2014-07

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7月30日・・・セルの命日



   
 毎年のように同じことを書くのは控えることとしているが、今年はまた書いておこう、7月30日はセルの命日である。   
   
   
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 いわゆる「食の安全」をどこまでも厳しく追求したい人たちにとって、某社から出版されている「ぜんぶ自分でつくるから絶対に安心! ちゃんと美味しい! 基本のレシピ88選」は、そのタイトルだけは大いに魅力的であり刺激的ですらある。ただ、この本はアマゾンだろうが紀伊国屋だろうが、その他どこでも手に入らないという、幻の名著である。その本の内容はユニークである・・・。     
   
 たとえば親子丼のレシピなどは、次のように始まる:   
   
 1. ご飯を用意しておきます。 お米の用意については第1章「イネの育て方と脱穀・精米の仕方」(21ページ~)をご覧下さい。   
   
 2. 鶏肉を用意しておきます。 第5章「鶏の育て方・さばき方/もも肉・むね肉などの下処理」(74ページ~)にしたがって鶏肉を用意しましょう。   
   
 3. 醤油は、第11章「麹、味噌、醤油の作り方」(211ページ~)をよく読みながら作りましょう。自家製していない人にとってハードルは高いですが、頑張って挑戦してください。   
   
   
 ・・・以下、タマネギの育て方、新タマネギのことや寝かせ方などなど、いろいろ研究させられて、ようやくのこと親子丼のレシピへと至る。「出来っかよ、そこまで」、「このとおりやってたら、実際に親子丼を作れるのは来年になってからじゃん!」という感想が生まれる、それは当然である。   
   
   
 料理ということ以前に、食材ひとつひとつが、ふつう一般の消費者にとっては見知らぬ誰かの手によって出来上がっているのが現代社会なのだ。それが「分業社会」という、人類の英知・・・今日の経済発展の基礎でもある。食事を外食で済ませるのも、あるいは自分の手で調理するにしても食材をどこかで買うのも、程度の差こそあれ、食の安全を自分以外の人の良心に委ねていることなのである。「食の安全」を追求する試みと努力は完全放棄すべきだ、裏切られる可能性は山とあるなどと、それらの問題を完全是認してしまうつもりは無いのだけれども、しかしリスクは常に存在し続けることであろう。   
   
 仮にみずからの手で穀物・野菜・鶏・動物などを育てられるにしても、「いま手にしているこの種/苗は遺伝子組み換えされた品種ではないと言い切れるのか?」、「この飼料の成分は何なのか? 遺伝子組み換えされた穀物は含まれていないか? 放射能汚染された成分は含まれていないか? 成長ホルモン剤・抗生物質などは含まれているのか否か?」、「この農薬の成分はどういう製造プロセス・化学反応を経て作られるのか? 散布されたあと、雨などで流れ落ちるのか? 残留することがあった場合に人の健康に何ら影響は無いのか?」と、疑問は尽きないことであろう。   
 ぜんぶ突き止めるだけの努力をする人は、きわめて稀であろう。そして、自家消費でなくビジネス/事業ベースでは栽培/飼育、貯蔵/保管、物流、加工のプロセスがあってそのいずれにおいても「ポカ」があってはいけない筈ではある・・・。常に、完璧に安心できるものを我々は手にしているのか? どこかで割り切りの線引きもしくは諦念というものがあろう筈・・・。納得しきれなくても、それはそれで仕方ないじゃないかと、このくらいのことをどうして5分か10分くらいで達観できない人が多くいるのか、筆者としては不思議でしょうがない・・・脳天気と言われようと、「だって、そんなこと追求している時間は無いだろ」ということ・・・ムダなブログ書いている時間はあるが、これはこれで気分転換なので自分には意味がある(笑)。   
 だいたい、「キャベツや白菜をそのように切ったあとすぐその調理プロセスに進むのかよ、隅々まで洗えてないじゃないか」、「その野菜は農薬使用が多いんだぜ、ポイポイ無警戒に口に入れるなよ」、「この人気野菜も、このシーズンは農薬使用量が多いらしいんだけど気にしないのかよ」とか思うケースも多々ある。こだわりは人それぞれだしなあ・・・。   
   
  
   
 なお、言うまでもなく、上で掲げた書籍タイトルは架空のものであります。過去に、あるいは将来において偶然に同じタイトルの本が出版されていた/出版されることがあっても、当ブログ記事とは無関係であり、かつ、当方としてはその書籍について嘲笑・揶揄・批判などなどする意図は持ち合わせておりません・・・あくまで、当ブログ内で当方の意見を示すための手段として架空の書籍タイトルを想定したまでのことであります。   
   


STAP細胞ほど万能ではないが

   
 「月日は百代の過客にして、しかももとの水にあらず、諸行無常の響きあり」   
   
 ・・・この言葉に勝俣は一瞬唖然とし、次いで唸った。   
 彼は今、自動翻訳ソフトの研究をしているのだ。より正確に言うと、異なる言語を話す者どうしが、それぞれに母国語を発するだけでスマホが相手の母国語に自動翻訳すると同時にその音声も再生し、そうすることでコミュニケーションを成立させるアプリを開発している。   
 研究は中盤を過ぎ、そうして1万人以上のモニターを募って不具合レポートなど収集する段階になっている。うまく翻訳してくれない例として幾つもの事例が寄せられるが、そのひとつが冒頭の言葉だというのである。   
   
 「何じゃ、こりゃ。変なつぎはぎをした文章で、現代の言葉でもないし、こんなもん、うまく翻訳できっこないじゃないか」   
 そうは思うものの、このつぎはぎが不思議に意味を持って連続しているように感じられ、勝俣の挑戦心はさらに燃えるのであった。   
   
 せっかくのダジャレが、翻訳されてしまうとダジャレとして伝わらなくなるというクレームも数多くある。そんなことは勝俣も当初から見越していて例えば「恐れ入りやの鬼子母神」などは開発チームで検討の結果、単に淡々と「恐れ入りました」の意味として扱って翻訳処理するようパターン登録されている。しかし、それでも、ユーザーが自分自身で思いついたせっかくのダジャレが伝わらなくなることは日常茶飯で、その種のクレームは山ほどあり、外国映画を翻訳する人たちの苦労というものに思いを馳せたりもするのであった。しかし、暢気に構えてはいられない、ダジャレを口にするや、時にはアプリが応答しなくなりフリーズしたかのような状態に陥るというクレームも多い・・・ユーザーにしてみると、自分の発したダジャレがオヤジギャグだと断言されているようでクソ面白くない気分になるというのだ。   
   
   
 多くのモニター・ユーザーは、モード設定を工夫して言うなれば「日本人どうしの日本語会話を次々に英語翻訳させての性能チェック」をしてくれている。   
 或るユーザーから、お昼に入った駅ナカの蕎麦屋で次のような会話がうまく英訳されないというレポートも今日は届いた。以下の(*1)から(*5)までの言葉がそれぞれ妙な具合に翻訳されてしまうというのだ。   
   
 「この店は旨いんだよ」 (*1)  
 「ほお、ホントかね?」(*2)   
 「駅蕎麦なのに美味しいって意味でね」(*3)   
 「へー。俺は天ぷら蕎麦にするか」   
 「じゃあ、俺は冷やしキツネだ」(*4)   
 ・・・   
 「 Suica を使って勘定できちゃうのも便利なんだよ」(*5)   
   
 (*1) This shop is delicious.    
 (*2) Cheeks, books and money.    
 (*3) I mean it is tasty though near the station.    
 (*4) Then, I am a chilled fox.    
 (*5) It is convenient that you can pay your bill using watermelons.    
   
 せっかく音声を認識できても適切な意味・語に当てはめられない、文脈・理屈をうまくとらえられない、表現の程合い・加減にちょっと問題があるとか、また、食べ物メニューの辞書が充実していない等の原因が考えられるが、ともかく、この暑い夏、勝俣の挑戦は果てしなく続きそうである。   
   
   
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 「我思う、ゆえに我あり」という言葉については、意識していない人も多いかも知れないが五音と七音の組み合わせになっている。   
 で、この言葉のあとに何でもよいから五音の言葉を付すと、不思議と俳句っぽくなる(但し、この際、季語が存在する・しないというこだわりは無視する)。   
   
 我思う ゆえに我あり 蝉しぐれ   
   
 我思う ゆえに我あり 囲炉裏ばた   
   
 我思う ゆえに我あり 涼(すず)む猫   
   
 ・・・3番目のものでは、主体は詠み手でなく猫サイドと言えようか。   
   
   
 我思う ゆえに我あり ナフタリン   
   
 我思う ゆえに我あり 牡蠣フライ   
   
 ・・・う、万能ではないかな、やっぱり。   
   
   
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 暑中お見舞い申し上げます。   
   
 下のは、暑中の焼酎、ではなくビール。いずれも美味いものであった。   
   



気になったニュース・・・

   
 (以下、記事の引用にあたっては、句読点位置・改行後スペースについて修正を加えてある)   
   
 政府は、商品・サービスに関して消費者に優良誤認させるなどの広告をさらに効果的に規制できないか検討を始める。景品表示法をはじめとする法律その他の改正や運用の見直しを進める。   
   
 実際よりも優れているように思わせる広告、また、自社製品と他社製品とを比べて特に差が無いにもかかわらず自社製品が優れているかのように宣伝する広告など、問題は後を絶たない。外国人観光客の増加を図るなか、また、世界的に和食が注目を浴び、2020年には東京五輪開催とともに来日する外国人が増えることから、政府としては特に飲食店や食品の広告などを重点的に規制し、適切な広告表現の浸透を図る狙いがあると見られる。   
   
 実際に用いられた広告表現の適否を判断するうえでは、都道府県その他の地域単位で食品・飲食店の業界関係者と一般消費者から評議員を選び、その意見も参考にする。   
 具体的には、「匠(たくみ)の技が冴える美味しさ」という表現があった場合、それにふさわしい出来であるかどうかなどを評議員は意見提出する。実際に優れていればその広告を規制しないが、そうでない場合には広告表現の取りやめなどを勧告することになりそう。「ほっぺたが落ちる美味しさ」という表現の場合、評議員が食べてほっぺたが落ちないようであれば広告の取りやめを勧告する。「やみつきになる美味しさ」も、やみつきになるかどうかが問題になる。「リピーター続出」、「美味しいと大評判」などの表現に関しては、それを用いるにあたって飲食店など事業者が事前に集計したデータやアンケート結果などを提出させて検証することとし、それらのデータなどが存在しない場合は善処を勧告する。   
   
 単に「美味しい」、「自信作」などの表現は規制の対象としない方針であるが、「“美味しい”という広告につられて食べに行ったら激マズだった」という消費者の声を受け止める方策が無いかは今後の検討課題とする。   
   
   
 ・・・と、もちろん嘘、デタラメなニュースなのであった。   
   

雑記-1 寒かろうが暑かろうがアチューカロ



   
 左のはアチューカロが演奏するブラームス/ピアノ協奏曲第2番のDVD。   
   
 意味も無く右側に並べて写し入れたのは熊本の菓子メーカーが作るアメ。「 く まモ ン 」は見る者を微笑ませる。  
   
   
 ああ、それにしても日々、暑くて暑くて・・・。   
   

雑記-2



   
 写真は過去のものの使いまわしであるが、魚のブリと、ビニールパックして売られている水煮タケノコとをソテーしたもの・・・親のために、最近もこれと同様のものを作った・・・ただし、少量のエノキも加えて。主菜も、いや、主菜こそこのくらい楽でないと疲れてしまうということだってある。   
   

雑記



   
 ずいぶんと前のこと、町内/町会のゴミ集積所に関して、「その上方の電線にカラスが集まって、人の姿が見えなくなればすかさずゴミを荒らす」ことが問題になった。もちろん、人間の側は網/ネットで対抗しえたのであるが。   
 或る土曜日・・・土曜日も日曜日もゴミ収集など無いのであるが、カラスは電線に集まっていた。散歩に出た筆者と顔を合わせた70歳過ぎの近所のオバサマは「カラスというものは馬鹿ですねえ、今日は土曜日なのにゴミを狙ってあんなに集まって・・・」と言った。うーん、カラスも含めた鳥たちは、季節の移り変わりのようなものについては本能的に察知もし、それへの対処も出来ようが、人間が勝手に定めた「曜日」であるとか、そのほか「安息日」やら「週休2日制」やらの概念などなど、何も持ち合わせていないことであろう。   
   
 「近所の飼い猫が自分のうちにやって来ては庭を荒らす」と、こっそり不満を言う人がいる。筆者などは逆に、近所なのかどこからなのか知らぬが親猫が子猫を伴ってやって来て、子猫がたとえば虫を見つけて後ろ足だけで立ち上がり、ふたつの前足でその虫をつかみとろうとするものの、しかし幼いがゆえに上手に立ち姿勢を保てずドテッとコケて草花を倒したりするのを、言いがたいほど愉快に感じる・・・そういう姿は見飽きず、ふと気づけば30分くらい、あっという間に過ぎてしまっている。   
 だいたい猫は、「人間様のあいだでは土地に関しては所有権などの権利があって、その境界を示すべく大抵は塀や生垣、杭、鋲などが用いられる」という知識を有しない・・・そうして、猫たちには「よそのお宅に迷惑をかけてはいけない、塀を乗り越えたらその地面にはわたしのご主人様とは別の人間の権利が及んでいる」などという感覚もまた生じよう筈がない。   
   
 「境界線」というものは人間たちにとって必要物である。が、しかし、それは人工物というか、限られた一定の目的のためにのみ存在する概念・ルールに過ぎないということも忘れてはなるまい。県境というものもまた同様の人工物である。A県で放射能漏れ事故・原発事故などなどあった場合に、「A県の農産物が危ない、放射能検査をしたうえで出荷されていても敬遠すべきである。でも、他県のもの、しかも県境を2つ3つ跨いだ産地のものはなお一層のこと大丈夫。ともかく、まずもってA県のものを排斥することが先決で大事なこと」という感覚は、放射性物質の拡散の仕方から考えてもおかしいのである・・・筆者の感覚としては。   
 放射性物質の問題に関しては、筆者はまた当ブログの2011年7月26日付記事のような考え方も持っている・・・ズボラと言われるかも知れぬけど。   

 以上のような感覚とどこまで合致するか分からぬのだが、マンガ「 そ ば も ん 」単行本 第15巻195ページ以降の内容(主人公の主張)については「うむ、そうだよね!」と感じた。   
   
 なお、冒頭の画像は以上の文章内容と無関係。   
   

雑記

   
 西暦 202X 年の日本・・・時の内閣の支持率はじわじわと低下していた。   
 東京オリンピックの開催は成功のうちに終わったが、これに関して地方では「東京とその周辺が潤っただけで、我々の地には経済効果がろくに及ばなかった、さらに最近は景気低迷気味だよね」という不満が生まれ、あわせて、福島県ではいまだに仮設住宅暮らしの人たちが大勢いることがしばしば報じられて問題視され・・・。   
 では、東京都民だけがオリンピックの興奮さめやらぬ中で特段の不満なく暮らしているかといえば、そうでもないのであった。オリンピック開催に伴う再開発と、「何となくだけどこのへんも再開発しちゃおうよ」というブームの影響もあって不動産価格の上昇が見られ、そして、気づいてみたら固定資産税・都市計画税の負担感は増し、賃貸物件の家賃・テナント料などの大幅アップもあって、面白くない思いをしている都民・事業者も多くいた。つまり、どの地であれ、多くの国民が釈然としない思いを抱くようになったのである。   
   
 それはともかくとして・・・。   
   
 或る日のこと、幾つかの緊急事態が発生し、首相官邸に続々と大臣たちが駆けつけた。   
   
防衛大臣「総理、例の日本人観光客17名の件ですが、米軍によって戦闘地域から無事救出されました。現在は米軍の艦船で日本に向かっています」   
   
総理大臣「それはよかった。ご苦労」   
   
防衛大臣「ところが、米軍の救出部隊の一部が戦闘地域に取り残されたようで・・・敵に包囲された模様です。手違いもあって現時点では米軍による救出作戦はすぐには展開できない状況のようで・・・戦闘地域から50キロのところに我々の自衛隊がまだ残っているのですが、救援要請が来ています」   
   
総理大臣「救援に行かせろ」   
   
防衛大臣「むずかしいと思います、集団的自衛権の範囲その他の観点からしても」   
   
総理大臣「そうなのか? じゃ、仕方ない、米軍に伝えてくれ、“日本人救出については重ねて御礼申し上げる、わが国の自衛隊は貴国の部隊の救出には向かえない、現地部隊の健闘を心より祈る”と」   
   
防衛大臣「そ、そんなこと言えませんよ」   
   
総理大臣「だろっ。日本人を助けてもらっておきながら、放ってはおけまい。義を見てせざるは勇なきなり、というやつだ、いや、意味が違うか。ともかく時間が惜しい、救援に向かわせろ」   
   
防衛大臣「しかし、大問題になりますよ。戦死者が出たらさらに大変なことに・・・」   
   
総理大臣「国民にもマスコミにも知られないようにして進められないか? さもなければ例えばだな、連絡系統に混乱があって、まだ邦人が救出できていないものと思っていたところに部隊救援要請があってそれに応じたものだとか、説明を何か考えろ・・・おいっ、この件は今は議事録に載せるな。みんなもこの件は秘密だ、注意してくれよ」   
   
官房長官「総理、それよりも昨夜の地震で大変なことになっています」   
   
総理大臣「どうした?」   
   
官房長官「○○原発が異常運転のようで・・・かなり危険なようです」   
   
総理大臣「うぬ、それは困ったな。あれは○○電力の発電所だよな。よしっ、○○電力の本店に行って職員にゲキを飛ばす。ヘリコプターで向かえるかな、必要な手配をしてくれ」   
   
官房長官「その前に、原子力発電所へ視察に寄るとかはなさいませんか?」   
   
総理大臣「そんなことしない」   
   
官房長官「なぜです? 現場を困惑させるからですか?」   
   
総理大臣「君子、危うきに近寄らず、ということだ。原発なんか怖くて行ってられるか」   
   
財務大臣「あの、昨日の委員会質疑ではあんなことを言って・・・申し訳ございませんでした」   
   
総理大臣「気をつけてくれたまえ」   
   
文部科学大臣「何かあったのですか? 昨日はあっちへ出られなかったもので」   
   
総理大臣「野党の女性議員から質問があってな。それへの答弁で財務大臣は失言した」   
   
財務大臣「我々の経済政策の実績を自己評価せよとか言われたものだから・・・あの議員、NHKが今もよく放送している“花は咲く”の歌詞を持ち出して、景気刺激策は花開きましたか、何か実績を残せていますか、などと言うものだから、ついつい・・・」   
   
文部科学大臣「はあ?」   
   
財務大臣「いや、余計なこと言っちゃって・・・今年下半期には大輪の花を咲かて大きな実を結びます、花は咲きさえすればいいわけではない、実を結ぶことが大事なんだ、あんたも花がしぼまないうちに早く結婚して子供を生んだほうがいいんじゃないの・・・って。いや、さっき電話で謝った」   
   
文部科学大臣「うは、それはまた。国会を荒らさないようにして下さいね・・・近々、教科書検定の件でむずかしい対応があるので」   
   
総理大臣「むずかしい対応って何だ?」   
   
文部科学大臣「或る新規参入の出版社がつくろうとする音楽の教科書があるのですが、“同期の桜”が掲載されておりまして・・・」   
   
総理大臣「ふむ、それはまた大胆だな」   
   
文部科学大臣「その曲を紹介する文章が 軍 国 主 義 うんぬんと否定的なものだったわけです。検定の結果、そのような文章を削除したうえでこう書くように修正を求めたらしいのです・・・“軽率に犬死することはよろしくないが、祖国・国民を守るにあたって命を惜しむことがあってはならない”と。この件を一部の議員が問題視しまして・・・ちょっと厄介なことになりそうです」   
   
総理大臣「そんな教科書をつくっても、教育委員会・教員その他が反感を持つから、結局はあまり売れないだろ」   
   
文部科学大臣「そういう問題じゃないです、検定意見に噛みついているわけで」   
   
総理大臣「ったく、どうしてこう色んなことが・・・俺、総理大臣やるの、やんなっちゃったな」   
   



雑記



   
 左のは雑誌。この号、雑誌本体および付録にて紹介されているメニュー/レシピの件数が随分あって、それにもかかわらずこの値段とは・・・筆者個人的にはちょっと驚きを感じた。   
   
 右のは マ ン ガ 「 そ ば も ん 」の単行本、第15巻。   
   

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