2012-08

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 春宵一刻値千金   
   
 秋宵一缶値百均   
   
   
 「春宵・・・」の意味については説明省略。   
   
 「秋宵・・・」の意味はこういうこと: アサヒの「秋宵(あきよい)」は「ビール」ではないビール系飲料であるがために廉価であり、たとえば「6缶まとめ買い」などすればその値段は1缶あたりで105円前後ということだってありうるわけで、つまりは百円ショップ商品並みのお手頃価格なんだね・・・と。   
   
   
 で、写真左の「秋宵」についてであるが・・・。   
 「冷やしすぎ」状態とそうでない状態とで口にしてみたのだが、「味らしい味がしない」あるいは「味が淡すぎる」という感じであった。「イヤな風味、気になってしまう後味」を感じないかわりに、「これを飲む甲斐は何なのか?」と首をひねってしまいそうな、そんな味の薄さがあって肩すかしを食らった。もしも商品名に「秋」の語・文字を伴っていなければ、筆者は「軽快にクイクイ飲むのに最適ではあるまいか」みたいな感想を書いたかも知れないが、しかし、「秋宵」なるネーミングをするからにはそこには然るべき責任というものが発生するだろう(笑)・・・少なくとも日本人の消費者はどうしたってそこに味の「深み」や「濃さ」などを期待するだろう。   
 缶に表示されたキャッチコピーには「芳醇なコク」という言葉がある・・・アサヒが「キレ」という言葉を使うとき、それは筆者が思い描くものと一致するように思うのだけど、「コク」という語に関しては違いを感じるのだよなあ。   
   
 「秋宵」というネーミングではあるが、ちっとも秋が深まってなどいない今時分の夕刻や、あるいは日中のバーベキューなどの折り、グイグイ飲むのに好適な飲み物か。     
   
 他方、写真右のは「ビール」。   
 このシーズン商品は去年も飲んだと思うが、相変わらず美味い。   
 一口めに少しばかり「酸っぱいかな」と感じたが、それは気のせいか。二口めからは文句無し。   
   
   
 ビール系飲料に限らず、日本人が口にする飲み物をつくるメーカーは大変だなと思うことがしばしばある。さきほどの「秋宵」にしても、筆者が「つまみ」に肉系のものを選んでいたら感想はもっと違っていたかも知れない。    
   

エリンギで稟議、デロンギで論議

   
 (↑)ダジャレのためのダジャレに過ぎない。キノコ栽培会社の商品開発関係の決裁手続やら、某社福利厚生施設の暖房設備更新の話題ではない。   
   
   
 「食べもの」は、多くの場合に「他の生命を奪うこと」と結びついている・・・たとえば豚肉もサンマも大根も。   
   
 ・・・と、ここで、食事の前に「いただきます」なる言葉を発することの意味あいを考えてみようなどと書くつもりは無い。   
   
 子供の頃、ボンヤリとだけど、「肉よりも魚を好む自分は殺生係数(せっしょう けいすう)が高いよな」と思ったことがある。いや、「殺生係数」という言葉を思いついたのは高校生くらいのときだけど、それより前の子供の頃にこう思ったことがある:   
   
  
 「豚でも牛でも1頭の命を犠牲にして得られる肉は何人ぶんもの食事になる。それに比べて魚の場合はアジ1尾で人間ひとりぶんだよなー・・・味噌汁の出汁のための煮干しで犠牲になっている命の個数は? ご飯にかける“ちりめん”は幾つぶんの命の集まりか?」   
   
 もっとも、それで胸を痛めたわけでもないし、マグロ、(魚ではないが)クジラ、あるいはブリ、サケなど考えれば、1尾/1頭から得られる食糧は必ずしも少量でないなと、そう思い直したが。   
   
   
 あっ、「殺生係数」なる妙な言葉の意味を説明するのを怠ったが、「おおむねどんな発想か」は分かってもらえることと思う・・・ただ、誰彼に対して「これを意識して日々を暮らせ」と説くつもりは無いし、そもそも筆者自身がそういうことを思うのは年に数回のことだけであるし・・・そして、牛1頭とクジラ1頭とを比べたときの捕鯨の合理性を説明できぬものかと思ったりもしているくらいだし。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 コノシロ/コハダ/シンコ・・・それに、ママカリなども好物である。   
 コハダと称して(総括して?)売られているものは、旬・サイズなど意識しつつ「好み」「こだわり」に従って食するのが良いのだろうが、「あまりにデカイよな、いつ獲れたものなんだ? 味は?」と思えるようなものでも、ともかく、既に酢漬け/酢じめされたものを、さらにテキトーに少しばかりの砂糖を加えた酢(米酢がベター)を用意してそれにしばらく浸したあと適当なサイズにカットしたうえ、たとえばスライスしたタマネギなどの上に盛っても魅力的な「おかず」のひとつに仕上げられる・・・と感じている(ただし、筆者個人はこの場合にタマネギ不要だが)。   
 新聞(日経)に連載されている小泉武夫先生の直近のエッセイもコハダのほか、マアジ、マコガレイなどに関わるものであった。偶然であるが、筆者も親のためにコハダを買ったところであった・・・風味・食感によるリフレッシュを願って。   
   


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クラシカルな某

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