2015-06

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雑記

   
 或る若い知人は夫婦共働きである。二人とも新聞は日本経済新聞を読んでいるが、小学生の子供のためには他の新聞(子供向けの新聞ではなく日本の3大新聞のひとつ)も購読しているのである。   
   
 「子供が幾つくらいになったときに日経新聞を読ませ始めるのが適当か」という話題になることがあって、筆者は「それなら今日・明日からでもいいんじゃないか。家計の節約にもつながりうるし」と言った・・・筆者には子供がいないので、ちょい無責任発言であったかも知れぬ。また、筆者はセコい人間であるからして、子持ち世帯の、そのお子さんに関わるケータイ・スマホ料金とか塾・習い事の出費とか、そして新聞購読料などにも、ついつい余計な心配をしてしまう・・・出勤で家を出る前にザッと新聞に目を通すのであれば、ページ単位ならぬ紙単位(つまり4ページぶん)で「アトで読む個所がある」・「もう目を通したから勤め先まで持っていかなくても構わない」という基準で家に置き去りにしていける部分があろうというものだ・・・子供に「今日の新聞」をちゃんとその日の放課後あたりに読ませることは、特段の追加出費なくても可能であろう。   
   
   
 さて、筆者の世代だと、「大学生になったから日経新聞を読み始めた」という同級生がけっこう多かった。   
 ちなみに筆者は小学校高学年になる以前は「新聞を読もうともしない子」であったので、筆者のためにと親がとってくれていた(日経新聞ではない)某新聞はいつの頃であったか購読を中止してしまった。けれども、小学校高学年・中学生の頃になると、学校から帰宅したのち、親が読んでいた日経新聞をめくるようになった・・・その日の朝刊が家にある場合もあれば、前日の朝刊しか無かったこともある。しかし、夕刊は自分がいちばん先に読んだ。   
   
 当時の日経新聞は今と違って、子供には難しく感じられる記事の割合が非常に多かった(他の新聞と同様に、活字サイズは今よりも小さかったから文章量も多かった筈)。それでも無理して読んだ。   
 今の日経新聞は食べもの・料理に関する記事だって、健康の秘訣や掃除のコツについてだって、色々なものが多く載っている。社会面の記事に限らず、子供の「読む練習」「読む習慣づくり」のためにはこういうものだってちゃんと役立ってくれると思う。(ただ、しばしば気になるのは、記事のテーマ・硬さ・柔らかさによって使い分けているのかどうか知らないが、たとえば普通なら「よい」と表記されるところを「いい」と表記されていることがあり、これが、子供たちが身につける文章表現にどう影響するか等の問題である・・・筆者の書いているようなお遊びブログとは違うちゃんとした新聞・メディアは、しっかりした言葉・表現・表記の選択が求められるであろうに・・・いや、一定のポリシーと判断のもとに行なわれているのであればケチつける気も無いのであるが)。   
   
   
 子供の頃、たまたま何かのハイジャック事件だかがあったとき、「日経新聞は他の新聞と比べて報道/記事化が遅いんだな」と感じさせられることがあった。   
 そしてまた・・・。学校の先生が生徒に文章をしたためる習慣をつけさせる意図で「班」ごとに交換日記というか、交替で日誌をつけさせる試みをしていた。文章を書けない生徒のことも考慮してであろう、日誌ノートには「その日の、日の出時刻」その他を新聞から単純転記するページもあって、何というか、無理にでも「その日の/最近の出来事、所感など」を記述しなくても済まされる/恰好がつくような工夫も幾つかされていた。しかし、当時の日経新聞の天気欄には、そういう日の出時刻などのデータは載っていなかったのである、確か。先生に「新聞に載っていません、記入しなくてもいいですか?」と伝えると「何新聞?」と訊かれたから新聞名を答えると「あの新聞だと、そうかも知れないね、それならば君は(日の出時刻などを)記入しなくていいよ」と言われた。   
 ・・・そんなこともあって「もしかして、日経新聞は“ダメな新聞”なのか?」と思ったこともある。が、読み続けていくうちに、世の中の経済・産業の動き、大蔵省・通産省(いずれも当時の省庁名)・日銀などの機能・役割、そして多様な商売(ビジネス)が存在するがゆえの面白さ・躍動感などなどに大きな興味を持つようになった・・・「生きていくうえで一番大切な知識、情報、知恵の働かせ方、心のエネルギー源」に触れる思いがしたのである。すると、おのずと、「世の中で関心を払うべき事象は経済活動である」と考えるようにもなる。そして、他の新聞の意義・意味合いが薄く感じられてしまうのである。   
   
 筆者の親たちは「テレビばかり観ていると馬鹿になるよ、それよりも本や新聞を読みなさい」と言うことはなかった。しかし、複数の先生たちはそういう意味のことを生徒に言った(先生たちの意図は、しかし、日教組の思想・視点をまじえつつの、子供たちには「世の中を、批判的精神を持って見定める人間」に育って欲しいということであったかも知れない)。   
 新聞の各ページをどの順番で読んでいくかというと、筆者の場合にはまず1ページ目を読み、ページをめくらないままに全体をひっくり返して最終ページに目をやり、そしてその最終ページの側から順に1枚1枚とページをめくって読んでいくのである・・・つまり、総ページ数が40ページであるとするなら、読む順番は1ページ、40ページ、39ページ、38ページ・・・という具合。記事は縦書きであり、そしてページ番号の振り方からしても、このようなあんばいに読み進むのは間違いであろうけど。   
 こういう順番で新聞を読む場合においては最終ページに何が載っているかは当然ながら大事なことになる・・・。さきほど書いたような、先生による「テレビを見下す物言い」に影響されもした筆者は、新聞の最終ページにテレビ番組欄があるのは大いに幻滅というか、「あんたもやっぱりテレビ好きでしょ?」と言われているような、馬鹿にされているような気分になってしまうのだ。   
 人それぞれ新聞のページをどういう順番で読むのであれ、一日のどこかのタイミングでテレビ番組のチェックをしたい場合、番組表が最終ページにあるのは便利である・・・そういう便利なページに配置しているということは、つまりは読者に「あなたもテレビ好きなんですね」と言っているようで、そこがやはり気に入らない。   
   
 出張その他でホテルに宿泊すると、「明日の朝はお部屋に新聞をお届けしますが、日経新聞でよろしいですか? ご希望であれば一緒に地元紙もご用意できますがお読みになりますか?」などと言われることがある(「お届け」と言ったって、ドアと床の隙間からビニール袋入りの新聞がポンと差し入れられるとかだったりするが・笑)。しかし、日経新聞が用意されていないホテルというのもあり、これは大いに残念なことだ。   
 朝食コーナーの脇に某新聞が積まれていて「ご自由にお持ちください」と書かれていることがあるが、そういうとき「日経新聞は無いの?」とホテルのスタッフに問う。相手は「ありません」と、何の問題も無いかのように答えるからこちらは腹が立って「じゃ、チェックアウトしたあとでどこかで買うからいいや、一番近いコンビニはどこ?」などと尋ねることになる。そして、「このホテルには二度と泊まるまいぞ」と思うのである。   
   
   
 子供の就職活動に関して「うちの子は志望業種を絞れていないからダメだ、あれもこれもの業界を研究できるわけがないから絞らなくちゃ」と不安がる親御さんも多くいるようだが、それだとたとえば子供が「トヨタかホンダ、日産、デンソー、アイシン精機、ヤナセに就職したい」というのはよろしくて、そうでなく仮に「NHKかJTB、三井住友フィナンシャル・グループ、第一生命、キューピー、永谷園、三菱電機、資生堂、伊藤忠商事などなどに就職したい」みたく考える子はいけないということになる・・・筆者に言わせれば「おかしいじゃないか!」である・・・「若い人たちの前には、あまりにも多くの面白がれることが、あっちの業界、こっちの業界、そしてそれぞれの企業でいっぱい山積みに待っている」のだから・・・この、多様なビジネスと人生があることの面白さ、生き方・進路・世の中の泳ぎ方の可能性・多様性に気づかせる意味で、子供の頃から日経新聞に触れさせることには大きな意味があると、少なくとも筆者は思うのである。彼ら子供にとっては(自動的に)色々な業界・企業の特性・強み・課題も「きわめて普通の常識」となるであろう。   
 (なお、ついでに言えば、ベンチャー企業などの経営者が言いそうな、「君も創業メンバー/第○期生に加わって、俺と一緒に夢を実現しよう」という言葉に対して胸が躍っても慎重な意思決定・進路決定をすべきものと筆者は思う・・・たとえ技術力が高く商売ネタがよくても自己資本比率も低い、流動比率も低い、銀行借入金が大きい、そのほか企業財務に懸念がある企業は、それが改善されるまでに時間を要することが少なくなかろう。給料・待遇・福利厚生などの改善を抑えて借金返済を優先することも当然の行動であり、するとシワ寄せは従業員に及ぶ。創業者の夢の犠牲・下敷きになりたいと望む人はともかくとして、最悪の展開では「沈む船に同乗させられた」ということにもなりうるであろう)。   
   
   
 もし子供が日経新聞を読み続けていれば、やがて大人になったとき「たとえば、この先の経済を予測する力がつく、企業が直面する課題への解決策を見出す力が備わる」と言えるか? これは疑問である。多様な因子が経済環境を左右するし、企業の挑戦と課題に関わる問題解決は、天才を別とすればおそらく「考えて考えて悩み抜くことでようやくにして正解を見出せる、しかも、時には、朝令暮改との批判を甘受しながら臨機応変な対応をしていかなくてはならない」ものであるからそういう習慣・覚悟・根性を身につけていなければどうなることか分からない(のではないか)。しかし、少なくとも、経済学者、エコノミスト、アナリストその他がその折々に説く内容を無理なく理解する力くらいは獲得できるであろう。あとは、「それを鵜呑みにするか」、それとも、「ほかに考慮すべきこと・気に留めなくてはいけない事柄について頭を回転させるかどうか」が大切か。   
   
   
 よその新聞店から回って来る販売促進スタッフから「日経新聞しかとっていないんですか? それだと情報が偏っちゃいますよ」(思想が偏るという言い方でなく情報範囲が偏るという意味と解された)と言われたことがあるが、しかし、筆者は「テレビの、ごく普通のニュース番組で接することになる情報をわざわざ新聞で読むだけ時間のムダである、そういう記事が多いほどにその新聞の価値は低い」と言った。すると、向こうは、玄関のドアは閉めない、門扉も閉じずに去って行った。あとを追って文句を言うのも馬鹿げているので腹が立つのをグッとこらえて静かに門を閉めようとしていたらその販促スタッフは隣家の主人と口論に至っていた・・・すると、こちらの怒りも再燃し、隣家の玄関先にお邪魔して「(ドアや門など)開けたものは閉めるものだと、あんたの親はあんたに教えることもなかったのか? 生まれ育ちは大丈夫か? どこの新聞店に雇われているのか? 変なヤツを雇うなと新聞店に連絡せにゃならん」と言ったが、その男はついに自分の雇い主の店を答えなかった。   
 新聞社は、その販売店に対し、販売促進に際しては「○○町の○○新聞店から参りました」と伝えるべきことを徹底すべきと考える(出来れば、小さな紙片でもよいから書面提示がよいのではないか)。   
   
   
 居酒屋ではあまり例が無いが、スナックなどでは「暴力団関係者は入店をお断りします、ヤクザっぽい方もご遠慮願います」みたいな掲示をしている店がある。   
 仲間4、5人で飲みに出掛けて、そのうちのひとりがそういう掲示を指差しながら「あー、梅田さんはこの店には入れないっすよ・・・ヤクザっぽい人は入っちゃダメだって(笑)」みたいな冗談が飛び出すことがある。   
 この梅田さん(もちろん仮名)と呼ばれるヤツはルックスもいかついのだが(およそ45歳)、声もまた凄い・・・知り合いでなかったら電話の向こうの声にビビる人はたくさんいるであろう。自宅にやって来た訪問セールスの男性に奥さんが懸命に対応していたとき(困りかけていたとき)、家の奥から「誰か来てるんか? お前(=奥さん)はそこで何をごちゃごちゃ喋っとるん?」みたく声を掛けながら廊下から玄関へと出て行ったらセールスマンは慌てて退散したという。ああいうルックスと声を羨ましく感じたりもする。   
   
 おっと・・・脱線してしまった。   
 子供が日経新聞を読むことのメリットその他については、いずれまた、改めてじっくりと書くことにしよう。   
   

雑記

   
 株式投資の手法は人それぞれ・・・。   
   
 或る企業(幾つか)は、業績もよく「優良企業」と呼んで間違いなくてその安定性・将来性にも懸念が無いのであるが、株価は意外に大きく上下する・・・となれば、株価が下がったときに買い、上がったところで売ることになる・・・やがてしばらくしてまた下がるときがあれば買い、そして売り・・・コツコツ着実に成果をあげるに好適である。こういう、特定の銘柄の値動きに目配りすることは面倒くさくないものであるから、同様の売買繰り返しをやっている人は少なくなかろう。   
   
 しかし、セル・ファンという、ちょっとマイナー好みの人間だと、上のような投資行動はメインなものとなりえない。「よい企業」、「いま元気である企業」を探し出すことに熱が入るのだ・・・もちろん、業績の結果(決算)をみて「ありゃ、今期は大したことなかったな」と思わされることも有りはするれども。    
   
   
 「感情を排した銘柄選び」というのも、筆者にとっては当然のことである。   
 お昼休み、ネット証券会社にログインしているときに同僚に投資銘柄を見せたことがあるが、「マヨネーズを嫌いな人がどうしてマヨネーズ会社(C社とかK社とかあるのだ)の株式を買っているんですか?」と問われたが、筆者は「マヨネーズもタルタルソースも嫌いだが、現実としてマヨネーズは“食のインフラ”に準ずるものになっている、それに、これらの会社はマヨネーズばかりで商売しているわけではない、企業として魅力的なのだ」と説明した。   
   
    
 「分散投資」というのもこれまた投資手法である・・・広く「投資」と言う場合の対象は、外国通貨(外貨)、外国株式/債券、国内株式/債券、貴金属、そのほかあるけれども、「日本の株式」の中においてもさらに業種分散が必要と考えている・・・安全性や、リスクの分散と緩衝などのために。   
 (下のは、3月期決算企業の、6月株主総会招集通知の封筒・・・筆者は、多様な業種に分散させている。)   
   



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