2013-12

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新春かるた? 「た」・・・「タチウオ」の「た」、 「て」・・・「手抜き」の「て」



   
 上のは太刀魚(タチウオ)のホイル焼き。思いつきで包丁の切り込みを横長に1本、それに交差するように縦2本を入れたが(「くさかんむり」みたく)、これが必要であったか、または適切であったかどうか分からない。もちろん「手づくり料理」とは言える。ホイル焼きするしばらく前に塩を振り、また、食卓へ運ぶ直前にレモン汁を振りかけた。   
   
   
 下のはビンチョウマグロ(ビンナガマグロ)の刺身で、これはもう皿に移せばよい状態で売られているものであったから、手抜きと言われても仕方あるまい・・・しかし、「俺の調理したものは絶対に美味しい」と信じて「手づくりのもの」ばかりを押しつけては(食べさせては)いけないと、そのように心得ることも大事だと思っている(笑)   
   

新春かるた? 「と」・・・「トラマメ」の「と」



   
 上の写真は「トラマメ(虎豆)」。豆の一部に茶色・肌色っぽい部分があってその個所の模様が虎の毛皮を思わせるのでこのように呼ばれる。右側の2粒は収穫後そのままのもの(乾燥状態)、左側の1粒は、煮る前にたっぷり吸水させて膨らんだもの。   
   
 この豆は甘い煮豆にすると美味である。大抵そのようにして楽しまれているであろう。(ただ、もしかすると、この豆に特徴的な独特の風味の点で好き嫌いなどありうるかも知れない。)   
 しかし、筆者は今回、干しシイタケ出汁・醤油味の煮汁にて煮豆とした。生シイタケも加えた。   
 歯が悪い年寄りでも食べやすくするため、豆は水に12時間ほど浸けておいてもらった(今年収穫のものであるから、普通はそこまで長く水に浸す必要はなかろうと思う)。そのときに用いた水は今回は捨ててしまうこととした。別の鍋で干しシイタケを用いて出汁をとり、そこに酒、砂糖、醤油、控えめな量のみりんを加え、これを用いて豆を煮た。豆が柔らかく煮えたところで食器に取り分け(その日に親に食べさせるぶんと冷蔵庫保管するぶんと)、そして次には、鍋に残った煮汁で生シイタケを煮て、それを先ほどの豆と合わせた。さらに、出汁をとるのに用いた干しシイタケも煮て、これについては調理作業中の筆者の酒のつまみにしたのであった。   
   


「自己中」より「若冲」・「ピカチュウ」、そして・・・



  
 上のは雑誌「 pen 」の直近号。浮世絵に関わる特集は、美術系専門誌などでないのに作品紹介点数・ガイド的解説などにおいてわりと欲張り・頑張りが感じられ、そして「読みで」もあり、ついつい、このように紹介してみたくなった。   
   
   
 写真の背景にしたのは或る投資信託商品の広告にあったキャッチコピー。そう、日本が世界に誇れるものはいろいろある。工業製品、アニメその他はしょっちゅう指摘されるものではあるが、ユネスコの無形文化遺産に登録されることとなった和食も実はそういう「誇れるもの」であったのだし、そしてもちろん美術品、工芸品などなども・・・。   
   

セルの、最近リリースされたCD2点に関して

   
 しばらく前のこと、当ブログではセルの次のような新譜を紹介したことがある:   
   
  1) ルツェルンでの、ドヴォルザーク第8番、ブラームス第1番の、2つの交響曲のライヴを収録したCD。   
   
  2) ケルン放送響とのブラームス交響曲第2番、ストラヴィンスキー「花火」その他を収録した、 Guild レーベルからリリースされたCD。   
   
 このブログでは中途半端なコメントもしたけれども、「レコ芸」誌2014年1月号に簡潔な批評が載っている・・・水色っぽい用紙を使ったページの、海外盤レビュー記事中に上記2点の批評が載っているので関心ある方はチェックを。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 ちょっと前に紹介した、下の画像のラトルのDVDをようやく鑑賞。親の介護で徹夜あけの、疲労を覚えながらもテンションが高いような妙な状態にて観て聴いたのである。   
   
 ラトルの衣装/衣服が好きになれず、そういう思いから何故だか演目最初の(つまり第1曲の)「パルジファル」前奏曲はスキップしてしまった。   
 ブラームスの二重協奏曲、交響曲第4番はともに聴きごたえがあった。   
 二重協奏曲については、粗探しなどしてみようと思ことなしに近日中にあと何回か繰り返し鑑賞することであろう。「懐も深く、そして渋さも満点」というのでなく、映像も伴っているせいか、スリリングさ、活きのよさ、みたいなものが楽しめる。そして、この、こういう作品でありながら、そういう演奏がミスマッチに感じられなかったのである。ちょっと発展途上な演奏であるような印象もあったが、要所要所で「うんっ」と唸りたいものがあった。   
 シンフォニーのほうは、筆者、この曲を聴くときはどうしてもまず自分の呼吸のリズム・深さ浅さを準備・設定し、それに同期して音楽が奏でられているかどうかを確認するような変なクセがあって、この演奏には浸れなかった・・・けれども、ラトルがこういう構え・スケール感・雄渾さ・響き・フレージングから成る音楽を作りあげる人であったとは・・・BPOの性能もよく・・・これまでこの指揮者を誤解していた・・・しかしまた、「たゆたい」や歌いまわしを含め、そして、彫りの深さのあんばい、デリカシーさの現れ方などなどを含め、「実によく、こちらの肌に合う」演奏と感じたわけではない・・・こういうことは、しかし、好みの問題に過ぎないのかも知れない。(そしてまた細部にあまり注意を向けて聴いていないのであるが)、演奏に納得しきれずとも、不思議なことにとても楽しめてしまったこと、事実なのである。   
   


手料理と、出来合いと・・・



   
 親のための食事を用意するときには、何度も書いてはいるが、出来合いのものも組み合わせて自分なりの合理的対応を工夫している。上は、「さごし/さごち」を、少々の塩味をつけてフォイル焼きしたうえ、最終段階でポン酢醤油を垂らして仕上げたもの。   
   
 下のは、メーカー品の焼豚である・・・2通りの厚さ/薄さにスライスし、歯のあんばいの良し悪しによって好きなほうを選んで食べてもらえるようにしている(食卓にのせる前に、それこそほんのちょっとだけ電子レンジで温める)。   
   


親の食事を用意しつつ、自分がササッと口にするもの・・・



   
 親の食事を用意し終えたところで「あ、ついでに自分も同じものを食べたかったな。自分のぶんは計算に入れてなかった」ということは多い・・・「自分のため」のことは、つい失念してしまうのだ。   
   
 で、食事をさせて、片付けも終え・・・そうして食事がてら外飲みというパターンは少なくない。    
 しかし、速やかに空腹を満たしたい場合に備え、そば(蕎麦)のストックも実は用意してある・・・いわゆる「乾そば」ではあるが。   
 が、気に入りのうちのひとつの或る製品が、この秋、「新そば」である旨のシールが貼られたロットでは幻滅な味わいになっていた・・・本年の「そば」の出来によるものなのか、それともまた別の理由によるものなのか。   
 他にも「気に入り」の製品ははあるが、また新たな「気に入り」をコツコツ探す手間を惜しんではいけないなと思った次第で・・・今回たまたま目に入った或る製品は、早速に茹でて食してみたが、「これならいいな」というものではなかった。   
 原材料表示において、「そば粉」が筆頭に示されていることが必ずしも「美味さ・風味の豊かさ」を意味しないと思っているが、それでも一応、優先選択の決め手にはなっている。   
   
 なお、「そば」と関係ないが、ビール系飲料の「麦とホップ」の、「限定出荷」扱い「贅沢初摘み」は、コクには不満があるものの、ホップ由来の香り・風味が喜ばしい飲み物である。売り切れているのかなという店も多いようなのだが、今回は見つけて2本買った。   
   
   
   
 下のは、或る日の夕食づくりにとりかかる前、こちらの腹におさめた食事から。ネタは「つぶ貝」。   
   


雑記



   
 上の写真は、ユリア・フィッシャーによるブルッフとドヴォルザークのコンチェルトのCD、そして東北地方の或る物産。   
   
 それぞれについての話・感想はまた改めて。しかし・・・ドヴォコンがいいな・・・というか、やはりこのヴァイオリニストからは目が離せない。   
   
   
 ドヴォルザークのヴァイオリン・コンチェルトはさほどにはポピュラーでないけれども、筆者は好きだ。下の写真は手持ちの他のCD。いずれもよろしき、立派な演奏内容であると思っている・・・あ、写し忘れたが、メンブラン/ドキュメントの10枚組セット "Masters of the Strings" 中にもイダ・ヘンデルの1947年レコーデイングやオイストラフ/コンドラシンの1949年レコーディングがあった。   
   


表(おもて)も良いが、裏も良し、「裏庭のエロイカ」も良し・・・いや、これは、話題と無関係のダジャレであった


   
 セルのブラ全(ブラームスのシンフォニー4曲の全集)を手もとに置きたいとなれば、現在はソニー・レーベルが扱っている、クリーヴランド管とのステレオ・セッション・レコーディングを得るのが一般的チョイスであろう(なお、第1番については、1957年レコーディングでなく、1966年レコーディングのほうが一般に親しまれているものと思う)。   
   
 セルは、第3番について、1950年代にコンセルトヘボウ管とも正規レコーディングをしていた。   
 セル指揮の第3番については、このコンセルトヘボウ管とのレコーディング、あるいはクリーヴランド管とのソビエト公演ライヴ音源で聴ける演奏スタイルもまた興味深いものがあって、(「解釈」とか、あるいは「インタープリテーション」という言葉を、筆者ごときの者はあまり使いたくないのであるが)第3番の演奏に関してセルの「解釈」や演奏スタイルの迷い・揺らぎ、いや選択ということについて、ちょっとばかり考えてしまったりもするのである・・・。   
   
 しかし、第3番に限らず、セルのブラームス演奏のいろいろは面白い。これまでにあれこれリリースされて来たものと完全にダブるものであるが、「もうひとつのブラ全」と呼べそうなセットが発売される:   
   
  http://www.hmv.co.jp/news/article/1312140001/
   
   
 ただ、しかし、音質クオリティがどのようなものであるか知らないし、これまで他レーベルからポツリポツリと単品リリースされて来たもののほうが音質が良いかも知れない。このレーベルの商品については、筆者、たとえばフルトヴェングラーやミュンシュのベト全を購入しようと思ったときに某ショップのユーザー評価を流し読みした末に思いとどまってしまったのである・・・ユーザー評価が「絶対」・「公正」のものと思うものではないが、警戒もしくは覚悟の材料にはなるものと思っているので。   
   
   
 ・・・・・・・・   
   
   
 下の写真のは、しばらく前にリリースされた、新たなリマスタリングによるセルのベト全。   
   
 背景は新聞広告。   
 「ラカルト」というブランドはかなり有名であるからこの広告の「音・言葉」のシャレは気づいてもらいやすかろうが、しかし、「ラカルト」と「わかると(分かると)」の語は、本当はもっと近づけるべきであろう。   
 筆者なら、「ひきしめ感を実感! ラカルトなら、よーわかると!」などとしたいか。  
   

雑記

   
 両親の昼食に関して前夜のうちから希望を聞いたところ、父は即座に「カレーがよい。カツカレーを食べたい」と言い、筆者は一瞬「男子高校生かよ」と思ったりもしたが・・・ま、いいやね(大人だって食べるものだし)。   
   
 母は特に希望を口にせず。・・・カツカレーは好まないと想像され、ならば普通のカレーもよかろうけど、しかし、たまには「ちょうした」ブランドの「さんま蒲焼」の缶詰などもよいかと思い、あれを、湯せんで温めておかずにした。筆者、たまに、夕食のあとも飲み続けたりするときにそういう缶詰をも口にするが、「ちょうした」のものは独特の甘いタレが魅力的であるし、また、わりとキレイに処理された身が使われている。「もうちょっと、アッサリと、しょっぱい感じのタレがいいな」という人には他ブランドのものがよいかも知れない・・・しかし、サンマの身について「崩れたものを含まない、きれいさ」の点では、やはり「ちょうした」のものには安心感があるように感じられる・・・これは筆者の、ごく限られた経験のみに基づく意見・感想ではあるが(サンマ缶評論家かいや?・笑)。   
   
 カツカレーのための「カツ」はスーパーのデリカ・コーナーのものを利用。オーブントースターにてちょい温めて利用。自分で揚げ物をすると気分が悪くなるが、今回のこういう「温め」でも、ほんのちょっとだけ「うっ」と感じた・・・何と言うべきか、油アレルギーめいたものになっているかも知れない。   
   


雑記



   
 上の写真は「わさび菜」を適当にちぎったところで撮ったもの。   
 この野菜、生食する場合にはサラダにて、またサンドイッチなどで利用可能であり、加熱調理するのであれば炒め物、おひたし等で味わうことが出来る(この場合の「おひたし」は、茹でるスタイルもあれば、「熱湯がけ」とする方法もある)。   
   
   
 親の食事を用意するについて「うなぎ」のリクエストがあったのだが、どうも依然として値段は高く、価値相応の値段とは感じられぬものであった(あくまで「筆者の感覚では」である)・・・というわけで、そのかわりに「あなご」を選ぶこととなった。    
   


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