2013-06

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雑記



   
 (↑)イサキ。   
 ちょっと前にも塩焼きして食べさせたばかりなのだが、またも・・・ま、この季節の魚と言えようから。   
   
 買いものしてから調理のときまでに大して時間を経ていないのに、目の色には白っぽさが出てしまっていた。イサキは目の色が変わりやすく、この点のみで鮮度を判定しようとするのはあまり意味が無いとも聞くが、気持ち的には「焼き魚にするのでなく、(イサキとしては珍しいかも知れないが)適当に煮魚としてみようか」とも思った。   
 が、結局、塩焼きすることに。   
 親たちの食欲との兼ね合い、グリルへの納まり具合など考え、切って焼くこととした。しかし、これには意外なメリットもあった・・・というのも、このイサキは身が厚く、魚の断面からも火の通り具合を(大雑把にではあるが)推測できて都合よかった。   
 尻尾の側2尾ぶんは、もちろんムダにせず、別途に焼いて筆者が食べた。食べている途中、この魚の脂の香りなど楽しんだわけであるが、個性的な脂の香りということではやはり「たかべ」を食べたいなと、ふと思ってしまったのである(グリルや皿などの洗い物がちょい面倒となろうことは承知しているが)・・・しかし、このところお目にかかっていないな。   
   
   
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 下のは マ ン ガ 「そばもん」第12巻。発売されたばかり。   
 まだ読んでいないので、感想として特に書きたいことがあればまた後日に。   
   


雑記



   
 次々と登場するビール系飲料の新商品を飲む/試すという遊びは、ブログ上で感想を述べることは怠っているが、ちゃんと続けている。   
 ただ最近は、「(誰もが知っているような)フツーにありふれたビールでいいや、いつもちゃんと安定的に美味いんだし」という気持ちが強くなり、また、居酒屋などで生ビールなどオーダーして飲めば「ああ、美味い、これが一番の気持ちリフレッシュ!」と思う。   
   
 上の写真の缶入り2種は最近の商品。   
 左のはキリンの、ビールでないビール系飲料。右のはビールで、こちらはセブン&アイ向けにサントリーが作っている商品。それぞれに美味であったが、味わいの傾向はまったく異なり、風味の豊かさでは当然ながら右の商品に軍配があがる・・・褒めてよい品と思う。「絶賛」するほどであるかどうかは分からないが、フツー程度を越える美味さが確実にあると感じた。   
   
 話が前後するというか左右するが(笑)、左の銀色缶のものは、このデザインに合うような、喉越し・味わいのシャープさがあると同時に、コクめいたものに乏しさを感じる・・・商品カテゴリを考慮すれば仕方ないか・・・ウィスキーを飲みながらの食事が済んでしまったあとに飲んでの感想なのだけれども、ちょっとばかり素っ気ない・味気ないような・・・しかし、爽快な飲み口ではあると思え、和食指向の人がそういう食事とともに楽しむというのでなければ、つまり、現在の多数派が摂る食事との相性を考えた場合には、また、いま時分以降の夏の食卓シーンを考えた場合には、結構よろしい飲みものであるような気はした。   
   
   
 背景に写しいれたのはJR東日本が駅などで配布している山形県観光パンフレット。38ページの冊子で、自然・建造物・観光名所・食べものなどがあれこれ紹介されていて楽しい内容だ。筆者個人的には、山形ガールズ農場の里芋畑(であろうか)がいいなと思えた(笑)・・・いや、霞城公園や上山城の、フォルム・たたずまいなどをこの目で見たい等、思った(とかく写真は実際以上のスケール感・雄大さを持つものであるが、建築物の「形状」その他に魅力ありと予感したのだ)。   
   
 下のは、そのパンフレットの5ページから。   
 「あがってけらっしゃい」とはどういう意味なのか?   
   
 「あがって」は普通に「召し上がって」という意味であろう、この部分は方言とは思えない。   
 「け」は「いけ/行け」・・・つまり「あがってけ」は「召し上がって行け」という意味かなと一瞬思えたのであるが、そうでなく、「くれ」が縮まって「け」に化したのではないかと想像する・・・「あがってけ」は「召し上がってくれ」の意味ではないか。   
 そうして、丁寧表現のためさらに「らっしゃい」が付加されたのが下の言葉であろうか。   
 だとすると、「け」なる音の言葉があること、また、「らっしゃい」を風変わりな感じでつなげること、それらが方言ということになるか。   
   
 パンフレット表紙には「きてけろくん」なるキャラクターが描かれている。   
 これは「きてけろ君」なのだろう。そして、「きてけろ」は「来てけろ」なのだろう・・・「来てくれろ」、「来てくれよ」という意味かと想像する。   
   


「宇宙戦艦ヤマト」搭乗員の事例に見る、所得税法上の「非居住者」判定基準および「留守宅手当」の課税関係について、ならびに、搭乗期間中に支給開始時期が到来した搭乗員の共済年金の課税上の取扱いについて


   
 ・・・(↑)みたいな話を書くつもりはまったく無いけれども、しかし、かの「宇宙戦艦ヤマト」に関しては上のようなことが一番気になるという人が、世の事務系社員・職員/事務屋のなかには少なからずいることだろう(まさか・笑)。  
   
 筆者の場合、このアニメは、まだ昭和50年代に連続テレビ放映されていたもの(再放送だったのか、よく分からぬ)を、たぶん5回か6回くらい飛び飛びに目にしただけでそれっきりだったのだが、しかし、世間では人気が続いた・・・。   
   
 これはもう、それこそずいぶん前のことになるが、居酒屋で飲んでいた時、別のグループの男性客たちが例の「エネルギー充填120パーセント!」なるセリフの120パーセントの意味合いなど議論していて、それを耳にしたこちらは「ああ、確かにそんなセリフがあったなあ」と思い出し、それと同時に、「なるほど、このアニメを理解するうえでは有益な知識なんだろうな、あるいは、つじつま合わせの論理(失礼!)なのかな」と思い、と同時に「それにしても、こういう話題でよくそれほど盛り上がれるな」とも感心した・・・しかし、ちっとも悪いことではない、いわゆる「いい酒(の飲み方)」に属する筈だ・・・「ストラヴィンスキーのハルサイの某名盤でヴァイオリンがフライング演奏しとる個所があったよな?」「ほんと?」みたいな話で盛り上がるのと、あまり変わりないことかも知れぬ(笑)。   
   
 それにしてもアニメは強し。或る夏の日、或る高校の前のバス停にたたずんでいたら、吹奏楽部あたりが高校野球応援のためのの練習をしていたのではあるまいかな、「宇宙戦艦ヤマト」の音楽が聞こえて来たことがある。新しい世代にも人気が続く、受け継がれる音楽/アニメ作品なのだなあ。   
 昨夏などは、別の高校の脇を通ったとき、今度は「タッチ」の音楽を耳にすることがあった・・・歯切れ・押し出し・思い切りなどが悪い、かつ、だらしない演奏っぽくも聞こえたが、こちらの作品もまた人気に衰えは無いのか。それからしばらくして、再びその高校の脇を通ることがあって、今度は聴いたことない音楽が聞こえて来た・・・「レーガーの作品だよ」と言われれば「ああ、なるほどねえ」と納得しそうな、そんな音楽であった。そのブラスバンドが体質的に持つ演奏スタイルや響きには、「タッチ」よりもこちらの作品のほうが数段しっくり馴染む・似合うような気がした・・・もっとも、野球の観客席/応援席でこのような曲を演奏するバンドは無いだろうけど。   
   

雑記



   
 上のは「メバル」・・・そのように表記されて売られていたのだけど、「あれ? 見慣れているものと様子がちょい違うよなー」とは思った。しかし、メバルの類・仲間にはいろいろあるし、魚というものは、人によって、また、土地・漁獲地によって呼び名に違いあること珍しくないのであまりいつまでも気にはしなかったが。   
 写真の右上に写っているのは取り出した内臓・・・黒に近いグレー色のものがかなり多くを占めた。   
   
 煮付けて親たちに食べさせたもの。   
   
   
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 日経新聞のコラム「春秋」の冒頭に、「日本で最初の銀行は みずほフィナンシャルグループの源流のひとつで明治の初めに生まれた第一国立銀行だ」という一文があった。   
 これで思い出したのは・・・「みずほ」が誕生して何年かした頃、「そもそも第一勧業銀行というのは、第一銀行と日本勧業銀行とが合併して出来た。だから第一勧業銀行という名前になった」と話したら、若い人から「うはっ、即席で考えた嘘話!」とでも言いたげな笑い顔が帰って来たことがある。   
   
 「好きな色/カラーは?」という話題のとき、「たとえばプルシャン・ブルー、薄墨桜の色・・・そう言えば、さくら銀行が発行していた約束手形用紙の色調も良かったな、ちょい距離をおいて目にしたときの色合いが」と言ったことがあるけど、話し相手は経理マンでありながらも若いため「さくら銀行」の名前は知っていてもその手形用紙を目にする機会・経験など無かったのであった。残念であった。   
   
 何年か前のこと、経営統合・合併といった言葉を英文の中で用いる機会があった。すでに文章は書き上げてあったのだが、「念のための再確認」ということで、「伴う前置詞などは勿論これでいいんだよな」的なチェックのために、気まぐれで、今なお手もとに置き続けている古い辞書のひとつをめくった・・・プログレッシヴ英和中辞典の第2版。 "amalgamate" の項の例文に「太陽銀行と神戸銀行を合併する」というのがあった。こういうの、若い人が何かの機会に偶然に目にすることあった場合、「何だよ、この例文! 架空の銀行名を用いるにしても太陽銀行って一体! どういうセンスしてるんだよ」などと思うか。しかし、仕方あるまい・・・「昭和は遠くなりにけり」・・・そして同時に、太陽神戸銀行誕生よりもずっと後の銀行再編のことなど、あらためて思ってしまう。   
   

雑記

   
 「(人類で)最初にウニを食べた人は偉いし、凄いと思う」・・・複数の人から聞かされたことある意見。あのようにトゲがあって、その殻をわざわざ割って食べてみようとしたことが凄いとの趣旨であった。   
   
 筆者思うに・・・それはそうかも知れないが、「殻を割って、中を覗いたらあんな具合なのに、その中身に手をつけて食べてみよう」と思ったことのほうが大したものだと思う。   
   
   
 また思うに・・・たとえばエビのようなものは、あのような姿であっても、あれは海などに生息しているからこそ「食べてみようか」という冒険も出来たのだろう、そして、人みな、同じように真似て食べることになったのだろう・・・。   
   
 エビや、あるいは諸々の海中の生きものが地面・土中・樹上などに生息しているものであったなら、はて、人は(というか、日本的食文化の中で生きる日本人は)食べようとするだろうか?   
   
 「おい、母さんや! 今朝は庭にいっぱいエビが来とるぞ。地べたのそこらじゅう、エビが這っとる。お前も来て、一緒につかまえろや! 美味そうじゃのう。おいっ、それはコオロギじゃ、一緒につかまえたら、あかんぜよ」   
   
 ・・・エビというものが「陸上の生きもの」、「地面を這う生きもの」であった場合に、はて、上のようにして捕らえて食べようとするだろうか?   
   
 「おーい、信介さん。いいもんがある・・・これ、おすそ分け! 物置小屋を片付けてたらな・・・タイヤをどけたらシャコがたくさんいたんだよ。よく肥えとるし、きっと甘くて美味いぞ・・・早う茹でて、食べてくれな」   
   
 「畑を耕してたらさ、ちっと向こうのほうの土が盛り上がってモゾモゾッて動いたんだよ。モグラにしちゃ、のんびりおかしな動きだし、何だろうと思ってすぐに土を掘り返したのさ・・・これ、どうだ? でかいナマコだろ。さっきつかまえたばっかりだから新鮮で美味いぞ・・・コリコリやってくれ」   
   
 それぞれが海の生きものであるから、わたしたちは喜々として食べるのである・・・と思う。   
   

雑記



   
 上のは「イサキ」。塩焼きして親に食べさせたときのもの。   
 ウロコ(の大半)や内臓など取り去られたうえで売られていたことはちっとも珍しくないのであるが、イサキなどの場合はやはりありがたい・・・この魚の場合、いじりまわしていると手や指など簡単にケガしそうな気もするので。   
   
   
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 健康に関わるスローガン的なものがあれこれある(または「あった」)。   
   
 食事では色々なものを摂取しましょうということで、1日30品目という目標を今日でもなお意識している人は少なくないと思う。筆者はほとんど気にせず過ごして来たけれども。   
 で、たとえば次のような考え方をする人がいたとする・・・。   
   
 「俺、朝食にコーヒー飲んだよなー。砂糖を入れた。以上で2品目。パンにバターを塗ったからこれでも2品目。ハムエッグではハムと玉子だからこれが2品目。おっと、ソースをかけたからプラス1品目。よしっ、朝食では計7品目達成だ」   
   
 これは正しいのか? 砂糖も1品目とカウントしてよいのか? 砂糖や塩などの調味料はカウントから除外すべきのように思えるけど、しかしながら、ひとくちに調味料と言っても、ドレッシング、トマトケチャップ、マヨネーズ、タルタルソース、ウスターソースその他のソース類、「あんかけ」の「あん」、酢、味噌などは、それなりの栄養価や人体・健康への有用性を持っていそうで、原材料の構成はともかく、或る程度の量以上を口にするのであればそれぞれをせめて1品目くらいにはカウントしたい気はする。   
   
 味噌を、豆味噌と考えることにしたうえで・・・或る人の1日の食事を追ったとき、その中に次のようなものが含まれていたとする・・・豆腐を具にした味噌汁、納豆、豆乳ドリンク、枝豆、湯葉、そして、大豆と昆布の煮物。さて、以上について、何品目とカウントするのが適当なのか。   
   
 飲みものも含め、人は一日にずいぶんといろいろなものを摂っている。さて、或る日に飲食したものに次のものが含まれるとする: 白米のご飯、とろろ付き麦飯、麦茶、玄米茶、米粉を用いた何らかの和菓子、ビール、麦焼酎、米焼酎、泡盛、日本酒、ウィスキー。以上に挙げたもので何品目の食品を摂取したものとカウントすべきなのか(二条大麦・六条大麦の別、蒸留酒であるか否かを考慮しつつ)・・・あ、しかし、糖尿病その他が心配になりそうな飲酒状況ではあるが(笑)。   
   
 何品目を食べたかのカウントを稼げるような、便利な料理はあるか?   
   
 鍋料理はその代表的なものだろう。また、肉野菜炒め、野菜ゴロゴロのカレーなども、多種類の食材を利用することを意識して調理に取り組めば相当の品目を一度に摂取できることだろう。   
   
 外食は「健康的な食生活」の観点からはとかく低い評価がされがちと思うが、しかし、チゲ鍋であるとか、五目中華丼などは、一品で多品目の食材を口にすることとなりうる。   
   
 焼鳥もまたよろしい・・・というのは筆者独自の説である・・・(この場合、話をシンプルにするため、豚を使わない、言うなれば「純粋・正統の焼鳥」を指すものとしておくが)モモ、セセリ、レバー、ハツ、スナギモ、ナンコツの6種類を食べたとする。「すべて鶏の肉・臓器などだから、全部ひっくるめて1品目とカウントすべきだよ」という見解もあろうが、筆者としては「レバーにはレバーに特徴的な栄養価があるし、それを軽視・無視すべきでない」と思うのだ。ゆえに、上の例では、モモとセセリは“肉”として同一視するも、しかし、都合5品目を摂取したものとカウントしたい。   
   
 だが、焼鳥の有利さ・便利さはこれに尽きない・・・七味唐辛子を振りかけると、これで一挙に7品目のカウントをプラス出来てしまうのである。大したものだ。   
   
 以上、もちろん、冗談として受け止めていただきたい。   
   
   
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 かつて「3公社 5現業」という言葉があった。「3つの公社とは、専売公社、電電公社のほか、何か?」というクイズがあったり、あるいは学校の試験問題にもあったりした。   
   
 その答えは「交通公社(JTB)」・・・という冗談が、しばしばあった。   
   
   
 世界3大料理とは何か? それは日本料理、和食、会席料理であるとする冗談もある。呼び名に「○○料理」という共通項があったほうが冗談としてのスマートさが優るとするなら、上の「和食」は「懐石料理」に替えてしまうのもよいかも知れぬが・・・。   
   
   
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 アフリカの或る土地で・・・現地住民のひとりがテレビ番組のインタビューに答える。   
   
 「このあたりの土地は、全体的な天候や降水量にも恵まれているのですが、かつては今ほど盛んには農業が営まれていませんでした。あのへんも原生林でしたからね。土地の開拓・改良も、農業の技術指導も、日本人の手で進められたのです。たいへん素晴らしいことです」   
   
 「土地の開拓は、当初、他の国の人たちの手によって進められる予定でした。しかし、彼らのやり方に強引なものを感じ、我々は反対したのです。それぞれの土地には神様がいるのです。あの丘にも神がいます。切り倒す木々にも神々が宿っているのです。開拓や、何かを進めるには神に祈りをささげ、また、神のお許しを得る必要があるのです。日本からやって来た技術者たちは、そういうことをよく理解してくれました。我々がしなくてはならない祈りやその他の手続きを辛抱強く待ってくれました。日本人の中には、儀式に一緒に参加してくれる人たちもいました。あとで日本人から聞いたところでは、日本でもまた、山々をはじめ色々なものに神が宿っているというじゃないですか。日本には800万もの数の神々がいるとも聞かされ、これには驚き、感服しましたよ。日本が高い技術を持ち、経済発展を遂げて来たのはそれほど多くの神々に守られ、あるいはそういう神々を日本人が大切にして来たからこそなのでしょうね」   
   
 「この地域の農業の成果は著しいものがあります。優れた水田でおいしいコメを収穫でき、食糧としてコメは人気があります。小麦、大麦、大豆、トウモロコシなども盛んに栽培されています、野菜、イモなどもたくさんの種類が栽培されています」    
   
   
 ・・・というのは、30年後、あるいは50年後のアフリカを想像しつつの、空想の話である(なお、筆者、アフリカについては、全体的にも、或る特定地域についても、ほとんど何も分かっていない)。   
 そして空想は続く・・・。   
   
 「日本食、日本の料理は、もはや欠かせません。味噌は日本人から伝わりました。わたしが日本人から教わった味噌汁は、具はサトイモだったり長ネギだったりするものでした。それらもおいしいとは思ったのですが、わたしの気に入りは、ヤムイモや、アフリカの原種のオクラを使った、そういう味噌汁です。朝食に味噌汁が無くては一日が始まりませんね、寒い冬など特にそうです。今朝もわたしは白いご飯に明太子、それにオクラと油揚げの味噌汁でした」   
   
 「味噌と言えば・・・夏は冷汁、あと、酒の肴に“なめろう”も良いですね。最近は物流革命で質の良いアジ(鯵)が容易に手に入るようになって、嬉しい限りです。便利になりましたよ、黒ヒョウ・ヤマトという宅配便など個人でも気軽に利用可能で、キャッサバの通販を代引便で始めた友人もいます。クール便なんていうのもあるのですよ、砂漠に暮らしている友人にアイスクリームを届けたら感激されましたが、日本ではそこまでの需要が無くて思いつかない運輸サービスでしょう?」   
   
 「最近は蕎麦(そば)にハマッています。エチオピア高原に近いところで良質の霧下蕎麦が収穫されるのですが、これは絶品です。かつおぶしにもランクがあるそうですが、どこでしたかの海域で獲れるカツオを使ったものが一番高級とされていて、ともかく、蕎麦を、美味い蕎麦つゆでいただくと・・・ああ、思い出すだけでヨダレが出てきてしまいます」   
   
 「それにしても、かつおぶしというのは大した発明ですな。醤油もまた同様に。たとえば、夏の宵など、冷奴(ひややっこ)の上に、刻んだオクラ、かつおぶしをのせて、そして醤油を垂らす。たったこれだけのものでもサマになる。それをつつきながら、コメから作られるのだという、透明でやさしい甘さの酒を冷やでクイッと・・・ささやかな喜びの瞬間ですが、しかし、たまりませんな。ああ、アフリカのこの大地に生まれ育ってよかったと思いつつ、しかし、それとも自分は日本の食文化を楽しんでいるのかとも・・・ちょっと不思議な気持ちになりますが、それはどうでもいいです」   
   
 「“おかめ蕎麦”というあれも、美味しく、そして楽しいので好きです。はじめて注文しようとしたときに“おかめ”の説明を聞いたのですが、ピンと来ませんでした。“おかめ蕎麦”が目の前に運ばれて来たとき、これは我々の祭りで使うお面とそっくりじゃないかと驚き、そして親しみが持てました。その後、よその店でも“おかめ蕎麦”を食べたら、そちらはまた違った具合で、つまらなかったです。だから、わたしが“おかめ蕎麦”を食べるお店は決まっています、1軒だけですよ。いつの日か本場の日本で、“おかめ蕎麦”を食べてみたいですね。日本という国には、テクノロジーだけではない、不思議なものがいっぱいありそうで好奇心を刺激されます。日本の節分の豆まきの“もっとも爺”もこの目で見てみたいものです。それから、“なまはげ”、狂言、人形浄瑠璃などにも興味があります」   
   
 「蕎麦焼酎の蕎麦湯割りって、日本の人たちも飲んだりしますか? ああ、なるほど、日本ではお馴染みですか、そうでしょうね・・・」   
   
 「日本には鴨なんばんと呼ばれる蕎麦のメニューがあるそうですが、残念ながらこの辺りでは食べられません。ダチョウなんばん、キリンなんばんを美味しいと思いますが、日本にはありますか? 無いのですか、それは残念ですね」   
   
 「蕎麦屋もここ最近でずいぶん増えました。寿司はずっと前から人気があって店はたくさんありますが」   
   
 「我々のこの地では、更科蕎麦、江戸前寿司、回転寿司などの言葉は、お店の看板にもメニューにも、自由には使えないんだそうです。法律のことなどよく知りませんし、理屈もよく分かりませんが、そういう言葉はどこかのお店が最初に登録して使い始めていて、よその店は使えないとかで。移住した日本人が出している蕎麦屋さんや寿司屋さんですら使えず、残念そうにしている人をいくらでも見受けます」   
   
 「これと似たような話と言えるかどうか知りませんが、日本製の味噌や水ナスの漬物を味わってみたいと、わたしの知人が日本から航空便で取り寄せようとしたことがあるのですが・・・航空貨物は税関で没収されてしまったそうです。商品ラベルに“信州味噌”とか“泉州水ナス”などの言葉が表示されていると、どこだったかの会社のもの以外は輸入が許されないらしいですね。食材に限らず、ちょっと名の知れたものを日本から輸入しようとすると次々と税関で引っかかってしまうという話をよく聞きますが、一体どうなってるんでしょうね」   
   


雑記

   
 マグロやカツオの刺身を切る場合に比べ、カツオの「たたき」ではぐっと薄くスライスするというのが多数派と考えてよいか? 筆者も薄めのスライスを好むけれども、しかしまた、1センチ幅くらいに切ったものでも悪くはないと思っている。   
   
   
 先週末、親たちの昼食を用意した際・・・。   
 カツオの「たたき」は、普通よりさらにもうちょい薄目にスライスし・・・。父にはこれを利用した茶漬けを。他方、茶漬けや丼もののような食事スタイルを嫌がることもある母には「そうめん」に「おかず」として添えた。   
   
 「そうめん」には揚げ物などを添えるのも良いのであるが、筆者はどうも、揚げ物をこしらえていると、鍋からの油の匂いで気分が悪くなる。油は、揚げ物で一度使ったらそれは捨ててしまうというのが親たちにとっても長らくの習慣になっており(酸化した油は体に悪いどうのこうので、昭和50年代くらいから油はそういう「使い切り・使い捨て」が定着した)、筆者が揚げ物するときもまたそのとおりにし、つまりは新鮮な油で調理するわけであるが、それでも具合が悪くなる・・・たぶん、揚げ物、油っこいものを敬遠しがちな食生活を長く続けてきたからだろう・・・和食然とした天ぷらはまだしも、しかし、フライなどでもかなり抵抗を覚えるものがあったりする・・・余談だが、「牡蠣フライやカツ丼は、和食なんだぜ」というその主張はたぶん正しいのだろうけど、「パン粉なんぞというものが使われていて和食だなんて、妙なもんだ」というのが筆者の率直な思いである(笑)。   
   
 カツオの「たたき」の茶漬けは、実際に試したことない人は多そうなのだけど、美味である。注意したいのは、薬味として生姜・にんにくは難しい・・・あくまで筆者個人の感覚ではあるが。香りの刺激が、熱が加わる環境下で強くなってしまうことなどによる。梅干であるとか、さもなければ柑橘系のものを上手に活用するのが好ましいと思っている・・・レシピ本、レシピ・サイトなど研究されたし。   
 但し、この茶漬けは、カツオの刺身や「たたき」の風味・香りの要素の中に「苦手な、独特の臭み」を感じてしまう人にはお勧めしにくい気はする。   
   


雑記



   
 車イス、リハビリパンツ、おむつ、その他の介護関係用品を利用しながら親は何度も言う・・・「こういうものの世話になるなどと、想像したことも無かった」と。   
   
 「寒くて自分にはしんどい/やりきれないから手袋をする、たくさん歩けないから自転車に乗るとか、メガネをかける、杖をつくとか、そういうのと同じことで仕方あるまいに」と、そう言おうとしたが、よしたことがある。   
 そのかわりに、「性能的に優れた製品が今はたくさんある。品物の選択・指定に迷った。昔の人たちはとても不自由や不便、不満があったろうと思うけど今は・・・」みたいな趣旨のことを筆者は言ったかな。筆者には「それゆえに我慢しろ」みたいな思いは少しも無く、「人は、自分が生きている時代の恩恵というか、享受できる環境の良い面にまずは目を向けてくれよ」という思いばかりがある・・・しかし、言葉を受け止める側はどう感じたことか・・・どうも、男(息子)というものは、内容的にやさしい言葉を発せられない、特に身内に対しては・・・これは困ったものだ。   
   
 取説を読まなくても、(シャワーチェアのような単純きわまりないものはもちろん)車イスであっても、普通程度に観察すれば「このネジ/この機能にて、ユーザー自身の希望/ニーズにしたがった微調整が可能なんだな」とか容易に推測可能である。これらの品はもう随分前から使っているが、今日は取説を再確認。車イスに関しては、いちいちの理由を述べることはしないけれども、「キッチリしたモノ作り大国であるところのニッポン」をあらためて感したのであった。  
   

1本でもニンジン、3人逮捕でも 誤 認 逮 捕、大きくても小カブ・・・



   
 (↑)大ぶり気味な、しかし、やっぱり「小カブ」。   
   
 これは京都産であった・・・わざわざ「京都の伝統野菜うんぬん」と謳われていたけれども値段的にはまったくフツーで、白い玉の部分での重量にて比較すれば千葉県産や埼玉県産のものと変わらないのではないか。   
   
 せっかくの「京都産」ゆえ、「何か変わった調理方法が無いものか、ええい、ネットで調べてみようか」と思いはしたのだけど時間に乏しく・・・。   
 普通に(自分の知恵の範囲で)扱うことに決めて「煮よう。熱々のところを味わってもらおう」と思ったのだが、このところの気候など考えるとやはり浅漬けすることになった。漬かったものを一口、二口つまむチャンスがあった。白い玉の部分(のスライス)に関しては、「ソフトで、しっとり」なクッション感が目立つか。これはやはり、煮る、さらには、とろりとした「あん」をかけるなどした料理に用いないと「残念!」か、どうなのだろう。(違う種類のカブを用いたものではあろうけど「すぐき漬」などの漬物も美味い・・・研究して自分で漬けようとする気力は無いから今後も時々、ビニールパックのものなど買い求めることになろうけど。)   
   
   
   
 オーマンディ/フィラデルフィア管の20世紀作品集(輸入盤。ソニーから発売のCD12枚組。リリースは昨2012年)は、買い求めながらも「これも結局は聴かずに死蔵してしまうことになるか」との予感もあったのだが、ゆるりゆるりと聴きだした。一緒に写しいれたのは、シノーポリやベルティーニの振った「夏風の中で」のCD。   
   

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