2012-03

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雑記



   
 (↑)ドイツからの輸入ビール。   
   
 左のは、唇に触れる泡の感触も快く、また、美味いと思えるビールであった。   
 右のは、味・飲みごたえがいくぶんか薄すぎる・軽すぎるように感じたが、これは飲んだ日の体調などによるせいかも知れぬ。   
   
 同じビール・メーカーの製品であるが、左のはスチール缶、右のはアルミ缶なのだなあ。   
   
   
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 しばらく前から、休みの日には気まぐれに、老親のところの夕食、さらにはまた昼食も、筆者が用意してみることをしている。あくまで「気が乗ったときだけ」だが・・・。   
   
 これまでに用意したことあるのは、思い出せるところでは次のようなもの(なお、刺身であるとか、また、おかずの一部に過ぎず、なおかつ「調理・料理した」などと言えないような、豆腐(単に温めたものに薬味を添えただけのもの)、焼豚(メーカー品)をスライスしたもの、スーパーの惣菜コーナーで買った出来合いのポテトサラダなどなどは除く)・・・。   
   
   
 ナメタガレイの煮付け   
 赤ガレイの煮付け   
 子持ちカレイ(品種は浅羽ガレイだろう、冷凍もの)の煮付け   
 赤魚(アイスランド産だったかな、冷凍もの)の煮付け   
 アスパラのベーコン巻き炒め   
 おだまき蒸し(具は鶏ササミほか。昼食のとき)   
 大根などの、おでん風の煮物   
 大ぶりにカットした長芋とインゲンの煮物   
 カボチャの煮物   
 ワカメ(新もの)とキュウリの和え物(しらす干し、三杯酢つき)   
 つまみ菜おひたし   
 花ワサビおひたし   
   
   
 「カレイの煮付けばっかりだな(笑)」と思われようが、べつに「2日続けて」とかではないし・・・。   
 メカジキの煮付けを作りたいときがあったのだけど、店頭には「冷凍もの」しか無かった・・・あの魚は「冷凍もの」だと、好きになれない風味が付いてまわるので結局はカレイを選んでしまった。メバルの煮付けもしてみたかったが、この魚は母があまり好きでないので見送った。   
 ただ、カレイを煮付けるにも、上の3種ではそれぞれ煮汁の味付け・濃さなどを違えている・・・「このカレイにはこういうあんばいの汁がよい」と信じているものがあるので。   
   
 「おだまき蒸し」は新聞記事にあったレシピを参考にしたが、それ以外の調理では何も参照せず・・・「そのくらい当たり前だわな」と思われるだろうが。   
   
 2つを除いて、「美味しい、上手に出来ている」と言われたので、ま、良かろう(笑)。   
 その「2つ」とは何か。ひとつはアスパラのベーコン巻きの炒めもの。実は筆者、この料理を今まで食べたことがない・・・勿論ずっと前から何度も目にし、職場の昼食にも出てきたりするが、ベーコンを口にしたくないものだからいつも箸をつけずに残してしまうのだ。で、もともと「これを作ってみよう」という思いなど無かなかったのだが、父が冷蔵庫からベーコンを出して来て「これを買って来たんだよ。美味いんだよ」と言った。「どのようにして食べたいのか? 目玉焼きと一緒にか?」と尋ねると、そうではないと答えながらもそれ以外の具体的な料理を思い浮かばない様子だった。「キャベツかモヤシなどと一緒に炒めてみるか?」と訊いてもそれも好きでなさそうな表情・・・。「じゃあ、あしたアスパラと一緒に炒める」とこちらで決めてしまった。   
 さて、とりかかり始めて浮かんだ疑問は「この場合、アスパラは下茹でみたいなことをするものなのかな?」であった。いちいちネットなどで調べる気にもならず、短時間だけ茹でてからベーコンを巻き、そして炒めた。   
 ベーコンの匂いも好きでないものだから味見もせずに食卓へ・・・。アスパラは柔らかすぎたようで、歯がよくない母は「これでちょうど良い」と言いつつ、ベーコンはベーコンで、アスパラはアスパラで、別々にして食べていたが、父はアスパラの食感が気に入らなかったようだ。   
   
 花ワサビは、これは「おひたし」というか「湯かけ」などしたもの。母は「噛みにくい」と言い、父は「(唐辛子の辛さとは異なる種類の辛さでもあり)これは辛いなあ」と言ってあまり食べなかった。「酒飲みなのにこれを喜ばんのか。手に入る時期も限られるしホーレン草などより値段も高いんだぞ・・・」と、筆者は少々不満であったが、残ったものはこちらで平らげた・・・「我ながら、これは上手に出来たわい」と改めて思ったが、けど、これは何点かのポイントさえ知っていれば誰でも作れるものだなあ(笑)。   
   
 魚料理が目立つのは、これはこちらの好みの押し付け。が、仕方あるまい。たとえばオムレツを作れと言われても、筆者には出来まいし、勉強する気にもなれない。豚肉の生姜焼きなどなら作れようが、しかし、乗り気になれないだろう・・・ストレスの原因になりそうな調理は、自分としては避けたく思う。   
   
 実は、包丁を上手に使えない。輪切りした大根の皮を包丁で剥くなどは出来るが、面取りの作業は包丁でするよりも(ニンジンやジャガイモの皮を剥くときに使うような)皮引きを使うほうが、自分の場合は速く出来る。包丁の「握り」部分を何かの拍子に汚してしまうのもイヤなので、調理してみようと思うレパートリーにもそういう気持ちが現れるなあ。   
   
   



雑記



   
 ウィスキーのことだけ書こうと思っていたら、ほかにも書こうと思うものが加わり・・・ゴチャゴチャした写真になってしまった。   
   
 背景はJR東日本の旅行案内パンフ2つ(岩手方面と山形方面)。ウィスキーはジョニー・ウォーカー黒ラベル。下にちょっと写っているのは新商品の日本酒を紹介する新聞記事の切り抜き(日経)。   
   
   
 まずは東北地方2県へと誘う旅行パンフについて。   
 それぞれの原稿(文章)を用意したのはどんな人たちなのだろう・・・その県ご出身の方々なのか。これら2つでは、文章の量、文章による説明の切り口・角度、そのほかスタンスなどに違いが見られるのは当然であるけれども、岩手の人の生真面目さを改めて感じてしまうのは筆者だけだろうか。   
   
   
   
 略して「ジョニ黒」と呼ばれる、ブレンデッドのウィスキー。   
 ウィスキーは、或る特定の樽からのものだけをボトル詰めしたシングル・カスクの品であっても、そこには色々な風味要素が混在・同居しているものだ。大麦麦芽をつくるときのピート焚きに由来するもの、仕込み水に由来するもの、発酵や蒸留の過程がどんなであったかによるもの、木樽から抽出される成分、樽の「呼吸」に伴って酒に移る外気などからの香り・・・など。   
   
 ブレンデッドのものは、いろいろな蒸留所の酒が合わさっているからさらに多くの風味要素が混在している筈であるが、しかし、かと言って、筆者のような素人にすれば、普通はそれほど「風味のひとつひとつを追うこと」に忙しくなったりはしない。だけど、たとえばジョニ黒などは、なぜかそういうことにずいぶんと気持ちを奪われてしまうのだなあ。トータルの風味についてそれほど好きなわけではないのだけど、口に含んで舌の上を転がして楽しめるその程度はけっこう大きいと思う。   
   
 同じように12年(つまり12年以上の酒のブレンド)を謳うものでも、たとえばバランタインのそういうものやシーバスのものなどに比べ、開封直後のアルコール感が気になるのは筆者だけだろうか(ジョニ黒はごくごくたまにしか買わないのだが)。というわけで、開封時には少しだけ味わい、そのあと何日かしてから本格的に飲むのが自分には合うようだ。   
   
 紅茶は、ダージリンが好みであって、たとえばイングリッシュ・ブレックファストのようなものは完全には「気に入り」にならない。後者については「どうしてこういうものが味わわれ、楽しまれるのかなあ、しかもこれを濃くいれるんだろ? うーん・・・」とすら思ったりする。しかし、ジョニ黒やオールド・パーを口にすると、向こうの人の味覚の一端めいたものがほんのちょっとばかり分かるような気がしないでもない・・・それでもそれは「一端めいたもの」に過ぎないのだが。   
   
   
   
 日本酒の件・・・。   
 ノドグロと呼ばれるあの魚の風味を邪魔せぬように、あれに合うようにとの、そういうコンセプトの日本酒らしいが。そこまで考えられ、銘柄名も「のど黒」で、ノドグロはサカナ冥利につきるというか、幸せであるなあ(笑)。   
   
 究極の(酒と肴の)マリアージュと言えるか。それとも、「日本酒ソムリエの世話などというものも当然ながら必要ありませんし、もう、おまかせ楽チン型マリアージュです」的な、一種のメーカーおしきせスタイルのマリアージュと見るか。   
  
 仮にこの「のど黒」と名づけられてしまった酒が手に入ったとする。干物になっていたりする小さくて痩せたノドグロはわりと入手しやすいが、そういうものと一緒にその酒を口にしてもあれだから、仕方ない、テキトーな、いや、せめてキンメの刺身か開き干し、シマアジ(養殖)の刺身などの肴で一杯やるとする・・・ラベルの「のど黒」の文字がチラチラ目に入り、ちぃとばかり悲しくなったりせぬか(笑)。   
   
 「フグ」、「アラ/クエ」、「ゲンゲ」などなど、いろいろ大事にされる魚があるが、「それ専用」とか「それ向き」と位置づけられる酒はまだまだ登場しうるのか・・・。   
   
   


雑記



   
 見づらいかも知れないが「赤霧島」という銘柄の、とても人気のある芋焼酎。発売前の予約受付をする店もあるのだが、しかし、筆者はこれまで「予約」してまで買い求めたことはない。   
   
 以前に比べて出荷量が増えているのかどうか知らないが、昨年などは居酒屋などで「また、これかあ」的な感想を持つくらいに、なんか、しょっちゅうこれを飲んだが・・・ちゃんと「未開封」状態のものを受け取ってボトル・キープするわけであり(その夜のうちにビンが空になることは珍しくないが・笑)、そもそも怪しいことするような店で飲んだりしていない。   
   
   
 酒コーナーで目にしたので購入。在庫はたくさんありそうなのに「お一人様一本限り」とな。   
 レジを済ませてからちょっと考えて、ふたたび売り場に向かってさらにもう一本購入。そうまでするほどに、たとえば「これが好きで好きで。これを飲んだら他のは飲めん」とまでは思っていないのだが、ま、美味しく飲める焼酎のひとつであることには違いないので。   
 明日は日曜だし、明日もまた買って来るか・・・一升瓶のほうを買うかな(笑)。   
   
   
 ただ、その、何だなあ、「全国出荷までは手が回らなくて」、「地元の人、昔からのお客さんが飲んでくれればそれでいいし、それ以上のことを望んでいない」みたく考えているのかも知れないような焼酎メーカーさんの、一升瓶入り焼酎を仕入れて飲ませてくれる居酒屋、焼酎バーみたいなところでは、本当に「よい味わいだなあ」と思える焼酎があれもこれもとあったりするのだよなあ。   
   

雑記



   
 今回はいつも以上に「とりとめの無い、まとまりの悪い」内容になってしまうが・・・。   
   
 手前のは、ムーティ/スカラ座による、ロッシーニの歌劇「湖上の美人」のDVD。(このオペラはウォルター・スコットの叙事詩に基づいている。この邦訳タイトルがどのくらい固定化されているのか知らないが、過去に岩波文庫から出版されたスコット作品には「湖の麗人」という訳があてられたようだ。)   
   
 物語の舞台は1530年のスコットランド。タイトルにある湖とはカトリン湖(ロッホ・カトリン)を指している・・・民謡でも有名なローモンド湖(ロッホ・ローモンド)やグラスゴーから遠くないところに位置するようだ。   
 あらすじは・・・うーん、そういうのを書くのは面倒で、性分に合わないので省略(ひでえなあ・・・いや、あとで思いっきり端折って紹介するけど)。   
   
   
 この頃のスコットランドとはどんな世の中であったのか。   
 筆者はそもそもスコットランドの歴史というものをろくに理解していない。現代は別として、古き時代のスコットランドについてのイメージは・・・大昔から複数の民族が移住し、氏族(「士族」でなくて「氏族」= "clan" )が争い・いさかいを繰り返し、と同時に、スコットランドの王は領域全体を完全・絶対・自在な形でコントロールしきれたわけでもなく、さらにまたスコットランドとイングランドとは争いを重ね・・・みたいな感じか。   
   
 現代においてというか、再来年のことになるが、スコットランド独立の賛否を問う住民投票の予定があるようだが、長い歴史のなか培われ、育まれ、あるいは渦巻いてきたスコットランドの人たちの持つ矜持や、あるいはまたイングランドに対しての感情というものを、日本のテレビそのほかも的確に解説してくれることもあろうか・・・勉強したく思う。   
   
   
 さて、ロッシーニによるこのオペラ作品・・・。狩猟をしていたスコットランド王(ジャコモ5世=ジェームス5世)が美しい娘と出会う。娘の父親は(王に抗う)反乱軍に属しているが、のちに王の軍に捕らわれる。娘の願いを聞き入れて王はその父親を許す。王はこの娘のことを気に入っていたのであるが、娘は娘で結婚を望む相手がおり、王はその2人の結婚も認める・・・かくてハッピー・エンドで終わるという、そんなオペラ。音楽面で魅力ある部分を見出しながらも、しかし、ストーリー面では筆者にとって刺激が乏しくてどうも・・・。   
   
 このオペラにウィスキーづくりの場面など登場しないが、スコットランドにはこの頃すでにウィスキーの製造法は伝わっていたようだ。ウィスキーの製法は、時代があともう少し下ると、農民たちの間にわりと広まっていったらしくもある・・・ただし、樽での熟成などはまだ行われていなかったであろうし、つまりは、人々は蒸留が済んだばかりの透明な酒を口にしていようである・・・見た目、麦焼酎をクイクイやるのと変わらんのかなあと思ったりするが(笑)、好みに応じてハーブなどで味をつけたりするくらいのことは行われていたろうか。   
   
 やがて18世紀はじめになるとスコットランドはイングランドによって併合され、その後はウィスキーに対する課税がどんどん重くなっていった。すると酒の密造も盛んになっていき・・・。   
 そんな経緯があった中、木樽に酒を隠したのをきっかけとして、色づいた、そして豊かな風味を伴ったウィスキーというものが誕生することになる・・・(なお、今日、ウィスキーの琥珀色はカラメル色素にもよっていたりする)。   
   
 さて、カトリン湖についてであるが、その水質は優れており、グラスゴーへと水道水が供給されているらしい。グラスゴーの地にはブレンデッド・ウィスキーのブレンド業者が多数あり、製品作りのプロセスでその水道水も使われているようだ。ということは、スコッチのブレンデッド・ウィスキーなどあれもこれもと飲んでいれば、同時にカトリン湖の水を口にしていることにもなるわけだなあ。   
   
   
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 冒頭写真の右奥のはスコッチのブレンデッドで、 "Ancient Clan" という銘柄。   
 廉価なウィスキー。前から気にはなっていたが、今回、上のオペラの英語字幕に "clan" の語が出てきて思い浮かんだので買ってみた。   
 質素で地味な味わい、と感じた。アーモンドっぽい風味を少し帯びているけれども全体像としては何というか、余計な風味を排したかのような出来上がり。コク、深みには乏しいが、飲み干したあとに引きずるものが無いのをむしろ「潔し」と評したい気もしてくる。「おもしろみが無いウィスキー」と感じる人はいても、「付きまとってくる嫌味なものがあるよね」みたいな感想を持つ人はいないのではないか、これはこれで付き合いようが十分にある酒と思えた。   
   
 このウィスキーは、スペイサイドにあるトマーチン蒸留所が出している。メイン・モルトが同蒸留所のものであるのかどうか知らない。同蒸留所は、英国の蒸留所としては歴史が新しい・・・1897年創業というからセルが生まれた年である・・・そこに意味があるわけでもないが。   
   
 このウィスキーの表ラベルには文章が書かれているが、その2行目に "natures" とあるのは "nature's" が正しかろう。   
   


雑記



   
 写真のは、上部ラベルに「薄にごり」と書かれているとおり、ほんの僅かだけだが白濁が見受けられる芋焼酎。   
 白濁の成分は、アルコール発酵の際の副産物であるところの脂肪酸などであろうか。そういうものは通常、蒸留後の「ろ過」のプロセスで除去される・・・しかし、それに伴って(ろ過されることで)旨味成分も減ってしまうらしい。この商品は敢えて白濁を残してあるもの。   
   
 ・・・というわけで、当然ながら「味わい豊かな酒」である。(クリーンさも極まった無味無臭な焼酎を理想とする人には不向きだが。)   
   
   
 右下に一緒に写し入れたのは国産の某ウィスキーに添えられた商品説明書き。 "NON-CHILL FILTERED" と謳っている・・・「冷却ろ過をしておりません」という意味である。ウィスキーの場合も、瓶詰め前に「ろ過」をして脂肪酸などを取り去ることが行われているのだが、やはり旨味成分が減じてしまうために「残念である、喜ばしくない」とする意見があるのだ。   
   

「飲んだら乗るな」、「飲んだら飲むな」



   
 老眼鏡の「つる」の、耳の上部と後ろへの当たり具合がよろしくない、窮屈だから手で広げて緩くしなくちゃなあ・・・あー、頭全体も痛くなってきた・・・と思いながらも少し冷静に自分を観察したら、熱っぽさ、背中や腰の筋肉痛、喉の痛みもあって、どうやら風邪のようであった。   
   
 さて、酒を飲むならば、たとえば風邪薬のようなものをその前後に服用することは控えたいと筆者は考えている。   
 晩酌の酒を選ぶか、いや、それを諦めて「薬」を選ぶか。こういうとき、常識人は酒を控えて薬を飲み、さっさと眠りにつくのだろう・・・が、筆者は逆であった。「明日の朝、まだ具合が悪かったらそのときに薬に手を出そう」と言い聞かせ・・・しかし、なるべく自然治癒で済ませたいと思って生きているものだから、結局まだ1錠も飲んでいない(上の写真にある黄色いパッケージの喉用ドロップは舐めた・・・これ、味付けが上手でおいしいよなあ(笑))。   
   
 写真の右にあるウィスキーはスコッチのブレンデッド。カタカナ表記の場合には「ヘッジズ・アンド・バトラー ロイヤル」でよいのだろうか。ライトなタイプであるとの評をネット上では目にするが、確かにヘヴィーではないものの、しかし、軽快などと形容するのもちょっと当たらないように思える・・・飲みごたえ、コクといったものが一定以上にあり、筆者にとっての満足度は高かった。ストレートでしか飲んでいないが、開封した日、口中で転がすと、舌の左右両側にはコーヒーキャラメルとチョコレートをミックスしてそこから砂糖などの甘さを消し去ったような、そんな風味を少しばかり感じ、それが何というか「飲み下してしまうのが惜しく思えてしまう魅力」のように感じた・・・何だか急にグレン・ファークラスを飲みたくなってしまったのだけれども、しかし、あれに風味が似ているという意味では全然ない。が、ともかく、「結構良い」と思えたウィスキー。スモーキーさなど、人によって嫌がることもありがちな風味要素は感じられず、多くの人にとって「飲みやすい」タイプなのではあるまいか。   
 ところが・・・翌日に飲むとずいぶんと印象は異なった・・・うーん、風邪が影響しているのだろうか。しかし、やはり「悪くない味わい」であったことに変わりはなかった。あの喉用ドロップに含まれる柑橘の香りと波長を同じくする風味も覚えた・・・ひょっとすると頭や舌が熱に冒されているやも知れぬけど(笑)。   
   
   
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 下のは筆記具メーカーの新聞広告と、愛用のペンや、また、趣味で持っているペン先の中から。   
 このメーカーの「万年筆」と自分の手とはどうも相性が悪くて残念なのだけど、しかし、誰もが知っている珍しくもない、あのクラシックなボールペンだけは愛用させていただいている。   
 自分は次第々々に筆記具に対して淡白になりつつあり、使う筆記具は長らく固定化している。また、日常いちばん使うのはゲル・インクの透明軸ボールペン。しかし、それでも、この広告にある新しい技術の成果がどんなものであるかは興味あるかな・・・。   
   


雑記



   
 よくあるように、そのホテルの朝食もまた、前夜までに宿泊客が「和食セット」と「洋食セット」のどちらを希望するか申し出るようになっていた。   
   
 そして、或る朝の「和食セット」の内容はかくの如きであった・・・。   
   
   
  ・「あっさり仕立てのカレー・チャーハン」   
  ・「鰆(さわら)のホイル焼き、西京味噌入りマヨネーズ・ソース添え」   
  ・「お漬物(アボカド、ズッキーニ、小カブ)」   
  ・「お味噌汁(モロヘイヤ、小町麩)」   
   
   
 んー、「和食」なのか?・・・「ご飯もの」を中心に据えれば和食なのか・・・。   
   
   
   
   
 (↑)・・・というのはすべて嘘・デタラメである。   
 しかし、食生活の洋風化であるとか、小学生などを対象にした給食メニュー人気ランキングであるとか、それらを含めて色々と思いめぐらせると、たとえば22世紀の到来を待たずとも、「カレー・チャーハン? 日本に昔からあったんだろうし、やっぱ和食なんじゃない?」という感覚が支配的または一般的になる時代もやって来るかも知れないと思わぬではない。   
   
 もっとも、現代の日本人が「伝統的」と考えながら口にしている食材あるいは料理も、歴史を遡れば、いつかの時代においては「目新しいもの」、「奇抜なニュー・ウェーヴ」、「ちょっと前からトレンディーになったばかりのもの」だったときもあったろうけど。   
   
 食文化・食生活における何らかの変容を阻止するために、異国の料理そのほかを排斥することはナンセンスであり、好ましいこととはちっとも思えない。   
 将来の日本人は現代の日本人に比べ、たとえばカレーに含まれる香辛料の「ハーモニー」をよりよく堪能し、同時にまたより一層のこと分析的に風味要素を把握するようになっているかも知れない(同様のことはもちろん、キムチの風味要素に対しての味覚についても言えたりするか)。   
 他方、和食を口にする機会が相対的に減ることで、味覚、旬の感覚などなどで失っていくものも当然あるかな。   
   
 「これは日本に長いこと伝わる食材・料理ですよ」、「これはそうではないもの」、「これは最近の和洋折衷ですよ」みたいな線引き・色分けみたいなことは、学校や家庭における教育そのほかの一要素・一場面として顧慮されることが必要なのかも知れない・・・どうかな。   
 ま、あまり何やら言っても、「お前、ウィスキーばかり飲んでいないで、日本酒をもっと飲めよ」と叱られてしまったりもしそうであるし・・・。   
   
   
 冒頭の画像は、(現在は記事削除してしまったが)過去にも紹介したことある本。この本のなかで著者はアラブ諸国の音楽に見られる音階などについても解説している。我々日本人が日常的に接している西洋音楽における「全音」「半音」、シャープ、フラットとは異なり、あるいはそれらの域を超えて、アラブ音楽にはたとえば「9分の1音上げる」とか「9分の4音上げる」とかの音階差、さらにはもっと多くの感覚/指示記号が必要である。しかしながら、西洋の(全音階・半音階の感覚のもとで作られた)楽器がアラブ圏で使われるようになり、これによって過去から受け継がれて来たアラブの音楽遺産が損ねられることを著者は危ぶんでいる。   
   
 モノの往来、文化(食文化であれ音楽文化であれ)の往来・・・これに伴って、むずかしい問題もまた存在することになる。   
   
   
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 東京あたりでならば「春一番」の風が吹いて土埃が舞ったりし、やがて(隔日とかでなく)連日のように花粉症の症状に悩まされる3月や4月くらいが、ホタルイカの「新漁もの」を家庭で美味しく楽しめる時期・・・というのが筆者の「季節感」であり「歳時記」めいたものか。もっとも、現在は花粉症は治ってしまっているが。   
   
 居酒屋そのほかではホタルイカはもう少し早くメニューに加わったりする。しかし、ま、サヨリでもホタルイカでも、家庭の消費者向けに魚屋・スーパーが仕入れてお手頃価格で販売するのは飲食店が客に出すのよりも遅れるのが普通ではあるまいか。   
   
 2月の或る日だったか、「スーパーではホタルイカがもう売られている。買って来たなら食べるか?」と訊かれた。「富山県産か? “解凍もの”との表示があろうから、それだったら特に今にも食べたいわけでもない」と答えた。いつの時期に漁したものか知らないがそれが冷凍で持ち越されたものは味がどうも・・・などと、うるさく言いたいわけではないのだけど、ちょっとの辛抱ならば「新漁もの」のほうが良かろうに。   
 その翌日くらいだったかな・・・「富山県産ではあったが、“解凍もの”との表示は無いみたいだった」と言われた。うーん、そうなのかなあ。だが、仮にもし「解凍もの」に該当するのにその旨の表示がされていないとすれば何かちょっと不親切であるように思えぬでもない。   
   
 そして、つい何日か前、今年初めてのホタルイカを食した。(「ホタルイカってどんなイカ?」と思う人ももしかすると居るかも知れないが、昨年4月3日付記事の画像のような、小さくてプクッとしたイカである。)   
   
   
 冷蔵庫からビールを取り出すときにコウナゴ(干しコウナゴ)のパックが目に入ったが、これも「新漁もの」との表示があった。さて、こちらは「天ぷら」になるのか、大根おろしに乗せられて出て来ることになるのか、いずれにせよ、こんな小さな魚であるのに、日本の海は楽しみを与えてくれるものだ。   
   
   
 下の画像の左のはビール。右のは、「ビール」ではない類似ジャンルの品。   
 左のこのビールは柑橘類を思わせる香りを伴っている。泡だけ舐めても「ちょっといいな」と感じるものがある。ただ、「つまみ」にはどんなものが合うのかなあ・・・すぐには思い浮かばないが、この特徴的な香りをあまり追わないでおくほうが自由気ままに飲めるのかな。   
 右のは、このジャンルのものの出来としては「良い」のではないかと思えたが、「気になってしまうもの」が舌の上と口中にわずかに残るし、「自分にとって不都合と感じる風味があり、そしてまたビールには負けるな」というのが筆者の感想であった。   
   


雑記



   
 (↑)・・・北海道に来てみたらとんでもなく寒かった。   
   
   
   
 ・・・というのは嘘で、某ショッピング・モールにて「駅弁大集合」みたいな特設コーナーにあったという品。   
   
 画像からは分かりにくいだろうけど、商品パッケージに印刷されている写真と違って、実際の中身は「カニのほぐし身」が「ご飯」を覆い尽くしていなかった(笑。 いや、「カニの身の総量/総重量」はきっと等しいに違いないと解釈させていただくが)。   
   
 コメは北海道のものだと原材料表示されている。そのご飯の「粘り」「もちもち感」の具合は、関東育ちの者にとっては少しばかり強すぎるように感じられたのだが、しかし、弁当全体として「おいしい」、「よろしい、納得できる」というものではあった。   
   
   
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 つい先日のこと、酒を一緒した人たちと「昔、こんなテレビ・コマーシャルがあったよね」的な話題となり、「そう、よかったね!」というセリフがあったコマーシャルだの、レナウン娘の歌( 小 林 亜 星 さん作曲)だの、あれやこれやの話をした。   
   
 「リンゴをかじると歯茎から・・・」というコマーシャルも当然ながら話題にのぼり、そのとき思いついたダジャレは「論語をかじると(聞きかじると)、歌舞伎から“知”が垣間見えませんか」というものであった。歌舞伎(の演目・ストーリー)というと、そこに「日本人的な情・感性」を見出す論が出て来がちではあるまいかと思うのだが、その「情・感性」を際立たせるのは、背景的に規範として存在する「何か」があるからこそと思わぬではない。その規範と論語との関連について、機会あれば書いてみたいように思う・・・例によって、いつのことになるやら、だが。   
   
   
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 下の写真は2つともスコッチのウィスキー。   
 左のはブレンデッド、右のはシングル・モルト。右のものについては過去に書いたことがあるかと思うし、また、とても有名な銘柄なので、今回は左のものについてちょっとだけ・・・。   
   
 英国のスカイ島にはタリスカーという蒸留所があって、その蒸留所のシングル・モルトは有名である。そのタリスカーの若いモルトを使用しているらしきブレンデッド・ウィスキーが画像左のものなのである。   
   
 塩気と、甘さそのほかの風味要素が良いあんばいに「こなれている」ように感じられる。時期をまたいで複数本を飲んだが、ロットによって、(ストレートで飲んだ場合の)酸味っぽい要素の程度に違いがあるように思えた・・・柑橘っぽさとは違う酸味。この酸味が好きになれない場合、水をチェイサーとするのでなく、紅茶(砂糖を加えないストレートで、少し冷めたもの)をチェイサーとするとウィスキー側の味わいが丸くなだらかに感じられることもあるので試していただいてもよいのではないかと思う(そのように感じられる理由は、はて、舌の「味らい」のどこかが紅茶の成分でふさがれる/麻痺されるのか、分からないのだけれども)。   
   



ユーロ不安も何のその、オイルショックも回避可能か


   
 (↑)・・・という世界経済の話はさておき、というか、これはタイピング・ミスおよび誤変換だなあ。   
   
 (自分が歳をとっていくことへの)憂慮・不安も何のその、そして、いわば“老いるショック”の心境も避けていけるかなという、そういう意味のタイトルにしたかったのだ。   
   
   
 「老眼の症状が出てきているんだよ」   
 「俺もだよ、前から」   
 「そうか。老眼鏡、使ったら?」   
 「俺はまだいい。お先にどうぞ」   
 「お前が先に買ってからだな。俺はそのあとでいい」   
   
 ・・・みたいなやりとりもあったのだが。   
   
 迷っていても仕方ないように思え、老眼鏡を使い始めた。   
 ものを読み書きするのも、爪切りするときも、変な具合にセロハンテープがちぎれたときに切れ目を見つけ出すにも・・・ともかくもう実に快適である。   
 フレーム・デザインが少し気に入らない・・・「これがいいな」と思えたレンズ上下幅の広めの品は、店の人から「(その品では)自分で思っているより老けて見られてしまいますよ」とのことで、ほかの中から選んだのだが、ま、そのうちに気に入る日が来ることを願うが・・・。   
   


雑記



   
 写真の背景になっているのは3日の日経新聞土曜版。   
   
 記事が目に入ったときに思い出したことがある・・・勤務地が某県事業所から東京へと変わった若手社員のことだ。それまでの実家暮らしから東京での一人暮らしへと改まったわけであるが、筆者は彼にこう告げた:   
   
 「流行に合わせて“弁当男子”になる必要はないと思う。朝食やランチでも、夕食でも、定食っぽいものをリーズナブルな値段で食べられる店があろう筈だ。自炊が経済的だとする説は、炊飯・保温、調理、洗い物に関わる電気・ガス・水道のコストも考慮に入れたうえで検証する必要がある。炊飯器や、あまりにも高価な電子レンジなどについては一種の減価償却資産・投下資本などであると見なしたうえでその投資回収はどのくらいで果たされるかを考えたってよい筈ではないのか?(←笑いながら言った) そしてまた、調理・食材購入・後片付けなどが自分にとって気分転換になるのか、それとも“うんざり”やストレス、疲労の原因になるのかは人それぞれであろうから、自分の気持ちや体力・体調に背いたパターンに陥らないように。また、若いうちとか、あるいは新しい仕事に携わるようになったときは、自分の時間も勉強に充てることが必要になる。食事づくりにエネルギーを割きすぎると、職業人生の面では不利なことにもなりうると思う。」   
   
 ま、筆者の世代と若い世代とでは、学校で受けた「技術・家庭科」の授業の内容も量も、また生活者・家庭人としての諸々の感覚も異なるが・・・。   
   
 ただ、この新聞記事も、無理のない範囲での弁当作りというものを誘う言葉でしめくくられている・・・頷けるところだ。   
   
   
 写真の、左の飲み物は「よなよなエール」というビール。わりと有名かと思う。相変わらず美味いなあ。   
   
 右のはサッポロの「ジンジャーハイボール」。うーん、ショウガの香りをキツイと感じるわけではないのだが、風味がシンプル過ぎるのかな、筆者の場合には飲みきるまでに「飽き」が来てしまった。   
   
   
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・   
   
   
 スマホを買おうか迷っていたのだが、結局、少なくとも当面は見合わせることに決めた。   
 MNP転出とキャリアー変更に伴う出費、月次の出費実額、やがて終了する(一種の)優遇期間の満了時にどう対応するかとその際の出費、その後の出費見込みなどを試算してみたわけであるが、確かに、今、MNPでのスマホ・デビューは「お得感」があると思えた(わりと大きなキャッシュバックを受け取れる場合において)。   
 だが、しかし・・・これが一番大切なことなのだが、デスクワーク主体で、また移動時にもノートPCでのモバイル接続を苦には感じない者にとって、スマホ利用のメリットが想像しにくい。また、これも自分のケースに限ってのことだが、日々のアウトプットに役立つような使い方も思い描きにくい。   
 スマホが気になるその「気持ち」と同じようなものを、いつだったかにも心に感じていたよなー、と思った。そうだ、昔、HP社の「200LX」というポケコンを買い求めたときがそうだった。あのときは、「こんな利用の仕方をしよう」というアイデアが自分にはあった。しかし、スマホについては、そういうものが思い浮かんで来ないのだなあ。   
 各社のパンフレットをパラパラ見ていたら、ドコモにはF-03Dという機種があって「お嬢系スマートフォン」と謳っている。「可愛く盛れる“落書き盛りフォト”アプリ」を搭載しているというのだが、この場合の「盛る」というのはプリクラ・コーナーのポスターにもある「盛る」という、ああいう意味だろうと想像するが・・・いやあ、ユニークなアプリがいろいろあることは悪いことではないよなあ。   
   

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クラシカルな某

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