2014-10

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雑記



   
 (↑)親のために調理したもののうちから「蕎麦サラダもどき」。   
   
 世間では「ウナギとキュウリと蕎麦のサラダ」みたいなものがよく知られていると思うが、あいにくキュウリの在庫が無かったので上のような具合に・・・。焼き海苔は添えた。蕎麦には、ポン酢しょうゆとゴマ油でつくった汁/タレをかけてある。   
   

雑記


   
  く ま モ ン が某店にやって来た・・・いや、ぬいぐるみである。   
   


その縁側を、猫は好むか否か



   
 (↑)ふぐ(トラフグ)の皮の湯引き・・・もみじおろし等を用いて食べると美味である。   
   
   
 下のは或る駅弁で、カラスガレイの“えんがわ”を用いたもの。美味しい品である。   
   
 ふと、「縁側・・・野良猫・ご近所の猫(の来訪)」という連想で思ったのは、カラスガレイの“えんがわ”を猫は喜んで食べるかどうかということ・・・マグロのトロについての「猫またぎ」ではないが、風味どうこう以外に「口腔内のねばりつき」を嫌ったりもする猫は好まぬかも知れないなあ。ま、猫は猫、人間様は人間様・・・。   
   

雑記



   
 (↑) 「米びつ」の中に収める「鷹の爪」。   
   
 これまではパンチで袋に穴あけするなどしてトウガラシの成分揮発・発散・循環を促そうとしていたのであるが、しかし、「こう改めるほうが作業手間が少なくて済むのではないか」と思いつき、今回はキッチンの三角コーナーにセットする紙に入れることとしてみた(写真の左下のもの)。   
   

雑記



   
 (↑)ソニーとタワレコとのコラボ企画ということだと思ったが、昨秋あたりにリリースされたカザドゥジュ(カザドシュ)演奏のドビュッシー、およびオーマンディ/フィラデルフィア管によるバッハ作品集。いずれも懐かしい演奏。ともにCD2枚組の商品。セール中だったので購入。   
   


雑記

   
 健診などにて或る種の問題を指摘された人が自称して「たんぱく過剰大臣」と名乗ることがある(アクセントは「関白太政大臣」と同じ)。   
   
 では、整体・カイロプラクティックなどに通う人は「征夷大将軍」ならぬ「整体将軍」であろうか。   
   
   
   
 雑誌「サライ」11月号にオマケ、いや、付録として万年筆が付いてきて、改めてちょっと思うことがあった・・・世の中に、いや、身の回りに筆記具があまりにも溢れているということ。   
   
 人それぞれに、つまりユーザーそれぞれに、常用する筆記具は淘汰されていくものと思う。で、その淘汰を乗り越えて生き延びていくものは、少なくとも筆者利用の品の場合、ブランドや価格はあまり関係ない。   
 今、わりとよく利用しているものは下の写真の如きものであるが、顔料インクの黒ボールペンが一番活躍している・・・しかし、美しいブルー系の顔料インクにも登場してもらいたいものだ。万年筆は、機嫌を損ねてインク詰まりしてしまわない程度に利用することにはしているが、どうしてもインクが水に弱いのであまり利用しなくなっている・・・ずっと昔、雷雨があった日、誰かから頂戴した暑中見舞ハガキが郵便受けの中で濡れてハガキの文面の多くが読めなくなっていたことがあってからは万年筆よりもボールペンのほうが合理的と考えるに至ったのである(その当時のボールペンは顔料インクのものは無くて普通の油性インク)。   
   
 雑誌のオマケの万年筆はヨーロッパ・タイプのカートリッジに適合するものである。   
 筆者としては付属コンバーターを利用してナノインクの試し(人柱ならぬ筆柱みたく)に利用してみようかと思っているが、結局はペリカンのロイヤル・ブルー、さもなくば、パイロットの色彩雫シリーズなど、水性染料インクでの遊びに使うことになりそうな気もする。(なお、まだ未使用のため、ペリカンなりモンブランなりのカートリッジや、また、付属コンバーターが申し分なくキッチリと適合・接合するかどうか等、確認していない。)   
   


雑記



   
 11日の日経新聞土曜版では千葉県・銚子のキンメダイに触れている記事があった。   
 上のは、銚子のものではないが、或る駅弁・・・これはわりと美味いものである。   
   
   
 下のは、雑誌「サライ」11月号。   
 今回、万年筆が付録となっていた(インク・カートリッジとコンバーターが付属)。   
   


雑記



   
 「あの歌手のファースト・ネーム、何て言ったっけ?」   
   
 「ナタリーでっせ」   
   
 「あのヴァイオリニストは?」   
   
 「ああ、ヒラリーはん、でんな」   
   
   
 冒頭の写真は "EUROARTS" レーベルのDVD。   
 ヒラリー・ハーン/ヤンソンス/BPOの来日公演ライヴで、ショスタコーヴィチ/ヴァイオリン協奏曲第1番、ドヴォ8、その他を収録。   
   
 このDVDは、同レーベルのカタログ仕様のものとして最近発売になったもの。   
   
   
 なお・・・。   
 関西方面の言葉として「誰々はん」があるが、その誰々の名前の末尾が「イ段」や「ウ段」の音だったりする場合には「はん」は用いずに「さん」とするらしく、ゆえに、上の「ヒラリーはん」は用法としてたぶん正しくなく「ヒラリーさん」とするのが適当なのだろう。   
   

台風一家、怪奇月食・・・



   
 (↑)季節の花、コスモス。   
   
   
   
   
 ・・・「え? さては写真を選び間違えたな」とお思いであろうが、単なる冗談に過ぎない。   
   
 ごくたまに顔を出す居酒屋で一緒になる常連さんが「俺は花の名前をよく知らない」と言うものだから、筆者は次のように応じた:   
   
 「僕もダメなんですよ。このまえ“このチューリップ、きれいだね”と言ったら、“それはヒマワリだよ”って言われましたからね。ほんと、区別がつかなくて」   
   
 相手は唖然とした。で、近くにいた別の客もこちらの顔を覗きこんでいた。もちろん冗談だったのだ・・・。   
   
   
 でも、花の区別が出来るということは、ものの形その他の違いを認識できるという能力の問題であろう。とすれば、人によりその能力に優劣があって不思議は無かろう。   
   
 モーツァルトの音楽もチャイコフスキーの音楽も、あるいはドビュッシーやマーラーも、どれも同じに聞こえるという人がいても、これまた不思議でないかも知れない。「まさか」と思うが、しかし、絶対にありえぬことではないように思う。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 冗談として相手を唖然とさせる・戸惑わせるのには、変わった言葉、古めかしい言葉を使うのも面白い。   
   
 「おっ、ありがとう」と言うときに、「かたじけない」と言うなど。   
   
 それに対し、「この案件、最優先で急いでやってくれ」と言いたいとき、「いの一番で処理してくれ」と言うのは、これはよろしくなさそうだ。相手があまりに若い人だと意味を理解してくれないようだし、もうちょっと年代が上だと、一瞬の困惑・思考停止を経たあとに趣旨を理解するではあろうけど、しかし、「オヤジギャグ以上にダサい感じの、古めかし過ぎる表現」と受け止められることであろうなあ。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 例の曲をカラオケで歌う人がいて、そのとき「フォーチュン・クッキーって、何なんだろうね」と尋ねられたから説明することがあった。   
   
 気になったのは、英和辞典ではどういう訳語が使われているだろうかということ。あとで調べたら或る辞書には「占いせんべい」とあった・・・心の中で「うーん」と唸ってしまった。   
   
 そしてまた思ったのは、日本人が作る歌謡曲・J-POPであるならば「茶柱が立つ」という表現が使われた歌詞があっても不思議は無いのにな、ということである。しかし、仮に若手アイドル歌手が次のように歌うとする:   
   
   いま、あなたに心ときめいているの   
   
   でも、この気持ち、伝わってないみたい   
   
   不安なの   
   
   でも今朝、茶柱が立ったのよ   
   
   きっと、きっと、いいことあるわ   
   
   
 ・・・ヘタクソな歌詞例で申し訳ないが、ともかくこれではヒットするとは思えず、何が決定的にマズイかと言えば「茶柱が立つ」という表現が入っていることだろう。ペットボトル飲料としてなら日本茶はまだまだ頑張っているのであるが、それでも日本茶を飲むシーンには少なくともオシャレ感が欠けるようにも思われ、ま、日本茶が不憫にも思えて来る。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 打上げ花火を目の前にしても写真を撮ることをしないから「変わっている」と言われたりするが、「今この瞬間に見て、そして楽しめばそれでいいじゃないか」くらいに思っている。   
 皆既月食も写真におさめなかった・・・歩いている途中でチラチラと目にしただけで、ゆっくり見ることもしなかった。

   
   
 かつて「淡々と無感動に生きている」と評されたことがあって、そのとき「ああ、そうかもな」と思った。   
   
 オリンピックの試合その他のスポーツを観戦した人が「勇気と感動をもらえました」と感想を述べることがあったりするが、「その種の感想を持つことは自分にはありえないだろうなあ」と思うのだ・・・「勇気までも?」とか思う。   
 音楽についても同様の感想を漏らす人がいるが、音楽好きの筆者でもそのような感想を抱くことはこれまた無かろうと思っている。   
   
 過日ブラジルで行なわれたサッカーのワールド・カップの試合・・・テレビのニュース番組では、サッカー・ファンが集まるカフェらしきところ(日本国内)の様子を映し、たぶん中継スタッフが客に「今日これからの試合では日本チームが勝つと思いますか?」と尋ねたであろう、客のひとりは「2-0で日本が勝ちます」とキッパリと喋っていた。   
 で、思ったのだ・・・「この人は何かしら戦力分析をしたうえでこのように予言しているのか? それとも夢・希望の類なのか? なぜこうも自信を持って発言し、また、サッカーにそうも熱くなるのか?」   
 こう思ったことを次の日あたりに知人に話したら、「では、あなたは日本はこれから何勝すると思っているのか?」と逆に訊かれたのでこう答えた: 「1勝も出来ないのではないか・・・もちろん戦力分析などしたうえでのことではない、サッカーのことなどろくに承知していないのだし。そしてまた、1勝もしないであろうチームを敢えて応援するようなことは、自分はしない。試合の中継も見ない」と。   
   
 ところで、筆者は「サッカーは日本人向きではない」とも思っている。体格・体力の観点から日本人が上位を目指すことが難しいと言っているのでない。   
 ゴールを決めると、「やったぜ! 上手いだろ! 強いだろ!」的に腰を突き出して走り回ったりするけれども、ああいう姿は美しくないと思うのだ。静かにしているか、さもなくば控えめなガッツ・ポーズをとるくらいでいられないのか? なぜ、ああまで感情表出しようとするのか?・・・きわめて日本人的でないように感じる。   
 大相撲で勝った力士が、あれと同様に腰を突き出して土俵上を歩き回ったとしたらおそらくは「品位を欠く」と評されることであろう。   
 「サッカーに於けるあのポーズは世界標準なのだ、よその国の選手だって皆やっている」との意見もあろうが、日本人が他国人と同じに振舞わなくてはならないと決まっているわけではない・・・もっと言えば、日本人だけはああいうポーズをとらないというのでもよろしいではないか、いや、とらないのがよろしいと思っている。日本人ならば「日本人は別格なのだ」という誇り・矜持のようなものを持ってもおかしくない・・・いずれの国民も民族もそのような矜持を持って然るべきではあるまいか。   
   
 では、日本に於けるサッカーの流行は好ましくないとも思っているのか? そういうことはない。   
 野球の場合には、攻撃に回ると、打席に立っている選手、その次に打順が回ってくる選手あたりを除くと、体を休めている状態になる。対してサッカーは「常時」に近いくらい動き回る。小学校くらいから体育の授業やクラブ活動でサッカーが盛んになっていることは、そういう「動き続ける」能力・気力を育てるうえで意義が大きいと思うのだ。将来の、「もしも」の有事・戦時の際、そういう基本姿勢が身についていることは大事だと思う。たとえば戦争となれば、いつ休憩をとれるかも分からない状況になろうし、長距離ミサイルの応酬などの戦闘状況でなく、歩兵などとして地上戦に加わる場合には一人でも多く敵を倒すこと、敵陣を一歩でも深く侵攻していくことが求められるであろう(「敵陣」とは、日本の領土が敵に占拠されてしまっている場合のその地域などを想定しているのであり、日本が侵略戦争を仕掛ける場面を想定しているわけではない)・・・サッカーを通じて持久力・根性を涵養することは意義深いことと、そのように思っている。   
   

自分で曲作りして歌も歌う人を「ツソガー・ンソグ・ライター」と呼ぶ



   
 上のは、木製のスタンド(飾り台)の梱包パッケージに印刷されている文字である。   
 スタンド自体が中国製であるが、これの印刷も中国でおこなわれたのであろう、「ん」のカタカナ「ン」とすべきところ、「そ」のカタカナ「ソ」が使われている。日本語原稿に照らして文字を探すとき、こういう取り違えが中国でもその他の国でも起きたりする。   
   
 しばらく前、偽造ビール券が見つかったと報じられたが、キリンビールの「キリン」が「キリソ」(きりそ)と印刷された個所があったらしい。   
   
 中国企業などから送られて来る英語の文書・メールではまた、たとえば "guality" とか "guote" などの単語に出くわすことがある。上司などからおそらくは手書きで英文原稿が与えられ、それを部下なり秘書なりが文書入力するとき、彼/彼女は英単語をろくに分かっておらず "q(Q)" を "g(G)" と勘違いしてしまうのであろう。で、なおかつその上司は出来上がりの文章をチェックしていないのであろう。文章スタイルがちょっと変な感じだったりするときに更にこのような綴りミスがあると「ん? は? どういう意味だ? 何が言いたいんだ?」という戸惑いを生じさせるから、ちょい迷惑でもある。   
   
 ま、しかし、現代の日本では皆が例外なく正しい英語表記を出来ているとも言えないので、あまり責めることも出来ないか。   
   
 さて、このあと、「食」に関わるものの国産指向について書きたいところであったが、時間切れなのでまたいずれ・・・。   
   


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