したのはずいぶんと前のことであった。「では、具体的には何パーセントがよいのか」との疑問には答えてくれなかったため、自分なりに血管や胃袋の膨張イメージを持ちながら「8、9割がメドなのかな」と考えてきた。   
 その甲斐あってか、筆者の利用している各種機器のバッテリー寿命はわりとよろしい感じなのである。   
   
 冒頭のは富士通の某PCにプリインストールされていたバッテリー充電コントロール・ソフトの画面から。筆者は心の中で「腹八分目モード」と呼んでいる。   
   
   
   
 しかし、自分の体と食欲に関しては「腹十分目をもって満足す。寝る前のビールも好きだったりする。蕎麦は別腹」などというあんばいで、「八分目」は難しい世界である。(なお、筆者、肥満体型では全然ない。)   
   

雑記



   
 (↑)親の食事に活用した、出来合いの「卵焼き」。   
   
 「卵焼き」くらい自分で焼けよ、それに、そのほうが経済的だぞ・・・との意見もあろうが、ひとさまから「おいしい店の品」として頂戴したものである・・・まったく飾り気が無くて、スーパーのそう菜コーナーで売っていそうな感じの見ばえであるが、或る個人商店さんの品なのである。   
 おかずを用意するときに、副菜にもヴォリューム感を持たせようとして悩むというか迷いを覚えることがある筆者にとって、これはとてもありがたい頂きものであった。(豆腐・高野豆腐や、(夕食メニューには不自然との意見もあるやも知れぬ)納豆なども活用するが、大豆たんぱくも馬鹿にしたものではないと筆者は信じているし、そして卵のたんぱく質もまた・・・。)   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・   
   
   
 下のは「ラ・トラヴィアータ(「椿姫」)」のDVD。   
 感想は実に微妙で・・・「良いんだけど、物足りなくもある、しかし、ウザったくないからやっぱり良いのかな、俺の好みに合った上演なのかな・・・が、しかし」みたいな、そういう感想。   
   
   
 「ところで、主演の女性歌手は誰やねん?」   
   
 「ナタリーでっせ」   
   


四角豆(しかくまめ)の味噌炒め、おかか添え



   
 親の食事のために買い物に行った折りに「インゲンか絹サヤを使った一品を何か」と思いついたものの、しかし、「鮮度がちょっとなあ」と思える品であったがためにトマトやオクラなど買い求めたのであったが、その帰路、気まぐれで立ち寄った別の店にて「四角豆(しかくまめ)」なるものを目にした・・・沖縄などで親しまれているらしい・・・サヤの中の豆が四角いのではなく、サヤの断面が四角いがゆえにこういう名前がついているらしい・・・「歪んだ四角」ではある。   
   
 どんなレシピがあるかなんて知らない・・・翌日の調理までに調べようと思ったのだがそれは果たせず、夕食を用意してあげる直前になって「ええい、インゲンなどと同じに調理してしまえ」と思った。この四角豆を(もちろんサヤごとで)生で齧(かじ)ってみると少しばかりの青臭さ・えぐみを感じた。で、沸騰した湯には塩を多めに加えてからこの四角豆を投じ、再び沸騰して1分半くらい茹で、すぐに水で冷やしてその水を切ったあと、適当な長さにカットした。   
   
 味噌、砂糖、粉末の昆布だしとカツオだしを少量の水で練ったものを用意。   
   
 カット済みの四角豆を炒めて1分くらいしたところで上の練り味噌を加えてさらに1分ほど炒めて皿に移した。実は、この「炒め」作業の途中で「かつおぶし」をからめるつもりであったのがそれを忘れてしまった・・・よって、皿に盛ったあとに「かつおぶし」を追加トッピングしたのである。なお、写真のは、親に食べさせたものとは別の、余分となったもの。   
   
 あらかじめ茹でたりしないほうが風味を楽しめるという意見もあるやも知れぬが、ま、何とも評せない。(このたび上のように調理したものは、少なくとも筆者にとっては美味と感じた。) 「ちりめん・かちり」などを少量加えて炒めるのもこれまた美味しいかも知れない。   
   

雑記


   
 2020年東京オリンピックの関係・・・「新国立競技場の建設費が膨らみそうであるが、さて世論はどうなのか」ということが関心事になったとき、筆者はこう思った: 「文化、芸術、伝統芸能を支援しようとする動きは低調である一方、しかし、スポーツ関係にカネを振り向けることには甘くなっているのが今の日本の流れではあるまいか・・・ゆえに、賛成と黙認と無関心をバックにして贅沢な、そして建設コスト内訳の精査すらもズサンな建設事業が進むことであろうなあ」と。   
   
 が、世論は、「建設費は高すぎる、見直すべきである」というものであった。ちょっとばかり感心した。   
   
 次の関心事は、計画見直しでどのような新プランが出て来るかである。民間資金ではなく公的資金で用意する「ハコモノ」にあっては、(その適正規模については話したいことがあまりにも多くあるので端折るとして)運営維持、光熱費、定期的メンテナンスや大修繕にカネがかからぬようなもの、清掃作業にあたってもゴンドラで簡単・低コストで済んでしまうくらいの単純形状の建物であること、その施設に配属された公務員が自分自身で担当するかそれとも外注に出すかはともかくとして手入れの必要な庭園などの付帯設備は小規模にしておくことが無難なこと等、筆者、いろいろと思ったりするのである・・・間違っても、「或る建築家の代表作たりうるもの」とか「前例の無いユニークな建造物であること」などに重きを置いてはならない・・・それらはもう時代遅れの発想ではあるまいか・・・用地の広さと形状が許すのであれば、既存の建造物の設計図/プランをほぼそのまま拝借ということがあってもよいではないか(設計図面などに関わる著作権上の問題はクリアする必要がある)。   
   
 スポーツの意義を考えたとき、競技場には華美に過ぎるもの、機能性を越えてしまう要素、また、芸術的意味合いを含みすぎる要素などは必要なかろうと筆者は感じる。レガシーとして誇れるようなものである必要はなかろうと思う。   
 IOCの考え方に向き合うにあたって神経過敏と感じられるようなものが窺えるけれども、これはどうなのだろう。そもそもスポーツはそれほどに「別格で神聖なほどに崇高」なものではなかろうにと思うし、また、たとえば開催候補地に名乗りをあげる段にあっても各国・各都市は「オリンピック開催地に選んでくれと頭を下げるつもりはない。うちらの国/都市でオリンピック開催してやってもいいぜ、だから一応は立候補しとくわい、会場準備その他、あまりうるさい注文をつけて寄越すことがあれば、話をおりるからな」みたいなスタンスに切り替わってもよいのになと、筆者は心ひそかにそう思う・・・むこう何回かのオリンピックは、世界からの、いや日本とかを巻き込まないEUの支援のもとギリシャにやらせておけばあの国の経済復興にも寄与しうるのではないか・・・いや、分からぬが。   
   
 スポーツの意義は、国民の体力・体格の向上、精神力の涵養、そして、チーム・スポーツにおける自己犠牲の精神を育める点などにあろうかと思う。これにより、健康長寿であるとか、出来るだけ(介護などの)世話にならずに老後を過ごす等のことが実現するし、そしてまた、万一の災害や戦争の際に力を発揮できることになる。   
 オリンピックであれ世界選手権、国体などなどであれ金メダルなどを獲得したり優勝したりする選手(やチーム)、また、惜しくもそれを逃す選手の活躍を目にして次々とそれに若い世代が続く・・・「僕はこの競技が得意」、「わたしはこの種目に夢中になれる」、「わたしが狙えるのはこれしかない、これ一本にすべてを賭ける」という思いで精進を重ねる。その間に、多くの国民の体力その他は総じて向上していくのである(ただし、学校の先生方のあいだにあっては、「特に運動部の顧問になってからは残業も多くなっていて大変で」と嘆くケースが珍しくなさそうで、この場合、「わたしの役割は自分の担当するクラブや所属する生徒を優勝させることではない」と割り切ることも必要なのかも知れない・・・「如何にして生徒たちの体力と精神力を高めてお国のために役立ちうる人材に育て上げていくかがテーマなのである」というように、ライン/レベル/目標の見直しが求められるか・・・頂点を目指すような生徒がいる場合には別扱いも必要になろうけれども)。   
 
 「陸上競技ならともかく、卓球やカーリングのごとき競技種目では有事の際の戦闘能力の向上につながるまい」という意見は、これはおかしい。それらのスポーツにあっても基礎体力の向上のために各種の、そして過酷なトレーニングが行なわれているはずである・・・そこには大きな意義がある。   
 卓球でもテニスでも、あるいはバレーボールやバドミントンでも、サーヴやレシーヴの上手さ・的確さというものが、有事に際してどれほどに役立ってくれるかは疑問である・・・でも、よいではないか、トレーニングも含めて、スポーツ/競技を通じて体力や持久力が、そして根性や「諦めない心」「ベストを追求する習性」などなどが存分に備わっていくことが大事なのだ。   
 野球のケースで言えば、監督の指示がある場合であれそうでないときであれ、「実に危うげのない、カッチリした送りバントを淡々とこなす」とか、「役割をしっかりとわきまえた犠牲フライを打ち上げる」とかいう場合の、その「技術力」はもちろん大したものであるのだけれども、本当に意味があるのは、邪念や迷いを持つことなくそういうバント/打撃を実行出来るか、自己犠牲を果たせるかどうかではないか・・・それが出来ないようであれば、有事、それも特に切羽つまった状況下において、やはり行動や決意に躊躇が生まれるのではないか・・・「戦場での決闘」とか、あるいは「特攻」とか「人間魚雷」とか、そういうものを前提にした話はしたくないけれども、しかし、スポーツによって培われるものが真に輝くときはいつか、そして、安穏とした状況下に生まれて暮らして死を迎えるというサイクルのなかで贅沢な競技場において競い合うことが意義のすべてなのか等々考えると、ま、思いはいろいろに及ぶのである。   
   
  

「酷暑お見舞い」をば申し上げたくなるような残暑でござんしょ



   
 多少とも涼しげな写真を、と思って・・・(これは今年のものでなく過去に用いた写真の再掲)。   
   

或る、架空インタビュー

   
 「え? 安保法制についての意見を、ですか? あたし、むずかしいことはよく分かんないです」   
   
 「戦争は反対ですよ、絶対ダメです。戦争を経験してはいないですけど、いろいろなお話を聞くと、あまりにも悲惨すぎるじゃないですか」   
   
 「あたしの子供ですか? 上が12歳で、下が10歳です」   
   
 「子供たちが戦争に巻き込まれることがあってはならないと思います」   
   
 「日本の領土が攻められたときですか? そういう場合は自衛隊の人とかが戦ってくれるんじゃないですか?」   
   
 「日本の存立がおびやかされるとき・・・ですか? そういうむずかしいこと分かんないです、なんかその・・・国ですか、内閣や政府ですか、そういうところでの外交努力とか、あと、自衛隊で解決してもらうとかでどうにかならないですか?」   
   
 「徴兵制への不安ですか? 徴兵制は反対です。だいたい争いが深刻になる前に、対立する両者はよく話し合うことが大切と思います、話しあえばきっと解決します。徴兵制などありえないって聞いています・・・無ければもう、それでオッケーなんですよ、あたし的には」   
   
  「ええ、もちろん、たとえ子供たちが成人してからであっても、あの子たちが戦争に巻き込まれることがあってはならないと思っています。自衛隊の人が戦ってくれるんじゃないんですか? まして、あの子たちが、日本でない他国の地での戦争に動員されることなどあってはならないと思います」   
   
 「え? 国民の権利と義務ですか? 権利のことしか考えたことないです、すいません」   
   
 「子育て上の悩みですか? 特には無いです。理想の子育て環境についてですか? あ、それはいっぱいあります・・・えっと、まず、子供がお医者さんにかかったときの医療費は成年に達するまで無料にして欲しいですよね、これは全国一律で実現されるのがよいと思います。あと、幼児教育、幼稚園や保育園の関係での親の負担がゼロになること・・・それから、学校の給食費とか、何かちょっとしたことの教材費とか遠足の費用とかの負担もゼロにして欲しいです。いま、子育てって、負担を親に求めるのではなく、社会全体で負担すべき時代になってると思うんです」   
   
 「高校の授業料の無償化に加えて、大学での奨学金制度がもっと充実してくれるとよいと思います。親に負担を求めたり、学生がアルバイトする必要があったりとか、いけないと思うんですよね、国や社会、みんなが支えないと」   
   
 「うーん、親の負担って、いま、小さくないと思いますよ。うち、子供がまだ小さかった頃、子供を預かってもらうのがむずかしくてコンサートとか映画とか、諦めること多かったですし・・・ああいうの、よくないですよ、生活が暗くなっちゃう・・・いまだって、やっぱり子供を育てる経済的負担があるから、たとえばオペラに行けてもS席をあきらめてB席にしたりとか、あと、それから旅行でもグルメでも存分に楽しめないじゃないですか・・・地中海クルーズとか、一体いつになったら楽しめるのって感じで、待ち焦がれているうちに歳とっちゃいそう・・・クルマも国産車でガマンするしかないですし、スゴイ気分が沈んじゃうんです、うつ病になっちゃうかもなレベルです」   
   
 「子供たちのことを考えても、いえ、あたし自身もそうですが、戦争とは無縁で一生を過ごせることって大きな、奇跡的とも言える幸せだと思うんです。老後も子供たちとは仲良く接したいな、過ごしたいなって思います・・・あたしって、本当にささやかなことしか願ってない、そんな女なんですよねー。国の安全は自衛隊が守ってくれます、日常の治安は警察が守ってくれます、ほか、消防とか、救急車とか、あと、消防団の人とか、すごい頼れるじゃないですか・・・日本ってすごい国ですよ、頼りになるものがしっかりしていて・・・こんなに恵まれた国に生まれて幸せだと、あたし、思っています。え? 将来、子供たちが消防団に入る可能性ですか? ああいうのって意外と忙しくてハードそうで、プライベートの時間とか削られてしまいそうですよね、子供たちには絶対すすめないです」   
   
 「公的年金制度、医療保険制度、介護保険制度などの抜本的見直しって必要だと思ってるんです。あたしの子供たちが働くようになって、何て言うんですか“現役世代”というものになっていくじゃないですか・・・あの子たちの負担って、すごく重くなると思うんですよね。せっかく育ってくれて、でもそれなのに、あたしのためにでなく、よその親や年寄りたちのためにもなんて言ったら、負担が本当に大きくなってしまいそうですよね。そういうことを子供たちに求めてはいけないと思うんです、あたしの子なんだし、あたしが育て上げたんだから、あたしのためにって思うわけですよ、自然な考え方じゃないですか・・・社会保障制度などを改革しないと、いまの子供たちが成長したときには負担感で疲弊し、世の中もおかしくなると思います。あたし、最近よく、政治家になろうとか思うんですよ、けっこう社会の枠組みとか、あり方とかに敏感で、すんごい画期的な意見とか飛び出すんですよね、日本の明るい未来に貢献できるかなって、よく思うんです」   
   
   
 ・・・以上、架空のインタビューであった・・・日本の未来は明るい?   
   
   
   
   
 もともとは、「足かせの 多きを喜ぶ 売国奴(ばいこくど)」という一句で始めて、上とはぜんぜん違う展開の架空インタビューを書き上げるつもりであったのだが、展開がそれてしまった(なお、もちろん、「足かせ」を多くしておくことを望む人の多くは決して「売国奴」などではなくそれこそ真摯に、長期的視野に立ちながらの日本のあり方を、また、過去の戦争を、今後につなげるべき矜持というものを考えておられることと信じている。しかし、日本の領土・領海などの確保・保全にあまり関心を寄せずただ単に戦争回避のことばかりを念頭に置いている人もいるようではある)。   
   

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クラシカルな某

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