2015-02

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「NISA(ニーサ)の活用は必須ですか?」-「ん、それは任意さ」


   
 「株式投資を始めるならば NISA口座 を利用してスタート!」みたいなキャンペーンが続いている。   
 シンプルに考えると、「まあ、正解なのかもね」と感じる。   
   
 しかし、いわゆる損益通算、また、損失に関わる繰越控除が出来ないところが勿体ないかな。いちど始めた株式投資は、おそらくはその規模を大きくしていくものである・・・つまり、NISA枠以外での運用も始めることとなろう。   
 それらすべての投資銘柄について、ひとつの例外も無く儲け/益が出るとは限らないのである(ただし、「余裕資金で運用する」という基本をしっかり守り、また、筆者のように、徹底して優良企業の株式にしか手を出さない、バブル崩壊があろうとリーマン・ショックがあろうと塩漬けも辞さずにひたすらに時を待てるという人であれば、損切りのパターンは極めて少なくなるのではないかと想像する)。   
   
 いま時点の制度では、筆者自身は、「特定口座で、源泉徴収あり」の口座を基本とすべきものと考えて過ごしている。これだと、確定申告しなくてもよいし、したい場合にはすることも可能。但し、うーん、たとえば夫婦のうち妻も株式投資をしていてそれに関わる株式譲渡益などがある場合、その妻の確定申告内容によっては夫が配偶者控除を利用出来る・出来ないに影響する。夫がサラリーマンであって、勤務先の配偶者扶養手当の支給基準において妻の収入がどうこう規定されている場合もまた、それを気にしなくてはいけない場面がありえよう。妻の側が「これは私のヘソクリでの投資、もちろん確定申告するけどその内容をいちいち夫に伝える必要は無いわ」などと考えていると、あとでトラブルになりうる。   
 なお、筆者自身は「納税は国民の喜び」という感覚があって(それゆえに酒に酒税が課されるのも気にしないが・笑)、出来るだけ納税額を少なくしたいと切に願う人はやはりNISA枠の優先活用・最大限活用も選択肢であろうか。   
   
   
   
   
 メジャーどころのカラヤンなどに目もくれずに、客観的にみれば超マイナーと言えなくもないジョージ・セル等の演奏のあれこれに聴き入ってきた人間というのは、株式の銘柄選びにもまた個性があったりもするだろうか・・・と、自分を振り返ることはよくある。   
 たとえば・・・この何か月かくらいに交わしたことある会話(下記の対話それぞれのうち後者が筆者の発した言葉):   
   
   
 「みずほFGの株、買おうかな?」   
 「俺は日立キャピタルかソニーFHを選びたい」   
   
   
 「丸紅か双日の株を買いたいと思うが、いいと思う?」   
 「悪くないとは思う・・・けど、ちょっと違うけど、三洋貿易、知らないの? いい会社だぞ」   
   
   
 「AOKIの最近の業績どうなんだろう?」   
 「毎年さ、立春の頃に冬物バーゲンの品を買いものに行ってきちんと保管し、それを次の冬に着ているんだけど、業績は知らない。オンワードの株を買いたいんだよね、ただし、この銘柄、取引単位は1000株だよ」(結局この銘柄は購入しなかったが。なお、一部の冬物衣料について、筆者は実際にそういうセコい買い物の仕方をしている・・・流行とかファッションのトレンドとか、自分の場合には気にしても意味が無いと思うもんで・笑)   
   
   
 「ワタミ、盛り返せるかな?」   
 「分からない。外食産業ならハイデイ日高、いいと思って来たんだよね。ぜんぜん違う業種だけどヨンドシーホールディングスって名前がえらくカッコいいじゃないか、自己資本比率も高いし、たまに直感に従うなら、俺、こういうの好き」  
   
   
   
 年があけて以降、市場で買われる銘柄に変化が見られる・・・ように思う。ま、いつでも潮目の変化、テーマ・材料の移ろいはあるものだが、何と表現すべきかな、筆者としては「その企業の財務体質の優秀性・健全性と配当利回りなどに注目して持っている株式であって、じっくり中長期保有のつもり」にしていた銘柄のあれもこれもが値上がり出した。   
 値が上がると、配当何回分かよりも売却益のほうが大きいことに心を奪われ、「えいやっ」と次々と利益確定売りするに至ってしまうのである・・・本年、まだ2月なのに「売り」行為が盛んになってしまった。   
 ここに来て、株式投資額はピーク時の6分の1かそれ以下になっている。「売ったあとにはすぐ次の銘柄を物色せねば」というのが基本スタンスであったのが、年齢のせいか、その「次の一手」の研究にいそしめない。が、しかし、「投資しなければとか、買わなくては、などという義務は存在しないのだ。納得ゆく安い価格水準のときに株式購入する」という鉄則に鑑みれば、迷うときは手を出さない、時に休みを入れるのもまたよし、と思っている。   
   
 下のは、株式売却の際に交付される計算書(一般口座などの場合は源泉徴収も無いため、異なる体裁の約定報告書などが交付されるのみとなる)。   
   


雑記

   
 このところ宗教をめぐる論議が盛んになっている。   
   
 宗教大嫌いな筆者であり、同じく宗教嫌いの人と酒を飲むときには例えば次のようなことを言うことしばしばである:   
   
   
 「神は存在しない。また、神が人間をつくったりしていない。まだ大した知識や文明を手にしていなかった人間が、何かしらの不安など抱いたり、自分や身近な者が死後にどうなるのかと恐れたり、また自然の威力・運命めいた偶然の連続への恐れ等々から“神”というものを思い描いたのである。つまり、人間の側こそが神というものを創作したのである。神というものを生み出し、そのパーソナリティをも決して物語を誕生させるほどに人間は賢いのであり、つまり、神は人間の下位に位置するもの(しかも実体は無く、観念上のものに過ぎない)である」   
   
 「神が存在しない以上は、神と人間との間に何かしらの約束が交わされるということも無い。“原罪”というものもまた存在しない」   
   
 「神の存在を主張する人は、神が存在することの証明を求められると困るのである・・・そういう証明をせずに済ますためには、“神は人の心の中におわします”とか、“神に対して何かの奇跡実現を求めるなど、みだりに神を試みてはなりませぬ”などと応じて事をかわすのがひとつの逃げ道・方策というものであろう」   
   
 「人間にとって、体調の芳しくない日、暑い日、寒い日、雨風の強い日にもきっちり仕事に励むのは時に辛くもある。干ばつに苦しむ年もある。辛く面倒くさいとき、あるいは苦しいときにも仕事をさぼれたらよいなと、怠惰な人間は思うものである。苦労をうまく避けつつ、わりと楽して稼げる商売としては売春、占い、祈祷、宗教を挙げることが出来ようか。それぞれに歴史の古い商売と思われる。このうち売春は、男には難しい仕事である(売春の「斡旋」ならばともかく)。占い/祈祷は、それが外れる/実現しない場合にはその後の商売が“あがったり”になるし、権力者などのそばでその種のことに従事している場合には怒りを買って処刑されることもありうる。その点、狙い目なのは宗教であろう・・・寄進・布施、お守り・免罪符などの販売によってしっかりと、わりと永続的に収入・食べ物を確保しやすいかと思える」   
   
 「人間というものは広い意味でのハンディキャップを背負うことがある。それは身体機能面の問題であったり、あるいは、それぞれが生きる時代と環境において差別対象となる身分・門地・人種、また、出生の秘密などを原因とするものであったり・・・。真面目にコツコツと生きられる人間は与えられた環境を我慢しつつ生き抜く。しかし、“どうせなら人生を一発逆転して少しでも安楽な人生を!”と思い立つ者もいることであろう。新しい宗教を起こす、既存の宗教について新しい解釈を見出してそれを主張する等はその“一発逆転”のチャンスになりうるものであろう。成功すれば、自らへの崇拝が死後いつまでも続くことになり、あの世での笑いは止まらないものとなろう(仮に「死後の世界」というものがあれば、であるが)、日本にはまた宗教法人課税のような制度もあり、きちんと研究すれば宗教活動は魅力的なビジネスたりえよう」   
   
   
 なお、ただし、宗教の果たして来た役割は大きい。   
   
 身近な人が亡くなるなどした時・・・「人間の脳は、血液/栄養/酸素が届かなくなれば活動を停止します。すると思考/思惟というものも無くなります。遺体というものはもはや物体に過ぎません。魂・霊というものもありませんし、もちろん輪廻転生もありません。故人のすべてはもう終わってしまったのです。さ、埋葬しましょう」と言われて「ふむ、なるほど」ときれいに納得してしまえる人は稀であろう。人間の心のやり場を、宗教はそれぞれに用意してくれる。   
   
 宗教が、人の行動を律するうえで果たして来た役割が大きいこともまた言うまでもない。あるいは、学問、芸術などへの寄与も大きい(逆に、科学などの進歩を阻害・攻撃した面もありはするが)。音楽に関しても、声明、聖歌など無ければ、音楽の発展の姿は異なるものになっていたことであろうか。   
   
   
   
 ところで、宗教はどうあるべきかという議論のときに筆者が持ち出す言葉には「十字軍」と「四箇格言(による他宗派・他流儀への批判)」などがある。すると、話の相手は、前者については「ん? 懐かしい言葉、それ何だっけ?」みたいな顔をする。後者については知らない人が多い。よいのか、それで?   
 先日の、日本人を人質にした事件にからんでは「十字軍」の言葉が出てきた。筆者などは、日本について一緒くたにされては迷惑なことだと思ったものだが、この十字軍についてあれこれ言う意見が少ないことには意外な気がした。 
 日本人は多様な宗教・宗派に対してきわめて寛容であるとの意見もあるが、それとの関係で「四箇格言」ということについてもまた、いずれはもっと注目され、宗教活動に関して議論されて欲しいものと思う。   
   
   

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クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。