2012-10

Latest Entries

「手抜き」でなく、「悟り」でもなく・・・「初心」かな



   
 (↑)ふと思うところがあって(調理プロセス説明用とはまた違う目的だったが)撮っておきながらも、結局は放っておくことになったであろう写真から・・・。   
   
 日経新聞の「学びの ふるさと」欄に、作曲家・ピアニストの西村由紀江 女史へのインタビューが載っていた。給食にまつわる話を含め、小学校時代の担任の先生についての話が紹介されていた。   
   
 さて・・・。   
 子供の頃の給食(給食自体)を通じて筆者が悟ったこと・・・いくら種類豊富な具を用いようが、あるいはそれなりに調理・調味というプロセスを経ていようと、「不味く料理されてしまったもの」というものが世にはしっかり存在するということ。冷めてしまっていると不味かったり油切りの悪さが目立ったりとか、そういうことを越えて、「絶対的に不味い」という出来具合。昔を振り返ると、給食で出た焼きソバの食感および調味、ワンタンスープや酢豚、すき焼き風煮物の調味などなど、不味かったなあ・・・それでも、しかし、ほかに「ゆで玉子」やバナナなどあったことで筆者の心は救われた。   
 最近の給食はとても美味しいし、洒落たメニューもあったりするのだよと、子を持つ親から聞いたこともあるが、だとすれば喜ばしいことである。地産池消、また、郷土食の伝承などへの意識も高く用意される給食であるならば、さらに素晴らしいことだろう。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 冒頭の画像に関して。   
 或る日、スーパーの魚コーナーにいたら、店員さんから「鯛ごはんなど、どうですか?」と、鯛の切り身を勧められた。しかし、あれはどう調理/炊飯すればよいか知らないし、何かで調べる時間もありそうもなかった。「鯛ならむしろ刺身でよいじゃないか・・・包丁でスライスするだけで済むし」と考え、親たちのために用意するおかずのメインはそれにした。さきほど述べたように、調理・調味というプロセスを経たとしても、上手に出来なければさして意味が無いというか、自分も食べる人もガッカリするわけだし・・・筆者にとっての、一種の「初心忘(れ)るべからず」か。   
   
   
 マツタケの季節ではあるが、あれを買う習慣というものがうちには無い。昨年は、国産のものを或る方から頂戴するという幸運があったが。天下のNHKも提言(?)しているではないか・・・放送受信料が安くなったからといって、そのぶんをマツタケに回してはいけないよ、と(NHKは八百屋さんや食品スーパーを敵に回したいのか・笑)。   
 というわけで、キノコ類としてはシイタケ、エノキ、エリンギ、ブナシメジ、マイタケなど食すことが多いわけだが、上のはナメコで、これは味噌汁を作ろうとしたときの写真だったか。   
   
 下のは鶏レバーを醤油ベースで煮たときのもの。レバーを嫌う人もいて、それはそれで仕方ないが、砂肝と違って歯の悪い高齢者などにも食べてもらいやすい。レバーを煮汁に投入する前に下準備として日本酒をからめて臭みを取る儀式とするが(鮮度が良ければ実は「それほど」までに必要なプロセスであるとは思えぬのだが)、煮汁に「おろしショウガ」、一味唐辛子、辛子(和辛子・洋辛子)、コショウなど、思いつくままテキトーに、しかし、しっかりと加えると、恐らくはさらなる臭み消しの効果を発揮するばかりか、隠し味のレベルをちょっと越えたアクセントが生まれ、それを筆者は面白いと感じる。鶏のものに限らずレバーは、栄養面を見ても、もっともっと評価されるべきものではないのかなあ。   
   


«  | HOME |  »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

クラシカルな某

クラシカルな某

クラシック音楽好きです。