2013-10

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雑記



   
 左の缶ビールはサントリーの限定醸造品で、取扱店もまた限られているようだ・・・筆者はサークルKサンクスのコンビニで購入。   
 独特の甘苦さ・・・それが豊かに主張する・・・好き嫌いが分かれるかも知れないが、筆者にとっては「ハマッてしまいそうな魅力的な味わい」であった。毎晩のように口にしたりすれば飽きてしまいそうだけれでも、しかし、その、「飽きる」ということを上手に回避するためにこの品を口にするのは週に1回か2回くらいのペースに抑え、そのようにしながらずっと飲み続けたい、また、限定醸造でなくレギュラー商品として欲しい・・・そんなふうに思った。筆者は買いだめするであろう。これは愛すべき佳品であり、傑作でもあるように思う。原材料は麦芽とホップだけというタイプのビール。ホップは北米産ビターホップ。   
   
   
 マンガ「そばもん」の第13巻が発売されている。感想として特記したいものがあれば、それはまた後日に。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 ここしばらくの間に口にしたことあるシャレ・ダジャレから(実際に持ち出した話の展開とは異なる:簡略化して紹介・・・紹介というのも何だかアレだが・笑):    
   
   
 サザエには醤油も合うが、味噌味でもこれまた美味い・・・それを好む鳥もいる・・・「鳥が? しかも味噌とともに?」などと思うかも知れないが・・・その鳥の名は?・・・答えは末尾の*1を。   
   
 「秋ナスは嫁に食わすな」という言葉があるが、これは「ことわざ」ではないのだよ、しかしまた標語でもない。実は、日本で生まれた言葉ではない。昔のイタリアの哲人みたいな人が残した言葉である・・・その人の名は?・・・答えは末尾の*2を。   
   
 魚のブリといえば、何といっても富山県・氷見が名高い。そのブリの幼魚であるイナダで名高いのは、何と、神奈川県なのである・・・ホイルで包み焼きして食べる習慣が有名・・・そういうわけで、川崎市多摩区には稲田堤(いなだづつみ=菅稲田堤(すげいなだづつみ))という地があり、鉄道でも稲田堤、京王稲田堤という駅がある。   
   
   
   
  *1・・・ミ ソ サ ザ イ   
   
  *2・・・ト マ ス = ア ク ィ ナ ス   
   

セル、「英雄」のリハーサルに関して

   
 セル来日時の、ベートーヴェン/「英雄」のリハーサル・・・セルの喋りの内容を日本語にしてみた(このリハーサルは大阪の会場でのものらしく、セルも関西弁で話している・・・いや、それは冗談だが)。   
   
 なお、聞き取り違い、翻訳ミスなどがありえると思う(時間の都合ゆえに、スコアと照らし合わせることをしていない)・・・誤りなどについての気恥ずかしさを紛らすためにエセ関西弁での翻訳としたのだ(笑)・・・で、その関西弁の間違いや不自然な個所についてもまた、ご容赦のほどを。   
   
   
   
 「さ、ええかなー。第1楽章の最初の3小節を」   
   
 「準備ええか?」   
   
 「ちゃうで・・・(ヴィオラ・パートで)誰かBフラットの音を先走っとる(フライングしとる)モンがおる。いち・に・さん、いち・に・さん、・・・こないな具合にやってな・・・わんっ、わんっ、2つ目の休符のあと弓を揺らし持つようにしときなはれ。コントロールしてな」   
   
 「も一度、この3小節だけやりまひょ」   
   
 「よろしい。も一度この楽章の最初の3小節をやってもらえるかな、そのあと、第2楽章の冒頭を。とーっても大事なことはな・・・(第1楽章冒頭の)2度目のトゥッティが炸裂したあと、(ヴィオラ・パートの)居並んでる8人がおじぎ状態になってしまっとるけど(※)、すぐ次の準備態勢に入っとるように、そんでもって、(トレモロを構成している)8分音符をおじぎ体勢から演奏し始めてはあかんのやで」   
   
 ※セルは、「お辞儀する(こと)/頭を垂れる(こと)」の意味の動詞・名詞の "bow" を「ボウ」とも「バウ」とも発音しているものと解した。   
   
 「あかん、もっとコントールせにゃ。・・・そやそや、(レコーディングの磁気テープに生じることのある)ゴースト現象のように(先走りの)音を発してしまう演奏者たちよ!」   
   
 「第2楽章の冒頭を・・・だらだらっとした演奏にならんように、そして、デッドな響きで」   
   
 「準備ええかな?」   
   
 「ええなあ。第5小節で・・・ちょい悲しげに・・・小さい音符をちょい長めに。~みたく演奏せんといてな、そんなんだと、いきなり随分と陽気な表情が覗く音楽になってまうからの」   
   
 「ええなあ。小さい音符のところでほんのちょい歌うようにして。・・・よろしい」   
   
 「ええよ・・・よろしいなあ・・・よろしい、この楽章の、ほんまに最後んとこ、次の楽章のスケルツォへ移っていく個所のところへ飛びまひょ」   
   
 「(スコアをめくりながら)何小節あるんやろ・・・ぎょうさんあり過ぎるもんやから。・・・ティン、パン、という個所を不十分なあんばいで演奏してまう人がいるかも知れんのでな・・・練習番号Hの1小節前のところへ・・・えっ、何? 2回以上ありまんがな・・・コンサートあるところ、平和/平穏というものはあまり来よらへん(※コンサート中に現在演奏中の個所がどこであるか混乱したことがあるかどうかとか、そんな話題なのであろうか。分からない)・・・大したユーモア感覚やねん・・・練習番号Hの1小節前のところを」   
   
 「C音が4回・・・C音が4回、Aフラット・・・技術的にとても複雑や、覚えといて・・・あ、いやいやもうこの部分の練習の必要はない・・・最後の2小節のところへ行こう。最後の2小節のところ(の前)までは完全に皆さんを信用しとるんでな」   
   
 「もう一度、同じように通してみよう。(第2楽章の)最後の2小節から」   
   
 「よろしおます。・・・トリオに先行する(スケルツォの)2度めの終結をするその4小節前のところから。・・・ちょい待ってな、2分音符がちょい長過ぎとる・・・スピードが落ちてるんかな、2分音符が長く保持され過ぎとる。・・・えっと、どこや、2度めの終結をするところから。ホルンには(負荷がかかるから)あんまりぎょうさん吹かせたくないねん、もう1回だけ出来るやろ」   
   
 「フィナーレの最初のところを。最初のところと、変奏のところをちょい。・・・えっとなあ、えらい細かい注文つけにゃならんけど、いま sixteen(th) ××を××みたく演奏しとったけど(※意味不明)、~と演奏するんやのうて~という具合にせにゃ。ほんまにとてもちっちゃい違いや、そやけど違うとるねん。ヴィオラの変奏の後半の前の~の個所からやれるかな・・・そうそう・・・」   
   
 「最終テンポのところへ、最後のプレストに入る2小節前のところへ・・・うまく終わらせよう・・・最後のプレストに入る4小節前のところへ・・・入札は締め切られたゆう感じやな(※リハーサル時間枠には限りもあるし、この曲についての練習・おさらいなど出来る限りのことは為したので「あとは天命を待つ」的な意味合いか。公共工事入札またはオークション入札における、入札までの諸検討プロセスを念頭に置きつつセルはこのような言葉を比喩として発したのではあるまいか。なお、セルは美術品のコレクションもしていたのでオークションというものにわりと慣れ親しんでいたかも知れない。)」   
   

雑記


   
 親たちの夕食(今日・明日のため)を用意すべく買い物に出向いた。   
   
 或る店についてはウナギが時々安いと聞かされていた・・・で、偶然か、どうやら今日がその安い日であるように思われた。「並んでいる品のどれがよいか」を「パッと見」で判断できるような知恵は無いので、いつものように、トレーにのってラップされている品を無造作に幾つか手に取り、無表情を心掛けつつも手で重さを確かめて候補2つを選び、その後、斜め横から身の厚みを観察して少しでも肉厚のあるものを選んだ・・・「肥えたもののほうがよろしかろう」という気持ち・・・塩サバ・赤魚などなどを選ぶときも、皮目の色合いとともに肉厚など観察する・・・それらの判断が適切なものかどうか知らない。   
  
 筆者の横には親子づれとおぼしき女性客がいた(40代後半の母親と20代になったばかりの娘、であるかな)。その様子を直視しはしなかったが、彼らが筆者の様子を眺めていたことは感づいた。   
   
 その後、野菜コーナーで筆者はブロッコリーを選んだ。このときもその母娘がすぐ脇に来ていた。筆者は、そのコーナーに用意されていた、あの半透明の薄いポリ袋の内側に手を入れてからブロッコリーをつかむと、今度は袋を裏返すようにして(内側・外側をひっくり返すように=英語でいう "inside out" )ブロッコリーを包んだ。この母娘のほうに目を向けはしなかったが、彼らが驚いたような様子をしたことが感じ取れた。そうして、その娘のほうは、恐る恐るという感じで筆者と同じようにしてブロッコリーを袋に入れた。だけど・・・こういうふうにして袋に入れるのはむしろ普通ではないのか?・・・少なくともブロッコリーやレタスなどについては・・・サッと袋に収まる/袋で包めるし、手も汚れないし。   
 こちらが野菜コーナーを離れるとき、この娘はこちらを見やり、そしてそのとき口に手も当てずに大きな咳をした(「コホッ」という咳ではない、「うっ、ゲホホッ」という感じの咳)・・・「ガサツ女め、口に手に当てろ」と思ったが、ま、もちろん、筆者はそんな言葉は発しない。   
   
 レジを済ませて商品をレジ袋に入れていると・・・何と、またもやあの親子が向かい側にやって来たではないか。娘のほうはプリプリ怒っていて、母親に話しかけた・・・「(レジ係の)あのババア、ケーキのパックの上に缶詰をのせるってアリかよ。信じらんねえ」との言葉。思わず、その缶詰に目をやったら、ごく小さい軽量と思われる缶詰で、そんなもの、仮に玉子のパックの上にのせられても筆者なら何とも思わぬようなものであった(桃やイチゴの上にのせられたらイヤだ思うが)。   
   
 何をガサツと思うかは人それぞれなのだなあ・・・と思った。   
   
   
 今夜はアジを塩焼きするなどした。楽することが出来た。(ここしばらく、小さく、かつ、痩せたアジを目にすることが多かったので買わずにいた。)   
   


ビジネス・リスク対応講座「謝罪広告、かくあるべし」(なんちゃって)

   
 平素は格別のご高配をたまわり、厚く御礼申し上げます。   
   
 さて、当社レストラン・チェーンでご提供してまいりました以下のメニューのなかに不適切な表現などあることが判明いたしましたので、ここにお伝えし、皆様にお詫び申し上げます。   
   
   
該当メニューその1:「うな重・お楽しみプラン」   
   
 このプランにつきまして、「特撰の国産うなぎを使用」、「ご飯は、こだわりのコシヒカリ(国産)」と書き添えておりましたが、先般、うなぎ・コメそれぞれの納入業者より「実は、うなぎは国産ではなかった」、「コメには相当量の輸入米が混入していた。ただし、国産コシヒカリを中心とするブレンド米であるため食味水準は優れている。なお、コメの選択にあたって“こだわり”と呼ぶほどのことはしていない」等の連絡を受けました。   
 当社に非はございませんが、しかしながら皆様に多大なご迷惑をおかけしたことを思えば心苦しくてなりません。この事態を真摯に受け止め、納入業者になりかわって、ここに慎んでお詫び申し上げる次第でございます。   
   
 また、前菜につきまして「鮮イカおつくり(スルメイカ)、または季節により、朝採れ・朝茹でホタルイカ」と表示しておりましたが、主としてスルメイカ以外の、冷凍イカが用いられておりました。また、ホタルイカにつきましてはボイル後に冷凍されたものが常用されておりました。ただ、いずれも、お客様に安心して召し上がっていただけるものばかりでございました。   
   
 さらにまた、デザートにつきまして「手づくりワラビ餅(宇治茶サービス)」と表示しておりましたが、ワラビ餅は手づくりではなく機械で生産されたものを仕入れて利用しておりました。また、お茶は、特に宇治茶を選んで使用することはなかったことが判明しております。ただ、いずれも品質上の問題など無いこと勿論で、この点につきましてもどうぞご安心下さいませ。   
   
   
該当メニューその2:「打ちたて・茹でたて 絶品手打ち十割そばの味わいプラン」   
   
 このプランにつきまして、機械生産による乾そばが常用されていたことが判明いたしました。また、そば粉使用割合は約42パーセントのものでありました。   
 このようなそば粉含有割合の麺も「そば」と呼ぶことは業界の基準に適合するもので、当社としましては問題はないものと理解しておりますが、メニューにあります「打ちたて」、「手打ち」、「十割そば」の表現と相容れないと感じるお客様もいらっしゃるのではないかと懸念しますので、この点、お詫び申し上げます。   
   
 また、前菜として「越前ガニ入り、北海道カボチャのポタージュ」と表示しておりましたが、越前ガニの入手が困難であることが度々で、いわゆるカニカマを使用する場合が多々ございました。また、カボチャは主として輸入ものでありました。皆様からは「美味しい」とのご意見が多数寄せられ、わたくしどもとしては「心をこめて作ることの大切さと喜び」を感じておりましたが、メニュー表示に不適切なところがありましたことは否定できず、お詫び申し上げます。   
   
 さらにまた、デザートの「沖縄産黒蜜で楽しむ、国産厳選そば粉のそばがき」についてでありますが、まず、黒蜜は、輸入ものの黒糖を用いて当社調理スタッフがつくったものでした。熟練スタッフが心を込めて手掛けたものでその出来栄えには絶対の自信を持っておりましたが、メニュー表示が不適当でありましたことをお詫び申し上げます。次に、そばがきに使用されたそば粉は国産でなく、すべて輸入ものであることが判明いたしました。しかし、たとえば小麦粉などが混入されたような事実は一切確認されず、そば粉100パーセントの、いわば本物の味わいをご堪能いただけたものと自負しておりますが、メニュー表記に不適当なものがあったことは認めざるをえず、心より陳謝いたす次第でございます。   
   
   
 以上の原因は、納入業者の不誠実さに基づくものが最たるものでありますが、同時にまた、当社側においてもメニュー開発・仕入れ担当・調理担当・その他の相互連携に不備があった模様で、現在、詳細を調査中であります。   
   
 皆様におかけしたご迷惑につきまして、幾重にもお詫び申し上げます。  
   
 当社におきましては、創業以来のモットーであります「本物の素材と卓越した技とが奏でるコンチェルト、まごころと舌鼓のラプソディ」の精神に立ち返り、今後ともお客さまのご満足、安心、笑顔のために、また、当社に対する信用・信頼にもとることのないよう、誠心誠意の努力を不断に続けてまいる所存でございます。   
   
 すべての料理素材その他は当社が独自に定めた厳格な品質基準にもとづいて検収合格した優良品でありますことから、ご利用いただいたお客様に対してお食事料金の返金その他の対応はいたしかねますが、せめてものお詫びのしるしとして来夏には「厳選の天然アユ・お楽しみコース」を特別料金でご用意させていただくべく検討中でございます。ご期待下さい。   
   
    
 ・・・たいへん気持ちのよい謝罪広告であり、「すみやかな謝罪をすることで、かえってその企業のイメージ・アップにもつながりうる」ことの模範文例と言えよう・・・お客・消費者の心からはすべてのわだかまりが消え、企業サイドは信頼を回復し、もちろん、天然アユのコース料理にお客が殺到すること間違いあるまい。(笑)   
   
   
 以上は、何かの具体的な謝罪広告にヒントを得てのパロディではない。しかし、最近、ウナギやコメの産地偽装の件(いや、最近ばかりではいが)、ホテルでのメニュー誤表記の件などいろいろあって、「もう何があっても驚かないもんね」的感覚はいっそう強まった。そして、そのような事件では、謝罪の言葉に潔さを感じないことかしばしばある・・・というわけで、「もしも、こんな謝罪広告があったりしたら」などと思いながら綴ってみたまで。   
   

雑記



   
 食欲の秋・・・。   
   
 過日のこと、「シソの実」を、塩漬・醤油漬・味噌漬の3種の漬物とした。   
 親たちは気に入った。それはよいのだが、これに限らず漬物をちょこちょこ作るせいで、世間でよく指摘されているような「漬物があるとご飯を食べ過ぎる」という現象が起きている。食事量などは、また、塩分含有が明々白々な食べものの摂取加減は、食べる人自身でコントロールするのが基本だろうと筆者は思うものだから、注意めいた言葉はたまにしか掛けないけど。   
   
 特に醤油漬が喜ばれたが、しかし、フツーの醤油漬ではない、ちょっとばかり土佐醤油めいたものを利用した。正確に言うと、「めんつゆ」の活用である。ギフト品や土産品の蕎麦・うどんなどにセットで付いてくる「めんつゆ」には「この味、どうも変だよな、好きになれないな」という例があったりする。ちょっと前にもそんな「めんつゆ」に出くわし、これを何かに使えないかと保管しておいたのだが、今回、味調整したうえ、ひと煮立ちさせてから冷ましてこの漬物に利用した。来年も同じ味を再現しての醤油漬を作れるとは思えない。   
   
   
 読書の秋・・・。   
   
 冒頭の写真のいちばん左のはマンガだが、しばらく前に出来した第12巻にまだ目を通せずにいる・・・今月末あたりには次の巻が出る予定なので早く読まなくては。その他の本は再読・再々読などしているもの・するつもりのもの。最近は、新刊本よりも、「あれをもう一度読み返そうか」と思い浮かぶものが多いか。   
 「書棚を見ればその人物がどういうものか分かる」という言葉があったりする。自分で言うのも何だが、「訳(わけ)わからん人だな」という印象を与えかねないか(笑)。池内紀 氏(ドイツ文学者)、林望 氏らのエッセイなども、ちょっとした細切れの時間を活用して読み返したく思う。   
   
 日経新聞の20日朝刊の最終ページには「枕草子」関連のエッセイが載っていた。   
 振り返ってみると筆者、「枕草子」、「更級日記」、「伊勢物語」などなどは高校以来、読み返すことなく生きてきたなあ。と言うよりも、「徒然草」、「和漢朗詠集」、「平家物語」、「謡曲集」などを手に取ることが多い。   
   
   
 春は曙・・・夏は小錦、安芸乃島・・・冬はつとめて朝青龍   
   
 (↑)或るスポーツ記者が言ったとか言わなかったとか・・・いや、筆者の思いつきのシャレだけど・・・「大相撲の勝負のあれこれを、ちょっと目先を変えて季節・場所ごとに記憶に残るものを振り返ってみますと、いつぞやの春場所の曙の活躍がやはり鮮明に思い起こされますね、あるいは、これもいつのことでしたか夏場所の小錦、それから安芸乃島ですかね・・・また、或るときの一月場所の朝青龍にも目が離せず、努めてその勝負をウォッチしていなくてはならないという感じでした」。   
   
   



少子恒例化社会と意気地休業、さわら(鰆)・さごち/さごしの最強味噌焼・・・



   
 育児休業/休暇を実際に申請・取得するのが大変な職場も多いようであるが、たとえ取得が容易であるとしても、その休職中などに、本人にふと訪れることの多そうな、職場復帰への不安その他にもめげずに過ごし、そしてスムースな職場復帰を果たしてみせるためには、前もってのシミュレーション/プランづくりに加えて、「腹のすわり」・「気合」・「意気地」みたいなものも必要なのかも知れない・・・自覚しているかどうかにかかわらず腹のすわった女性(男性も、と言うべきであろうが)は案外と多いようでもあり、しかしながらやはり、そうでない人もこれまた多いように見受ける。「意気地休業」とも呼べそうか。   
   
   
 同音異義語を用いての洒落についてもっと書いてみたかったが、時間が無いな。   
   
 話のついでに・・・冒頭の画像は、旅行業では最大手の某社の広告から。(ドバイのほうについては以前にも紹介したように記憶する。) 一流企業がこういうダジャレを示し、そして、のけぞってしまうこちらとしては、でもしかし、「ダジャレを口にすることは恥ずかしいことでもないのかな」と、ちょい勇気をもらえる(笑)。   
   
   
 一緒に映し入れたのは、先日の或るレシートから。   
 電子マネーの利用を極力控えるようになった。きっかけは「財布の中の小銭の“枚数/個数”を最小化したいと思うとき、レジで幾らを差し出すべきか」という計算能力を維持したいと思ったこと(大した計算でもないが)。そういう計算の習慣を持つことが、はて、頭の健康に役立つかどうかなど分からないけど、でも、計算が瞬時に出来なくなったりすることを恐れてしまう・・・「お買い物ポイント」よりも大切であるような気がしてしまうのだ。  
    
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
   
 スーパーマーケットの魚コーナーで、なぜか目立たぬ位置に配置されがちな商品としては「なまりぶし(生利節)」、「塩鱒(しおます)」、「さらし鯨」などがあろうか・・・「全国的にそのような状況だ」などと言うつもりはない、筆者が寄ることあるスーパーの場合に限ったことである。   
   
 或る時、親たちが鱒(ます)の寿司を気に入ったため、筆者は「それでは」と思って、スーパーで売られている塩鱒の胴切り/輪切りを用いてこれまでに次のような3種の調理をしている(「鱒寿司」の鱒と品種などが同じであるかどうか知らないけれども)。いずれも昼食用。   
   
 1) 19時から21時くらいの間に塩鱒に醤油麹を塗り、翌日の昼食にこれをソテー。   
   
 2) 上と同様の時間経過/タイミングで、醤油麹でなく味噌を塗りつけ、その味噌を取り去ってからソテー。   
   
 3) 塩鱒をソテーしたものに、市販のレトルトパウチのパスタソース(クリームっぽいもの)をかける。   
   
   
 ただし、筆者の言う「ソテー」の意味合いは次のとおり: 上の1と2については、油類は用いず、クッキングホイルの上にごく少量の料理酒(ワイン的なものでなく日本酒的なもの)をたらしての加熱調理。3については、バターでなくサラダ・オイルを用いての調理。   
 胴切りされた鱒を動かしたり、裏返したりするとき、中骨によってアルミホイルに傷がついて穴が開いたりもするので、フライパンの清掃・洗浄の労を少しでも簡単にしたいと思う場合には、クッキングホイルの下に普通のホイルを1枚か2枚敷いておくとよい。   
   
 塩鱒は、店頭で売られているときに凍っているような感じなので冷凍出荷されていると思うのだが、だとすると塩気のあんばいは1年中同じかと思いきや、夏場に買ったものは塩気が少し強いようであった・・・一応の懸念を持ちつつ調味対応したので、「しょっぱいよ、お前の料理は下手だ」と言われずに済んだ。   
   
 3については・・・別途にブロッコリーなどを茹でておき、それを適当なサイズ(高齢者向けであるなら一口サイズ)に割ったもの(ちぎったもの)を鱒に添え、その上からパスタソースをかけると、夕食メニューとしても通用しうるか。  
   
 下のは、先週の塩鱒調理シーンから・・・塗っておいた味噌を箸でこそげ落としたところ。   
   


雑記



   
 たとえ暑かったりしても、しかし、ちゃんと季節は移ろっていて・・・。   
   
 写真の左は洋ナシで、食べ頃を迎えるのはまだ幾日も先のこととなろう。右は辛味大根/ねずみ大根で、蕎麦の薬味として楽しみたいもの。   
   

雑記



   
 (↑)紫大根(むらさきだいこん)。   
   
 これは浅漬けとした。   
   
 下の写真をよく見ていただくと、大根の皮のカット/剥きがあまりにも乱暴であることが分かるであろうが、筆者の「スピード優先主義」その他ゆえ。「食材利用にあたって、たとえ多めのロスが出たとしても時間節約することに、また、手や指に怪我する可能性を最小化することに、多くの、ちゃんとした意義がある」という感覚・・・。   
   
 浅漬けは、塩のみでも、あるいはさらに少々の「味の素」を加えることで十分に美味しい。しかし、酢や、「ゆず」などの絞り汁・皮を加えても勿論よい・・・その場合、pH値によるせいか、紫色した部分が赤っぽくなったりすることもある・・・それもまた綺麗だったりする(酢などを加える場合のそのタイミングや量などについてはレシピ・サイトなど参照いただきたい)。   
   


雑記



   
 (↑)トウガラシの1品種。「へた」を除いての本体は8センチから10センチくらい。   
 日本各地で、こういうトウガラシ類のあれこれを用いての漬物や、あるいは味噌と合わせての調味料・和え物みたいなものが親しまれていると想像するが、自分もそれを真似たものをこしらえてみようと思った。   
 また、このトウガラシを使えば「ゆずこしょう」っぽいもの、タバスコ・ソースみたいなものを自製することも可能ではないかと想像するが、ま、しかし、それらが必要ならば市販されているものを買うほうが手軽であろうからそういう挑戦をしてみるまでの気には今のところならない。
   
 だけど、そうして何かを作っても、こればかりはあまりに辛いため筆者だけが喜々としてつまむだけ(調理作業中などに)ということになるであろうなあ。   
   
 背景に写っているのはペットボトル入り麦茶のダンボール・ケース。調理作業をし始めると酒類に手がのびてしまうことが以前からあって、これはどうもよろしくないと思うのだ。時間帯的に夕刻以降である限り問題ないのだと思いつつ、しかし、いくばくかの罪悪感・うしろめたさを感じてしまう・・・というわけで、調理作業が終わるまでは、この夏にずいぶん好きになってしまった麦茶を今後も愛飲するべく「まとめ買い」した。麦茶よりも麦酒のほうが嬉しいのだけど。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 セルがクルマ好きでメカにも詳しかったことは知られている(キャデラックを運転して自宅と仕事場=セヴァランス・ホールとを往復していた、昼食は自宅でとるため1日2往復)。   
 ワインに詳しく、また食べることも好きであったし、そして自ら料理することもあった。アメリカで、音楽関係の資金集めのため数々の音楽家がそれぞれのお得意料理・お気に入り料理のレシピを紹介する冊子が発行されることがあったが(有料頒布)、その企画にはセルも協力し、グラーシュ(グーラッシュ、グヤーシュ)のレシピを寄せた。   
   
 どなたであったか、日本人の音楽関係者でセルの自宅にも訪れたことある方がいて、夫人は「(夫の)ジョージが料理を始めると大変で、キッチンは戦場のごとくになってしまう」という趣旨のことを言ったそうだ。たぶん、使った調理器具、食材・調味料・ソースをのせるなどした皿・カップなどが、料理が出来上がる頃になっても散らかったままで、調理と後始末との同時進行ということは出来なかった、または、そもそもそうしようとする意図が無かったのではないか・・・ま、そういう調理シーンのほうが、或る意味では男らしく豪快で、料理も美味そうな予感を与えてくれそうではあるが。   
   
   
   
 男が調理をする場合に見受けられがちな欠点・難点にはこんなことがあると聞いたことがある・・・1)道具・調理器具・食器などをあれもこれもと使いすぎ、そして散らかす、2)しかも、それらの後片付けに興味ナシの様子もあったりする、3)何かのレシピを参考にして調理する場合に、そこに示されている食材などをキッチリ揃えたがり、食材に余りが出てもそれを無駄なく活用し尽くせるかまで考慮しない、4)調味料などの分量・比率をレシピどおりきちんと守りすぎて融通が効かない・・・などなど。   
   
 そうかなあ? 筆者の場合、いずれも当てはまらない。   
 一例をあげると、レシピを参考にしたとき「大さじ1杯」、「小さじ1杯」などとあっても、それら大さじ・小さじを使わないし・・・「頭のなかにそれらを思い描きながら、目分量で“こんなものかな”」である。まれに、慎重を期して目の前にそういう「さじ」を置いてちらと目をやることもあるが、「さじ」を汚すと洗う手間が増えるわけだからやはり使わない(笑)。だいたい、レシピを書いた側がキッコーマン丸大豆醤油(こいくち)、タカラ本みりんなど利用しているとしても、レシピを参考にしつつ調理する側はヤマサ醤油やヒゲタ醤油や、いろいろのローカル銘柄の醤油を使っているかも知れない。みりんでも似たようなことはあろう・・・いろいろの調味料をレシピどおりに用いたとしても、はて「カリスマ料理人」と同じ味を再現できているかどうか分かったものではないのでは? 結局、こちらはアバウトに調味料投入しつつ、自分の舌を信じるなり食べる人の嗜好を思い描くなりしつつ「これでいいんじゃないかい?」と自分なりの納得をして調理するのが正解ではあるまいか。加えて、客から代金を頂戴して料理を供するわけではないのだから、「100点満点」の出来でなくても落ち込む必要は無いのである。   
   
 親の介護の関係では時間的に手の回らないもの、体力的に「ちょっとしんどいな」的な作業などあったりするからホームヘルパーさんのサービスも活用している。先日は或るヘルパーさんが筆者の調理作業を目にすることがあって「(作業が)速い。あたしもかなり速いほうだけど、それよりも速い」と言った。父に言わせると、筆者の調理の様子は「食べものを作ろうっていうのに泡をくってやっていて楽しいか? どうしてそんなに」なもので、ま、ともかく自分は速いと自信を持って言える。   
 父はまた、筆者の料理したものを評して「いい加減に作ってるのに、ちゃんと美味しいんだな」と言ったりする・・・褒めるような表情はまったくせずに不思議そうな顔をして。父の世代は「男子、厨房に入るべからず」で、その母親や妻のする調理の様子をごく断片的にしか目にしていないのであろう、昔、父が気まぐれで調理する様子を見ていたら、どんな場合でもガスレンジの火力は弱火なのである・・・「料理とは弱火でコトコト煮るもの」という感覚で生きているのではないかとも思われる。そうして今、筆者が調理しているときにその様子を見にやって来ると、中火や強火のときが勿論あるから、父の目には「乱暴な料理の仕方だ」と映るのではないか。また、さきほど述べたような、筆者の目分量的調味もよく目にしている。さらに、筆者、まな板を洗っている最中などに独り言で「衛生第一、安全第一、味は二の次、三の次」と、ボソッと独り言することがある・・・そういうときに限って父がすぐそばに寄って来たりしているのだなあ・・・「なぜに味を第一とせぬのか?」と、味・出来栄えへの不安・疑念など芽生えるのではあるまいか。   
   
 さて、しかし・・・さきほどのヘルパーさんには、もっと違う点を見て欲しかった。どうやらヘルパーさんによって、水道栓(レバー)の扱いの丁寧さ・乱暴さ、洗面台の周囲やその前面の床に水などを飛ばすかどうか、その他、作業上のソツの無さみたいなことに大きな差がある。この日にも来たヘルパーさんはそのへんがちょっと乱暴で大雑把なのだなあ。   
 筆者の調理作業は確かに速いが、どんなときでも水道栓は、手早くながらもやさしく開け閉めする。また、洗う作業などあるとき、たとえ水を太く流していても、また、大きな鍋・皿を洗っていようとも、周囲に水をはね飛ばしてしまうことは滅多に無い。ついでながら、とき玉子をつくるときも、食事場面と同様、速くても静粛に、箸を器に当てて音を発してしまうことがあれば心の中で「しまった!」と舌打する(食事というものは、もし仮に会話もテレビ視聴も同時に為されていないのであれば、通夜の場でも通用するような静けさのなかで進行すべきものである・・・「食べものを口にする行為」自体に関しては)。物事をスピーディに処理するとは、そのようなデリカシーや注意・心配りも伴うべきものと考えて生きているのだ。そういう、丁寧さ、水はねさせないこと等、このヘルパーさんには(介護作業との関連という形にて)気づいて欲しかったのであるが・・・。   
   
   
   
 土曜、親たちの昼食は中華まん(肉まん/豚まん)を用いて楽をすることにした。そして、味噌汁などを添えた・・・「えっ? そういう場合は味噌汁でなく中華風わかめスープとかが良いのでは?」という意見もあろうけど、すべて中華系の食べもので固めるのは、 セ ン カ ク 問題の進展が不透明な現状に照らし、あまりに日本人としての誇りが無さ過ぎるというものだ、よろしくない。   
   
 日曜の昼食は「何か、簡単でも手作りのものを」と思い、干しシイタケで出汁をとったうえ、ベビー・ホタテ(既にボイル済みの商品)を、おひたしの残りのコマツナとともにさっと煮た(もちろん干しシイタケも一緒に煮た)・・・ホタテは、煮る時間が長めになったとしても食感への影響はさほどでないと思う。出汁をとる時間は別として、実に簡単に過ぎるが。   
   


雑記

   
 「料理がお好きなら料理教室に通うのはどうですか? 自分が通っているところでは男性も受講していますよ。あ、ちょっと指を見せて下さい・・・大丈夫ですね、爪を伸ばしていたりする人にはウルサイ先生なので」と言われたが、筆者、料理好きとは言えまいし、やはり「つくる人」より「食べる人」の側でいたい。   
   
 伸びている爪にウルサイことはよろしい、きっと良い先生であろう。ネイルアートをしっかり楽しんでいる女性に対してはどういう態度をとっているのだろうか。   
 毎回のレッスンで配られるテキスト的な印刷物も見せてもらったが、うーん・・・。   
 或る料理を教わって、その後にたとえ自分ではそれを作る気にならないとしても、何かの知識・コツ・発想が他の料理を作る際に間接的にでも役立つということは大いにありえよう。   
   
 だけれども・・・オムライスやスコッチエッグのレッスンを受けると、筆者の「ぶりネギ鍋/ぶりネギ煮」の腕前は上がるのか? ラタトゥイユを教わると(フツーの和食の)煮豆も上手になるのか?    
   
   
 またちょっとしたら(季節が進んだら)この手で煮豆をこしらえよう・・・(写真の左のは今年の新豆)。   
   


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クラシカルな某

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