2014-02

Latest Entries

不解離、不乖離、深入り・・・いや、「深煎り」なビール



   
 「大阪維新の会」(また「日本維新の会」も)が誕生してから何年か経つが、日本の中で大阪勢が「のして来る」ことを警戒して「東京“威信”の会」が生まれないのが不思議に思えぬでもない(笑)。   
   
 なかなか徹底しきれるものではないが、何かにつけ「どうせなら東日本の企業の製品・商品を買い求めようよ」と、私生活上ではちょこちょこ口にする筆者なのである。そしてまた思う・・・。   
   
 東京にはサントリーホールがあって、言うまでもなくクラシック音楽系のコンサート会場としては重要な座にある。だが、東京都と都知事はそろそろ、都の施策として「ヨントリーホール計画」を立案するのもよかろう。   
   
 鶯谷(うぐいすだに)、巣鴨(すがも)、鷺ノ宮(さぎのみや)、千歳烏山(ちとせからすやま)という、鳥の名前を持つ地・駅の近くに4つの音楽ホール・公会堂・文化会館の類を新たに建設するのが「ヨントリーホール計画」。    
   
 これにより東京の文化基盤は、大阪企業たるサントリーの存在感から解放される(でもサントリー美術館があるか・笑)。   
   
 上の4か所に加え、さらに東京の多摩地域の三鷹(みたか)、鷹の台(たかのだい)、ひばりが丘、鶴川、鶴間などなどにも建設することで「ヨントリーホール計画」を越えた「ロクトリーホール計画」、「ナナトリーホール計画」すらも可能になる。   
   
   
 「そんなに音楽ホール、ハコモノを作っても仕方ないだろ」という意見もあろうが、果たしてそうだろうか。   
 たとえばの話・・・いま、大阪の行政は「文楽(ぶんらく)」に冷たい仕打ちをしている。これを東京が手厚く迎え、公演しやすい場も用意して「いっそのこと文楽の本場・本拠地を東京に」という動きを促すことが出来れば、300年、400年ののちには文楽という文化は「もうすっかり東京の文化」になるであろう。「カネの力で」というのは品の無いやり方だが、しかし、文化都市のその「文化のレパートリー」を拡充するためのロングタームの計画・戦略として検討されて然るべきものではあるまいか。(長期的視野に基づく「小さいながらもひとつひとつの手間」は、領土・領海を手に入れるためにも行なわれているように見えて仕方ない、つまりは不安が募っているのであるが、これは別のテーマであるな。)   
 加えて、今後の世の中では、65歳定年制を超えた、70歳定年制・生涯現役制のようなことが求められる時代がやって来よう・・・その範を自治体たる東京都が示すにあたって、継続雇用の場として音楽ホールなどは有益なものとなりえよう。音楽ホールそれぞれに、たとえば「館長」職1名、「副館長」職3名のほか、総務部長、総務部次長、主計部長、総合企画部長、クラシック音楽部門企画部長、美術展企画部長、外部有識者企画審議委員会事務局長、設備メンテナンス部長、購買部長、内部監査部長などなどとその構成スタッフを揃えると、結構な人数が必要となる。めでたしめでたし・・・。   
   
   
 冒頭の写真の左のは缶ビール。サントリーの品で「ビターロースト」。副タイトルが「大人の深煎り」。甘苦さの内容・あんばいが絶妙で美味い。ロースト麦芽の風味が嫌いでない人は試して損はない。サークルKサンクスの店で買ったもの。   
   
 グリーンのボトルはスコッチのシングル・モルト・ウィスキーでグレンフィディック。有名すぎる品。これまた日本ではサントリーが扱う。以前に比べてコクや麦っぽさが増したか。さらにそれ以前のものともまた違うが、しかし、筆者にはむしろ今の味が良いように思える・・・そして、左のビールに続けて飲むのにも良い。   
   
 背景の紺色のはTシャツで、これはずいぶん前に酒店かどこかで貰ったもの。スコッチのバランタインの販促の品。外で着るような趣味もなくそのままになっている。バランタインも日本ではサントリーが扱う。   
   
 上で述べたような冗談話にもかかわらず、サントリーが関わる酒を筆者はずいぶん口にしているなあ。   
   
 過日のこと、サントリーはジム・ビームを買収した。ウィスキーの世界、その企業関係/資本/マーケットを考えると、サントリーは実に凄いことに挑んでいるのである。   
 ま、筆者は「竹鶴」も「ホワイトホース」も好きだが・・・。   
   
   
 ・・・・・・・   
   
   
 下のは、先日、親のために用意した食事のうちサバ(鯖)と砂肝・・・歯の悪いほうの親には砂肝でなく高野豆腐の料理とした。   
   


雑記



   
 (↑)グールドのDVD。   
   
   
 話題は変わるが、日経新聞の1月の「私の履歴書」は小澤征爾氏であった。   
 果たしてセルの名前は出て来るだろうかと思ったいたら、第14回と第22回にその名が登場した。大した言及でもなかったが、仕方あるまい。それでも、セルの名を新たに知ってその名を記憶にとどめてくれる人がひとりでも多くなれば・・・。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 筆者は食材について「国産」へのこだわりはわりとあるのだが、しかし、世の中、女というものは概して「国産」へのこだわりがとても強いな・・・という印象を受ける。安全・安心なもの、体によいものを食べておきたいという本能、生命維持の本能が強いのだろうか。   
   
 近所からでも知人からでも、たとえば野菜をドッサリ貰ったりすると、筆者などはそれを見て「ほう、ずいぶんと・・・。ありがたいことだね」と当然思うにしても、満面の笑みを浮かべることはありえない。ところが、どうも、女というものはそういうたくさんの食べ物を見て嬉しさとともに充足感のようなものを覚えるのではあるまいか。これまた、多くの食材が手近に確保されたことによって、生命維持の本能から来る安心感が生まれるからなのか。   
   
   
 ハギレが売られているのを目にすると女はどうして目を輝かすのか、これまたちょっと理解しにくい。クリエイティヴだったり裁縫上手だったりする女性ならばともかく、そうでもない女でも・・・(笑)。   
   
 下のは、これは筆者が買ったハギレ。調理に続いて今度は裁縫に挑戦するのかというと、そんなことではない。工具類をボックスに入れる以外に布で包んで保管することもしているのだが、そういうのに用いようと得たのだ。93センチ×160センチほどの寸法で、はあ、こういうシロモノはこんなに安い(税込100円)のかと感心した。   
   


雑記



   
 (↑)ペン先。決まった店で買うことにしているわけではなく、目にとまったときに買い求める。   
   
 そのペン先の背景に置いたのは一筆箋。こういうものもまた、目にしたときに得ることにしている・・・この品は、障がいを持つ子供たちが描いた絵があしらわれた綴りなのであるが、「とてもいいな」と感じる絵が何点か含まれていたので買い求めたのだ。(著作権の問題があるのでモザイクをかけている。)   
   
 障がいを持つ・持たないとか、苦難を経験している・していない等のことを、作品評価へのプラス要素・マイナス要素とすることに、筆者は抵抗を覚える。それぞれの人に対してドライに接することなど決してないし、自分は人並み程度に「いたわり」や「共感」の心も持ち合わせていると思うのだけれども、それと作品評価とを殆ど無意識的に切り離していると思う。   
   
 某S氏の作とされた音楽作品が、実は某N氏の手になるものだったとして騒がれている。   
 誰が書き上げたにせよ、作品は現に誕生し存在し続けている・・・聞き手それぞれ、「大いに気に入った」とか「ほどほどに気に入った」とかの自身の感想に従って愛し続ければそれでよろしいではないかと思う。ああ、しかし、「作曲家S氏の境遇・経歴はこれこれで、その背景物語とセットで個々の音楽作品の意味合いも価値も決まるのだよ」との主張もまたありうるだろう。もちろん、世間を欺いたこと、また、例えば、そういう背景物語から勇気やエネルギーなどを得たと感じている人を失望・落胆させたことの責任は大きい。   
   
 なお、今回の事件については、仮に議論をしても平行線をたどるばかりとなることが予想されるので、この事件に関わるコメントはご遠慮いただきますようお願いいたします。   
   
   
 下のは、或る時の、親たちのための夕食作りに活用したもの。先に写真を撮っておけばよかった・・・これはもう「あと片付け」段階のときに写したもの。   
 焼とり(鶏のみならず豚も含む)については、筆者自身は居酒屋その他で口にするが、食事づくり、それも夕食用ともなれば時間帯的にやはりスーパーなどで買って来ざるをえない。つまみ食いもしたが、わりと良い出来の品であった。   
   


«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。