2013-03

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3K職場よりも4Kテレビ。4Kテレビよりも5K職場。また、スマホ症候群のこと。



   
 上は、マグロのカマの煮付け。   
 こういうものを煮付けるのは2回目かな。1回目のものを気に入ってもらえて「そのうちにまた」とリクエストを受けていたが、鮭やブリなどのカマと違っていつでも手に入るわけではない。   
   
 イワシその他で、煮付けるのに頭を切り落としたり内臓を取り除いたりするのと比べると調理作業は楽だ・・・少なくとも筆者にとっては。(なお、カマの寸法に応じたサイズの鍋またはフライパンなどが必要。)   
   
 味わい面での魅力に優れた、いろいろな魚のカマやアラを侮ってはいけない。上のものでは、写す角度の関係からか肉量の少ない貧弱なものに見えぬでもないが、実際はそうでもないし、カマは、食べる人に幸せを呼んでくれるものだ。  
    
 アルミホイルの上に載せているから、また、仕上がりの写り具合から「焼いたのでは?」と見えなくもないが、違う。(ほんらい載せたい皿がまだ別の調理準備作業に使用中であったため、他の皿に仮置きしているところで撮影。) ただ、塩焼きするほうが、どちらかと言えば一般ウケは良いかも知れないなあ。    
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 「5K職場」とは何か。このまえ思いついたばかりの造語である。   
 5Kの「かきくけこ」・・・「(か)風通しがよくて、(き)気さくな同僚ばかりの、(く)空気を読めない人など皆無の職場。そしてまた、(け)結束力が強くて、(こ)向上心旺盛なメンバーばかりだから自分もおのずと毎日を張り切りながら、充実を感じつつ、成長していける職場」。   
   
 ・・・などという、無いものねだりをしてはいけない。5つのうち2つほども満たされていれば、「わたしは何と幸せなのだろう」と喜ぶべきである。   
   
 ああ、しかし、「5K職場」という言葉、既に実際にあるのだな・・・3Kを上回る辛い条件を意味する語として。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 「よっこいしょういち」、「行ってきマンモス」・・・。   
 そんな言葉を発するのと同じようなノリ・癖で、「あ、すまん、すまん、大変スマホ」と言う人がいる。困ったものだ(笑)。これが「スマホ症候群」と呼ばれているもの。 ・・・というのは冗談であり、スマホやタブレットの利用に際しては健康上で注意したいことなどいろいろあるようだ:   
   
   
  http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20130325/1048280/?nktop   
   
   
  http://wol.nikkeibp.co.jp/article/column/20120419/122821/   
   
   
 スマホ・ユーザーは何かを検索すると、検索結果のリンク先ページを1つとか、せいぜい2つくらいしかチェックしないことが珍しくない? あのディスプレイ・サイズにして、使い勝手を左右する幾つかの制約めいたものもあるから仕方ないか。それで十分なことが殆どの場合もあろうけど、テーマ・事項によっては、「うーん、詰め・確認が甘い」と感じたりもする・・・そういうのをこそ筆者はスマホ症候群と呼びたい気もする。もちろん、あとで普通のPCなどで検索し直して念入りなチェックをしているのなら話は別だが・・・。   
   

最適なダイアリーとは(その2)


   
 いつもと同様、文字数こそ多いものの、ま、ちっとも大したことは書かない・・・。   
   
   
 ダイアリーは、その最初のほうのページにありがちな「年間計画表」などと名付けられているものは別として、殆どの人が日常・中心的にスケジュール記入するページの仕様は見開き状態で1週間分か1か月分かの2種類に大別できるかと思う。   
 いずれが好ましいかは、それこそ利用者の都合次第であろう。   
   
 筆者の場合、ずっと昔は「見開き状態で1週間分」のスタイルのものを愛用していた。たくさん書き込めるからである。   
 が、次のような理由があったりして、「見開き状態で1か月分」のもの、そして大きな判型のダイアリーを好むに至った。   
   
 1) 諸々の予定が翌週あたりにズレ込むことの多い年があった(いま現在もそういうことは時々ある)。それらはこちらの責任によるのでもないのに、ページをめくってもう一度スケジュール記入するのは面倒で、いや、それ以上に癪なことだと感じた。「見開きで1か月分」のダイアリーであれば矢印・線を引っ張ることプラス・アルファ程度で「変更の旨の記入」が済んでしまうことが殆ど(翌週がすなわち翌月でもあるというケースもありはするが)。   
   
 2) 「毎月」その他のペースで定例的に開催される会議がある。自分が出席するものもあれば、出席はしないけれどもその会議のために資料を作成せねばならないものもある。それら会議の名称を記したゴム印があったので、ダイアリーに予定記入するにはペン書きするよりゴム印押ししてしまうのが楽だと思った。「見開きで1か月分」のダイアリーでは1日ぶんのスペースが狭くなりがちだけれども、判型の大きなダイアリーを選べばこの難点は解決する。   
   
 さて、見開きで1か月分のダイアリー・・・筆者が好むのは、何と表現すべきか、横罫線がズラッと並んで縦方向に1日ずつ進むスタイルのものではなく、壁掛けカレンダーの大半と同じように週ごとに改行されて日付配列されている、つまりは、結果的に1か月が4行ないし6行で記載・表現され、もちろん各日が線で仕切られているものである・・・そして、左から月曜日で始まり、右端に日曜日が位置するもの・・・左端が日曜始まりのものもあるが、基本的に土日が休みという者にとっては、ダイアリーで土日が隣りあわせで並んでいると、両日の欄を(両日の仕切り線を無視しながら)いわば「その週の To Do リスト」として用いることもしやすく、便利だと思っている。   
   
   
 親に発生するスケジュールがある。それらのうち、筆者も関与するのが望ましいとか、同席してくれるとありがたいなどと求められるものがあったりする・・・たとえば、そう、介護関係であれば市区町村の役所/役場の担当者の来訪、ケアマネさんの来訪、介護関係サービス業者との意思疎通・打合せなど。   
 こういうもののスケジュール記入まで生じる状況になり、「ああ、大きめのダイアリーを使っていてよかった、記入しやすい」と再認識した・・・いや、だけど、「そんなこと当然よ。あたしなんか、長男、長女、次男のPTAの予定や予防接種スケジュールや、山ほどのことがあってもう大変だもの。何を今さら大判のダイアリーがよいなどと言っているのかしら」みたく呆れられることも、当然あろう。   
   

「サヨリとタケノコがうれしい、春いっぱいのスパイシー・カレー」、そして「マーボー菜の花」

   
 (↑)・・・仮にそんなメニューやレシピを目にしたとしても、筆者は決して惹かれないことであろう。   
   
   
 さて・・・。   
   
 パスタというかスパゲッティ類を敬遠する人も世にはいる。「意識しないうちに油、カロリーを摂ってしまい、太りそうだから」とか、様々な理由があるようだ。   
 筆者もまた敬遠派で、なぜかというと、小学生の頃、同級生の中には遠足や屋外授業のときに先生が「道路の右側を一列に歩きなさい」と指示しているにもかかわらず、おしゃべりに夢中になったり、はしゃいだりして先生の指示を守らない子達が何人もいたからである。   
   
 そんなこともあってスパゲッティ嫌いになってしまったのである。実に単純な理由であるなあ。   
   
   
 え? 説明がちっとも分からない?   
   
 つまり、その・・・。   
 その当時についても、今日/現代についても、有事の際の地上戦や防衛活動に関して、たとえ職業軍人でない者であっても動員された場合などに、最低限度どのような素養が求められるのか筆者はよく分からない。しかし、子供の頃、「リーダーと定められた者の指示に忠実に従って整然と行動できること」だけは最低でも必要なのだろうなと思っていた。だから、上のような、逸脱する子供(同級生)を「困ったものだなあ」と思いつつ眺めていた。   
 イタリアから伝わった食事を口にしていると、戦争でいち早く降伏してしまうような性根・根性の国民になってしまうのではないかとも思うようになっていた。   
 ・・・愛国心の発現を阻害する要因となるようなものは、普段の心構えであれ、食事内容であれ、よろしくないという思いがつのっていた。   
   
 それからまた・・・小学校2年生か3年生くらいのときかな、或る食堂でお店の人がお客さんに向かって「お子様ランチ」の内容について説明しているのを耳にしたことがあって、その中に「マカロニ・サラダはどのお子さんもみな好きですからね」みたいな言葉があった。そのとき筆者は「ああ、マカロニというのは子供専用の食べ物なのだな」と思い込んでしまった・・・となれば、筆者のようなデリケートでセンシティヴな(?)子供は「マカロニなんて口にするものか」と思ってしまうこと当然なのである(笑)。爾来40年あまりにわたって、マカロニ・サラダであるとか、定食の、たとえばチキンカツなどの脇にチョコンと添えられたりするスパゲティ・ナポリタン的なものとかを、ま、睨んだり敬遠したりして生きて来た。   
   
 自分が食べるのでなければ良かろうと、先日、親たちのためにマカロニを使ったサラダを作った。菜の花を用いた。ソース(筆者的には、からめる「たれ」みたいな感じだなあ)はコンソメスープをベースにし、ミツカンの「味ぽん」もほんの少々だけ加えた・・・「味ぽん」利用は、ソースの味の調整中に自分で思いついたアイデアだったが、あとでネットで調べたら同様のものがあった・・・とすれば、珍妙なアイデアと笑われることもあるまい・・・ともかく、菜の花にも合う酸味・香りだと判断したのだ。   
  
 いつもだと、ひとたび調理スタートしてしまうと写真を撮る心のゆとりが無いのであるが(複数メニュー調理を同時進行していることも理由ではあるが、また、いささかなりとも濡れていたり汚れていたりする手ではケータイやデジカメに触れるまいという神経質さもある)、今回は食卓に運ぶ直前に写真撮影できた(下方の画像)。   
   
 めでたし、めでたし・・・いや、実は、めでたくないのであった。   
  
 親たちが食べ終える頃になって、このマカロニ・サラダに使おうと小さくカットしてあったハムを放置したままなことに気づいた。つまり、下の画像は、筆者が本来こしらえようとしたものにちょっとだけ足りない。しかし、親たちは何も言わず、満足そうに口に運んでいた。メインのおかずは別にあったから、ま、いっか(笑)。   
   
 ・・・こんな失敗をするとは・・・やはり「和食でないもの」は好かぬし、自分に合わぬか。   
   



最適なダイアリーとは(その1)



   
 年末も近づく頃、翌年の新しい手帳・ダイアリー選びをするとき、人の心はそわそわする。   
 人はたとえばこんなことも想う・・・「小さな手帳に改めようかな。内ポケットの出し入れ口に引っかかることもないくらいの小さめなものが良い。日々を、自分の生き方を、今よりもっと軽快にしたい。スケジュールの書き入れ方をもっとシンプルにすれば小さい手帳でも十分ではないか」・・・しかし、現実には記入スペース不足を生じたりして難しい・・・。   
   
 上のは、筆者がこれまで使ったダイアリーのうち最小サイズのものと最大サイズのもの・・・。最近何年間かはA5判のものが殆ど。昨年は一旦は勤務先支給の変則サイズのものを使い始めたが、水に濡らしてしまい、カラー・マーカーのインクが流れ出して汚くなってしまったため年の途中で写真の品に切り替えた。   
 いずれにせよA5判だと、執務中は見開き状態のA4版状態でA4クリアフォルダに収め、ま、便利なのである。   
   
 あと、何点か書き足したいことがあるので、それはまた後日・・・。   
   

雑記

   
 本ブログ記事につきましてはアップロードまでに当方の手違いを生じ、記事および画像チョイスを後日やり直します。(文章が手もとPCに残っていないため、気力回復しない場合は断念します・笑)   
   


ベートーヴェン/「コラリオン」序曲のスコアをオレインブルク版やレーベンライター版で探してみようか



   
 ちょっと前のブログ記事で触れた雑誌「オレンジページ」3月17日号・・・190ページにある4コマ漫画に、幼い子(ほぼ3歳の子ということになろう)が自分の好き勝手に歌を歌うというものがある(「自作の歌」とも呼べる)・・・大人からすれば「デタラメな歌」ではあるが、よくあるパターンだろう。その歌詞中に「しりどあえ」という言葉が出て来るのだが、マンガの著者はその部分に矢印を引いてクエスチョンマークを付けていて、つまりは「この言葉、どういう意味のつもりなんだろーね?」的な疑問を示している。   
   
 「しりどあえ」・・・読者にも分かりっこない筈。   
   
 こういうこと、よく経験するものだろう(筆者の場合には親戚の子とか、乗り物で一緒になる子供に関して・・・なお、筆者には子育ての経験が無い)。   
   
 なぜだか、この「しりどあえ」という言葉が引っかかり続けた。   
   
 専門的には「音位転換」などと呼ばれるものとして、「とうもろこし」を「とうもころし」と言ってしまうような例もあるらしいのだが、「しりどあえ」もまたそういう要素を伴った結果の言葉ではあるまいかと想像した。   
   
 演歌、いや、そうとも限らぬが、「しのびあい」という言葉が登場する歌を子供が耳にしたとしよう。その子がこれを仮に「しびのあい」と覚えたり言い間違ってしまっても不思議でないように思える。   
 加えて・・・歌手がちょっと舌足らずだったり不明瞭だったりする発音をしたり、あるいは、鼻声・だみ声などで歌ったりしていると、大人の耳にも「しのりあい」、「しのびあえ」、「しどびあい」と聞こえてしまうかも知れない・・・あるいは、真似て口ずさむ子供が、時に力まかせにだみ声っぽく歌ったりすれば、それを聞く大人の耳に届く音声もそれなりに・・・。   
   
 というわけで、マンガ中の「しりどあえ」は「しのびあい」から来ているのではないかなと想像した。   
   
   
 子供はさらに成長すると、上のような言い間違いもしなくなって歌詞を正確に歌うようになるのだろう・・・そうして、いや、そのかわりに、たくさんの乗客のいる路線バスの中などで、例えばの話、「天城越え」とかを、歌詞の意味することも承知せずに、しかし熱唱し続けたりするのだろうなあ。   
   
 冒頭画像(ブラウザ画面の画像化)は、これは音位転換とは違うだろう・・・しかし、似たようなことは誰にでも起こりうる・・・かな。  
   
   
   
 下の画像は、衣類に付けられていた紙製の札(こういうのもタグと呼んでよいのかな)。   
 で、そのうち上段のは、これは "exceeding" とは凄いなとか、また、 "ladie's" のアポストロフィについての疑問に関わるもので、ま、今はどうでもよいのだけど、さて下段のものに関して・・・こちらは男もののワイシャツに付いていたもので、「背中にプリーツ/タックが入っていますよ、貴殿の体型によっては糸を引き抜いてスマートにフィットさせて着用して下さい」的な説明書きがされているのであるが、さて "toesole" とはどういう意味の言葉なのか?   
   
 筆者には分からない。しかし・・・。   
   
 想像するにこれは、美術用語としてでなく洋裁用語としての「トルソ」( "torso" )を、何かしらの理由で「トーソウル」のような音として聞き、「んじゃ、英語ではこんな具合に綴るんかなあ」と想像したままに表記したものではあるまいか・・・どうだろう。   
   


チョコレートで作るオブジェ



   
 (↑)ホワイトデー商品コーナーには手作りチョコレート用のチョコも売られていたので、それを利用して作ってみたオブジェ。作品タイトルは「波濤・うず潮 - 阿倍野ミクスの大阪景気刺激効果と鳴門海峡冬景色」である(何のこっちゃ)。   
    
   
   
 ・・・というのは嘘で、これは豚レバーをスモークしたもの。   
 調理済でレトルトパウチされて市販されているものである。   
   

「嗜好錯誤」、「至高錯誤」、「万事急須」、「蕎麦用人」・・・

   
 (↑)ブログ記事内容と関係ないタイトルだが・・・。   
   
 過日のこと・・・この時期だからハウス栽培だろうけどキュウリが美味そうに見えたからそれを買い、スライスしてワカメとともに酢の物として親たちの夕食に添えることがあった。   
   
 ワカメもこれのために新芽のものを買った。余ったぶんについては親たちがわりと好きな紀文の「魚河岸揚げ」なる品と一緒に翌日に煮て食べられるよう、煮汁も作っておいた(・・・ちゃんと食べた由)。   
   
 キュウリもまた余ったので一部を極薄スライスして塩に漬け(浅漬け)、また、残りは味噌漬けにして「(これまた)明日以降にでも好きなように切って食べてくれ」と言い置いた。   
 それらキュウリ漬はやはり美味しかったらしく、それは結構なことだが、「キュウリを使ったサンドウィッチも食べたくなった」と言って寄越した・・・パン嫌いの筆者としては「パン食メニューを用意するのは気が乗らないな」と感じたが、筆者が作る前に彼らは今週中に既にそういうサンドウィッチを食すことになり、こちらとしては「うむ、よろしい、一件落着(笑)」的な気分であった。   
   
 が、本日の昼食についても「サンドウィッチのようなもの」を食べたいとのリクエストが・・・。この、「ようなもの」を拡大解釈して何か目先の変わった「おにぎり」またはライスバーガーを作ってみようかとも思ったが、ま、それはやめた。  
 またもやキュウリを使ってはさすがに閉口するかも知れないし、飽きられてしまってたとえ「当面のあいだ」だけでも今後の献立の幅が狭まってもこちらが困るから、サニーレタスと、「柔らかい」と謳ってあるショルダーベーコン(加熱調理済で売られているもの)をサンドウィッチの具とすることに決めた(つまみ食いしたら、ちゃんとソフトであった)。   
 しかし・・・ショルダーベーコンについては本当に僅かだけ電子レンジで温めることはしても、そしてまた、スープを付けるにしても、何かこう、メインの食事が、食事を用意する者による「火入れ」を伴っていなくて申し訳ないような気がしていた。午前中のスーパーに寄ったとき、魚コーナーにちょうどブリ(鰤)が並んだのを目撃した。「そうだ、塩・コショウ味でソテーし、これのサンドウィッチも一緒に作ってみようか。このブリの切り方に合わせて、パンは食パンでなくバケット、いやいや、柔らかいコッペパン、ロールパンみたいなものにしようか」と思いついた。   
 ブリは2つにカット。和食の煮付けではないから普通以上に臭み除去の手筈をマジメに行なった(べつに大したことではないが)。焼き終えてからレモン汁を少しかけた(このレモンは父が買ってあったものである・・・男が思いつきで食べ物を買って帰るというと、普通はたとえば漬物だったり菓子だったり、ろくに手間も要らずに単品調理できてそのままポンと食卓に出せるミョウガ、ししとう、などなどであろうと思うのだけど、父の場合はレンコン、ゴボウ(泥つき)、ズッキーニ、ゴーヤ、レモンなど買って来ては「こういうものを摂らないといけない/これは体・健康に良いらしい。何か作ってくれ」と言ったりすることが多いようで・・・言外に「明日とかでなく今宵に是非」の雰囲気を伴いつつ・笑)。サンドウィッチとはいえ、箸も添えた。また、骨に注意するよう注意も告げた(ソテーする前に点検はしたのだけど、骨が残っていればやはりよろしくないので)。背側をサンドしたものは母が、腹側のものは父が食した。   
   
 いつものことではあるが、「高齢のわりに食欲あるなあ」という食べっぷりであった。夕食のおかずの一部にしようと別途に用意した豚レバーのスモーク(鉄分補給にもよろしかろうと思ったので・・・ただし、ソフトではないから歯の悪い人には食べづらい場合もあろう)を目にした父は、それも食べたいと言ってつまんだ(マスタードが無かったので普通の「からし」で・・・それでもちゃんと美味かろう)。現状、カロリー・コントロールその他を特に意識する必要もない両親であるから「食べ過ぎだよ」とか口を挟まないことにしているが、はて、「人それぞれの適切な栄養摂取量とは?」と思ってしまったのはこれで何度目であろうか。   
   


手間も加えて/割り切って手早く



   
 ボイルされた海老(アタマは取り除かれ、生食用と表示されて売られている)を、たとえば野菜サラダにトッピングしようとするときなど・・・脚、殻、尾を取り去ったうえ、背わた(または、その残骸)があるならそれを取り除けば、これでやることは終りである・・・普通は。   
   
 歯の悪いほうの親は、猫背っぽく丸まったあの状態の海老を食べにくい・噛みにくいと言う。しからば・・・海老の身の、腹側と呼ぶのは適当かどうか分からないが、丸まった状態の内径側/凹側に包丁を入れて、寿司ネタの「蒸し海老」のごとき姿に開くことをする。あの腹側には筋状に赤色が濃くなっている部分があって、開いたあとにあの筋状のところは指でつまむと糸のように取り去れるので筆者はそれも取り除く。で、開いた面(身の内側)に横方向や斜め方向に包丁で浅く何本も傷をつける。こうすると「食べやすい」と喜ばれる。難点は、面倒なのと、「どこがどう」と表現しづらいのだけど3尾のうち1尾くらいの割合で仕上がりの姿の見栄えが悪くなってしまうこと・・・どうもだらしないような、張りを感じさせない姿に映る。それでも、ま、致し方あるまい。    
 このように開いたボイル海老を甘塩っぱく味つけし、炊込みご飯づくりの「蒸らし段階」の中盤でご飯のうえに載せたこともある・・・海老の開いた面に幾つもの切れ目を入れてあるものだからそちらを外側にして丸まり、炊き上がりには「何だかなあ」な姿になった。それでも「食べやすい」と喜んでくれたから、これはこれで良いのかな。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・   
   
   
 親のため、日曜の昼食にはカキ(牡蠣)入りのシチューを作る予定でいたのだが、こちらが好きではないシチューの、あの匂いを嗅ぐのはやはり気乗りがせず、結局は味噌煮としてしまった(わざわざ土手鍋スタイルとまではせず)。一緒に加えた具は、豆腐、前夜の「おひたし」の残りの小松菜・・・せめてホーレンソウだったら、出来れば春菊などあればと思いもしたが、そうそう模範的・理想的にもいくまい。臨機応変で良しと・・・。   
   


手紙を受け取ると・・・白ヤギさん・黒ヤギさんは食べちゃったが、青ヤギさんはアッカンベしたかも知れぬ?



   
 (↑)アオヤギ。「舌切り」とも呼ばれる。(馬鹿貝との呼称もまたありはする。)   
   
 酢味噌/辛子酢味噌を添えて、あるいはワカメ・ネギなどを加えての酢味噌和えで食べてもらうと美味であるが、親たちの意向を事前確認すると「(魚の刺身と同様に)ワサビと醤油で食べたい」とのことで、それもまた良し・・・アオヤギが持つ独特の甘い風味とワサビの辛さ、醤油のしょっぱさを同時に、しかし、それらが混濁までに至らない状態で楽しむとき、人は「これは味のハーモニーだ」と感じるものではあるまいか、違うかな・・・。   
   
 このアオヤギには出来合いの酢味噌も添えられていたのであるが、そういうものはやはり自分で作りたくなる・・・したがって、「ワサビと醤油で」との希望があればこちらの作業もちょっとだけ軽量化され、ありがたかった。   
   
 季節が、本格的な春へ、初夏へと向かう・・・。   
   
   
 雑誌「サライ」の最新号の特集がオペラ関係で、CDも付録になっている(音源提供はすべてEMI系かなあ)・・・尾高忠明氏の話なども載っていて面白いには面白いが、ま、記事全般をザーッと流し読みしたところでは新たに授かる知識はさほどには無かった(まだ細部までを読んでいないが)。何か書いておきたいことが見つかれば、それはまた次回にでも・・・。   
   

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